はじめまして!ミーニャです。
はじめに
私はアメリカンショートヘアっぽいけど、結局は雑種。
だけど、自分で言うのもなんだけど、けっこう美人なのよ。
前足の先のほうと、後ろ足のひざから下が白くなっていて、手袋にハイソックスをしているように見えるわ。
これ、ちょっと私のチャームポイントなのよ。
さて、本編にはいる前に、この物語の登場人物を紹介しておくわね。
まず、助演女優から紹介するわね…ああ!主演女優は、もちろん私ね。
松坂桂子さんは、私を貰ってくれた、いわば、私の育ての親ってところかな。
何をするにもテキパキして、ソツがないし、気が強くて女にしておくのがもったいないくらいなの。
それでいて、見た目はとてもかわいらしいのよ。
次に桂子さんの旦那で大輔さん。
まあ、助演男優くらいにしておいてあげようかしら…主演男優はいないわね。
一応、サラリーマンで、マイペースで温厚な性格。
桂子さんの実家で桂子さんの両親と暮らしている、いわゆる、マスオさんってヤツですね。
それから、桂子さんのお父様で竹下登さん。
桂子さんの旧姓は、竹下というのです。
お父様は、三度の飯より釣りが好きなのだけど、私にお土産を持って来てくれたことはないわ。
自分勝手で、わがままで、日本人の昔の父親像そのものって人ですね。
お母様は、綾子さん。
面倒見がよくって、誰彼かまわず声を掛けて、時には、お節介が過ぎることもあるけど、昔下町に良くいた、肝っ玉母さんって感じの人。
その分、大雑把で、がさつなところもあるのだけど…
最後に桂子さんの妹で竹下家三女の広子ちゃん。
ちなみに、桂子さんは長女で、次女で洋子さんって人がいるのですが、結婚して家を出てしまったので、今はここにはいません。
広子ちゃんは、まだ高校生で、今時の女子高生って程、砕けてはいなくて、小さい頃からお姉ちゃんっ子で、いつも、桂子さんについて廻っているのです。
なので、妙に大人ぶった物言いや仕草を見せることがあってドキッとすることがあります。
まあ、みんなそれぞれに長所・短所はあるけれど、憎めない人たちです。
今は、この5人が私の住む家の住人なのですが、やがて、桂子さんは子供を産んだり、広子ちゃんは結婚したりで、色々と賑やかな出来事がいっぱい待っているのです。
今から、かなりワクワクしてきました。
ちなみに、私の名前はミーニャ。
女の子よ。
よろしくお願いね。
1.はじめまして!ミーニャです。
窓の外にはオレンジ色の光を放つ照明のランプが次から次と飛んでいく。
車は、高速道路のトンネルの中を通過しています。
私は桂子さんの膝の上で、重たくなった瞼を必死に押し上げて、ランプの光を一つ残らずこの目に焼き付けようと努力してはみるものの、悲しいかな、ネコという生き物には執着心というものが他の生き物に比べて少ないような気がします。
私も例外ではなく、ランプの光より、お母さんのオッパイの夢が見たい。
何よりも、桂子さんの膝の上は居心地が良いのです。
私が生まれたのは、郊外の新興住宅街にある中流家庭。
お母さんは、血統書つきのアメリカンショートヘア。
お父さんはどこの誰だか分かりません。
当のお母さんでさえ、今ではもう覚えてないかもしれません。
お母さんが散歩に出たとき、行きずりの恋に落ち、一瞬で燃え上がった結果、私達が生まれることになったのです。
私には兄弟が4匹います。
一番上はお兄さんです。お母さんに似てアメリカンショートヘアっぽい男前です。
二番目もお兄さんで、お母さんとは煮ても似つかぬ茶トラです。
きっと、お父さんが茶トラなのでしょう。
三番目が私。
四番目は妹でやっぱりアメリカンショートヘアっぽい。
一番下は弟で、茶トラです。
とにかく、生まれたての私たちは、お母さんのお腹の中から出てくるだけでも、すごく体力を消耗してしまうのです。
お母さんは生まれたばかりの私たちの体を順番に、きれいに舐めてくれます。
ああ、なんて気持ちいいのでしょう。
さて、ここから先は、グズグズしてはいられません。
お母さんのオッパイをもらって、お腹いっぱいにしなくては、気分よく眠ることが出来ませんから。
寝る子は育つって言うでしょう?
