人間観察/おじい様とおばあ様編
6.人間観察その一/おじい様とおばあ様編
まずは、おじい様。
以前に、登場人物紹介みたいな感じで軽く紹介しましたが、所詮一言で言い尽くせるわけはありません。
おじい様は、ちょっと“昔の父親”って感じの人なのです。
とは言っても、厳格で厳しいとか、そう言うのではなく、家族を養うために仕事だけしている父親といったところです。
しいて、一言で言うとしたら、わがままで堅物のこんこん知己ってとこでしょうか…
唯一の趣味は、前にも紹介しましたが魚釣りです。
釣りにも色々ありますが、一応、海釣りも川釣りもひととおりはこなしますが、もっぱらへらブナ釣りに夢中なのです。
おじいさまが釣りに行くと、普通は大漁の際などは新鮮なお魚のお土産があるのですが、残念ながら、相手がへらブナではそう言う美味しい話しはありません。
しかし、美味しい話しが何もないというわけではないのですよ。
競技会などの時は賞品でテレビなど頂いてくることもあるのです。
なにしろ、おじいさまの番付は西の大関なのです。
大関は最高位で、西の大関と言うことは東の大関に次いで二番目に優秀な成績を収めていると言うことで、けっこう名人なんです。
なので、けっこう若い人達にも慕われているみたいです。
まあ、それは釣り仲間の間での話しで、家族の中ではどういう立場かというと、ちょっと微妙なんです。
年寄りというのは、朝は早起きで、夜は日が暮れたら床に入ると言いますが、おじい様はまさにその通りなのです。
私がまだ夢見心地でいる、午前4時頃、もぞもぞと布団を抜け出して、よろよろしながら、ジャージをはいて…おじい様は寝るときいつもパンツ一丁なのです。冬は股引をはきますが…腰が悪い人独特の歩き方で部屋から出てきます。
おじい様は腰の具合が良くないので、いつも起き抜けの時はちょっと前かがみ気味で何かにつかまりながらでないとよろけてしまうのです。
台所に来ると、冷蔵庫を覗いて、そのままつまめるものがないと、ため息をついて扉を閉めるのです。
食器棚から湯飲みを取り出すと、水道の蛇口から水を入れて1杯だけ飲んでから仕事場に降りていきます。
しばらくすると、仕事場から機械が動く音が聞こえてきます。
機械が動く音は、何となく心地よい響きで思わず二度値をしてしまいます。
まあ、私の場合は、1日何度寝までしているのか分かりませんが。
あたりも明るくなってきて、居間の鳩時計が8回出てきて時間を知らせています。
毎日毎日ご苦労なことですが、そういえば、あの鳩達はちゃんとご飯をもらっているのでしょうか?
私は、誰かが鳩達にご飯を上げているところを見たことがありません。
まあ、そんなことは私にとってはどうでもいいことでした。
玄関のドアが開いて、しばらくすると、食堂のドアが開きました。
おじい様は階段を上ってくるとき音を立てないのです。
音が立つほど元気に階段を上れないといったほうがいいかもしれませんけど。
「おい!ばーさん!いつまで寝てるんだ?早く起きて飯の支度しろよ!」
彩ちゃんが生まれてからは、おじい様もおばあ様もお互いに、“じーさん”、“ばーさん”と呼び合っています。
おじいさまに戒められると、おばあ様はいつものように体をむくっと起こして振り返り、言い訳をします。
「寝てないよ。テレビみてたんだよ。」
「ウソつけ!メガネもしてねえじゃねえか。」
おばあ様は慌ててメガネを探し、顔に掛けると、テレビを消して布団をでました。
部屋を出て食堂に来ると、テーブルの上には焼いた鮭と目玉焼き、お新香に味付け海苔が並べられていました。
大輔さんが用意していったものです。
「あら!支度できてるじゃない。」
そう言って台所に行くと、みそ汁まで作ってありました。
「まったく、じーさんったら!支度できてるんだから自分でご飯よそってきて食べればいいのに!」
おばあ様はそう思いながら、おじいさまの茶碗にご飯をよそっておじいさまの前の差し出しました。
「なんだよ!多いよ。こんなの食べきれないよ。」
「いいわよ。残ったら私が食べるから。」
結局おじいさまは、食事中ずっとブツブツ言いながらテレビの画面を眺めていました。
食事終わると、またおばあ様に声を掛けます。
「負い、歯ブラシ持ってきてくれよ。」
おばあ様が歯ブラシと歯磨き粉を持ってくると、その場でテレビを見ながら歯磨きを始めました。
よだれが垂れないように食べ終わった茶碗を口元に当てながら磨いています。
磨き終わったら、湯飲みのお茶で口の中を濯いで、濯いだお茶を茶碗に捨てるのです。
