2 ナリト国、シューレンの森の奥で
夜通し歩いて森の深部へと来た。ここなら滅多に人は入って来ないはずだ。シューレンの森は深い。奥に行けば行くほど日が昇っても木々に作られた紛い物の宵闇に包まれる。
すぐに少年に治癒を施したため外傷はほぼ完治したが、目を覚ましたのは更に一昼夜明けてからだった。
僅かに身動ぎをした少年の瞳は虚ろなまま空を見つめ、数秒してからユカを捉えた。
「大丈夫?」
落ち着いた低い声で少年は覚醒する。ゆっくりと体を起こして周りを見回すが、目に入るのは目の前の地に焚かれた焚き火が照らす薄暗い木々ばかり。
「ここはシューレンの森の深く。君は二晩前に崖から落ちてきたところを私が助けました。体の傷は治させてもらった。」
「…あ…ありがとう、ございます…」
うむ、と彼女が頷くと、肩口の髪が僅かに揺れた。
「さて、とりあえず君の名前は?あとどこの人?体は動くはずだから、森の出口まで送るよ。」
ユカは早くこの少年を送り届けたかった。彼のせいで、と言うより、彼を助けた自分の自業自得ではあるのだが、二晩をこの森で過ごす羽目になったのだ。野営は慣れているが、あまり好きではない。
シューレンの森は国境にある。なのでさっさとこの少年を彼の国に近い方の出口に送り、今晩こそは近場のの街の宿に泊まりたかったのだ。
ところが少年は中々口を開かない。髪よりも少しばかり深みのある薄青い瞳を伏せ、じ、と地面との間の虚空を見つめる。わずかに眉を顰めたその顔は、少年から青年にかけての色香がかすかに漂っていた。
「…あー、名乗れない事情があるなら名前は結構だけど…」
痺れを切らしたユカは、早くどこから来たのかだけでも言って欲しかった。だが、
「いえ…あの…」
少年のおどおどとした声が震える。
眉を軽く寄せて彼の続きを待つ。
「わ…わからない…」
彼の声が更に震える。
「わからないんです…!」
悲愴な声に提示された答えに、ユカの眉間のしわは更に深まり目を開かせた。