3.初戦闘
「君の能力は身体能力の強化でしょう?」
「答え合わせは今すぐしてやる……!」
義人は考える。自身の持つ欲を力に変える能力でどう戦うのか。使用した欲を力に変えた後の二十四時間、丸一日はその欲を再び力に変えることはできない。そして力に変えられる時間は一時間ぴったりで切れるため、長時間は戦えない。
まずは……
――――性欲を回避力に。
先程の爆発は間違いなくまともに直撃してはいけない部類だと考え、回避力を上げようと念じた。力と付けば大抵のことは上昇できるようで、実感は湧きにくいがこれでも避ける力が上げられているのだろう。
眼鏡をかけた水谷は手元のペットボトルの蓋を開け、中の水を口に含んだ。
そして、義人の方へ向く。
瞬間、義人は避けろと本能が叫ぶような感覚を覚え咄嗟に右方向に転がるように動くと、義人が立っていた所に透明な弾丸が撃ち込まれ屋上のドアにカンッと乾いた音が響く。
水谷の方へ向き直るとドアの方へ口から水を吹いていたような動きをしていた。
水を飛ばす能力……?
それも、かなり速く飛ばす能力だ。
「動かないでよ。狙いを定めにくいからさ」
口を軽く拭きながら水谷の隠す気のない言動を見て義人は確信する。
だが分からないのは不良の小倉の方だ。爆発を起こしたのは恐らく彼だが、どうやって爆発させたかまでは分からない。好きな位置を爆発させられるならとっくに吹き飛ばされているだろう。
もしも、と考える。爆発を溜める時間、所謂義人の能力の使用した欲はその後丸一日再使用は出来ない、というようなものと似たような制限やチャージ時間が存在するなら次の爆発はすぐに行われないだろうという仮説を立てる。そして好きな位置を爆発させられるとしても水谷のように狙う必要があり、義人が動き続ければ狙うのも難しくなるだろう。
――――食欲は持久力に。
小倉と水谷は屋上の真ん中よりもやや入口に近い位置に立っている。その場所を中心に直径十メートルほどの円を描くように回り続ければまず狙いを定めにくくなるだろう。狙いを定めるのに一番やりやすい行動は身体をその場から動かないようにし、できる限り対象を見つめ集中する必要があるため、この作戦は遠距離攻撃が主な行動の彼らだからこそやりにくさを感じさせることだろう。
相手に近づくことはできないが、ひとまずの回避行動としてその考えを実行するために義人は彼らを中心に反時計回りに走り始めた。
「持久走か? 止まったところを狙ってもいいんだぜ?」
その場から動かないで小倉は挑発をする。水谷は何度かペットボトルから水を口に含んで義人に飛ばすが回避力を上昇させたことによって全て躱されてしまった。
残りの量が半分よりも減って全体の三分の一になった辺りで小倉が「もうやめておけ」と水谷に制止させた。
そして何もしなくなった二人を見た義人は走る速度を緩める。水谷は攻撃を繰り返していたが、小倉は最初の爆発から何もしていない。少なくとも周りを三週ほどしているのにもかかわらず狙う素振りすらしないのは明らかにおかしいと言える。最初の口振りから爆発は何度も出来そうだったが、それははったりだったのか。いや、違うだろう。
そこでもう一周して気づく。いくら攻撃をやめたとはいえ、不自然なほど二人はその場から動いていない。というか、恐らく屋上の扉を開けた瞬間の立ち位置から全く動いていない。何か考えや企みがあると義人は察する。
最初の時点で義人の能力を身体能力強化と断定していたということは、近接戦闘を考えていたということだ。つまり近づくことへの対策が最低限練られていたはず。
一番最初の爆発も地面に何かあると思って……そこまで考えた辺りで屋上の入口がまた近づく。まさかと思って地面を凝視する。
十円玉が落ちている。
――――小倉の能力は物を爆弾に変える能力だ。
それは今すぐにでも瞬間的な攻撃が出来るのは水を飛ばして遠距離攻撃が可能な水谷だけだということを決定づけることとなる。そしてその事実を知ると同時に彼ら二人が動かないのは地雷を周りに仕掛け、その爆発に巻き込まれないよう安全地帯にいるということになる。
義人はちらりと水谷を見る。ペットボトルの水を口に含んでいないのを確認すると心の中で能力を発動させた。
――――睡眠欲を脚力に!
義人は屋上の扉を十二時と考えるとちょうど九時に差し掛かるところで急ブレーキをかけて真ん中に立つ二人組に大きく飛び上がって突っ込んだ。
「おし! 作戦通り水含んどけ!」
小倉が水谷に指示をすると手を入れていたポケットから百円玉を取り出して飛び込む義人へと投げつけた。
飛び込むことを読まれていたが回避力の上昇していた義人は飛んでくる百円玉を空中で身を翻して躱す。そして翻した身体をさらに回転させて小倉の頭を脚力の上昇した脚で蹴り倒す。
その光景を間近に見た水谷は動揺しつつも口に水を含み反撃の準備を整える。
整える、というのは、一度の跳躍で少なくとも五メートルの距離を一メートル以上の高さを保ちながら近づき一撃で小倉を蹴り飛ばした身体能力は二人が予想していたよりもはるかに強力な強化であったため、陰謀を知った義人を殺す殺さないに限らず、義人から逃げられるのかという疑問さえ霞んでしまったからである。
口を水に含んだまま鼻での呼吸が荒くなっていき、涙目になりながら身体の震えを止めようと立ち尽くしていた。
小倉が気絶したためか、蹴り飛ばされた小倉が安全地帯の外で倒れ込んでも爆発はしなかった。
それを確認した義人は水谷に「水を吐いてペットボトルの中身も捨てろ」と乱れた息を吐きながら促す。
水谷は今までずっと我慢していたものを解き放つように崩れ落ちて口から水を吐き出し、ゴホゴホと咳をしながらペットボトルの口を地面に向けた。
屋上の床の溝に水が染み渡りながら、春から夏へと変わり始めている遅めの夕日が屋上に立っている義人を照らし始めていた。