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ライバルは大怪獣

4.ライバルは大怪獣



 桂子さんの赤ちゃんが生まれたという情報は、おばあ様から次々と伝えられ、お昼過ぎには、早速、洋子さんが旦那さんの次郎さんと実家へ訪ねて来てくれました。

洋子さんとは初めてお会いしましたが、桂子さんにそっくりでかわいらしいお嬢さんでした。

「うわあー!この子がミーニャね!本当にアメリカンショートヘアっぽいね。かわいい!」

そう言って私を抱き上げて鼻の先にキスをしてくれました。

旦那さんの次郎さんは、体格のいいスポーツマン風の好青年と言った印象です。

「桂子姉もいい時に赤ちゃんうんだね!3連休だから、大ちゃんもずっと一緒にいられるものね。」

「ああ、桂ちゃんと言うより、子供が親孝行して、出てくる日を計算していたみたいだな。」

「まさか?いくらなんでもそれはないでしょう。」

などと、話していると、家の仕事がひと区切り付いたおばあ様と玉子さんが上がってきました。

「あら、洋子ちゃん久しぶり!次郎君も元気だった?」

玉子さんは、一度しか会ったことがない次郎さんが、けっこうお気に入りみたいです。

「元気、元気!おばちゃんも相変わらず元気そうね。」

洋子さんはそう言って玉子さんの両手を握って久しぶりの対面を喜びました。

「さて、それじゃあ、出かけましょうか?ジロちゃん車に乗せていってくれるかしら?」

おばあ様は、洋子さん夫婦と玉子さんを引連れて、桂子さんが入院している病院へ出かけて行ってしまいました。

一人…、いや一匹になった私は、仕方がないのでおじい様とおばあ様の部屋の押し入れで暇つぶしがてらひと眠りすることにしましょう。


 桂子さんの病室は、それは、それは、大賑わいだったそうです。

荷物を届けてくれた広子ちゃんは、その後もずっと、病院にいて桂子さんの話し相手をしてくれていたそうです。

大輔さんは、早速、服を着替えて、お昼のお弁当を買いに出かけたそうです。

桂子さんは病院の食事が出るので、広子ちゃんと自分のお昼ご飯です。

広子ちゃんはハンバーガーが食べたいとリクエストしましたが、大輔さんは朝から何も食べていなかったので、何かしっかりしたものが食べたいなあと思ったそうで、大通りに出たところの角にある、とんかつ屋さんの暖簾と、油の臭いにつられてつい、店に入ってしまったそうです。

そこで特大ロースカツ定食を注文し、キャベツとご飯をお代わりして満腹になり、危うく広子ちゃんのハンバーガーを忘れるところだったそうです。

「あれっ?大ちゃんのお弁当は?」

ハンバーガーの入った紙袋を受け取った広子ちゃんがそれ以外何も持っていない大輔さんに聞くと、「ああ、とんかつ食ってきた。」と言われて、「え〜っ!ずる〜い!私も一緒に行けばよかった。」

「だって、広ちゃんはハンバーガーがいいって言ったじゃないか。」

「そりゃ言ったけど、大ちゃんがお弁当を買ってくるって言ったから、それはあくまで、お弁当よりはいいってだけの話で、とんかつ屋さんに行くなら、そっちの方がいいに決まっているじゃない!」

「いやあ、俺も最初はそう言うつもりじゃなかったんだけど、店の前通ったらついついドアを開けちゃったんだ。ごめん、ごめん。夜は何かごちそうするよ。」

「やった!何にしようかな…」

桂子さんのお昼ご飯はうどんと炊きこみご飯だったそうですが、あまり食欲がないようだったので、うどんを半分ほど食べたら、箸を置いてしまったので、炊き込みご飯だいすきの広子ちゃんが、残りを全部食べてしまったそうです。

