4.能力の答え合わせ
「んく、っはぁ……はぁ……ゴホッゴホッ」
水谷は余程の緊張状態になっていたのだろう、先の戦闘で水は一口も飲んでいないのに未だ咳が止まらないでいる。
「あー……仲間を目の前で蹴り飛ばしておいてあれだけど、大丈夫か?」
義人は実質の決着がついたことで心に余裕が生まれたのか、いきなり殺されそうになったことを忘れ水谷の心配をした。
「ゴホッゴホッ……あれ――」
「どこ、ここ、あれ? 屋上?」
「は?」
「いつの間にこんな所に……あぁ!? 勝くん!? あ、あぁ、大事なお金までこんなに散らばって……!」
水谷は周りに落ちている十円玉や五十円玉、百円玉といった小銭をかき集め始めた。義人もつられて屋上の戦闘で使われていた地雷の代わりだったであろう小銭を回収し、水谷に手渡した。小銭を全て集めたが、どんなに多くても千円程までしかないだろうと義人は感じた。
「ありがとうございます!」
水谷は軽く頭を下げて礼をする。それから義人の腕をしばらく見つめた後、不思議そうに口を開く。
「その腕……もしかして勝くんが?」
「もしかしても何も……お前らが先に攻撃したんじゃないか。覚えてないのか?」
「攻撃……!? しませんよ僕らは。そんなカツアゲみたいなこと」
「お前らのカツアゲってのは世界征服のことなのか? 国単位どころか宇宙規模じゃないか」
話が噛み合わない。それは演技とは到底思えない別人のような言動をする水谷と、戦っている最中の記憶どころか直前の会話やここへ呼び出した記憶まで抜け落ちているという、他意を感じる都合の良さ。仕組まれていた戦いだったのか。それを知る方法は今の義人にはなかった。
「う……」
小倉が起き上がる。小倉も水谷と同様で記憶が抜け落ちているようだった。
それからしばらくした後、能力の効果が切れて疲れが溜まった。いきなり座り込んだ義人に二人はチャンスだ、というような仕草もせず、普通に心配をし、肩まで貸して家まで送ってくれた。
「なんか、いきなり襲っちまったみてぇで悪ぃな。今度詫びさせてくれ」
「僕からもお願いするよ、火傷させちゃったその腕も良く冷やした方が良いよ」
結局本性を表す、ということもなく、それが余計に戦闘中での二人が謎として義人の心に引っかかった。
次の日の昼休み、教室に座っていた義人にクラスメイトが「放課後に屋上で小倉と水谷って人が呼んでいる」と伝言を伝えられた。クラスメイトは普段閉まっている屋上の扉について疑問に思っていたが、義人は適当に部活の用事だと誤魔化した。
放課後になって屋上の扉を開けると昨日戦った水谷と頭に絆創膏を貼った小倉が立っていた。
義人は内心強く蹴ったことを謝りながら呼び出しに応じた。
「あー、双六?」
確認するように小倉が話しかける。無言で頷くと続けて、
「俺は小倉、こっちは水谷、二人とも一年二組だ。昨日は自己紹介しそこねちまったからな」
「あぁ、聞いているよ。クラスが別なのは知らなかったけど」
俺は一組だ、と言う補足も入れる。
「あれ? いつ言ったっけ?」
「昨日も言ったけど、君たちに世界征服に付き合えと襲われて……その時に名乗っていたよ」
ちょっとズレた自己紹介を終えたあと、小倉と水谷が覚えていることを話してくれた。小倉と水谷は一昨日から、つまり戦闘時の昨日から記憶が朧気らしく、その間に何をしていたのかは全く思い出せないようだった。
「そう言えば、君たちって超能力……みたいなのってできるん、だっけ?」
「えっ」
小倉と水谷は驚いたような顔をしている。義人は洗脳のようなことをされていた間だけの能力だったのかという考えを巡らせ、少し言葉を濁したが、
「なんで知って……僕たちが君に戦った時か!」
「あぁ、俺らも持ってるぜ、そういうの」
昨日火傷した腕を見ても大した反応もせず、心当たりがあるような言い方をしていたのを思い出し考え直す。
「水を飛ばす能力と、物を爆弾に変える能力?」
