2.勧誘
双六義人。四月九日生まれ。牡羊座。血液型はA型で好きな物は――ない。
得意なこと、好きなこと、打ち込めるもの、向き合えるもの、それは彼にはないものだった。
あれから義人は自身が新たに手に入れた能力――欲を力に変える能力――を時々使用していた。抜き打ちの小テストに対して記憶力を上げたり、体育のバレーボールの時に瞬発力を上げたり、簡単だがページの多い問題集を持久力を上げて乗り切ったり。
そのいずれも人間の三大欲求と呼ばれた睡眠欲、食欲、性欲から変えたものだった。
能力の力は著しく現れ、抜き打ちテストでは満点、バレーではコートの端から端まで移動する漫画のようなブロック、三十ページを超える範囲の問題集を一日で解き終えたりすることが出来た。
勉強も運動も全て平均的だった義人は少し注目を集めはじめた。先生からも最近よく頑張っていると褒められはしたが、義人本人は快く思っていなかった。いくら周りから優れているように見えていても、この能力を使った恩恵を受けているだけで自分自身が努力をして得た結果ではないからだ。
それでも能力を使ってしまうのは、使っている間の超人的な力に自分自身魅力を感じているからだ。なんでも出来るような万能感を感じ、こんなことできたらを自身の身体で実現できる快感がたまらなく気持ちがよかった。
六月が残り半分を切ったある晴れた日、義人は学校の自分の机にくしゃくしゃな紙が一枚入っていることに気がついた。広げてみても手のひらに収まるほどの大きさの紙には、
「放課後、屋上で待つ」
と、大きく男らしい字で書かれていた。その紙を見た時に理由は分からないが自分へ向けた紙だと感じ取り、制服のズボンのポケットに紙を突っ込んだ。
放課後、彼は屋上の扉の前に立っていた。
もしかしたら誰か別の人への紙を自分だと思い込んでいるかもしれないなどと思いながら屋上の扉をぎいと音を立てながら開ける。まず太陽が目に入り腕で日光を遮る。そこには二人組がいた。
一人は明らかに不良そうな男と、明らかに真面目そうな眼鏡の男が立っていた。パッと見て真面目男の方が身長が高いようで、自分よりも恐らく不良男の方が身長が低いように見えた。
「よう、待ってたぜ双六義人」
義人の姿を見るや否や不良男が声をかける。自分の名前を知っているようで、まず受取人は合っていたのだと義人は少し安堵する。
「えっと、誰だ?」
簡単な挨拶よりも先程から疑問に思っていたことをぶつける。紙にも書いていなかったのだから、答えてくれないのかもしれないが、と思いながらも今度は真面目男が口を開ける。
「僕は水谷努。こっちは……」
「小倉だ。小倉勝」
水の入ったペットボトルを片手に応対していた眼鏡をかけた真面目男が水谷、ポケットに手を突っ込んだままの短気そうな不良男が小倉と言うらしい。
「お前も持ってんだろ? 能力を」
はっきりと能力と出され動揺する。自分だけが特別な力を持っていないのだと思い込んでいたこともあり、自分だけではなかったのかという落胆と、他にも能力者がいるのかもしれないという期待が少し湧いた。
その反応を見た小倉は話を続けた。
「お、その様子を見ると合ってたみてぇだな。やっぱ最近調子が良かったのは能力に目覚めたからか」
最近の義人は不自然に調子が良かった。同じ能力を持った者同士では分かりやすいものだったのかもしれない。
「ここへ呼んだ理由を単刀直入に言うとだな、お前……俺らの仲間にならねぇか?」
「話が急だよ。勝くん。えっと、君は世界征服に興味がないかな」
「は……?」
世界征服の勧誘。同じ高校一年生程の同級生が頭のおかしいことを言っている。義人はそう認識した。
「俺らしか持ってねぇこの能力があれば、なんだって出来るっておもんだよ」
「仲間があんまりいなくてさ。君も仲間になれば三人になるんだ」
「いやいや……本気で言っているのか……?」
俺は無理だと思うぞ、と付け足して義人は二人を突き放す。そのまま踵を返し屋上の出入口へ向かう。
「おいおい、帰るのか? やろうと思えば――」
小倉の話を聞き流そうとしようとした時、薄く何かが輝き、それをよく見ようとした瞬間――
それは爆発した。
「うわっ!」
思わず驚いて尻餅をつく。
「人だって殺せるんだぜ」
腕に痛みが残っている。強めに叩かれじんと腫れたみたいに残る痛みは、咄嗟に顔の前に出した腕と制服のズボンが黒く焦がされていたことが物語っていた。
「同じ能力者に陰謀を知られて生かして帰す程甘くないんだよ、僕ら」
気が狂ってるとしか思えない言動に何とか体勢を整えて向き直す。相手が勝手に伝え、勝手に証拠隠滅しようとするその姿に少なくとも話し合いは不可能だと悟った。
今の爆発も彼らの内の一人の仕業だろう。だが、これ見よがしに喋りながら爆発させた様子を見るに小倉の能力だろう。
もう一人の水谷はラベルの外されたペットボトルに透明な水を八割ほど入れているのを見ると、もしかしたら水に関する能力かもしれない。
逃げる、という考えが浮かんだがそれはすぐに消える。もしここであの二人から逃げたとしても、彼らの言う世界征服の野望は止まらないのだから。
「お、お前ら本当に世界征服なんて出来ると思ってんのかよ」
少し震え声になりながらも自身を高揚させる。
「俺が世界征服を止めてやるから諦めろ!」
幸い昨日と今日はまだ欲を力に変えていない。
三回、三回までなら自身を強化できる。
戦闘力、攻撃力、防御力、瞬発力、回避力……何が最善なのか思考を巡らせる。
「お前の能力は身体能力を上げることみたいなもんだろ?」
「僕たち二人の能力とやりあうにはちょっと相性が悪いと思うよ」
どうやら相手は結構迂闊なようで、戦いになるかもしれない相手の能力を完全に調べず対策も立てず、人数と理論上の相性だけで勝つ気でいるらしいと義人は悟る。義人自身この能力に目覚めてから一、二週間程度しか経っていないが、力を驕っていて緊張感のなさそうな様子の二人を見るに大した実力の差はなさそうだ。
この勝負は恐らく能力での戦いよりも人数の差が戦況を分けると言えるだろう。
――――くそっ。能力を戦闘という形で使うことになるなんて!
授業の終わった昼下がり、一人対二人の不利な戦いが屋上で今、始まった。