端から見ていると、どうしようもないほどの横着さです。
おばあ様が、おじい様と結婚したのは、ダンスホールで踊るおじい様の姿が素敵だったからだそうです。
今のおじい様からはかけらも想像できません。
お互いに好き合って結婚したそうですが、結婚してからはずっとこんな調子で何でもおばあ様にやって貰っていたので、自分では何もやらなくなってしまいました。
というより、出来なくなってしまったみたいです。
おばあ様は、今になってブツブツ文句を言いながら、おじい様の相手をしていますが、私に言わせれば、自分が甘やかしすぎたことのしっぺ返しみたいなものだと思います。
おじいさまが仕事をするのは午前中だけです。
お昼ご飯を食べると釣り堀に出掛けてしまいます。
このために朝早く起きて仕事をしているのですが、まあ、2時間ほどで帰ってきてからは居間でテレビを見ています。
というより寝ています。
朝4時に起きていれば夕方は眠くて仕方がないはずです。
毎日そうです。
眠たいならお昼寝でも何でもすればいいのにテレビを見るのです。
いえ、たぶん自分が眠いことが分からないのだと思います。
広子ちゃんが帰ってきて、つけっぱなしのテレビのチャンネルを変えると、おじいさまはふと、目を覚まします。
「なんだよ!人が見てるのにチャンネル回すなよ。」
「よく言うよ!寝てたじゃん!だったら、今なにやってたか言ってみなよ。」
「…」
おじい様は答えられません。
実際、寝ていましたから。
「それに、今時のテレビには回すチャンネルなんかないから。」
広子ちゃんに言われると、多少むかつきはしますが、よろよろと立ち上がって自分の部屋に退散します。
「寝る!」
おじいさまは部屋に戻ると、部屋のテレビの電源を入れます。
あれっ?寝るんじゃないんですか?
寝るのならテレビを付ける必要はないんじゃないですか?
テレビを付けたおじいさまは、既にその瞬間からいびきをかいていました。
そんなおじいさまですが、電気(照明)のつけっぱなしには非常にこだわるのです。
廊下や、台所の電気がつけっぱなしになっていると、わざわざ、消して歩いています。
食事どきなどは台所には行ったり来たりするので食事の後片付けが終わるまでは大抵つけっぱなしなのですが、おじい様はいちいち消すのです。
「電気代がもったいない。」
よく言いますねえ!食事の間、台所の照明をつけっぱなしにしている方が一晩中見てもいないテレビを付けっぱなしにしているよりも電気の消費量が多いなんて聞いたことがありませんよ。
「お前達、電気代がもったいないんだから電気つけっぱなしにするなよ。だらしない!」
「何言ってるの?テレビつけっぱなしで寝る人に、言われたくないなあ!それに、短時間の間に何回も付けたり消したりする方が無駄なんだよ。本当に電気代が心配なら惰性でテレビつけるのをやめな!」
そう言って反論したのは、なんと、大輔さんでした。
「そうだ!そうだ!テレビつけっぱなしの方が電気代の無駄だよ。」
広子ちゃんも、そう言っておじい様に反論します。
おじい様は、その後何も言えず、部屋に引きこもってしまいました。
そして、テレビの電源を入れました。
おじい様がいなくなると、大輔さんは独り言のように言いました。
「何でも自分の言うことが正しいと思っている人には、間違いは間違いだと教えてあげないと、よそで恥をかくことになるから…最もそれが間違いだと理解できない人には無駄だけど…」
この日は皆さんお出かけして家には誰もいませんでした。
おじい様みんなと一緒にはお出かけしなかったので、一人出先に家に帰ってきました。
朝、皆さんが出掛けるときに、私のご飯を器に入れておいていってくれたのですが、缶詰の方は、もうとっくに食べてしまいました。
残っているのがドライフードのご飯だけなんですが、このドライフードのご飯はどうも好きになれないのです。
おじいさまは帰ってくるなり、居間のテレビを付けて横になりました。
私は、新しいご飯を貰おうと、おじい様にすり寄るのですが、おじい様は、私をなでたり、遊んでくれたりはするのですが、ずっと横になったままです。
私は、餌の器がおいてある冷蔵庫のそばへ行って、おじい様を呼びますが、おじい様は逆に私を呼びつけるのです。
「ミーニャン。おいで。」
おいでと言われても、私はご飯が欲しいのです。
別に遊んで欲しいわけではありませんから。
おじい様!あなたは私のご主人様としては失格ですよ。
そして、おばあ様。