寝るネコはもっと育つのです。
まずは、自分の存在をお母さんにアピールしなければなりません。
「ニャア〜(私はここよ。)」
お母さんは横になって私たちにオッパイを向けてくれたわ。
下のいちばん右。
そこが、なんだかいちばんおいしそうに見えるわ。
モタモタしていたら、ほかの兄弟に取られちゃうわ。
「ニャア〜(えいっ!)」
やった!美味しそうなオッパイをゲットすることが出来ました。
この場所は、一生私のものよ。
私たちが生まれた次の日には、いろんな人が私たちを見に来たわ。
どうやら、このうちの人…つまり、私たちのお母さんの飼い主が、生まれたばかりの私たちのうち何匹かをよそに売り渡そうとしているらしいのです。
えっ?売らない?タダ?タダであげるって?
そんなぁ…私たちってそれだけの値打ちなの?
こうなったら、そんな薄情な飼い主よりも、もっと私を愛してくれる人に貰われてやる!
だけど、こっちで飼い主を選べないのは致命的だわ。
というより、売れ残っちゃったらどうしよう?
いや!大丈夫。
茶トラより、アメリカンショートヘアっぽい私の方が人気あるに決まっている。
少なくとも、茶トラには負けない自信があるわ。
そうこうしているうちに、どうやら、最初に貰われていく子が決まったみたいだわ。
貰ってくれる人は、飼い主の娘のお友達みたいね。
こっちを見ているわ。
誰かしら?
手が伸びてきたわ。
あっ!茶トラだ。
なんてこと!最初に貰われて行くのが茶トラの末っ子なんて…
でも、順番じゃないわ。
どんな人に貰われるカよね。
あの人は、一人暮らしのOLだって言うし、きっと、満足にかわいがってもらえないわね。
次の人が来たわ。
今度は飼い主の知り合いみたいだわ。
ちょっと、お年のようだけど、そこそこ、優しそうな人だわ。
いいかもしれない!
ほら、来た、来た!こっちへ来い。
あっ!今度はいちばん上のお兄ちゃん。
まあ、仕方ないか…
お兄ちゃんは私の次にアメリカンショートヘアっぽいもの。
この日はここまでみたいね。
明日いい人が来てくれますように!
翌日は、誰も来ませんでしたが、飼い主の話を聞いていると、どうやら、人にあげるのはあと一匹みたいなの。
それに、なんがか、女の子は子供を産むからって敬遠されているみたいなのよ。
ちょっと不利だわ。
まあ、ここに残っても、お母さんと一緒にいられるし、そうなればお母さんのオッパイをひとり占め…いや、ふたり占め…違う、違う、二匹占め出来るもの。
さあ、運命の日が来たわ。
どうやら、問題の人がやってきたみたいね。
どんな人かしら?
あら、若い女の人ね。
飼い主のお仕事の関係の人らしいわね。
飼い主って何の仕事しているのかしら?まあ、いいわ。
結婚している人みたいだわ。
でも、共働きだったら、昼間は結局、ひとりぼっちになっちゃうわね。
パスだわ!
茶トラ行っちゃいなさい!
来た、来た。
茶トラを持って行け!
え〜っ!私?私なの?
