2
太陽みたいな笑顔でロスヴィータがエルフリートの肩を叩いた。外で見るとますます眩しいっ!
「マリンの複雑な動き、完全に見切っていたね」
「リズムさえ捉えてしまえば難しい話ではなかったよ。それより他の騎士団の方々が派手な魔法見たかったみたいなんだけど、やっても良い?」
やっぱり期待には応えたいよね。
「せっかく人が集まっているし、フリーデが良ければ」
ロスヴィータは二つ返事で許可を出した。騎士団の人達に私達の力を知ってもらうのも、大切なお仕事だもん。広報活動は大切。
「マリンは安全で派手な魔法って持ってる?」
「派手な奴には派手な攻撃力があるわ」
マロリーがにこやかに物騒なことを言う。過激派そのものの発言だぁ。エルフリートは逆に感心してしまう。
「じゃあ、私だけ披露するね」
騎士団の人間は相変わらず少しの空間をあけて円形を保っているからちょうど良い。ロスヴィータ達にも同じくらい離れてもらって、それから魔法を組み立てた。
「三位の女王よ。幻想の宴に招け」
発する言葉は声かけ、魔法を組み立てるのは体内と自分の周囲。ちょっと繊細で綺麗な魔法を展開するよっと。三位の女王は本来は戦女神なんだけど、様々な姿をして人間を惑わしたりする。だから幻惑の魔法にはぴったりなんだ。
人によって構成方法が異なるこの世界の魔法。エルフリートの場合は結果を想像する事が多い。繊細な術を使う人は数式などで構成するらしいけど、エルフリートはそれが苦手だった。代わりに想像力を巧みに広げて補完している。
エルフリートが展開した魔法は美しい幻だった。おとぎ話にしか存在しない妖精が何体か、楽しそうにおしゃべりをしたり飛び回ったりする。たまに騎士団の誰かの近くに寄っては彼らの頬をつついたり、ロスヴィータの手のひらに乗ってくつろいだり。
ひとしきりみんなを楽しませたと判断したエルフリートは妖精達を呼び寄せた。
「終わりにみんなで季節はずれの雪を降らせてあげようね。
さあ、偉大なる天空の神よ。美しき氷雪と舞え!」
妖精達がエルフリートを囲うように円を組み、そのまま空へと昇っていく。そして、空中でくるりと後転して消えた。その瞬間、まばゆい光が拡散する。
エルフリートは自身の領を、氷牢の季節を思い描いた。しんしんと降り積もっていく雪。荒れ狂う風にあおられ、激しく舞う雪。最初は過激な方がインパクトがあるだろう。
切り立った崖にぶつかりあい、ひょうと音を立てる鋭い風に流される雪を。それから束の間に訪れる無風に喜ぶ雪を。エルフリートの周囲を中心に、誰も雪に埋もれないように微調整しながら雪を降らせた。
「はい、おしまい」
雪が降り始めた頃から、周囲は無言だった。エルフリートの生み出した本物の雪に言葉を失ったのだろう。ほんの少しの間、余韻を楽しむかのように全員が無言だった。
エルフリートの足下、そして肩や頭には先ほどの雪が残っており、妖精とは違って幻なんかではなかったのだと主張していた。
一番最初に動いたのはロスヴィータだった。
「フリーデ、すばらしい魔法をありがとう。本当に妖精が現れたのかと思った。
しかしそのままでは風邪をひいてしまうよ」
おもむろに近づいた彼女は、エルフリートの周囲に残る雪を踏みながらそばに立ち、うっすらとエルフリートに積もった雪を払う。
「うふふ、王子様みたいなロスがかっこいいから大サービスしちゃった」
本音だった。吹きすさぶ雪の向こうに側に見えたロスヴィータは凛々しく、まるで両親が作ってくれたあの絵本に出てくる王子様が、本から抜け出したみたいだった。驚きの表情と喜びの表情が入り交じったあの顔。はあ、なんてかっこいいの……。
「素敵だ! 私の妖精さんは何て愛らしいんだ」
ロスヴィータに突然抱きしめられた。わぁ、近い! 本当に近い! 王子様の長い金糸が見える! おずおずと、抱きしめ返す。どうしよう、心臓がばくばくしちゃう。
う……。王子様良い匂いする。何この爽やかな森を思わせる香り。無理。刺激が強すぎる。ロスヴィータが王子様すぎてつらい。もうダメ。
周囲ががやがやしているようだったけど、自分がどんな状態かなんてぜんぜん気にならなかった。
「フリーデ、大丈夫か?」
「あらぁ……レオン?」
目の前に心配そうに眉を下げる親友がいる。気が付けば、自分は割り振られたばかりの自室のベッドで横になっていた。視線を彷徨わせると、その近くにロスヴィータが壁に身を預けて目を閉じているのが見える。
「ロスに抱きしめられて気絶したんだよ。彼女は今仮眠中みたいだけど」
「気絶……したの?」
「そうだぞ。いくらあこがれの王子様に抱きしめられたからって、さすがに俺も驚いた。
疲れも溜まっていたんだろうな。そうでなければ夜までに目が覚めていただろう」
「ごめん、迷惑かけたね」
レオンハルトが珍しくしかめっ面をしている。エルフリートは素直に謝った。
「まあ、俺は良いからロスに謝るんだぞ。親友の妹が心配だから見守っていたいと言う俺が、一緒にいられるように気を使ってくれたんだ。
あと、今日の事でお前にあだ名が付いたぞ。おめでとう」
「ええ?」
「自称妖精になりたい子、から他称妖精さんになった」
「まあ!」
エルフリートは両手を合わせた。つまり、私、みんなから妖精さんって呼ばれるって事だよね!?
「明日からにぎやかになりそうだ。がんばれよ」
「ええ。がんばるわ」
自他ともに認める妖精さんへの道を一歩踏み出したんだね! ああ、嬉しい!! 何だか順調じゃない?
エルフリートは笑顔でレオンハルトが部屋を出ていくのを見送った……んだけど。ロスヴィータはどうしよう。
立ったままにする訳にはいかないけど、起こすのもどうなんだろう? 迷った末、とりあえずロスヴィータをベッドに運ぶことにした。触った時点で目を覚ますかもしれない。そうしたら素直にこのベッドで寝てもらえば良い。
どちらにしろ王子様とはいえ女の子を任務外で立ったまま寝かせる訳にはいかないし。そっと自分の方に抱き寄せる。思ったよりも簡単に彼女の体は傾いた。ロスヴィータはどこでも寝られるタイプなのかもしれない。
まだあどけなさの残る少年のような彼女の寝顔を見ながら小さく微笑んだ。そのままロスヴィータをベッドへ寝かせ、エルフリートはレオンハルトが付き添いに使っていた椅子へと腰掛けたのだった。