おばあ様はおじい様より6歳年下ですが、おじい様に比べると、ずっと若々しく見えます。
外見は、それなりに老けていますが、気が若いと言いますか、いつも娘達と一緒にいることと、パチンコに行ったりして外に出歩いているせいで、世間一般の話題や流行にも敏感なことがそうさせているのでしょう。
逆に、行動範囲が家とその近所だけなので、化粧したり、着飾ったりということはまずないので、おばさんパーマにジャージ姿が定番になっています。
このことが、外見的に老けさせている原因なのですが、本人は、この歳できれいになりたいなどという欲望は遙か昔に忘れてしまっているみたいです。
おじい様が朝型なら、おばあ様は典型的な夜型です。
土日はともかく、平日はもっぱらおじい様の朝食の支度をしてから、仕事を始めます。
お昼の支度は桂子さんがしてくれるので、夕方までぶっ通しで仕事をしています。
おじい様がいなくなると、パチンコに出掛けたくて、いてもたってもいられなくなって来るみたいです。
桂子さんはお昼の支度が終わると、パチンコやさんに出掛けていなくなります。
玉子さんも、夕方には家の夕食の支度があるので5時過ぎにはいなくなります。
そして仕事場に誰もいなくなると、もう我慢できなくなるのです。
仕事が少しくらい残っていても、ちょっとだけ遊んできてからやればいいと思ってしまうのです。
この日、おばあ様がパチンコやさんに行くと、桂子さんはスロットマシーンでコインを三箱も抱えていました。
「おっ!ずいぶん調子いいねぇ。」
「早いジャン!終わったの?」
「ちょっと遊んだら、その後やるよ。」
「晩ご飯はどうするのよ?」
「寿司かなんか買って帰るわよ。」
「寿司買うって、ご飯炊いてあるわよ。」
「いいジャン、また明日食べれば。」
「まあ、いいけど…」
結局おばあ様が家に帰ってきたのは9時過ぎでした。
背中には彩ちゃんがおぶさっています。
帰ってくるとき、桂子さんから渡されたようです。
おじい様は、例によってテレビを付けっぱなしで寝ていました。
広子ちゃんは、スナック菓子を食べながら、漫画の本を読んでいました。
大輔さんはまだ帰っていないようでした。
「お腹減ったろう?お寿司買ってきたから。」
そう言っておばあ様は、スーパーの袋をテーブルの上に置きました。
タイムセールで半額になったお寿司が5パック入っていました。
握りの盛り合わせが3つ、納豆巻と河童巻が1つずつでした。
おばあさまは、眠っている彩ちゃんを布団におくと、広子ちゃんに「広子、彩を見ていておくれ。」そう言って、台所に行き、お茶をいてました。
広子ちゃんは納豆巻のパックを取ると、一口ほおばりながら漫画の本を閉じて居間のソファの方へ放りました。
「おーい、じーさま!晩ご飯だよ。」
おばあ様は、おじい様にお茶を入れた湯飲みをおくと、おじい様がでてくる前に仕事場へ降りていきました。
仕事をやり残してパチンコに行ったことを、ぐずぐず言われるのがイヤだったからです。
顔さえ合わせなければ、おじい様は食事をしてお風呂に入ったらすぐに寝てしまうから、それまでやり過ごすつもりなのです。
彩ちゃんは、ずっといい子に寝ています。
広子ちゃんはずっと彩ちゃんの横に添い寝しながら漫画の本を読みふけっています。
10時過ぎに、おばあ様の思惑通り、おじい様は風呂から上がって寝てしまいました。
大輔さんが帰ってくると、広子ちゃんは、彩ちゃんを大輔さんに任せてお風呂に入りました。
おばあ様は、11時過ぎに上がってきて、残った寿司を食べて後片付けを始めました。
後片付けと言っても、夕食は買ってきたお寿司だったので、特に後片付けなんてないはずでしたが、流し台のシンクの中には朝ご飯の時からの食器がそのままに山積みされていました。
ガス台の上には水の張ったフライパンや鍋が置きっぱなしです。
おばあ様は食器を次々に洗っては水切カゴにしまっていきますが、この作業が私には不思議でなりません。
桂子さんの家の台所には、立派な食器洗い機があるのです。
どうして手で洗っているのか分かりません。
私は思いきって、流しのヘリに飛び乗ってみました。
すると、私の疑問はすぐに解消されました。
食器洗い機の中には、洗い終わった食器がビッシリ入ったままになっているのです。
食器が入っているから食器洗い機が使えないのです。
どういうことかというと、洗い終わった食器を片付けることが面倒くさくて出来ないのです。
だから、手で洗っているのです。
私にしてみれば、そっちの方がとっても面倒くさいと思うのですが、違いますか?おばあ様!
