Scene1
次に目覚めた時、オレは医務室のベッドに身を預けていた。ベッドの傍らでは憩依が細長い脚を揃え、皺や傷のついた本に目を走らせている。見覚えのある表紙だった。
彼女が読んでいる本は海外のノンフィクション作品で、映画化もされている。保護区で暇を持て余していたときにこの作品の存在を知り、書店や図書館、DVDショップからインターネットの通販サイトを駆使して、この作品を入手しようとしたが、保護区ではこの作品を手に入れることができなかった。
本の表紙を眺めていると、ふと憩依の表情が見えた。その本を読んでいるときの彼女はこれまでのツンケンな雰囲気からは想像が付かないほど穏やかに見えた。
そのとき、憩依と視線が重なった。憩依はオレが目覚めたことに気づくと、本を閉じ、オレの体調を伺った。オレは体を起こし、自分の体を確認した。魔力の計測を行った際にケガを負ったはずなのに、傷跡一つ残っていない。
大丈夫そうだ、と答えると、憩依はムスとした表情で、オレが気を失った後のことを話した。当時のオレは魔力の散弾を浴び、グロテスクな画像のようになっていたらしい。そんな状態のオレを彩早が癒してくれたそうだ。曰く、彩早が来なかったら、死んでいたかもしれなかったそうだ。
憩依は沈黙し、オレの言葉を待った。だからオレは様子を探るように言葉を紡いだ。
「オレが倒れている間、側にいてくれたんだな。迷惑をかけたな」
オレが謝ると憩依は視線を本に落とした。
「この時間、暇なのは私だけだし、医務室が静かだったから、読書するにはちょうど良かった」
「憩依が読んでる本って、昔のノンフィクションだよな。面白いのか?」
憩依は首を横に振り、読書は面白いからするものでも知識のために読むものでもないと言った。だからオレはどうして読書するのか尋ねた。
憩依は長い睫を伏せこう答えた。
「苦しくても、嘲笑されても、生きるために」
そのとき、医務室の扉が開き、彩早と和毅が戻ってきた。二人はオレが目覚めたことに気づくと駆け寄り、オレの体調について伺った。そして大丈夫そうだと答えると、和毅がオレが気を失った後のことを詳細に話そうとしたので、憩依が「その下りはもうやったから巻いて」と言った。和毅は肩を落とし、彩早はクスっと笑っていた。こうした風景を目にしたのは、小学生以来だった。
しばらくて、オレの体調も回復したので食堂に向かった。昼食には早いが、単位制の学校ということもあり、食堂には多数の生徒がいる。オレ達もファミレスのような席を陣取り、オレの魔力適正試験について話し合った。司会を立候補した彩早は、机に両肘をつき、両手を組んだ姿勢で、和毅に説明を求めた。和毅は突っ込みを入れたそうな表情をしていたが、脇道にそれることなく、オレの魔力測定結果を説明した。
「結論を言うと、暁の魔力は計測不能だった。魔力測定は計測者が持つ魔力の属性と、魔力の強さを計測することが目的だけど、暁の試験では三つの魔力の属性が検出され、魔力の強度も属性によって異なったため、結果を登録できなかった」
和毅の説明に対して、オレは質問した。
「属性が三つあっちゃだめなのか?」
すると彩早が首を横に振った。
「魔力の属性は遺伝で決まってるの。血液型がいきなり変わらないのと同じ感じ」
憩依に言われ、オレは自分の魔力測定の異常性を知ることになった。結果だけみると、オレは遺伝子を変化できる新種の生物のようだ。だけどその考えは現実的ではないから、和毅は当時の状況を振り返ることを提案した。
まず、オレの魔術がどのように変化したかを振り返った。オレが魔術を発動した瞬間は<黄>属性の火球が発生した。そして的に当たると、炎は<青>属性を帯びて凍り付き、そして氷ついた炎は<緑>帯びて弾けた。そしてこの結果をみた彩早はこれらの魔力はオレよりも前に計測試験を行った、三人の生徒が持つ魔力の属性であることを指摘した。
<黄>属性が彩早。
<青>属性が憩依。
<緑>属性がオレ達より前に試験した女子生徒。
以上の結果から、彩早は暁の魔力が三人の試験者の魔力に影響を受けたのではないかと言った。
この説には和毅も賛成した。しかし、ではなぜそのような現象が起こったのか、という話になると和毅と彩早は言葉を詰まらせた。そして憩依が二人の様子を伺いながら、ぽつりと言った。
「もしかしたら魔力属性が本当に変化したのかもしれない」
彩早と和毅が目を丸くした。
「でも、魔力の属性が変化するってありえるの?」
憩依は顔を俯かせ、ためらいがちに言った。
「魔力の属性が変わること事態はありえるよ。だって私が……」
「憩依が試験後に魔力除去を忘れてたんだよな」
憩依が言い掛けたとき、ふいに聞き慣れない声が割り込んできた。声はオレ達の向かいの席から聞こえてきた。向かいの席には燃え上がる炎のように真っ赤な髪をした男子生徒の姿があった。