 おばあ様達が病院に着いたのは、桂子さんに食事が下げられたすぐ後だったそうです。

おばあ様は、果物やらお菓子やらをたくさん買っていったそうです。

自分達が食べるお昼ご飯用にはいなり寿司やのり巻を、大輔さんや広子ちゃんも食べるだろうと山のように買ってきたそうです。

それを見た桂子さんと広子ちゃんは顔を見合わせて、腹を抱えて笑ったそうです。

「ママ、もうちょっと考えて買ってきなよ!こんなに買ってきちゃったらここで商売できるよ。」

「だって、みんな食べるだろうと思ったからさあ…」

「あまり笑わせないで、切ったところが痛いから。お願い。」

桂子さんは、お産の時、出口を少し切ったらしく、その痛みがあって笑いながら、顔をしかめていたそうです。

「それより、赤ちゃんはまだ来てないのかい?」

「うん。2,460グラムだったから、まだ保育器の中なんだ。」

「そう、じゃあ、ちょっと見てくるよ。あんたも来るかい?」

「そうね。」

桂子さんは、ぎこちない歩き方で、おばあ様達と一緒に乳児室まで赤ちゃんを見に行ったそうです。

おばあ様は、この病院のことは隅から隅まで知り尽くしているので、案内が必要なわけではないのですが、桂子さんも自分の赤ちゃんを一緒に見ていろいろ自慢したかったのでしょう。

「ほら、そこの右から二番目の赤ちゃんがそうよ。」

「まあ!桂子にそっくりだねえ。」

おばあ様も玉子さんも一目見て、そう言ったそうです。

「やっぱりそうだよね!大ちゃんもそう言ってた。」

「男の子は母親に似た方がいい男になるからねえ。」

「まあ、おばちゃんったら!」

「そうだよ。女の子だったらパパに似た方がいいのよ。」

「でも見て!ほら、あの手。大ちゃんの手とおんなじなんだよ。」

「手?そんなのわからないわよ。第一、大ちゃんの手なんか触ったこともないからねえ。」

「そうか…でも、ほら!髪の毛の生え際なんか大ちゃんと同じだよ。」

「はい、はい。桂子姉は大ちゃんに似ているところばかり探しているのね。」

「だって…大ちゃんに似ているところがなかったら、大ちゃんがかわいそうでしょう?それに、あの子は私と大ちゃんの子供だからね。」

そんな話をしながらも、みんな赤ちゃんを飽きることなく、しばらく眺めていたそうです。

桂子さんは、その間中、顔がほころびっぱなしだったそうです。

 それから、立て続けに、桂子さんの幼馴染の信子さんや、お仕事の同僚のみなさんなどが、お祝いに駆けつけてくれて、夕方まで、他の部屋の人に迷惑がかかるのではないかというくらい賑やかだったそうです。


 赤ちゃんは三日後に桂子さんの部屋に移されてきました。

桂子さんは、赤ちゃんが来るまでの間、お乳が出るようにマッサージしてもらったり、お風呂の入れ方を習ったり、お母さんとしての仕事をみっちり仕込まれたそうです。

赤ちゃんが部屋に来た時にはもう一人前のお母さんになっていました。


 赤ちゃんの名前は“彩”と書いて“たくみ”とつけたみたいです。

最初は字画とか結構気にしていたようですが、結局、計算するのが面倒になって、何となく、11画の一文字がいいという、何の根拠もない思い込みで11画の文字を見ていて“彩”

