優貴と斎
「……き」
声が聞こえる。
「……うき」
私の名を呼ぶ貴女は……
「優貴!!」
「…っふぁい!!!?」
大声で名を呼ばれ飛び起きた少女。
年の頃は…12、3であろうか。
いまだに眠気を帯びるその黒の瞳は、無意識に声の主を探していた。
「…やぁっと起きた」
ふと…下の方から聞こえる呆れ果てた声に、少女はようやく己の置かれている状況を把握し始めた。
「あ…私、眠って……??」
「…えぇ…全く御守様の上でなんて…。ほら、早くおりてらっしゃいな。」
少女がいるのは、村で唯一の楠木。
樹齢千年は越えてるであろう此の木は村の守り神として、“御守様”の名で親しまれている。
「全く貴女という人は…」
あきれつつも安堵の表情を浮かべたその顔には疲労の色がみてとれる。
必死に少女を探したのであろう。
着物の裾や足は土で汚れ、
いつも綺麗に結われているはずの甘栗色の髪は乱れていた。
「ごめんなさい…斎」
震えを帯びた声。
自身の行動が、どれだけこの少女を不安にさせたのか…。
微かに肩を震わせ涙を堪える姿に、
《斎》と呼ばれた少女は、少し困ったような笑みを浮かべ言葉を紡いだ。
「…もう、危ないことはしては駄目よ?」
その言葉に返事はない。
代わりに小さな頷きが返ってきた。
「さぁ。あに様も心配しているわ。帰りましょう、優貴。」
そう言い、差し出された手。
その手を握り返し、二人の少女は家路へと急ぐ。
いつの間にか、日は傾き、あたりは薄暗くなっていた。
「…大禍時。」
ぽつりと呟かれたその言葉は風に紛れ、隣を歩く少女には届かなかった。