それ以降、私はとても気になっていることがあります。
おばあ様は、すぐに使う茶碗やお箸しか洗っていないみたいです。
フライパンや鍋はいつまでたっても水を張っておいたままです。
きっと、次に使う時までずっとそのままになっているような気がします。
たぶん、間違いなくそうでしょう!
最近なんだか、その辺りから変な臭いがしているのです。
人間には気が付かないのでしょうか…
桂子さんが、食事の支度をするようになってから、おばあさまが料理をすることは一切なくなりました。
桂子さんが、何かの都合で支度が出来なくなったときは、仕方がないので、おばあ様がやるのですが、全て、総菜屋さんで買ってきたおかずを並べるだけです。
しかも、売られているときのパックのままです。
そして、例によって、置くだけ、置いたら「休憩中にしてあるから。」などと訳の分からないことを口にして、ささーっといなくなってしまいます。
大輔さんがいるときは、大輔さんが、さっとスーパーの袋を受け取って、一旦、電子レンジではなく、フライパンや鍋を使って火を通し直してからきれいに器に盛って、まるで、今、料理が出来上がったように出してくれるので、みんな喜んで食べます。
おばあ様は、大輔さんにはとても感謝しているようで、うちの娘にしては、いい拾いものをしてきたわなんて言っています。
パチンコで儲かったときには、たまに大輔さんにお小遣いを上げているようです。
おじい様が釣り仲間以外の人とはほとんど人付き合いというものをしないのに対して、おばあ様は、人と話すのが大好きなのです。
例えば、見知らぬ人が、何かを探してキョロキョロしているのを目撃しようものなら、頼まれてもいないのに、自分から声を掛けていきます。
ある意味、親切でもあり、場合によっては余計なお節介でもあるのですが、圧倒的に後者の場合が多いような気がします。
しかも、おばあ様は耳が少し悪いので、異常に声が大きいのです。
家族や、近所の人たちはみんなおばあ様の性格を知っているので、別に問題はありませんが、初めて声を掛けられた人は、ビックリもするでしょうし、きっと、すごく迷惑に違いありません。
きっと本人は、いいことをしたと思って、気分がいいのでしょうね。
だけど、おばあ様は、私にいちばん餌を出してくれるのです。
だけど、出し方にちょっと問題有りなんです。
まず、前の食べ残しが入っているのに、そのまま新しいものを入れるのです。
これでは、せっかくの新鮮なご飯が台無しです。
たまには洗ってくれるのですが、ざっと水で流す程度です。しかも、水が切れていないので、餌がびちゃびちゃになってしまうのです。
なのに、私が口を付けないと、「せっかくあげたのにどうして食べないの?」と怒るのです。
そんなことで、恩を着せられた上に、間違った評価で、私を蔑むのはやめて欲しいなあ…
この家の私のご主人様。
まだまだ、決めかねています。
とりあえず、おじい様とおばあ様はあり得ません。
だって、あまりにも自分中心なんですもの。
それに、もしかしたら、私より長生きできないかもしれないし…
もっと、良−く、みんなを観察しなくてはいけないですね!