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妖精と王子様のへんてこワルツ  作者: 魚野れん
まさかの山岳生き残り訓練

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16/76

3

 お昼休憩を挟んで下山になった。行きとほとんど同じ道筋で下山し、川の近くで一泊を過ごそうと思っていた。行きではエルフリートが先頭をきっていたが、帰りはエルフリートが殿を務めている。

 エルフリートの動きを学び、山の中を一人でも動けるようにする訓練の一つである。

 いずれは時間内に目的の場所へ移動するとか、そういう訓練も必要になるだろう。少なくとも騎士団と一緒に移動するくらいになる前に、彼らの後に遅れないだけの能力を身につけておきたい。


 雨上がりで良い天気だったけど、足下は最悪。たまに彼女たちは転びそうになったりしているけど、そのまま下山を進めさせた。

 川へはあと少し。沢に沿って注意深く降りていけば、そのまま野営地だった。そのはずだった。

「フリーデ、この沢を辿って川まで行けば野営なんだな」

「そうよ」

 ロスヴィータが確認してきた。エルフリートは頷いてみせる。

「じゃあ、もう一頑張りだな」

 彼女は赤くなってきた陽の光が射し込む中、微笑んだ。その時、ぐらり。ロスヴィータの体が傾いた。


「あ……っ」

「ロス!」


 エルフリートは反射的に踏み出した。でも、間に合わなかった。ロスヴィータの身体は木の根についた泥に足を取られ、踏み留まろうとしたもう片方の足をおろした先は、急な斜面だった。

 足を取られたまま、そのままバランスを崩して落下していく。間に合わない。そう本能的に悟ったが、エルフリートはその声を無視して飛んだ。

 落ちていく最中は何が何だかよくわからなかった。ただ、何とか掴んだロスヴィータを自分の身体に引き寄せるので精一杯だった。抱きしめる事ができた瞬間、ほっとしたのだけは覚えている。

 あとは、あちこちを転がり落ちる。衝撃と痛み。落ちきった時の衝撃から、思ったほどは落下していなかったと気づく。幸運だった。渓谷の方へと転がっていたら、死んでいたかもしれない。

 咄嗟の時、こんなに自分が動けないものなのかと驚いた。もっと鍛えなきゃ……。


「くぅ……ロス、ロス?」

 ぺちぺちと頬を叩いて反応を確認し、呼吸を確認した。大丈夫、ぐったりとしているけど呼吸音は普通だ。

「――丈夫か!?」

 かなり遠いけど、バルティルデの声が聞こえてきた。良かった。エルフリートもできる限り大きな声で叫ぶ。腹部が痛い。骨折したかな。

「大丈夫だけど、合流は厳しいと思う!

 日が暮れてしまう前に、予定通りの場所で夜を過ごし、下山して!」

「そっちは?」

「こっちは私が何とかするから探さないで。二次遭難だけはだめだ!」


 少しの沈黙の後、返事が聞こえてきた。

「わかった! こっちでやるべき事はあるか?」

「演習中の隊が近くにいたはずだから、私たちが滑落した事を知らせてほしい」

「任せな!」

「頼んだ!」

 確か、レオンハルトがこっちで演習するって言っていたはず。もし、彼のいる隊と合流できるなら。エルフリートは近くにレオンハルトがいるようにと願うのだった。


 完全に動きが取れなくなった訳ではないし、他者頼みで待ち続ける訳にもいかない。エルフリートは、まず意識を失っているロスヴィータの方を確認した。

 生きているかどうかだけしか確認していなかったから、今度はしっかりみないと。四肢の欠損はなし。頭部も大丈夫。枝も刺さってない。ただ、ロスヴィータの右足首が変な方向に曲がっている。

 装備を自分にしっかりと固定していて良かった。エルフリートは心の底から強く思った。エルフリートは自分の制服を躊躇いもなく切り裂いて紐状にし、右足を靴ごと巻いてとりあえず固定する。早く冷やして正しく固定しなきゃ。

 目立つ外傷が右足だけなのは幸いだ。あとは本当に小さな切り傷とか。本当に幸運だった。一歩間違えれば腕や足なんて、簡単にもぎれちゃうからね。


 一安心したところで自分の状況を確認した。あちこち痛いけど、特に気になるのは左側の鳩尾の近く。服をまくればあざができている。そのあたりを優しく、確かめるように触った。あっ、痛い。これは肋骨やられたな……我慢できる程度って事は内臓は多分大丈夫。エルフリートは再び制服の一部を破って固定する。これで少しはましになるはずだ。

 荷物を自分の前に、ロスヴィータを彼女の荷物ごと背中に背負う。申し訳ないけど、両手が塞がるとまずいから持ってきていた縄で縛らせてもらう。二人分の荷物に一人の人間。ぐぐっと足下が沈んだ。転ばないように慎重になりながら、一歩一歩確実に移動する。さすがのエルフリートも、息が上がっていた。

 水のせせらぎを探す為に一度立ち止まったり、地図でだいたいの位置を確認したり、慎重に進む。予定のルートからは離れてしまうものの、陽が落ちるかどうかというタイミングで川の位置を特定する事ができた。

 この速度ならあと二十分くらいかな。エルフリートはこれからの事を考える。まずは安全確認をしながらロスヴィータの足を冷やし、その間にサリクアルバを煎じる。うん、大丈夫。


 行きに立ち寄った川と同じような、しっかりとした木々があれば、緊急避難場所を木の上にできる。この辺りは狼が生息しているという話を聞いていたから、寝ずの番が色々と厳しい今、地上で夜を過ごすのは避けたい。

 寝ずの番が難しいというのは、今動けるのがエルフリートだけだという事、そのエルフリートがロスヴィータを守りながら動かなければならないという事、ロスヴィータを守る為に必要なものを用意する為にエルフリートが彼女を残して動かなければならないという事、と理由を書き出したら書ききれないくらいある。

 全てをこなせる程、体力馬鹿じゃない。エルフリートはそれを十分に理解していた。今だって、水場へ辿り着くので精いっぱいだし、水場へ辿り着いたら日が暮れてしまう。小さい頃にレオンハルトと山で遭難した事もあるが、今の状況はそれよりももっと厳しい展開だった。

2022.5.22 誤字修正

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