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夜会の会場は大盛況みたい。基本的に招待客しかいないはずなんだけど、こんなに招待したのかな。アントニオが出迎えてくれて、六人で堂々と入場すると、視線が一斉に向いた。
う。鋭くて刺々しい。好意的な視線よりも品定めの視線が多いみたい。これは本当に気が抜けないなぁ。エルフリートはロスヴィータにエスコートされながら気を引き締めた。
気が抜けない……けど、シャンデリアの輝く光に照らされたロスヴィータはとてもかっこいい。きらきらと輝いていてまぶしいくらいの金糸、艶やかな碧眼。まさに白い王子様。エルフリートはぴんと背筋を伸ばし、彼女に恥じない淑女振りを見せる。
「アイデン伯爵、お久しぶりです」
「おお、ロスヴィータ嬢。この度はおめでとうございます。
そのお姿、とても似合っておりますぞ」
「ありがとうございます」
たまにロスヴィータの知人に会う。“エルフリーデ”の知人はほとんどいない――エルフリートの知人に関しては近寄ってきたら挨拶する事にした――から挨拶周りもちょっと楽をさせてもらっている。
「こちらが私の副官、エルフリーデ嬢です」
「エルフリーデと申します」
「なんと愛らしい方だ。まさにロスヴィータ嬢の理想ではありませんか」
ロスヴィータの理想? 思わず首を傾げる。
「妖精を守る王子になりたいと、剣の技を磨く姿を見ておりましたからな。
こんな愛らしい自分だけの妖精を見つけてくるなんて、さすがはファルクマン公爵のお嬢様だ」
「はは……私は有言実行の人間ですから」
どうやらロスヴィータが修行している時の知り合いみたい。
「しかし無理は禁物ですぞ。訓練中の怪我の話を聞いた時は背筋が凍ったものだ。
エルフリーデ嬢も彼女同様見た目では判断できない力をお持ちでしょうが、無理というものは万人を不幸にします。何かお困りの際には、誰でも良い。
もちろん私でも構いません。力になりますからちゃんとご相談ください」
「そこまで言っていただけるとは、ありがたい話です。
ありがとうございます」
アイデン伯爵はロスヴィータとエルフリートの両方と握手を交わした。なんかとても人のよさそうな伯爵だね。
一段落ついた所で、ロスヴィータに声をかける。
「ロス、私ちょっとお手洗い」
「いっておいで」
ひらひらと手を振られ、ありがたく行かせてもらう。何となく胸の詰め物がずれた気がして気になっていたんだよね。ドレスの形を綺麗に保つ為にいろんな努力が詰まっている。コルセットもそうだし、詰め物もそう。
個室の中で苦労して詰め物を定位置にする。体が柔らかくて助かった……。ちょっと時間がかかっちゃったけど、何とか戻せて良かった。
会場に戻る途中、ちょうど曲がり角で初めての体験に遭遇した。出会い頭の衝突ってやつ。
「おっと、お嬢さん」
「あら」
二人組の会話をしながら歩いてきた紳士たちとぶつかってしまった。燕尾服ではなくてタキシードなんだけど、二人とも色味が派手。
片方は撫でつけて秀でた額を見せびらかしていて、もう片方は髪のまとめ方が下手。どう下手なのか説明しにくいんだけど、寝癖なのかそういう髪なのか分からない状態にぐちゃぐちゃで、これ以上言いようがないくらいに変な髪型。……服装からして、ちょっと嫌な予感。
「――失礼いたしました」
「ちょっと」
さっさと逃げるに限る、と思ったのにぐい、と腕を掴まれる。結構な力で掴まれたら私だってそこそこ痛いんだけど。
「何かご用ですか?」
「副団長さんじゃないですか。少しお話しましょうよ」
「ぶつかったのも何かの縁。少しだけお話させていただけませんか?」
「えっと」
名乗らずに誘うなんて、照れ屋さんかうっかりさんか、下心さんしかいないと思う。エルフリートは悩んだ。自分の方が明らかに強いから、何も心配はない。
でも、早くロスヴィータの所に戻りたい。かといってまだ何もされていないのにあからさまに邪険に扱うのも淑女としてどうかと思うし……。
「もう少しでダンスの時間ですから、そんなに手間はいただきませんし」
「お誘いは会場でお願いしたいのですが」
「ここも会場ですよ」
掴んだ腕をそのままにするあたり、やっぱり下心さんだよね。うかつな事できないし、どうしよう。
「ダンスが始まるなら、なおさら私、急いでパートナーの所へ戻りませんと」
「急がなくても間に合うくらいには時間はありますよ」
うーん、手強い。でも、相手もちょっといらいらしてきているみたいだね。髪の毛が爆発している方の目尻がひくひくしてる。
「主催側だから、余裕を持って動きたいのです」
「つれない方ですね」
「一緒に行くのは確定済みなんです」
「はいっ?」
片腕だけ掴まれていたのが両腕に増える。ちょっとぉ? エルフリートもここでまずいと思い始める。
「あのっ、行かないって言わなきゃ分かっていただけないんですか!?」
「聞く気がないって言ってるだろ」
やだ、人攫いじゃないか。エルフリートは穏便に済ませる事を諦めた。この名無しの二人組が誰だって構うものか。
「フリーデ、ここにいたのか」
「あっレオン!」
魔法を使おうと口を開こうとしたら、声をかけられた。レオンハルトだ。
「フリーデ、そろそろ時間だよ。ロスが捜していた」
「まあ、ロスが! 急がないと」
呆気にとられた二人の貴族から腕を引き抜き、そそくさとレオンハルトの方へ駆け寄る。
「ではごきげんよう!」
二人を省みず、エルフリートはレオンハルトの腕を引っ張りながら会場に向かう。
「助かった。しつこかったから困ってたんだ」
「だろうね。俺はパートナーをロスに預けてきたから、そこまで付き合うよ」
異変を感じさせないように気を使ってくれたのだろう。レオンハルトの気遣いは相変わらず超一流だね。




