1 ナリト国、シューレンの森で
月の光が弱い夜だった。
ナリト王国、シューレンの森。高い木々に三方を囲まれ、背には木々よりもずっと高い岩肌があるそこを、ユカは今宵の寝所と決めた。
腹ごしらえも終え、暖を取ることもない火を消し、薄らと生えた草の上に形ばかりの布を敷いて寝転んだ。
彼女が放浪を始めておよそ2年。明日はどこを目指そうかと思案していたその時、チカ、と真上の岩肌の天辺で稲妻が走った。
雲などひとつも無い空に不自然な稲光。サッと身を起こして数十m先の上空を見つめる。
誰かが戦っている?にしても何と?とそのまま様子を見ていると、何かが空へと飛び出してこちらへ落ちてくる。
「んんん?」
薄ら明い月に照らされたそれは人だと判断するのに数秒かかったが、気づいた彼女は慌てながらも瞬く間に集中し、サッと腕をそれに向けて突き出してし、ふわりと受け止めるクッションを想像しながら風を操る。
重力に任せれば後5秒程で地面に到達してしまうはずだった人間を、緩やかに減速させて、やがて風はそっと、地面に彼を横たえさせた。
「…ふぅぅぅ……焦ったァ…」
誰に聞かれるわけでもなく、一人言を漏らして降ってきた少年を見た。
淡い青みがかった銀糸の髪をした彼は固く目を瞑ったまま、傷だらけの体をぐったりとさせていた。
身なりは町民、市民とは違う、所謂高貴なご身分と見るが、状態はあまり芳しくない。恐らく夜盗にでも襲われたか、何某かの陰謀にでも巻き込まれたか。魔物なら、かつて自分が魔界と通じる穴を塞いで以来、その類が出たと聞かない。
いづれにしろ、この岩肌の上の地で行われた争いはこの少年(もしくはその持ち荷か)が目的な可能性が高い。
あとは寝るだけだったはずなのに、面倒なものを拾った、とため息をつくと、彼女は風に少年を抱えてもらい、追手から逃れるために森の深くへと踏み入った。