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カヤ


なんか途中からおかしいと感じていたんだ。




小さな農村である、うちの村には神様がいる。

本当に実体をもつ神様が、普通に小さな神社に住んでいる。

昔からなので、誰も疑うこともない。

神様はずっとこの村を見守ってくれている。


その神様は、私が生まれたときに言った。


「この子が大人になったら私の嫁にくるように」と。


それから私は神様の嫁として育った。


神様はとても美しい男の人で、いつも穏やかな笑みを浮かべている。

いつも神社に来る村人の話を聞いてやり、小さな祝福を授ける。


「神様ー。俺、明日受験なんだよ。絶対合格させて!!」

「私はお前の実力以上の力を授けることは出来ないよ。

今までお前が頑張った結果が出るのだから。

しかし、お前が緊張して実力が出せないと困るだろうからな、落ち着いて実力が発揮できるようにしてやろう」


微笑みながら、村人に祝福を授ける。


私は小さな頃からの洗脳かもしれないけど、神様が好きだった。


「神様ー」


私が神社に遊びに行くと嬉しそうに笑う。

用事がないと、神様に会いにきたら駄目かなと聞いたら、

「お前は私の嫁だからな。一緒にいるのが当然だろう」

と、優しく微笑んでくれた。


私が中3のとき、まずおかしいと思うべきだった。


「カヤ、お前、高校に行かぬらしいな?」

「だって、神様のお嫁さんは本当は14歳になったら嫁入りするんでしょ?

義務教育だから仕方ないけど、中学卒業したら神様のお嫁さんになるから高校に行く必要はないんじゃないの?」

「14で嫁入りは大昔の話だ。

今は時代が違うからな。高校くらい出ておかないといけない」


私は早く神様と結婚したかったから、残念だったが当の神様が言うのだから仕方なく高校へ行くことにした。


法的にも結婚できる歳になった誕生日、神様に嫁にもらってもらおうと神社に朝から押しかけたが、

「学生結婚はダメだ。ちゃんと学生生活を十分に楽しんできなさい」

と、最近ハマっている学園部活ドラマの録画を観ながら神様は言った。


「じゃあ、せめてキスとかしませんか?」


思い切って言ってみると、チャンネルを変えながら

「最近は未成年淫行とか、厳しいからな」

と、はぐらかされた。


結婚すれば、淫行条例に引っかからないのにー。


いつものんびりと笑い、のらりくらりと躱していく。

元はといえば、神様が私と結婚したいって言ったんじゃないの!?


「!!カヤ、明日は学校を休め。朝からここに来よ」


真面目な顔で神様が言った。


学校を休ませるなんて、真面目な神様らしくない。

なにかラブなイベントが!?


と期待した私が能天気でした。

「村の者にも出来るだけ村から出るなと伝えよ」


すぐに私はピンと来た。5年前にも同じことがあったからだ。


その日は朝から神様はじっと目を閉じ、精神集中をしていた。

私は邪魔にならないようにするだけ。

地面に手をつき、眉間に皺をよせ、いつも穏やかな気配は緊張したものに代わる。


ごごごごご


不気味な地鳴りがし、地面が揺れる。

揺れる…が、物が落ちてくるほどの揺れではない。


慌てて点けたテレビのニュースでは、近くの市が震源地で震度5弱を観測している。

でもうちの村では震度2。


いつもそうだ。うちの村は台風だって地震だって災害の被害はほとんどない。


学者さんとかは、地盤がどうとか、地形がどうとか色々言うけど村人は知っている。神様が護ってくれているからだ。


「怖かったか?もう大丈夫だ。

さて、村を見回ってくるか」


私はそんな神様の嫁になる。

嬉しくて嬉しくて誇らしい。


しかしながら、高3の春。

高校を卒業したら、今度こそ神様と結婚すると思っていた私に神様は言った。


「カヤ、お前は何かやりたいことはないのか?

なりたいものは、ないのか?」

「神様のお嫁さんになりたいです」


キッパリ答えた私に神様は困ったように言った。


「嫁に来る前に、もっと視野を広くもて。

今の時代、女性も勉強するし、仕事もする。

なにかやりたいことはないのか?」


そんなこと言われたって、私はずっと神様のところへ嫁入りすることしか考えていなかった。

花嫁修業はしたけれども、他にやりたいこともない。


神様は最近導入したパソコンで、私の成績で入れる近隣の大学や専門学校を出して説明してくれる。


しかしながら、村から通える学校は少ない上に大学なら理系が多い。

私は進学をやめ、村役場で働くことにした。


しぶしぶと村役場で事務をすることにしたが、働いてみると案外楽しかった。

高校も行かないで嫁入りしたかったけど、行ったら楽しかったしな。

やはり神様はすごい。

神様の言うことに間違いはない。


やはり今の時代、嫁入りしてもパートタイムで働くべきかもしれない。

いやいや、このままバリバリ働いて神様を嫁にしてもいいかも。


「カヤちゃん」

「…飯綱(いづな)です。山田さん」

「ごめん、ごめん。みんな飯綱さんのことカヤちゃんっていうから」


そりゃ、みんな小さい頃から知り合いだからね。


山田さんは村外の人だ。

企業から出向という形で一時的にこの村に来て色々指導してくれる。

いい人なんだけど…


「一緒にご飯食べに行かない?」

「…家で母が作ってくれているので、申し訳ありませんが」

「じゃあさ。今度の休み、映画でも観にいかない?」


何度も何度も断っても、また誘ってくるのが困る。

今まで、村では神様の嫁だと知られているから、そういう誘いもなかった。

高校は隣町にあったから、事情を知らない人に告白されたこともある。

けど、こんなにしつこくなかった!!


「山田さん。私には婚約者がいるのでお断りしますと言ったはずですが」


軽く苛立ちながら山田さんに言うと、山田さんは私の両手を掴み、じっと見つめてくる。

気持ち悪くなって、手を乱暴に振り放そうとしたら、

「婚約者って、生まれた時に決められたんだろ?

政略結婚かなにか?

俺、カヤちゃんとなら一緒に逃げてあげるよ」


「……………」


山田さんには、私が村の権力者に無理矢理結婚させられる生贄に見えるらしい。


「いやいや、逃げるなんてトンデモナイ。

私は彼のことが大好きで早く結婚してほしいと言っているくらいで」

おほほほほーと笑ってみせるが、自分で言ってて落ち込んでしまう。

ほんとなんで神様、早く結婚してくれないんだろ。


山田さんは尚も「子供の頃から言い聞かされているから、そう思い込んでいるだけなんじゃないか」とか言っていたけど、それの何が悪い。

私は穏やかで優しい、私の大好きな村ごと護ってくれる神様が好きなんだ。


もう、山田さんも鬱陶しいし、いつになったら結婚してくれるのか神様に聞いてやる!!と仕事終わりに、神社に寄ることにした。


「神様ー、神様ー!います?」

「な、なんだ、カヤ」

慌てたように物音を立てながら、神様が扉を開けてくれた。

「ちょっとお話があります」

「…ちょうどいい、私からも話がある」


神妙な面持ちの神様に、とうとう結婚か!?と何度も繰り返した期待を再びし、神様の前に正座をして話を拝聴する態度を取る。


「…役場に山田という若者がおるそうだな。カヤと仲がいいと村人が言っていた」


ぜーんぜん!仲良くありません!

んんっ、でもこれって…もしかしてもしかするとヤキモチ!?


「山田は思い込みが激しいようだが、悪い奴ではない。

なかなか誠実そうだ。

…付き合ってみるのも悪くはないのでは?」


(ツキアッテミルノモワルクハナイ)


私は神様が言った言葉が理解できなかった。


私は神様のお嫁さんなんだよね?

ちがうの?

お嫁さんって?

他の男と付き合う必要があるの?

旦那様に付き合えって言われるの?

神様は私が他の男の人と付き合ってほしいの?


「カヤ…」


神様が私に手を伸ばそうとした時、卓袱台に身体が当たり、卓袱台の上にあったタブレットが私と神様の間の畳の上に落ちた。


そこには、先程まで見ていたのであろう人気アイドルグループが笑顔で映っていた。


ああ、そっか。

ずっとおかしいと思ってたんだ。ただ目をそらしていただけで。


時代の波は否応にも全てのものを飲み込んでいく。

人間にも

村にも

そして神様も


閉鎖された村にずっといた神様


百年くらいの周期で村の娘を嫁取りして。

いつものように、生まれた子を嫁にすることにして。


でも神様は知ってしまった。村の外を。

テレビで

ネットで


村の外は自由で、可愛い子や美人な子、魅力的な子がいっぱいで。


こんな冴えない、赤ん坊の頃に適当に見繕った娘なんかと結婚する必要はないと知ってしまった。


でも、今更やめたなんて言えないからズルズル結婚を引き伸ばして、私に他の男を宛てがって、円満婚約破棄をしようってこと?



私はそれからどうやって帰ったのかわからない。

気付いたら、お風呂の中で涙が滂沱と流れ落ちるのを呆然とみていた。

温かなお湯に浸かっているのに、体が冷えて震えがとまらない。

心が冷えるとこんなに寒いんだと、頭の片隅で思った。



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