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上を見上げると、木漏れ日が風に揺れていた。そろそろ戻らないといけないだろう。小動物が好みそうな場所を選び、いくつかの罠を仕掛けてしまおう。
急いでロスヴィータのもとへ戻ると、やっぱりというか、熱っぽかった。川で濡らしてきたハンカチで彼女を軽く冷やし、カッシディアボリを塗り込んだ。
「もう少し我慢してね。これから狩りに行ってくるよ」
冷たいハンカチを当てたら、少しだけ表情が軟らかくなった彼女を見て、早く何とかして上げたい気持ちが強くなる。気合いを入れ直さなきゃ。
動物の痕跡を薬草探しの合間にいくつか確認していた場所へ向かう。新しく見かけた薬草や食物を採るのも忘れない。ちょうど木の実が成っていたからいくつか採った。そうしながら、一番見込みのありそうな場所に辿り着いた。
水場である川から近く、そして程良く隠れ場所のあるところ。途中で簡単な弓を作っておいたエルフリートは、そこでいつでも射れるように軽く弓をつがえ、じっと身を潜めていた。
ちょうど良いタイミングで何かが現れたら狩りたい。何でも良い。罠に獲物が引っかかるとは限らないし、可能性は高くしておきたい。水辺に現れるであろう動物に望みをかけ、気配を消す。
じっとしていると、野鳥が姿を現した。食べるのにはあまり適さないいくつかを見逃し、もう少し待つ。すると、一対の鴨が現れた。たぶん鴨だと思う。初めて見る種類だけど、まあ……鴨だから大丈夫。
エルフリートはゆっくりと弓を引き――地味な色の方の鴨を射抜いたのだった。
「うわ、すごい」
肌色のくったりとした鴨を見て感嘆の声を出したロスヴィータの姿に、エルフリートは歓喜した。結局罠には何も引っかかっておらず、直接弓で仕留めた鴨だけが手みやげなのは収穫不足かも、という心配は杞憂だった。
この鴨、水辺で仕留めたから下処理は簡単だった。さっさと血抜きをして腸を抜いて洗えば良いからね。一瞬、栄養のある内蔵も調理しようか迷ったんだけど、緊急時に食中毒は勘弁したい。
という訳で、羽をむしって軽く焼いてから内蔵を全部出して洗ってから持ってきたのだ。
「早めの夕食にして、明日は朝早くから移動するからね」
「ああ、頼む」
肌色の鴨を持ち上げながら言うと、樹上にいるロスヴィータは少しだけ広角を上げ、笑ってみせるのだった。うう、俯瞰しながらの笑顔……かっこいい。
エルフリートが簡単な鴨鍋を作っている間、縄を駆使して上手く降りてきたらしいロスヴィータが自分の剣を杖にしてやってきた。
「ちょっと、歩くと怪我に触るよ!」
「少しくらい大丈夫さ」
「全然大丈夫じゃない!」
慌てて駆け寄って背負う。少しの距離だって歩かせたくないのに。エルフリートによって鍋の近くに座らされたロスヴィータは不満そう。それでも熱っぽい姿を見せている限り、この特別扱いは続けるつもり。
「無理したらだめ。下山するまでは私の言う事を聞いてね。
薬が効いてるから少し楽なだけで、ぜんっぜん大丈夫じゃないの!」
思わず近くの枝で作った匙を振り回す。
「何から何までやってもらうの、申し訳なくてな。
それに……用を足すのに一人で動いてたら、動く時のコツを掴んだんだ」
――そうだった。確かにおトイレの都合上、縄を使った昇降は教えていたんだっけ。
エルフリートはロスヴィータの活動的な姿に、ちょっとだけげんなりした。安静にしていてもらいたいのになぁ。
「でも、明日の移動は私の背中で落ち着いていてもらうからね」
「……分かったよ」
元気そうな彼女には、サリクアルバを自分で煎じてもらおう。一人につき一式、自分用のクッカーを持たせている。幸いな事に二人とも荷物が丸ごと手元にあったから、それを使って料理をする。
鴨鍋に入れる鴨はクッカーの都合上、一切れ一切れが小さめになった。食べやすいし、狩りたてだから逆にちょうど良いかもね。
それに途中で採ってきたキノコと薬草を加え、持って きていた香辛料で味付けをした。
自分の方で味見をしてみると、香辛料を擦り込んで下準備しておいた鴨肉は、なんとか大丈夫そうだった。ほぼ見知った味でほっとする。
あたたかい食べ物、久し振りな気持ちになるけどそんなに久しぶりじゃないんだよね……。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
「野性的な味だけど、栄養は確かだから」
「「命に感謝を」」
匙ですくい、味見するロスヴィータ。食べ方がちょっとお上品で可愛い。彼女がちゃんと咀嚼しているのを確認して、自分も食べ始める。
どの動物も寝かせた方がおいしいんだけど、そんな悠長な事は言っていられない。何となく硬い肉を食べながらそんな感想を抱く。
「この鍋、おいしいよ。フリーデは本当に何でもできるな。すごい」
「山に住んでたんだもの」
サリクアルバを飲み干した器に、今度は紅茶を入れてあげる。これはエルフリートがちょっとした楽しみとして持ってきていたフレーバーティーであった。
「わ、これすごく良い香りがする」
「山ぶどうの皮を乾燥させて香り付けに加えたんだよ」
飲み物がサリクアルバだけなのはさすがに嫌だろうし、持ってきたものはしっかり使わなきゃもったいないしね。それに、気分転換にもなるかと思って。
エルフリートは嬉しそうに飲む彼女の姿を目に焼き付けながら、彼女の体調を思う。
……怪我に対する発言がないけど本当に平気なのかな。ちゃんと添え木もしたし、痛み止めも消炎剤も使ってるけど、普通は痛いと思うんだよね。
無理しないように、一応釘を指しておくか。
「いろんなフレーバーを試してるから、帰ったら一緒に飲もうね」
「ああ、それは良いな。楽しみだ」
「明日からは移動を始めるけど、痛かったりつらかったりしたらすぐに教えてね」
「分かったよ」
軽く頷きながら鴨鍋の汁を飲むロスヴィータに、本当に分かってるのか追求したくなった。けど、重傷人みたいな表情はしていないから、口には出さないでおく。
あんまりうるさく言うと、逆効果になるって話を聞いた事があるし。
片付けが終わって日が沈む頃には、大丈夫だって言いはる彼女に軽く精神魔法をかけて眠らせ、エルフリートも眠りにつくのだった。
2020.8.31 誤字修正




