Scene1
研修日当日は特に緊張はしなかった。いつも通りに憩依と学校に登校し、憩依と午前中の講義を受講した後、彩早と和毅と合流し、地下一階にある研修室に向かった。廊下は生徒達が忙しなく動いていたが、研修室に続く地下一階への階段を降りると廊下の喧噪は遠退き、研修室の扉前に着くと廊下の喧噪の代わりに鉄製の扉から声が漏れ聞こえた。
オレは憩依にアイコンタクトを送り、憩依が頷くのを確認してドアノブを引いた。鉄でできた扉は開けるのに力を要した。そして扉が開ききると、強い熱風と土の臭いが吹き抜けた。目の前には生徒と白衣を着た大人で埋め尽くされたギャラリー席と、校舎の地下とは思えない草木に覆われた広大なフィールドが広がっている。フィールドの中ではいたる所で煙が上り、生徒達がデバイスで鍔迫り合いをしたり、魔術を打ち合っている。彼らが傷つけ合えば、ギャラリー席の生徒達は熱狂し、魔術によって地響きが鳴れば、白衣を着た大人達が淡々とした表情でPCを操作し、時に喜々とした表情で仲間と話合いをする。
そんなギャラリー席の光景を眺めていると、彩早が多少の怪我は魔術ですぐに直すことができるから、皆楽しんでいるんだよと耳元で囁き、オレの背中を押してギャラリー席に座らせた。それに続いた憩依と和毅は真剣な表情で天井に設置されたモニターで試合を観戦していた。モニターではフィールド内の生徒達の様子がわかりやすく、映し出されている。この研修には四チームが参加しているようであったが、そのうちの二チームは既に脱落し、残りの二チームで勝敗を競っていた。生徒達は銃型のデバイスと柄型デバイスを駆使し、敵チームの生徒を無力化するべく動いている。
一方で怯えるように木陰に身を隠す女子生徒の姿も目に付いた。彼女はお守りのように銃型デバイス握り、様子を伺っている。そんな彼女の背後に犬の姿をした生物が迫っていた。それは土曜日にオレと憩依が遭遇した魔獣の姿そのものだった。魔獣は女子生徒にゆっくりと歩を進め、刃のような犬歯を女子生徒の腕に突き立てた。女子生徒は呻き声をあげ、とっさに銃型のデバイスで魔獣に発砲し、魔獣の頭を吹き飛ばした。女子生徒はどうにか魔獣の歯牙から逃れることができたが、噛まれた腕は制服の袖が破れ、血液がドロドロと地面に滴り落ちていた。そんな自身の腕を目の当たりにした女子生徒は、白目を剥いてその場に倒れた。それに気づいたスタッフがフィールドに入り、女子生徒をフィールドの外へ運び出し、魔術による治癒を行っていた。
オレはその状況を眺め、憩依に耳打ちした。
「フィールドに魔獣が放されているのか?」
憩依は首を横に降り、
「あれは魔獣の動きを模したデバイス。生徒が消極的な行動に徹しないように、スタッフが配置しているの」
「あの女子生徒のケガ、大丈夫なのか?」
「生物型デバイスの牙の毒にやられたんだと思う。致死性の毒じゃないし、魔術ですぐに手当してもらえるから大丈夫」
そう話している間に、生徒達の歓声が研修室に響いた。オレと憩依がフィールドに視線を戻すと、男子生徒が相手チームの生徒に柄型デバイスの光刃を突き刺したところだった。光刃に貫かれた生徒は全身に電流が流れたような激しい痙攣を起こし、光刃が引き抜かれたと同時に背面にある泥水に倒れた。そして水飛沫が激しく散るとブザーが鳴り、勝者を称える盛大な拍手が研修室に響きわたった。フィールドの中で最後まで勝ち残った生徒は誇らしげに拳を振り上げ、フィールドの出口に向かった。
その後は優勝チームの表彰と、放送委員による最後まで勝ち残った生徒のインタビューが行われ、それらが一段落すると土臭いフィールドが体育館のような板張りの空間に変化し、大勢のスタッフが慌ただしく動き出した。憩依はそれを確認すると席を立ち、フィールドへと続く階段へ歩みだした。もちろん彩早も和毅も憩依の後へと続くので、オレも二人に続いてフィールドへ続く階段を降りた。