Scene1
土曜日になり、窓から差し込む朝日に目を覚ますと、憩依が鋭い眼光でオレを見下ろしていたので、オレは慌ててベッドから飛び起きた。この日の憩依はミモレ丈のスカートにニットを着て、ほんのりと香水の香りがした。
「私との約束、忘れたわけじゃないよね?」
「覚えてる。大事な話があるんだろ?」
「じゃぁ、何でまだ寝てるの?」
「詳細を何も知らないからだ」
すると憩依はピクリと頬をひきつらせ、分からないことがあったらすぐに聞いてよ、と声を荒げた。どうやら聞かなかったことは知っているものとして扱われるようだった。話を聞いてみれば、午前から出かける予定だった。
そういうわけでオレは仕返しに、着替えるけどオレの裸に興味あるかと言い、憩依を赤面させて部屋から追い出し、私服に着替えることにした。初日に持ってきた荷物にはスラリとしたジーンズに、しっかりしたシャツとコート、整髪料に香水まで揃っており、オレはこれら着用、使用した。
部屋を出ると憩依が壁に立っていた。彼女はオレの姿をじっと見ると、歯を磨いたり顔洗ったりするくらいの時間はあるからしてきていいよ、と言って階段を降りていった。だからオレは彼女の言葉に甘え、洗面所で歯を磨いたり、顔を洗い、洗面台で自分の顔を確認した。体質なのか顔に髭が生えず、髭剃りを使う必要はなかった。そうして自分の顎を撫でていると、洗面台の鏡の隅で、幸さんが、口を隠した状態でひょっこりと顔を覗かせていた。
「鏡に男前が映っていますなぁ」
そう言う幸さんを見て、十年前に母が自分の髭を処理したがっていたときは、今の幸さんのように鏡の隅から顔を覗かせて、待っていることを暗に伝えてきたことを思い出した。だからオレはすぐに洗面台を綺麗にして、幸さんに場所を譲った。もちろん幸さんは鼻歌交じりに洗面台の前に立っていた。だからオレは、自分に髭が生えてこないのは父親の遺伝なのだろうか、などと考えつつ、玄関で待つ憩依と合流し外出した。