3-2 ナリト国、アリスの街で
ユカはサユの思わぬ願いに固まった。
確かにしばらく面倒はみるとは言ったが、ここまで来る道中にサユをナリト国の隣に位置する、アステラス国の信頼を寄せる知人に預けようと考えていたのだ。
呪いの痕跡を探った時、彼の内に常人には無い豊富な魔力があるのは気づいていた。だから魔法を扱う分には申し分ないどころか、然るべき所で教われば、将来かなり有望だ。
だが、最初にサユに言った通りの、自分のいつまで続くかもわからない旅路に連れ歩いてしまえば、不用意に彼の身の危険に近づいてしまうのではないだろか、そうでなかったとしても、この先記憶が戻らないとすれば、一所に落ち着いてサユ自身が生きていくための"職"に就けた方が良い、と。
だからサユと旅をするのはナリト国をアステラス国まで突っ切るおよそ一週間、とりあえず明日にでも彼の世話と魔術院に通わせて欲しい旨を知人に知らせを出すつもりでいたのだが。
目の前の少年は揺るがない蒼い眼差しでこちらを見つめ続けている。
「うーん…でも私、教えるの下手だし…」
どうせ教えるにしても我流のやり方の自分より、基礎からきっちり学べる術院の方が断然よろしい。旅についてきたとしても将来の保証もない。
そう言って説得しても、サユは頑なに拒否した。
彼自身もユカの申し出は、正体もわからない見ず知らずの自分に未来を与えてくれる、十分に有難いことだと理解しているのだが、彼女じゃなきゃダメだと自分の中で何かが掻き立てるのだった。
「見ず知らずの僕がこんなこと言うのも厚かましいのはわかっています。だけど、あなたじゃなきゃダメなんです。お願いします、僕を弟子にしてください…!」
さながら孵化したばかりの雛のように、刷り込みでもされてしまったのではないだろうか。ふとユカの頭にそんな思いがよぎった。
だがこれ以上話したところで平行線になるだろう。そう判断したユカは、サユに条件をだした。
「…わかった。ただし、これから一週間以内に私に着いてこられなかったら知人のところに行ってもらうからね。はっきり言わせてもらうと、足でまといになられても困るから」
「…!ありがとうございます!」
満面の笑みで喜ぶサユを横目に、はぁ、と軽くため息をついた。こんなことになるなんて。知人に連絡するのはまた後日にしよう、とりあえずアステラスに向かいながら後のことは考えよう。
そう落ち着けた後、明日の行動予定に思考を切り替えながら今宵は寝ることにした。
翌朝、サユが目を覚ますとユカがちょうど外から戻ってきたところだった。
「おそよう。これに着替えてもらえる?その格好じゃ目立ちすぎるからね」
手渡された服を着替え終えると宿を後にした。
とりあえずサユの一週間分の旅に必要な物を脳内に列挙し、活気づく雑踏の流れに踏み込んだ。
所狭しと軒を連ねた商店の前で、張りのある声で人を呼び込む商人たち。
店先に並べられた様々な道具や食べ物。
それを求めてやってくる住人や旅人。
その光景が新鮮なのか、街の活気につられてなのか、わくわくしながらいろいろな方へ視線を巡らせるサユを見て、ユカは、まるで幼子のようだと笑みが漏れる。
そんなサユを連れて一通り店を回り、準備があらかた整い少し昼を過ぎた頃。二人はアリスの街を後にした。