という字が“たくみ”と読めるということを知って、何となくおしゃれだねということで次の日さっそく大輔さんが役所へ出生届を出しに行ったそうです。

大輔さんが区役所の窓口に出生届を提出すると、窓口の女性職員は書かれている文字と読み方を見て一瞬ためらい、席を外したそうです。

「ちょっと読み方が適正かどうか確認してまいりますので、少しお待ちください。」

その女性は10分ほどしてから戻ってくると、笑顔でこう言ったそうです。

「よくこんな読み方ご存知でしたね?私も長い間ここに座っていますけど、初めてですよ。」

大輔さんはそう言われて、ちょっといい気分になったそうですが、すぐに正直に答えたそうです。

「ええ、“名前の付け方”の本にはちゃんと出ていましたから。使えない読み方だったら載っていませんよね?」

「そうなんですか?まあ、確かにそうですね。」

でも、この名前じゃあ、絶対に女の子に間違われてしまうわね。

窓口の女性職員は、満足そうに去っていく大輔さんの後姿を見送りながら、そう思ったそうです。


 桂子さんは一週間ほど入院した後、退院することになりました。

いよいよ、桂子さんの赤ちゃんが家にやってくるのです。

私は先輩として、この家での序列をしっかり教えてあげなければなりません。

なんだかとても緊張します。

 11時頃、この日は珍しく、おじい様も釣りに出かけないで、家にいました。

初めての孫。

しかも、男の子です。

奥さんと三人の女の子に囲まれて長い間生活してきました。

桂子さんが大輔さんと結婚して、一緒に住むようになりましたが、所詮はあかの他人。

そういう意味では、“彩”ちゃんは初めて自分の血がつながった男の子なのです。

実は、この後は桂子さんの二人目から、洋子さんの三人目まで、広子ちゃんが男の子を産むまで、女の子の孫ばかり生まれてくることになるのです。

“彩”ちゃんは貴重な男の子の孫になるのですが、このときは、まさかそんなことになるなんて夢にも思っていなかったでしょうね。

おじい様は、おばあ様と広子ちゃんと一緒に、車で赤ちゃんを迎えに行きました。


 なんだか落ち着かないなあ…

もう、そろそろ帰ってくるかなあ…

そうだ、一応、玄関でお出迎えしよう。

台所のドアを開けて階段を下りていきました。

玄関先にちょこんと座り、ドアが開いた瞬間にニャ〜と泣くのです。

これで私は、みんなの心を掴むのです。

きっと、赤ちゃんより、賢い私の方が可愛がられるに違いありません。

まあ、あんまり可愛がられても、かえって、うざったいから、たまには、赤ちゃんに譲ってあげてもいいかな。

 そして、いよいよドアが開く…

「あら、ミーニャ!お出迎えしてるの?あんた、えらいねぇ。」

はい、何しろ、もう大人ですから…って、なんだ、玉子さんじゃないですか。

あっ!玉子さん、その手に持っているのはもしかして…

「ほーら!ミーニャ、スルメだよ。食べるかい?」

玉子さんは袋からスルメを1本摘んで私の前でちらつかせるのです。

あ〜ん、玉子さんの意地悪。

早くそれを私にくださいな。

「ほら、おいで!」

そう言って玉子さんは二階へ上がっていきました。

わーい!

玉子さん、待ってぇ〜。

あれっ?何か大事なことを忘れているような気がするのですが…

まあ、いいや。

台所で玉子さんにスルメを貰って、しゃぶりついていると、玄関のドアが開く音がして、賑やかな声が聞こえてきました。

「おっ!帰ってきたな。」

し、しまった!

せっかく考えた作戦が…

玉子さーん!タイミングが悪すぎですよぉ。


 みんなは居間に集まって、赤ちゃんを眺めながらお茶を飲んでいます。

私も赤ちゃんを一目みたいのですが、近づけそうにありません。

ねえ、みんな、私のことを忘れていませんか?

なんだか楽しそうだなあ…

桂子さんの赤ちゃんはどっちに似ているのでしょうか…

う〜ん…気になるー!

