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ロスヴィータとバルティルデの模擬戦が終わる頃には、人だかりになっていた。訓練中だったはずの騎士たちまで集まっている。性別が違うだけでこんなに注目されるものなんだなぁ……。
「次はフリーデだ。準備は大丈夫かい?」
ロスヴィータが近づいてきた。その前髪の間から見える額には、小さな汗の粒が浮かんできている。汗一つかかず、とはいかなかったんだね。
その一粒一粒が、真珠のように感じられる。思わずハンカチを取り出して彼女の汗を拭ってあげた。
「ありがとう」
「いいえ」
「優しいね、私の妖精さん」
ロスヴィータの甘い声がエルフリートを貫いた。ああ、もう死んでも良……良くない! エルフリートはとっさに胸を押さえた。
「さ、がんばっておいで」
「うんっ」
よっし、がんばろう! 汗ばんでいるせいか、きらきらが増して眩しいくらいの王子様の為に!
やる気に満ちあふれたエルフリートは意気揚々とロスヴィータたちが戦っていた場所へと歩いていった。
エルフリートが目的地へと近づくのに反比例するように、騎士たちが下がっていく。魔法が発動しても大丈夫なくらい、大きな人の円ができる。
「マロリー、エルフリーデ、用意は良いか?」
「はい」
「もちろん」
マロリーはレイピアを構え、エルフリートは片手剣を構えた。マロリーの武器は“突き”に特化しているように見える。それに普通のレイピアとは少々勝手が違うみたい。というか、あれ模擬戦用じゃないよね!?
大怪我を防ぐ為に使うのが模擬戦用の武器だから、気を使って戦って、どっちも怪我しなければ問題ないよね……?
それなら目の前の問題を考えなきゃ。あの武器、非力そうな彼女が使っているくらいだし、魔導具なのかな。もしくは身体強化を使っているから使えるのか。
観客が遠いなら、私にだっていくらでもやりようがあるから別にいっか。
「始め!」
ロスヴィータの合図に合わせ、エルフリートは動いた。試しに一撃。マロリーはエルフリートの攻撃を受けた。彼女のレイピアを見てみると、違和感があった。
「それ、面白いね!」
マロリーは力の使い方が器用なタイプなのかも。エルフリートも目を凝らさないと見えなかったが、魔力がレイピアの剣身を覆っていた。あまりにも薄くて均一だったから気のせいかと思っちゃうくらい。
研究者に見えるし、てっきり大きな魔法を撃つ機会がありそうだとかそういう理由で入団を決めたのかと思ったけど、誤解だったみたい。ちょっとだけ距離を取ってみよう。
魔法の具合も見てみたいし。同じだけ距離を詰めてくると思ったのに、マロリーは無言で手をかざした。その手にはいくつかの指輪と腕輪がはまっている。
いやな予感がして、慌てて詠唱した。
「偉大なる三身の父よ。我に剣を屠る盾を!」
左腕で体を庇うように身をひねった瞬間、衝撃が来た。左膝を曲げ、後ろへ下げた右足に力を入れて耐える。
えっ……これ実践? 模擬戦でこういうの良いの?? 無防備に当たったら体吹っ飛んでたよ!?
「反応良いじゃない」
「わあっ、ありがとう!」
マロリーに褒められた! 反射的に喜んじゃった。嬉しいけど、喜んでいる場合じゃない。エルフリートはマロリーの攻撃を避けながら、当初の誤解こそが入団理由の好戦的タイプだと確信した。最初の印象が正しかったみたい。
どう攻めようか考えている内にマロリーの追撃速度が上がった。攻撃を予測して避けつつ、魔法はとことん防ぐ。当たったら痛いどころじゃすまないと思う。マロリーがほとんど無詠唱なのを見ると、魔導具に頼った戦い方をしているみたい。
防ぎ続ければ、魔導具も使い終わる。それまで逃げ続けるか、彼女自体を無効化するしかない。
マロリーの動きはダンスを踊っているかのようで華やかだ。でも、リズムさえ捉えれば何ともない。見た目とは正反対に重たい攻撃を受ける。エルフリートはたたらを踏んだ。
わあ、相変わらず鹿が暴れているみたい! でもこういう相手の時は割と簡単に倒せちゃったりして。
頃合を見計らってエルフリートはマロリーの足下に魔法を放った。
「偉大なる神よ。地を屠れ!」
「きゃぁっ」
マロリーの足下周辺の大地がぐにゃりと歪む。倒れないように踏み込もうとしてるけど無駄だよ。
「慈悲の善神よ。安らぎの音色を紡げ」
マロリーの体から力が抜けて、へなへなと座り込んだ。よし、命中だ。今頃彼女は何がどうなったのか分からないけれど、安心感に満ちあふれてるだろう。
あんまり精神攻撃はしたくないんだけど、これくらいなら良いよね?
「はい、おしまい」
とりあえず剣をマロリーの額に突きつけた。
「参りました」
マロリーはにこにことしながら降参した。うん、ちゃんと魔法が効いてるね。彼女、笑顔の方が可愛いけど、ちょっと無表情っていうかこう不機嫌そうな表情の方が魅力的なんだって気がついた。
珍しいタイプの子だなぁ。
決着がついたのが端から見ても分かるようにしたからか、のんびりしていたら人だかりが近づいてきていた。あれ、戦う前よりも人増えた?
「フリーデ、私に何したの?」
彼女に手を差し出して立ち上がらせると、首を傾げていた。興奮していた気分も何もかも凪いでしまったから、変な感覚が残っているのだろう。
「動きを封じて命中率を上げてから精神的な攻撃を仕掛けたんだよ」
「詠唱も面白かったわ」
「あれは……うちの領では普通なんだけど」
自然を信仰している民族が祖先となるカルケレニクスの民は、特殊な宗教感覚をしているかもしれない。それが魔法の系統にも影響してしまったんだね。
名前すらあやふやになってしまった神にお願いをして発動する魔法なんて、周りからすれば違和感でしかないだろうけど。
でもカルケレニクスの民は、それが祈りと同化していると考えられていて、むしろそうやって魔法を使う事が神を祀る行為になると信じている。
「魔法にも色々あるから、知らないだけなのね。奥が深いわ。ふふ、研究しがいがあるわ」
信仰心が魔法を使わせるという事だけど、マロリーに使えるのかな。使えるなら、それはそれで面白いね。
「今度教えてちょうだい」
「良いよ」
にこやかな笑みを浮かべたマロリーと和やかに会話を進めていると、がやがやとし始めた。
「二人ともおもしろい戦い方するな」
「盛り上がってるようには全く見えなくて、ちょっとつまらなかったぞ」
「魔法使ってる割にはずいぶん小規模だったな」
ちらほらと地味だったという意見が聞こえてくる。派手なのが良かったのかなぁ?
「ドレスなのに良い動きだったぞー」
「あら、どうもありがとう」
どんな姿でも全力を出すのが私だもん。エルフリートは嬉しくなって返事をした。
2022/5/21 誤字修正