その人は私を抱き上げると、頬ずりをして頭をなでてくれたわ。
色白で、髪の毛が長くて、パンツスーツを着こなして、バリバリ仕事系の女の人。
顔はかわいらしくて、私を抱いて嬉しそうにほほ笑んでいるところはかなり◎だわ。
きっと旦那様も素敵な人なのだろうな…
「本当にいいの?」
「いいわよ!うちは、この親猫と残った二匹で充分だから。それに、結局、どこではらまされてきたのか、生まれたのは雑種だし…」
飼い主の娘は、そんなことを話しながら、私をこの女の人に売り渡してしまった…
いや、ただであげてしまった。
「うれしー!うちも前に飼っていて、みんな猫好きだから喜ぶわ。いいえ、きっと、びっくりするわね。」
「じゃあ、桂子、ちゃんとかわいがってあげてね。」
「ありがとう小百合!大切に育てるわ。」
へ〜、この人は桂子さんと言うのか。
桂子さんの家には家族がいっぱいいそうで楽しそうだわ。
桂子さんはバスタオルを敷いた、籐のかごに私を移すと、両手で抱えるようにして飼い主…いや、元飼い主の家を後にしました。
桂子さんは、元飼い主の家の前に止めてあった白い車の助手席に、私を入れたかごをそっと置きました。
ドアを閉めると、桂子さんは反対側にまわって、運転席に座りギアをローに入れるとゆっくりと車を出しました。
しばらく走ると、桂子さんは、いてもたってもいられなくなったみたいで、私をかごから取り上げると、自分の膝の上に置いたのです。
そのまま高速道路に入り、快適に走りつづけました。
たまに、桂子さんは私を見て、ニッコリほほ笑むのだけど、お願いだから、まっすぐ前を向いて車を運転して下さいな。
窓の外にはオレンジ色の光を放つ照明のランプが次から次と飛んでいく。
車は、高速道路のトンネルの中を通過しています。
私は桂子さんの膝の上で、重たくなった瞼を必死に押し上げて、ランプの光を一つ残らずこの目に焼き付けようと努力してはみるものの、どうせ、すぐに忘れてしまう景色なら、無理して眺める必要もないわね…
何よりも、桂子さんの膝の上は居心地が良いのです。
深夜の高速道路は、時折、対向車とすれ違うくらいで、ほとんど、他の車は走っていなかったから、あっという間に桂子さんの住む下町までやってきたわ。
桂子さんは車を車庫に入れると、私をかごに戻して車を出ました。
桂子さんは玄関のドアをそっと開けて…って、えっ?今、玄関のドアにカギ掛かってなかったのではないでしょうか?
そのまま…えっ?桂子さんドアの鍵閉めなくてもいいのですか?
階段を上がっていきました。
台所のテーブルに私が入ったかごを置くと、冷蔵庫から牛乳を出しておわんに入れてくれました。
そういえば少しお腹が減ったかも…
「ニャア〜(お腹減ったよ)」
桂子さんは右手の人差し指を口に当てて、「しーっ」と言って牛乳が入ったお椀を置いてくれました。
私が牛乳を飲み始めるとすぐに、突き当りのドアがあいて髪の毛の薄いおじいちゃんが出てきました。
「あっ!パパ?起しちゃったかしら。」
桂子さんは、遠慮気味にそのお爺ちゃんに声をかけました。
どうやら、この、髪の毛の薄いおじいちゃんは桂子さんのお父様らしいです。
「なんだ?今、ネコの鳴き声がしたような気がしたけど気のせいか?」
そう言いながら、寝ぼけ眼でこっちを見ていたおじいちゃんの目が、急に輝き出しました。
「ネコがいるのか?」
「そうよ!貰ってきちゃった。」
桂子さんは、そう言って、私を抱えあげて、おじいちゃんに見せました。
すると、今度は同じ部屋から、おばさんパーマの女の人が目をこすりながら出てきました。
「ネコを貰ってきたんだって?」
続けざまに、反対側の部屋からは、桂子さんより若い女の子が出てきて、小走りにこっちへやってくると、桂子さんから私を取り上げて、頬ずりしました。
「かわいい!これどうしたの?」
これって…私のことをこれはないでしょう!
そういえば、まだ私には名前がないのよ!
桂子さん、早く私の名前を付けてくださいな。
「だから、貰って来たの。」
「ねえ、名前は付けたの?」
女の子が尋ねました。
いいぞ!女の子!
「うん!」
と答える桂子さん。
なんだ、名前はもうついてるのか…って、私の名前、それなら早く教えてくださいな。
「ミーニャよ!」
女の子は、私を抱きしめて、「ミーニャ!」と呼びながら、何度も頬ずりしてくれました。
かわいがってくれるのは嬉しいけれど、牛乳の残りが早く飲みたいんですけど…
「ニャア〜(まあ、とりあえず、みなさんはじめまして!ミーニャです。これからよろしくお願いします。)」