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1.目覚め

 一度は皆、考えた事は無いだろうか。

 自分にしかない特別な力を持っていたら……と。

 物を浮かすことが出来たり、空を飛べたり、人の心を読むことが可能だったり。

 現実には存在しえない空想上の力。


 この男、双六(すごろく)義人(よしひと)もそんな力を空想していた。

 入学式後などの手続きが終わり、新しい授業に慣れ始めた高校生活最初の夏。ジメジメとした猛暑にセミが外で鳴いている中、教室のクーラーが部屋を涼ませる。昼食を終えた午後始めの授業、五限目。昨日夜遅くまで明日提出する国語の作文の課題に悩み続けていた義人(よしひと)は睡魔に襲われていた。机に肘をついて頬杖をつき、眠気に抗いながら黒板を見つめていても授業とは関係のないことを考え始める程に集中力も散漫になっていた。

 人間には三大欲求と呼ばれるものがあるではないか。一つは食欲、一つは性欲。

 一つは睡眠欲。


――――あぁ、俺のこの()()()()()()に変わればな……。


 その瞬間、義人(よしひと)は自分でも不自然だと分かるほどに眠気が引いていくのを感じた。気付けば先程まで眠るかどうかの境目だったのが嘘のように目が覚め、得意なものや好きなものに熱中するかのように黒板の一字一句、先生の一言や身振り手振り、周りの生徒の態度、その全てを見ながら、そして聴くことが出来た。まるで写真をそのままノートに写したかのように先生の字の癖まで同じように書くことができ、先生が声を張る瞬間、接続詞を使うタイミングや回数まで記憶することができ、周りを見渡さなくても聴こえてくる生徒の呼吸や会話で何人が今授業中に寝てしまっているのかなどまで把握できた。

 その集中状態は授業の終わりまで続き、こんな集中力を発揮したのは今までの人生で初めての出来事だった。

 異常なほどまでの集中状態は授業の合間の五分休みでも解けることはなく、次の六限目まで奇妙な集中状態は続いた。

 しかし、六限目が始まって十分ほど、正確には八分と三十二秒。そう認識がはっきりと出来る集中状態は突然ふっと消えた。

 不思議なことに集中状態が終わりを迎えても特になんともなかった。集中する前と何一つ変わらないように感じるのだ。気を張っていた状態の糸を切った……だけで一気に倒れ込むような疲れは訪れなかった。多少の疲れは感じたが集中したとして約一時間。いくら異常と言えども大した影響はなかったのだろう。


 その日のその不思議な出来事に疑問を感じながら一日を終えようとしていた。していた、が。

 全くと言っていいほど眠気を感じない。目を瞑っていても、リラックスしようとも、毛布に体を埋めても。

 眠れない。

 しかし明日も学校はあるのだ、眠れなきゃ困る。

 目を閉じ無理やり寝ようとして何時間が経過しただろうか。

 どうしても眠れないためベッドから体を起こした。


……お腹が空いた。


 このような深夜に夜食を食べるのは不健康だ。だが、横になっているだけで何もしない時間を無意味に過ごしていると、食欲という単純な欲が永遠と心の戸を叩くのだ。

 何か食べたいと。


 そこで今日のあの不思議な出来事を思い出した。

 あの時、()()()について考えていた時にあの状態に変化したのだ。この()()も……

 寝ようと思って同じ姿勢でずっとじっとしていたこともあり少し身体を動かしたいと思ったので、義人(よしひと)は心の中で願うように静かに呟いた。


――――俺の()()()()()()に変わりますように。


 瞬間、昼間の時と同じ現象が義人(よしひと)の体に起きた。

 食欲が無くなっていく代わりに身体能力が上昇しているような感覚。

 試しに自分の部屋の室内で大きな音は立てないように垂直跳びをした。ただ軽く両足で飛んだだけだったが、部屋の天井に手のひらがしっかりとつけられるくらい勢いよく飛んでしまった。約二メートルはあるはずの天井まで手のひらがつくほど。

 義人(よしひと)は突然そんな身体能力が身についたことへの疑問を浮かべるよりも今自分が持っている力に興奮した。

 足の早さはクラスの中で前側でも後ろ側でもない中途半端な立ち位置であったし、体力テストでも特に高い評価を得られた訳でもなかったが、今の気持ちでは間違いなくクラスでトップだと感じていた。


