Scene2
試験準備は計測用のグローブを装着するだけだ。だが部屋の眩しさにぐらつき、彩早にグローブを差し出されるまで装着することを忘れていた。それで慌ててグローブを装着したはいいが、魔術発動の方法がわからず、彩早に教えを乞うことになった。彩早は嬉々とした表情でオレに語った。
「魔力は自律神経で制御するの。例えば右手が温かいって念じたら、本当に右手が温かく感じるよね。それと同じで、身体の中に巡る魔力が右手に集まるように意識するの」
その一言で魔術の発動が理解できた。オレがコクリと頷くと、彩早は微笑み部屋を退出した。窓ガラスの向こうでは計測の準備を終えた、和毅がオレに合図を送っている。だからオレは彩早が教えてくれた要領で、グローブを填めた手を的に翳し、意識を集中させた。そしてゆっくりと息を吐き、心の中で手に魔力が集中するように念じた。すると、右手に保護区で生活した頃には感じたことのない刺激が集約された。
次の瞬間、グローブが輝き、掌から火球が的に向かって放たれた。そして火球は的を優しく包み込むように燃え上がった。生まれて初めて魔術を使った瞬間だった。
それなのに、オレは魔術を発動させるときの、意識を集中させる感覚を、少なくとも十年前には知っていた。この集中方は幼なじみの少女がオレに教えてくれた感覚だったからだ。
オレは自力で発生させた炎を近くで観察しようと炎に近づいた。彩早と同じ<黄>の炎。<黄>の魔力は力を分け与える特性があると教わったばかり。オレは<黄>の炎に手を伸ばそうとした。
そのとき、燃え上がる炎が、科学反応を起こしたかのように青白く変色し、まるで凍り付いたように動かなくなった。まるで想像も付かなかった現象の意味がわからず、オレはガラス越しの和毅をみた。和毅も肩を竦めていた。
だが数秒後、和毅が血相を変えた。彼はガラス越しのオレに大きく口を開けて、何かを言っている。否、叫んでいる。彩早も憩依も何か指して声をあげている。そこまで確認して、皆が炎を指していることに気づいた。
オレは慌てて炎に視線を戻した。青白く凍り付いた炎がエメラルドのような緑に変色していた。そのとき、脳裏にオレ達の前に計測をしていた女子生徒の姿がよぎった。その女子生徒は緑の魔力を使っていた。緑の魔力を帯びた火球は的に触れた瞬間、渦を巻くように燃えがっていた。
嫌な予感がした。
オレは頭を抱え、部屋の出口に向かった。だけど、判断が遅すぎた。背後から軋むような音がしたかと思うと、稲妻が走ったような激しい音と、衝撃がオレを襲った。凍った炎が砕け、散弾銃のようにオレの体を貫いたのだった。焼けるような激痛に襲われたオレはそのまま吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。オレの意識は穏やかな波の引き際のように遠退いていった。