あっ!そうだ、スルメ。

まだ食べかけでした。

まあ、いいや。

焦ってみても始まらない。


 しばらくすると、広子ちゃんが私のところへやって来ました。

「ミーニャ、何食べてるの?」

ああ、広子ちゃん!やっぱりあなたは私を愛してくれているのですね。

あなたが私のご主人様です。

どこまでもついて…

あれっ?なんだか足元が…

いけない!イカのせいで腰が抜けてしまいました。

こんな大事なときに、私としたことが。

そんな私を広子ちゃんはかまわず抱き上げてくれました。

「どうしたの?ミーニャ。イカの食べ過ぎで腰が抜けたの?」

そう言って広子ちゃんは笑っています。

広子ちゃん、あなたのおっしゃるとおりです。

玉子さんの策略にまんまとはめられてしまったのです。

こんな不甲斐ない私もあなたは愛してくれますか?

ああ、広子ちゃん…


 それは突然やって来ました。

居間のテレビの脇でふてくされて寝ていると、桂子さんがいきなり赤ちゃんを私の隣に寝かしたのです。

私は思わず飛び起き、一歩下がって赤ちゃんをそっと覗き込みました。

こ、これが桂子さんの赤ちゃん?

本当に赤ちゃんなの?

私より大きい!

赤ちゃんなのに、私より大きいなんて生意気だわ!

なによ!

いくら大きくても私の方がこの家では先輩なんだから、あまりでかい顔しないでちょうだいね。

 桂子さんの赤ちゃんは、まるで私のことを無視しているかのように無邪気に笑っています。

そんな無邪気な笑顔をしていても、私はだまされないわよ。

「ミーニャ、“彩”君ですよ〜。よろしくね〜。」

まあ、桂子さんがそうやってお願いするなら仕方がない。

可愛がってやるか!

まあ、でかいけど、一応赤ちゃんだし…

私はおそるおそる赤ちゃんに触ってみようと思い、前足でそっと赤ちゃんの肩の辺りを触ろうとした瞬間!赤ちゃんの拳が私の顔に…

痛い!

えっ?どうしたの?何が起こったの?

私は、一瞬、記憶喪失にでもなったような衝撃を覚えました。

目から火花が出て、頭の上を星がまわっています。

同時に、反射的に私は赤ちゃんのそばから離れて、一目散に台所を通り越しておじい様とおばあ様の部屋の押し入れまで撤退してしまいました。

ちくしょーう!挨拶もしていないのに、いきなりパンチするなんて卑怯にもほどがあるってものだわ。

ちょっと体制を立て直したら、その辺のことからみっちり教えてあげなくちゃいけないようね。

まったく、体が大きい上に強暴で理性のかけらもない。

私にとっては、まるで怪獣だわ。

居間の方からはなんだか笑い声が聞こえてきます。

きっと私のことをみんなで笑っているに違いありません。

普段ならこんなことは絶対にあり得ないのですが、相手が赤ちゃんだということで油断していました。


 「今見た?おかしーい!ミーニャが彩に触ろうとしたら、思いっきりパンチされたの。」

桂子さんはまるで人ごとのように笑っています。

私はネコなのに、人ごとのように…

「見た、見た!ミーニャったら早かったねえ。よっぽどびっくりしたみたいね。」

玉子さんまで…

「ホント!普通ならちょっと動いただけですぐ除けるのにね。」

そうなんですよ。広子ちゃん!普段の私なら…

「今のビデオ撮っておけばよかったわね。」

ビデオだなんて冗談じゃないわ。

あんな、一生に一度あるかないかの不覚、後の世まで残されてたまるものですか!


 かくして、私は桂子さんの赤ちゃんとの初対面を果たしたわけですが、新参者にこの家の序列を教えるどころではありませんでした。

あんな低能の野蛮人は、もう少し教育を受けてからでないと、私の前に顔を出すなんて百年早いわ。

それまでの間だけ、みんなの視線を集めておくがいいわ。

生まれたばかりだから、特別サービスよ。

私も、人間でいえば15歳。もう、大人の仲間なんだから。

今のうちだけ、いい目を見させてあげるわ。

だけど、あなたが私くらいになった時には白黒はっきりさせてあげるから覚悟しておいてよね。




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