昨日の体験から義人は推測する。
それを聞いて水谷は、
「ちょっと違うよ、僕の能力は確かに水を飛ばすことも出来るんだけど」
と言って持っていたペットボトルから水を右手のひらの上に少し出すと、その手のひらにスライムが張り付いたようにぷるぷると水がくっつき、その水も夏用のワイシャツの中に入って左手のひらに移動した。そこから箒を手のひらの上に乗せてバランスを取って遊ぶ時のように、水を棒状に伸ばしてバランスを保たせた。
「こんな風に、触れている水を自由に操れる能力なんだよ」
と水谷は得意げな顔をしながら言う。
確かにすごい能力だ、と義人は素直に感心する。何より義人の能力よりも融通が利きそうだ。
「ただ、水が無いと何も出来ないから、能力を使いたい時があるかもしれない時のためにいつもペットボトルを持ち歩いているんだ。あまり使わないけどね」
と困ったような顔で頬をかきながら言う。義人がパッと思いついた使い道でも、何かを洗う時とか隙間に水を通して何かをしてみるとかで、日常生活なら洗濯のように、たくさん水を使うような使い道くらいしか無さそうだ、と思って何だか少し残念な気持ちになった。
水を操る、と言う大自然的な能力でもそこまで万能ではないらしい。水谷はペットボトルの中に水を戻した。
「俺の能力も少し違うぜ、物を爆弾に変えるって部分は合ってるけどな」
そう言いながらポケットから一円玉を取り出す。
「俺の能力を説明するなら硬貨を爆弾に変える能力かな」
そう言うと小倉は一円玉を親指でピンっと垂直に飛ばしパァンという一回だけ拍手したような音を立てて一瞬、ほんの少しだけ爆発の熱とその後の煙が出た直後に傷もついていない一円玉が落ちてきて、それを手でキャッチした。
「ぶっちゃけ使い道があんまりねぇけどなぁ……嫌がらせには最適だぜ?」
そう言うと小倉は悪い笑みを浮かべながらポケットに一円玉をしまった。
「あと、俺の能力は硬貨の価値がたけぇほど威力が上がる。初めて爆発させた時は五百円玉でな、危うく死にかけた」
「またその話? 勝くん好きだねぇ」
「あ、そーだ。お前、双六の能力はなんだよ。俺たちだけじゃぁずるいぜ」
「ん、あぁ、俺の能力は欲を力に変える能力かな」
欲を力に変える? と口を揃えて復唱する小倉と水谷。
「例えば、睡眠欲を集中力にー、みたいな?」
小倉は余計混乱していたが、水谷は少し分かったが実際に見てみないと実感は持てないという様子だった。
「欲を変えると一日はもう一度使えなくて。何も出来ない時間の方が多いんだ」
義人自身もあまり説明にしっくりきておらず、今度見せる機会があったら見せるという約束を二人とした。
それから超能力関係の話は盛り上がり、小倉と水谷は小学生の頃に自分が超能力を使えることを知ったらしく、その頃に読んでいた漫画で超能力者は研究者に捕まえられて研究される、という内容を真に受けて今まで隠していたという過去を語った。義人以外の超能力者を見たことはないようだった。
「そう言えば、一昨日僕らは図書館に行ったんだよね。この学校が特別に作っているあの大きな図書館」
「あの体育館並に大きい図書館?」
義人達の通う高校には図書室ではなく大きな図書館が存在していた。その図書館に水谷は小説を借りに行く際、小倉を連れて行き、その時に記憶を失ったらしい。
「昨日は気がついたら屋上だったし、君が体調悪そうにしていたから忘れてたよ」
「俺らを洗脳? かなんかさせて代わりにお前をぶちのめしてもらおうとした奴がいるってことだろ? 他人にやらせるってのが気に入らねぇなぁ。明日殴り込みに行こうぜ」
小倉は水谷と自分を交互に指で示してから、義人に指をさし、そのまま手をグッと拳にして力んでみせた。
「そういうことだなぁ……なんにせよ俺も攻撃されたって訳だし、殴り込みには行かなくても様子は見に行こうか」
そこで二人と一人はひとつにまとまり、三人組となって明日の行動を決めた。