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翌朝、エルフリートが日課のお手入れをしている時にロスヴィータは目を覚ました。
「おはよう、フリーデ」
「ロス、もう起きたの? おはよう」
「こんな時でも身繕いか」
「淑女たるもの、余裕があるなら最低限のケアをするべきだと思うの」
本当は少しでも男の要素を排除したいからだけど、それは絶対の秘密。ただ、ちょっと言い方がダメだったかも。
「あ、別に強制したいとかそういう気持ちはないから!
ロスはいつでも王子様みたいでかっこいいから、必要ないと思う」
ケアをしないのは淑女の風上に置けないみたいな言い方になってしまったのを、慌てて修正する。
彼女は不思議そうにその修正を聞いて、それから笑い出した。えっ笑っちゃうの?
「いや、そんなフォローは必要ないよ。フリーデの気持ちと努力がその妖精のような可憐さに現れているのだからね。
私の持っているであろう魅力とはまた別の方向だ。私には私、フリーデにはフリーデの魅力を活かすそれぞれの方法があると思う」
うう、真理……さすが王子様。わざわざ修正する必要なんてなかったな。持ってきている化粧水で肌を整えながら、ちょっとだけ申し訳ない気分を味わったのだった。
簡単な朝食を食べた後、エルフリートは罠を確認しに行った。もちろん、罠にかかっていたらそれを穫り、罠が空だったら解除する為である。幸運な事にウサギがかかっていた。ウサギの肉は数日は寝かせておきたいところなんだけど……そんな贅沢は言っていられない。
血抜きして内蔵を全部取り除き、昨日と同じく地面に埋める。狼に追いかけられたら怖いからね。このウサギは今日の夕飯にしよう。他に蛇とかがうまく見つかると良いんだけどなぁ。
エルフリートは手早く済ませてロスヴィータのもとへと戻った。
「すごい! 今度はウサギか!!」
彼女の嬉しそうな反応に、エルフリートまで嬉しくなる。かげりのあった太陽が再び輝き始めたみたいな笑顔。うん。この笑顔で今日は乗り切れそう。
「これは今日の夕飯にするからね」
エルフリートはそう言いながら彼女の荷物にウサギをくくりつけ、ロスヴィータを荷物ごと背負ったのだった。
ぽつりぽつりと、山の生活について話をしたり、植物の話だったり、取り留めもなく話をする。それはエルフリーデなりの気の紛らわせ方だろう。たまに、都での生活についてロスヴィータに教えてもらうといった会話もあるが、主にエルフリーデが勝手に話をしていた。
ただ背負ってもらうだけのロスヴィータには、彼女の気遣いがありがたかった。
「今日はここまでにするね」
エルフリーデがそう言ったのは、まだ日も高い時である。ロスヴィータは素直に従って、彼が今夜過ごす木を探しに行くのを見送った。残されたロスヴィータは、自分の右足をじっと見つめた。
痛み止めを飲み続けているおかげか、痛みはあるものの我慢できる程度であった。だが、熱を持って重たくなっているのが気になる。そういうものだと知識としては知っているものの、実際に感じると不安になるものである。
彼女はゆっくりと川の側まで移動して右足を下ろした。ひんやりと、いや、むしろ痛いくらいに冷たい水が右足に当たる。ハンカチに水を浸して当てた方が良かったかもしれない。が、今のロスヴィータにはそれすらできなかった。
「きつい、なぁ……」
完全に足手まといである。これが、作戦中であったら、と考えると背筋が凍る。他国との衝突はかなり少なくなったとはいえ、なくはない現状、戦闘中にこんな状態になったら命に関わる。
――いや、今も命に関わる状況か。隊長のくせに、何をやってるんだか。ロスヴィータは心の中で自嘲する。
貴族のわがまま、という単語が頭に浮かぶ。そう思われても仕方がない。そのわがままにエルフリーデを巻き込んだ上、迷惑をかけているのは自分だ。移動中、彼女はいつになく真剣で険しい表情をしていた。
普段たおやかな笑顔を振りまいている妖精のような彼女をそんな表情にさせる自分へ対して嫌悪を感じたほどだ。
怪我をして発熱しているせいか、悪い思考ばかりが浮かんでくる。
早く、あの可憐な笑顔を見たい。そうしたら、普段の私に戻れる気がする。こんな見た目だけの情けない人間でも、彼女に「かっこいい王子様」と言われるだけで元気になれる気がした。
「ロス、お待たせ」
きらきらと鱗粉をまとったかのような笑顔が戻ってきた。格好はぼろぼろだけど、そんな程度で彼女の魅力を損なえるわけがない。
「ちょうど良い木が見つかったから縄を結んできたよ。
あと、ついでに罠もしかけてきたの。また明日の朝に確認するね」
「疲れているのにありがとう」
「ううん、大丈夫。それより、足冷やしてるけどすごく痛い? 大丈夫??」
今にも泣き出しそうな表情で聞かれ、ロスヴィータは慌てて否定した。
「いや、気持ちいい水だから! 少しは足も良くなるかと思って」
「そっかぁ」
エルフリーデはそれ以上追求してくる事はなく、ウサギの丸焼きを作ろうとしていた。エルフリーデのそんな優しさが、ロスヴィータの気持ちを少し落ち着かせるのだった。
2022.5.22 誤字修正




