表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第6章 襲撃の冒険者
98/107

第95話 後片付けと駝鳥

 

 今回 敵の動きが俯瞰的に明らかになる関係上、アラヴィ藩の地理の話題がちょっとだけ出てきます。

 これ自体はさして複雑な内容でもないんですが、もし「やめてくれ、俺は脳内でのマップ表示にまるで自信がないぞ!」って方は、以前に投稿したアラヴィ藩の地形図を別タブで開きながら読んでもらえれば、イメージ作業が楽だと思います。

 


 

蜘蛛くもに罪はないんだがなぁ……」


 眼前で激しく燃え盛る炎を見つめながら、俺は小さく呟いた。

 現在、火魔術による飽和攻撃で、死網蟲(しもうちゅう)と呼ばれる例の毒蜘蛛の焼却処分が行われている。

 この蜘蛛は元々、アラヴィ藩近辺には棲息していない生物だ。飢えれば周辺に拡散し、家畜や野生動物、そして人間を襲い始める。

 可哀想だが、こうする他ない。


 協会から派遣されて来た魔術師達は、そのほとんどが高い火属性の適性を持つ熟練者達だ。

 いわゆる、高位の火魔術使いと呼ばれる人々である。

 彼らは煙幕系の火魔術の一斉放射で蟲を林の中からいぶり出し、畑の一角に追い込んで次々と焼き殺している。

 風魔術の補助で制御された煙が林を覆うように充満し、大規模な火魔術が花火のごとく連射される。大勢の魔術師達の手により生み出される野焼きの光景は、壮絶であると同時に、あまりにも幻想的だった。


「おいゴレ、あれを見てみろよ。ダチョウが火を吹いてるぞ」

 どうやら魔術師集団の中に、魔獣使いがいるようだ。

 鶏冠(とさか)の生えたダチョウみたいな大きな赤い鳥が、口から気炎を吐いている。

 赤い怪鳥の(くちばし)から一直線に放たれた紅蓮の炎が、蜘蛛達を次々と焼き払っていく。その姿は、さながら火炎放射器だ。

 高熱の炎の筋が通過した後には、焼けた地面と黒焦げになった蜘蛛の死骸しか残っていない。


「なぁ、なぁ、すごいな相棒。あの鳥の口、一体どうなってんだろうな」

 俺は隣に立つゴレに、笑顔で語りかけた。

 彼女はすでに幼児退行から無事復帰し、普段通りのしとやかな美女神エルフの姿に戻っている。

 むしろ協会の魔術師などの知らない人が周囲に大勢いるから、今のゴレは完全におすましモードだな。うちの相棒は人見知りがひどいのだ。

 アセトゥやジャンビラの前では気兼ねなく赤ちゃんになってバブバブと甘えてくるってことは、つまり何だかんだいいつつも、彼らに対してゴレが非常に気を許している証拠だろう。


 そんなゴレであるが、俺の話しかけに即座に反応し、ダチョウの方に目を向けてくれた。

 でも、すぐに興味なさげに視線を戻してしまった。

 その後は、ダチョウにはしゃぐ俺の笑顔ばかりをじっと見つめている。ダチョウのことは見ていない。


 現在、俺はこうしてゴレを連れ、蜘蛛退治の現場の近くで待機している。

 他にも数組、里のゴーレム使い達が付近には立っている。万が一蜘蛛が暴れ出したりして不測の事態が起こったときのための、護衛要員という位置づけである。

 といっても、正直その心配はあまり無さそうだった。

 蜘蛛達は煙に追われて林からのろのろと這い出し、キィキィと小さな断末魔の悲鳴を上げながら燃やされていく。ほとんど無抵抗に近い。


 この蜘蛛に限らず、蟲というのは、基本的に熱攻撃に弱いものが多いそうだ。

 搦め手的な特殊能力を多く持ち、正面戦闘で無敵に近いゴーレム使いに対しても優位に立てる蟲使い。しかし一方で、彼らもやはり弱点のない存在というわけではないらしい。

 この世界の魔術師同士の戦闘には、わりと明確な相性差があるみたいだ。

 まぁ、いずれにせよだ。潰して殺すしか能のない俺やゴレでは手出しできない毒蜘蛛を、あの火魔術使いどもが いともたやすくスタイリッシュに退治している事だけは、否定できない事実である。


 憐れに焼き殺されていく蜘蛛達の姿を、俺はじっと見つめた。

 ……ああ、異世界の不思議な毒蜘蛛よ。

 お前達も火属性が本当に苦手なのだな、この俺のように……。

 火属性の前になすすべもなく敗れ去っていく蜘蛛達に己の姿を重ね、俺はなんだか、無性に悲しい気持ちになった。


 こうして俺は今回もまた、火属性への完全敗北に震えた。



------



 立ちっぱなしでいることに疲れ、その場に腰を下ろそうとしていたときだった。

 唐突に、後ろから名を呼ばれた。

「おお、兄弟ネマキ、ここにいたか。随分と探したぞ!」

 振り向けば騎乗の人物が一人、俺の方へ速歩(はやあし)で駆けてくる。

 といっても、彼が乗っているのは馬ではない。馬に近い大きさの、角の生えた蜥蜴(とかげ)のような生物だ。

 一体何だ、このファンタジー生物は。

「どうしたのだ、そんな物珍しげな顔をして。別に東方には騎竜がいないなどということもなかろう?」

 そう言って笑う男性の顔には、見覚えがあった。

 彼が乗っている生物にばかり気を取られていたが、その両脇には、青い短槍(たんそう)ゴーレムを二体引き連れている。ゴーレム達の鎧と盾には、お洒落な唐草模様の細工が施してあった。


「……あ。お前、ピュウルスじゃん!」


 魔術師協会の入会試験で俺の試合相手を務めた男、ルドウ・ピュウルスである。

 そういえばこいつとは試合の後にどんちゃん騒ぎをやって、気付けば何故か友達みたいな感じになってしまっていたが……。

 てか何でこいつ、こんな場所にいるんだ?


「やぁ兄弟、今回もまた随分と派手にやったそうじゃないか。一緒にやって来た協会の連中は、皆お前の話題で持ち切りだったぞ」

 ひらりとローブをはためかせ、ピュウルスが颯爽と地面に飛び降りた。

 そして、俺の隣に立つゴレを見て、大きくうなずいた。

「うんうん。ゴレタルