冥界・サンタワークス
「ジングルベル」宮沢 章二さんの翻訳より。
走れそりよ 風のように
雪のなかを 軽く速く
笑い声を 雪にまけば
明るいひかりの 花になるよ
ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る
鈴のリズムに ひかりの輪が舞う
ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る
ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る········ジングルベル·············ング·····ベル·············
「·······はっ·······はっ········はっ········はっ······!」
「路地に入ったぞ!回り込め!!チンタラしてんじゃねえよ!!」
「投げろ!気絶か、最悪殺せ!どうにかしろォ!!」
「野郎!橋に行った!!やれ!押さえろ!!」
ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る
「おいおい、嘘だろ勘弁してくれよまだ死ぬべきじゃないやることがまだたくさんっ·········!」
「容赦はするな!捕まえろォ!!」
「このクズがァ!!」
「未亜、すまない。こんなつもりじゃあ·····!」
―――川に飛び込んだぞ!!
――――――野郎、死ぬつもりか!!
―――――――――いいから早く引き上げろ!!野郎の生死は問題じゃない!!
ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る
消える 命など つゆしらず
1
聖夜。
誰しもがハッピーになれると錯覚されている、
聖夜。
この世界にもまた、ワケありな死者が一人。
足を引きずりここへやって来る。
――――就職するために
真っ白な、世界だった。
まるで意識の外側へ放られたかのような。
それでも、視覚はあるような。
「現世での人生、お疲れ様でした。楽しかった?」
脳内に直接声がする。響くことない、澄んだ声が。
これが、あの世か?
さっきまでの記憶は、忌々しいことだがまだ残っている。
逃げて、追われて、川に飛び込んで――――死んだ。
そう、確実に、絶対的に、死んだのだ。
もしかしたらまだ朦朧としていて救急搬送でもされているのかもしれない。
だが、その選択肢もやがて崩れる。
「物分かりがよくて助かりますよ。そうです、終わったことは終わったのです」
真っ白な世界は、果たして強い光によってやられた眼球が見せたまやかしだった。
雪。一面の、雪。
縦横無尽に立ち尽くす雪色の建造物。
そして、
「あの、私だけ喋り通すのはちょっと··········」
さっきから話しかけてくる声の主――――天使。
おとぎ話でよく目にする姿かたちを上手く再現されている。
というか、天使そのものなのか。
「あのー··········」
あまりに返答をしないからか、なんだかしょぼくれてしまった。
天使、の割にはメンタルの弱いこと。
「····あー······悪かったよ。ごめんね」
「········!し、喋れるんですね。はふぅ、よかった·········」
安堵の息をつく天使。目が慣れるとやがて天使の顔も明確に見えるようになってきた。
っと、随分と小柄な背丈してんな。眼前に顔なかったぞ。
「うーん、普通だね」
見下ろして一言。
大概の天使って超絶美少女とか、超絶美人とか。人間であるけど人間でない立ち位置だと思っていたものだが、この天使は案外そうでもないらしい。
「はーっ!?この大天使さまになんたる暴言を!!」
「と、言われましてもねぇ·········」
もう一度見る、
「やっぱ普通·······」
「もういいですよ!!はいはい、普通普通!」
頭を振り、天使は涙目で睨み付けて吐き捨てた。
「さ・ぞ・か・し!美少女に囲まれて暮らしてたんでしょうね!!」
「いや、それ自意識過じょ···········」
「うーるーさーい!!次言ったら張り倒す!!」
天使がいよいよ殺気を見せてきたので、身を守るためにここらで口をつぐんでおく。
論破された経験ないんだろうなぁ。
こういうタイプの女は前世でも数多く見てきたが、この天使の皮肉は彼女達には到底及ばないレベルだ。彼女達は根から啄み精神を叩いて、内側から崩壊させる悪魔。
彼女達に比べれば、何百倍も可愛げのある方だ。
「あ、今一瞬可愛いとか思いました?思いましたよね!?」
「思ってなーいよ。」
「ウソを吐いてもムダです!!心は読めてるんですからね!」
「まさか」
「ホントです!!」
こらえきれず、口から笑いが漏れ出す。
こんなやり取り、何年振りか。こんな笑うの、何ヵ月振りか。
でも、それが死んでからなんて、悲しいな。
2
「とりあえず、ここまで来てもらいました」
「うん、ここ、どこ?」
聳える豆腐のような建物を見上げて空も真っ白なことに気づく。
そういや、寒くないな。あ、死んでるからそりゃそうか。
「大きく書いてあるじゃないですか。読めないんですか?」
ため息混じりにからかってくる天使は無視して、豆腐に刻まれている文字をたどたどしく目で追う。
「ハロー······ワーク?」
ハローワーク。前世で耳にタコができるまで聞いた、お馴染みの職探し専用施設だ。
ハローワークに関して、いい思い出はない。
不況を極めているのは理解できるが、履歴書を目にした途端ポイだ。
慈悲もなにもあったもんじゃない。そんなイメージがしっかり定着してる。
だから、
「やだ、行きたくない」
近くの電柱にしがみついた。
「なに子供みたいなこと言ってんですか。あなたもう大の大人でしょ?」
見かねた天使が引き剥がそうと詰め寄る。
人は見かけによらないように、天使とはいえ力が無いとは限らない。恐らく掴まれたら簡単に掃き溜めへ押し込まれることになるだろう。
「子供にしか見えない奴にそのセリフを言われる日が来ようとは思わなかったよ、お願いだからそこは勘弁してくれ」
「ヒネりますよ?」
まずい、からかったら余計に怒らせてしまった。
これは、どうにかしないと。あーっと、えーっと。あ、
「おい、というかなんで就職せにゃならんのだ」
あまりに急展開で見落としてた。一番根本的なことを。
この天使が最初言ってたようにここがあの世であるならば、なおさら就職する意味など見いだせない。死んだら地獄か天国で、どちらにも「働く」なんて考えはなかったはず。
「あのですね、あなた、犯罪を犯して死んだんです。窃盗罪っていう」
「じゃあ、地獄やらに送られるんじゃ?」
「気づきません?ここが地獄ですよ。犯罪を犯して死んだ亡者は、働いて罪を償うんですよ」
辺りを見回す。一面の雪景色に加え、建造物が隙間なく建っている。
どうみても、地獄と違う。
「ま、何を思おうが私の知ったこっちゃないです。とりあえず、あなたには働いてもらいます」
説明を切り上げた天使がさらに詰め寄り、足を掴んだ。見た目通りかと期待していたがやはり見かけには依らなかった。まさに万力で、足がメキメキと軋む。
「ちょまっ!?たた、タンマタンマ!!いた·····くはないけど、しぬぅ!?」
「もう死んでるので死ぬことはないですよー♪」
本来ならば足がもげてるだろうが、死んでいることは常に五体満足でいることに匹敵するらしく、未だに取れてない。
いや、それどころじゃない。
「まって!あ、あれ!!あれに就職するからぁ!!」
「あれ?あれって········なんです?」
言葉を耳にした天使が一瞬力を抜き、解放される。
今だ。全速力で駆け抜ける!
天使の小脇をすり抜け、疾走。
「ハーハッハー!!油断したなァ!!········ぐぶぇっ!」
········こけた。
どこまでもマヌケだ、ホントに。
「で、あれってなんですか?」
近寄ってしゃがみこみ見下ろす天使。
なんか目がコワいんだけど。
「せめて盛大にコケたことについてなんか言って欲しかった」
「滑稽でした」
それだけー?ちょっと悲しくなるよソレー
心にもくるよソレー
「えーっと·········あれ」
もう言い逃れもダッシュも通用しないと悟った。
諦めて働くか、そう思って指差した電柱のビラ。
【冥界・サンタワークス】
「え、あれ······ですか·······?」
その言葉を最後に、天使の顔が険悪になる。
「え、あ、うん··········」
凍てつく声色に多少の動揺を隠し通せない。が、依然ハローワークへは寄り付きたくないので、詮索はやめた。
「そう、ですか。分かりました。手配しておきます」
表情を変えることなく言い残して、ハローワーク内へ静かに歩み始めた。
いきなり物静かになった天使に違和感は拭いきれず、改めて電柱のビラを確認してみることにした。
【冥界・サンタワークス】
年齢、性別問わず。
仕事:世界中の子供達にプレゼントを配るだけ。
~あなたがかつて夢見たサンタクロースに!
「世界中に夢と希望を即日配送」をモットーに、私達と一緒に働きませんか!?
なるほど、要はサンタの代わりか。
いや、ここがメインでやってるなら、サンタの正体はこの会社か。
サンタかー。随分な重労働になりそうだ。重い荷物を運ぶ時とか腰やりそうだなぁ。
あぁ、もう死んでたんだっけ。じゃ、気にすることないな。
身体壊さないってことは、この世界の会社は皆ブラックかな。そりゃ地獄だもんなー。
でも、出勤は一日だけなのかな。それは楽だなー。
「すみません、内定、取ってきました。もう今すぐ行ってください」
のんびりとビラを眺めていると、天使が暗い顔で一枚の書類を渡してきた。
書類には承認の二文字。どうやらここでの職は溢れていないらしい。
だがしかし、一体どうしてこうも豹変するものか。ビラを見る限り、ちょっと異質な職業ってだけに思えなくもない。
そこまで気落ちされるような職業か、これ。
「ありがとう、普通顔の天使さん」
「···············」
からかっても、返答はなかった。
ただただ、この世の終わりみたいな悲壮感に打ちのめされた顔で彼を見送るのであった。
3
「ここが、【冥界・サンタワークス】かな」
正直な話、小一時間ほど会社を見つけるのにさまよった。
どこを見たって一面真っ白なのだから、そう簡単に見つかるわけなどない。
むしろ、このくらいの時間で到達できたことが自分で不思議だ。
「だれかいますかー?」
ロビーと見られる広間で尋ねる。
返答はなく、反響する自分の声が山びこのように帰ってくるだけ。
「内定、もらってきたんですけどー」
「あ、君が今日からここで働く新人君か」
「うオッ!!?」
唐突に背後から声がして盛大にビビる。
不意討ちを食らわぬものかと咄嗟に振り向くと、
「おぉ、サンタさん·········」
ふくよかな身体と顔を殆ど覆う白い髭。そしてそれらのサンタ的要素を全肯定するように包むお馴染みの衣装。
完璧無欠のサンタが、そこにいた。
「サンタさん、だなんてやめてくれ。これが作業服なんだ。やがて君もこんな感じになるよ」
そう、サンタは言う。だが、ここまでイメージを体現する存在が何人もいてたまるものか。
まさしく、この人がサンタだ。
「まぁ、いい。君は新人だから、とりあえず2階に行こうか。他の連中も君を待ちわびているだろう」
「あ、ハイ。よろしくお願いします。先輩」
「懐かしい響きじゃのう、ホーホッホ」
どんでん返しだよ。
2階に着いた。見回した。
全員サンタじゃないか。
しかも皆同じ格好、顔で。なんだこれ。
「とりあえず、君。挨拶して」
唐突に指図されて、疑念を浮かべていた手前はっとする。
前も後ろもサンタに囲まれた状況だから、どのサンタに話しかけられたのかさえわからんな。
広すぎず、狭すぎずの空間を堂々と歩き、サンタ達の前に立つ。
こんなことをするのも何年振りか。
「えーっと·······本日からこの会社で厄介になります。どうぞよろしく」
「そんな堅くならんでいいんじゃよ」
「肩の力を抜いて」
「朗らかに笑うんじゃ、ホレ、ホーホッホ」
一人だけ浮いてる感じがどうしても鼻につくが、気のいいおじさんに囲まれてる感じで心地いい。
サンタとはなんていい人たちなんだろう。
「じゃー、彼の部署を発表するぞ」
サンタ達の前に立ったサンタが手にしたマイクで声を張る。
サンタがプレゼントを配るだけかと思いきや、部署まであったのか。
確かに、プレゼントの確認をする者や、事務的な仕事をする者はいらないとは言い切れない。
もしかしたらサンタ以外の部署に配属されるかもしれない。それならばそれでラッキーだが。
マイクを手にしたサンタが辺りを見回し――――放った。
「彼の配属する部署は、黒サンタ!!」
ざわり、とサンタ達。
――新人に黒を? ――精神が持たねぇな、きっと ――また新人を狩るつもりかよ ――あーあ、こりゃミスっただろうなぁ ――ベテランでもあまりの辛さに辞めたって話だぞ?
数々の呟きがひしめき合って、全て耳をすり抜けていく。
知らない単語の数々に、蹂躙されながら。
「黒·····サンタ?なんだそれ」
その問いに答える者は誰一人としておらず、同時に場が静まり返る。
普段のイメージを辞めたサンタ達が不気味でならない。
「え、ちょっと。黒サンタ······ってなんですか?この会社ってプレゼントを配るだけなんじゃ······!?」
二人のサンタが立ち上がり、近づく。
それぞれが片方の腕を掴んで、出口へと引きずる。すごい力だ。
「ちょっ、やめて!くださいって·······黒サンタとはなんですか!?·····なぜ、黙りこむのですか!!」
引きずられる様子を見てだんまりを決め込むサンタ一同。
衣服が擦れる音すら聞こえてこない。
ただ、見守っている。
―――やがて、一人のサンタが放った。
「飴だけじゃ、世界は成り立たないことが分かったんだよ」
冷たく、凍えるような声色。
この世界で、初めて感じた温度だった。
4
薄暗く、目を凝らさねば空間の広ささえ把握できないまでに雑然としている。
かつては温かな光と陽気な心が闊歩していただろうに。
ここは、想像以上に酷かった。
冥界・サンタワークス、最上階。部署は、黒サンタ。
――――――今日から、ここで働くことになった。
「んあ?なんだ、テメー。あ、そうかそうか。察したぞ」
野太く気だるげな声が聞こえてくる。ゴミ山の中から。
この部署は全く酷い。最上階に位置する空間だからか謎だが、散乱する無数のゴミ達は片付けられることなく寝転び、くつろいでいる。
悪臭が立ち込めてるし、何より暗い。
電球が腐り落ちてるんじゃなかろうか。
「お察しありがとうございます。今日からここで厄介になります」
そう言って菓子袋のゴミを拾い上げ、賞味期限を見る。うわっ、12年前のだ。
「だよなぁ。あぁ、新人なのになんて、哀れ·······」
ゴミ山が激しく流動して崩れると、音声の主が姿を表した。
「おぉ、サンタ···········」
じゃない。これはサンタじゃない。確実に。
サンタの服を下から上まで真っ黒に染め上げた小汚ない見た目をし、痩せている。
少なくてもこの男は。
無精髭を塗り固めたみたいな黒の髭と、残業開けのサラリーマンの疲弊した顔面がくっついている。
さっき現実のサンタを見た反動からか、このサンタらしき人物にはものの一パーセントもサンタらしさが感じられない。
言ってしまえば、サンタのコスプレと大差ない。かなりクオリティは低いが。
「·······あんだよその表情。まるで思ってたんと違うみたいな」
「思ってたんと違いました」
「ド直球だなおい」
もしかしてイメージ通りのサンタになれたとか思ってたのだろうか。
それはそれで悲しいな。
「あ、そういえば、なんですけど。黒サンタ、て結局なんなんですか?」
サンタがこの空間に自分を放り投げたときも、結局黒サンタが何とは教えてくれなかった。
きょうび聞かない単語だから、そもそも黒サンタという存在が前世にいたかどうかも定かでない。
「知らんのか········まぁ、日本には浸透してないし、そりゃそうかなァ·······」
彼は独り言のように呟いてゴミ山へ手を突っ込むと、一枚のビラを渡してきた。
これは、
「この会社の宣伝ビラだ」
確かに見覚えのあるビラだ。
これを見て切羽詰まって入社を決めたんだっけ。
今だから思うけど、もっと熟考しとけばよかったな。
「ビラの裏を見ろ」
「裏······?」
言われた通り、ビラを裏向きにする。
目にして、声を上げた。
【冥界・サンタワークス】
良い子にプレゼントを。 悪い子に制裁を。
私たちは、世界中の子供たちにプレゼントを届けます。
私たちは、世界中の悪い子供たちを制裁します。
良い子はもっと良い子に。
諸悪の根元である悪い子は根絶やしに。
いえいえ、そんなつもりはありません。
悪い子たちに 良い子になってもらうため。
悪い子たちに 来年こそは、と思わせるため。
良い子たちを 安心させるため。
親切に働きます。
夢と希望と愛と、絶望と後悔と哀と、未来。子供たちに即日配送をモットーに。
私たちと一緒に働きませんか!?
色塗られた表の文面とは全く異なったものが
一面、黒一色で綴られている。
それはまるで、雪の世界を汚す汚泥のように。
「なん········ですか、これ········?」
狂気の沙汰とも思える文面を目にし、ふらつく。
冥界・サンタワークス。
良い子の生活を助長し、悪い子に制裁を与える。
制裁········
「おいおい、大丈夫か?」
彼がふらつく身体をゆさると、理解が働いてきた。
多分、良い子へのプレゼント配達を担うのが、さっきのサンタ達。
そして、こいつらが·········
「子供に、制裁を加える奴ら、か」
力なく発する。
だがその声に彼は大きく否定の意を示した。
「あ?制裁の二文字でそんなになってんのか?·······だとしたら違う。制裁ってのは誇張され過ぎてる」
腕を組み、彼は続ける。
「俺らがやるのは、その、イタズラとか、ちょっとした警告的な夢を見せるとか、そういうものであってだな。けして暴力を振るう、とかは·········ないぞ」
「ホントに?」
信じられない。
いや、そりゃあさっきのサンタだとか、天使だとかに言われたら有無を言わさず信じられるだろうけど、いつだって人は見かけ通り········ってさっきの天使の時に覆ったんだっけ。
「ホント、だ。とりあえず、お前は今日からここで働くんだ。おら、もう行く時間だぞ」
そう言ってゴミ山を漁ると、一つのクリップボードとビリヤードの球みたいなモノを持ち出した。
「いや、まだ仕事内容もろくに聞いていないんですけど·········なんですかそれ」
「現場に行って覚えろ。お前は今日から俺の後輩だ。分かったか」
質問に答えてくれたっていいと思うのだが。
まぁでも。この雑さとか、やっぱ人は見かけ通りだな。偏見かもしれないが。
今思ったが、天使は人じゃないや。
「いやだ、って言っても連れてくんでしょう?」
「仕事だからな」
変わらず気だるげな顔で言う。
その顔に、適当な理由は通じないことを悟った。
「分かりました。着いていきますよ、先輩」
「それでいい」
なんだか、失われていた気持ちが戻るようだった。
若かりし頃に戻って、また仕事をしているような。
楽しいような。ワクワクするような。
不思議な気持―――――――――
「着いたぞ」
「え?あぁ·········ふぁ!?」
「しーっ!うるさい、ガキが起きる」
言って口を塞ぎに来る先輩。
待て、ここはどこだ。
さっきまで、薄暗くて汚い空間に二人で話していたのは覚えている。
しかしながら、今足を付けている場所は綺麗な洋風の部屋。
恐らく、仕事を行う為の場所に移動してきたのだろう。
だが、ここまでどうやって来たかの記憶がまるでない。
まるでワープしてきたような、瞬間的な出来事に感じられる。
「ワープしてきたからな」
「まじすか」
常識が通用しないことはよくわかった。
しれっとハイテクノロジーを有してるんだな、この会社。
「仕事、始めっぞ。お前は初めてだから俺のをよく見とけ」
言って、ドアをすり抜けた。
え、すり抜けられんの。
「一応俺は······お前もか。死んでるから、意思ですり抜けられる。まだ初めだろうから、慣れてけ」
「そうはいってもですね·······」
すり抜けようとして、鼻をぶつけた。
ちくしょう!全然無理じゃねえか!
諦めてドアを開けることにした。
「おま·········あぁ、うん。頑張れよ」
堂々とドアを開けたことについて一瞬怒りの表情を見せたが、鼻が赤くなっているのを目にして赦してくれた。きっと彼もこういう事があったのだろう。
「今回は、こいつか。確かこいつは2回目········っと。じゃ、始めるか」
クリップボードに何かをメモして、彼が取り出したもの。それは。
「嘘だろ········そんな······残酷な·······!!」
――――――――ねりわさびだった。
古来から使われ続け、それは主に刺身や寿司に使われた。
その強烈なパンチと舌を打つ刺激が、何人をも味覚の海へ放ってきた·······
その伝説級と言える小型味覚爆弾、ねりわさび。
それを彼が取り出したのである。
もはや絶望だ。
「お?お前、これを残酷と思えるなんて、わかってんじゃねーか··········ホレ、いくぞ」
すーすーと寝息をたてる男の子。その子に、
鼻から、ねりわさびを塗りたくっていく。
「ひどいっ!酷すぎるゥ!!っあぁ!!想像するだけで涙が!涙が止まらないぃぃぃいい!!!」
「フフフ、目を背けるな。よく見て想像するんだ。こいつが朝起きたときに感じる絶望をな········!!」
「うわあああああっ!!絶対それ鼻周りだけ針で刺された痛みがずっとするやつぅぅぅぅううう!!!」
そんなこんなで、一軒目が終わった。
「黒サンタ········なんて残酷で、その上卑怯なんですか·····!!こんな、職だとは······」
次の家へもワープなので、滞ることはない。
さくさくとこの家にもドアをすり抜け侵入していく。
今度は鼻だけすり抜けたおかげでおでこをぶつけた。ちくしょう。
「まだ始まったばっかりだぜ?おら、次のクソガキはどんなやつかな?」
またしてもクリップボードに何かを記入する先輩。
今回は寝相の悪い女の子らしい。
「んー、一回目か。まだタマゴってことだな。まぁ、警告の夢でも見せとくか」
そう呟いて近寄る先輩、ちょっと犯罪臭がする。
しかし、これは仕事だ。そもそも既に死んでるし。
そこでふと思った疑問を口にする。
「·······それはなんです?」
そう言って指差したのは先輩が逐次使うクリップボードだ。
何かを記入しているような仕草をしているが、手にペンらしきものは全く見受けられない。
「あぁ····これは、クソガキリスト。それと、俺らが制裁した回数を記入する専用ボード····だな。たぶん」
「たぶんってなんですか」
「使ってる俺が言うのもなんだけど、よくわかってないんだ。これが」
両手を上げてお手上げといった様子で首を振る。
確かに色々と疑問点はありまくりだが、それの説明は殆どされない。
死んでいるから、を理由になんだか教えてくれないことが多すぎるような気がしてならない。
「こいつにはロリコンに追われ続ける夢でも見せとくか」
悪魔のような先輩の仕打ちを尻目に、ボードを覗き込む。
確かに先輩の言葉は正しく、ボードには数々の子供の名前が載っていた。
「おし、完了。次行くぞ」
「は·······い·········?」
―――――――――――なにか、見えた気がした。
今、見覚えのある二文字が、しっかりと。
この世を去るときに抱き締めた、最愛の人物の名前が。
心の拠り所にしてきた、その名前が。
5
「こいつは·············六回目か。そうか··············」
クリップボードを目にした先輩が深いため息を交えて沈んだ。
未だに見ないレベルの落ち込みだ。
「六回目が、どうかしたんですか?」
訝しげに訊ねる。
今まで多くの家を回り、制裁も何回か経験し、ドアをすり抜けることも容易くなってくるまでに練習した。
それほどまでに家を回ってきたが、制裁を受けるのが六回目の子供に出会うのはこれが初めてだ。
「六回目の制裁を受けるガキは、来年、制裁を受けなくて済む···········ただそれだけだ」
完全に沈みきった声で先輩が告げる。
「そ、それは······いいこと、ですね」
それは、見放される、という認識でいいのだろうか。
どうか、そうであってほしい。
「そう思うか?」
先輩が、虚空へと手を伸ばし、なにかを掴む。
その"なにか"はやがて形を成して、空間にじわじわと形成されていく。
――――――――死神だ。
やがて虚空は、鎌になった。大きく、ドス黒い刃を携えた、死神の鎌。
先輩はそれを振るう。
「来年から制裁を受けない理由はな········」
鎌は遠心力によってその巨体を凶器に変貌させ、
「!!!!!」
子供の首をかっ食らった。
「·······死んじまうからなんだよな」
首を失った子供の身体から血が吹き出し、子供の身体を預けているベッドが染まっていく。
処刑台。
そんな、イメージだった。
「なんで!なんでッ··········!!」
血の匂いに吐き気がする。いや、血の匂いだけじゃない。
子供たちに制裁を与える黒サンタ。
それを司る、冥界・サンタワークス。
ヘドが出た。
審査され、それゆえ命を奪う奴に。
未来が開けていくであろう子供たちの人生を踏みにじる奴に。
「先輩!!なんで、こんなことを·········!!!!」
先輩の胸ぐらを掴み、詰め寄る。
が、直ぐに後ずさった。
「そういって·······皆辞めてく」
生気がない。
死んでいるからとか、そういう話じゃなく。
心が、まるでない。
そういう顔を、先輩はしていた。
「多分、聞いただろ。飴だけじゃ成り立たなくなったって」
淡々と紡ぎ出される言葉。
飴だけじゃ成り立たなくなった。
あのサンタが言っていた言葉だ。
「一時期、ここはなんにも考えずプレゼントを配るだけの会社だったらしい。だが、俺らは甘やかし過ぎた」
先輩は目を閉じる。昔を思い出しているかのようだった。
「そいつが超有名な連続殺人犯になるとはなぁ······あいつの望むものを全てプレゼントした結果、そうなっちまったんだ。それ以来、コレさ」
血の池に形容できる血だまりに浸かる子供を目やる。
「許されない·····!」
「どうだか。俺は指令通りに動くだけさ·········ほら、次行くぞ」
遺憾を感じてやまない。
悪いといっても罪無き子。
そんな子供たちを、もう殺させるわけにはいかない。
そうだ、なぜここに入社したのかわかった気がする。
――――――――子供を、救うためだ。
「お、こいつも六回目だ。今年は豊作だな。」
ボードを手にした先輩が呟く。
「ま、待て!今度は·····この子は殺させない!」
ボードから顔を上げた先輩の前に立ち、両手を広げた。
通りたければこの俺を倒していけ、って感じがする。
だが、先輩は拍子抜けた顔で、
「なに言ってんだ?今度はお前がガキを殺す番だぞ?」
「は?」
同じく拍子抜けた。
何を言ったんだ、こいつは。
冗談はよしてくれよ。
「お、おい·······」
「ホレ、鎌」
ドス黒く、巨大な鎌を即座に手渡された。
重い。
命を刈り取った重さが全て蓄積されてるかのような重さだ。
「ウソ·········だろ?」
「ま、今すぐにとは言わない。自分のペースで構わない」
鎌を握り締める。
おい、待て、こんなことできる人間じゃないだろ········
鎌を振り上げる。
ウソだろ、まて、やるつもりなんて微塵もない!おい!やめろ!
鎌を振り上げたまま停止する。
――――動けない。
鎌から、手が離れない。
やけついたように。肉とくっついてしまったように。
涙が出る。
これまで人を殺したことなんてない、しかも、こんな子供を。
鎌が自ら落ちようとする。
もう、無理···········
「ホーホッホー、メリークリスマース!······て、お前ら誰じゃ」
ドアから、声がした。
「おぉ、黒サンタの連中か。ようやっとるのぉ」
「サンタ·······さ·····ん·······!!」
自分の顔が涙で濡れている、そのくらいは分かった。
不格好だろう、滑稽だろう。
だが、それでも、
「せめて·······」
涙に濡れながらも、満面の笑みを作った。
「この子の望む、プレゼントを······!」
それは、至極意味のないことだった。
今から死に行く者に与えるプレゼントなど。
でも、なんにも施せずにこの子に死という絶望をただ与えるよりは、
自分の罪を軽くできるんじゃないか、の期待もあったかもしれない。
「?」
サンタはほんの少しキョトンとした顔で静止したが、やがて何かを察し、
「そういうことなら、いいぞ」
サンタがそう言ったかと思うと燐光が視界を支配し、身体に悪寒が走った。
身体を凍てつかせ、痛める寒さ。
―――それだけだった。
なんの状況も変わらない、肌が寒さを感じとるようになっただけ。
「なにを·········!」
願いを聞き入れなかったサンタを睨み付けようとして、振り向くが、サンタはいない。
さっきまでいた黒サンタもいない。
「なにが····起きたんだ·······?」
辺りを見回すが、なにも変わっていない。唯一はサンタが消えたことだけ。
頭に疑問が浮かび、巡る。なぜプレゼントを渡してくれと頼んで、赤と黒のサンタが消えてしまったのか。それならばなぜ自分だけここに取り残されてしまったのか。
解決されない疑問は絡み合い、またしても苦しめる。
だがしかし、現にこの子は助かっている。
自分の手で救うことができたのだ。
「···········」
この子を助けられたなら、それはそれでもう満足だ。
自分の望む、エンドだ。
「··········ぐぁあっ!?」
しんみりとしていた矢先、ドアに鼻をぶつけた。
懐かしい、素の痛み。
「あれ········?すり抜けられるハズじゃあ·······」
先程まで十分に練習を重ね、ついにドア程度なら楽々すり抜けられるほどまでには上達していた。
だからこんなヘマ、ないはずなのに。
「てか、痛っ!」
鼻を強くぶつけすぎた。痛みから、鼻をさする。
手に、何かが付いた。
「·········血だ」
もう一度触れる、確かに感じる。
温かくて、鉄臭い。
血だ。
「··········うーん·······なに?」
声を出しすぎたからか、寝ていた子供がついに起きてしまった。
「え········?パパ·······?」
「え·········」
―――――パパ。
起きた少女は、確かにそう口にした。
「パパ·······やっぱり、パパだよね········?」
「なんのことだ···········」
振りかえると、いやに見覚えのある顔を見つけた。
この子は、
「パパ、わたし、あれからずっと寂しかったんだよ······プレゼント買ってくるって家飛びだしたっきりで·······」
―――――未亜だ。
大事な、大事な一人娘。
あの聖夜、必ず帰ると約束した記憶はまだ温かい。
でも―――
「ごめん·········ごめん未亜········パパは······約束、守れなかった······!」
頬を熱い雫がつたる。
あの夜、未亜がどんな気持ちで父親の帰りを待っていたか、寒さに凍えていたか。
申し訳ない気持ちがこみ上げ、吐いていく。
「················」
「未亜、ごめんな。これからは一緒に暮らそ」
言いかけの言葉は言えなくなった。
鈍い側頭部への痛みが先に来て、床の冷たさが後に来た。
腹部への衝撃が次に来て、顔面への痛みが来た。
―――――なァんで戻ってきたんだよ、このクソ親父!!
てめえがいることで私がどんなに惨めな人生を送ってきたのか知らねえから、そんなこと言えるんだ!
顔面への痛みが来て、顔面への痛みが来て、顔面への痛みが来て、顔面への痛みが来て、顔面への痛みが来て、顔面への痛みが来て、顔面への痛みが来た。
―――――犯罪者の子として生きていくことがどれ程辛いのか、そんなことをつゆほども知らないクズがノコノコと戻ってきやがって!!
てめえさえいなければ!お前!さえ!いなければ!私の人生は!こんな!もんじゃなかったのに!
力が込められていく。意識が遠退いていく。
音が反響する。黒で塗りつぶされる。
―――――脳が、砕ける。
6
「現世での生活、どうでした、ってあなたですか」
真っ白な世界が、真っ黒の次に待っていた。
「また戻ってきたんですね」
「どうしてここに·······?」
普通顔の天使が、そこにいた。
ついこの前に見た感覚だ。
「あなたはですね、長年の恨みにより、娘さんに殺されました」
「えぇ·········」
予感はしていたが、なにぶん唐突で何が起きているのか理解できていなかった。
やっぱり、殺されていたか。
「でもですね、今回のあなたに罪はないので、天国行きですよ。まぁ、もう一度人間として生まれ変わるってのもありますが」
さらっと選択肢を提示する天使。
だが、もう人間として生まれ変わりたくはない。あんな痛みはこりごりだ。
かといって、天国ってのも面白味がない。
「そうだね········」
やりたいことは、ないこともない。
「もう一度、」
なんでやりたいのかもハッキリしてないけど。
「冥界・サンタワークで働いてみます」
まず、お疲れさまでした。なんか変な終わり方でごめんね。
「クリスマス、どうせお前ぼっちだろ。なんかクリスマスを題材にした作品書けよ。」と言われて書きました。どうせぼっちだよ。
この作品はですね、とあるテレビ番組で(黒サンタは存在する)という事実を昔観たのと、某漫画雑誌でクリスマスにサンタの仕事をする、という主旨の漫画を読んだことで生まれました。パクりやないか。
当初はラブコメに挑戦してみようかな、などと思いましたが、よくよく考えたら恋愛レベル0でしたのでこのような作品に落ち着きました。
それでは、ここまで読んで下さったあなたに感謝。
また、どこかでお目にかかることがあるかもしれませんが、そのときはどうかよろしく。
※この作品は過去僕がこのサイトに掲載していたものです。