 家の中でできることでは、この身体能力を最高に活かすことはできないだろう。

 家族が眠っているのを確認して、運動靴を履きかかとを揃え、あまり大きな音にならないように扉をゆっくりと開け閉めをして家を出た。

 深夜の誰もいない時間。人通りの少ない時間。

 車も通らないような小道を全力で走った。確実に普段よりも倍以上の速さで走ることができていると分かった。

 走ることがこんなにも楽しいことだったのかと、高校一年生にもなって小学生が感じるようなことを痛感し笑みを浮かべる。

 垂直跳びがあそこまで跳ぶのだから、家と家を仕切る石の塀なんてのは、助走をつければ跳び越えられるだろう。


 数年前の頃の気持ちに帰りながらしばらく遊んでいたが、集中状態が切れた時と同様に運動能力はぷつっと電源が切れるように無くなった。

 ちょうど走っていた状態で切れたので盛大に転び、そして集中状態が切れた時の数十倍の疲れが一遍に襲った。途端に息切れになり、身体を起こすのさえ持久走やシャトルランを終えた時のように難しくなった。間違いなく後日筋肉痛になるだろうと分かるほど。


 何とか身体を引きずりながら自宅へ帰り、転んだ時の腕や脚の擦り傷に小声で文句を言いながらベッドへ倒れ込んだ。

 そして不思議なことに眠れないのである。

 身体はとても疲労していて動きたくないとさえ思っているのに全く眠くないのである。

 眠気が一切来ないのである。

 体を動かす前よりも辛い状況になってしまい若干の後悔もしながら天井を眺めた。


 結局一睡もできないまま朝を迎えた。

 身体中に筋肉痛を抱え学校へ行く。

 午後の五限目。前日この時間帯に眠気が集中力に変わったあの出来事を振り返っていた。昨日から一日眠らずに過ごしたが、一限目から四限目まで一度も眠気を感じていなかった。

 突然()()は訪れた。


 人の声を聴き目を覚ます。気がつくと保健室のベッドの上にいた。

 どうやら気を失ったように眠っていたらしい。

 話によると眠る瞬間の勢いで机から音を立てて寝落ちして床に転がったらしく、注目を集めた結果保健室に行かされたみたいで、保健室にいた先生と義人(よしひと)を運んだだろう生徒が驚いた顔で義人(よしひと)を見ていた。

 保健室の先生によると、すごい形相でやってきた生徒に運ばれた義人(よしひと)を見て、少し焦りはしたものの呼吸が乱れているわけでも体液が出ているわけでもなく、突然倒れた時の様子を聞いても異常があると言うよりただ()()しているようにしか見えなかったが、万が一のために救急車を呼ぼうと思っていたところに義人(よしひと)は目を覚ましたらしい。

 義人(よしひと)は皆に心配されたこと、突然眠ってしまうほど疲労を溜めていたことなどについてキツく注意された。


 さすがにこのことについては疑問に感じた。

 眠気が引いていったものが一日経って突然返ってくるということなのか。もしかするとあの集中状態や運動能力を作り出す条件なのかもしれない。

 と、ここまで考えたところで今日はまだ何も食べていないことに気がついた。昨日の深夜から食欲がないのである。

 先程の出来事のことを考えると今日の深夜にものすごい食欲に襲われるという可能性がある。それが分かっているのなら、食欲が湧かなくても無理やり食べれば抑えられるのではないかという仮説を立てた。


 実際に仮説通りで、夕ご飯をお腹がいっぱいで食べたくない時のような気持ちでも無理やり喉を通らせ、食欲が湧くのか次の日が休みだからと深夜まで起きて検証した結果、全くお腹が空いていなかったのに突然何かを食べたくなった。

 眠気が襲った時とは違い普通に何か夜食を食べたい程度で、強い飢えを感じるようなことはなかった。


 この双六(すごろく)義人(よしひと)が持つ()()に変える能力とその条件は、最初から持っていて至極当然だったかのように双六(すごろく)義人(よしひと)の日常に溶け込んでいった。

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