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Scene3

「暁くん、両手を挙げようか」


 オレはナイフを投棄し、気の抜けたような男の声に従った。背後を振り向くと、白衣の男が銃を構えている。救出対象に武器を突きつけられることは想定外だった。


「暁くん、キミはよくがんばったよ。だけど、魔術の知識が不足していたね。キミが保護区にいた六年で日本全体の、特に特区の魔術は驚くほど進歩したんだ」


 白衣の男は指を鳴らした。数分すると、倉庫の至るところからコツコツという靴音が聞こえてきた。やがて靴音は大きくなり、やがて八方からスーツの男達が現れた。男達の身体にはやはり、オレがつけた裂傷が残っている。この場にいたのは皆、オレが始末したはずの男達だった。


 一体なぜ彼らが生きているのか。

 オレが困惑していると、白衣の男が笑みを浮かべ、


「彼らは、式神なんだ。急所を突かれて停止状態になっても、しばらくすると自己再生の魔術が作動して、傷口が修復される仕組みになっている。つまり、キミが腕に受けた返り血は大量の新物質を含んでいることになる。薬の切れかかったキミの身体はいつまで持つのかな?」


 だが、オレは笑って返答した。


「保護区で魔術を行使したら警報が鳴動します。あなたの言葉が本当なら、警備隊がまもなく駆けつけることになりますよ?」


 それでオレは論破したつもり……だった。だが、白衣の男は勝利を確信する笑みを浮かべたままだった。


「この倉庫は、特区の方角から風が吹くと、新物質が流れる。普段から新物質が流れる場所なんだ。だからこの倉庫では警報が鳴動しないように設定されている」


 このときのオレはアレルギーの影響で、身体が燃えるように熱くなっていた。どんなに空気を肺に取り込んでも、水の中にいるような息苦しさがつきまとい、その場にひざまづくことが精一杯だった。そんなオレに白衣の男は目を光らせた。ぼやけていくオレの視界からでもそれがわかった。


「このまま人生が終わってもいい?」


 オレは、首を横に振ることしかできなかった。

 だが白衣の男はそんな状態のオレの顔を踏みつけにした。


「ちゃんと口に出してよ」


 男の声は嘲笑に満ちていた。

 そのとき、オレはほんの一瞬、このまま終わってしまえば楽になれると思った。同時に、どうしてオレは必死に生きてきたのだろうとも考えた。そして気がつくと、オレは男の足を握り絞めていた。


「何が何でも生きたい」


「どうして?」


「母と幼なじみに……会いたい」


「キミのことなんか忘れて幸せに生きてるよ。十年っていうのはそれだけの年月だしね」


「それでも、会いたいんだ!」


 そのとき、オレの顔から足がどけられた。

 強い風の中、男の声が耳元で聞こえた。


「私の手元に薬がある。服用すると、アレルギー体質が劇的に改善される予定だ。効けばキミは生きることができる。それだけじゃない……」


 それは悪魔のようなささやきだった。


「この薬があれば特区でも普通に生活することができる。……だが、これを人間で試したことは一度もない。最悪の場合、死ぬよりつらい未来が待っている。どうだ? 欲しいか?」


「それがないと生きられないなら、よこせ」


「キミの意志に関係なくそのつもりだよ」


 次の瞬間、首筋にチクリと痛みが走った。その痛みは首筋から肩に、そして前進に稲妻のように駆けめぐった。オレはスプラッタ映画のような金切り声をあげていた。身体を蝕んでいた熱のことなどとうに忘れ、オレは酸素を肺に十分すぎる程に取り込んでいた。


 この時点で、アレルギーの発作は緩和されていたのかもしれない。ただ、全身の痛みとそのあまりにも強烈な刺激に耐えかね、意識が遠退いていった。

 

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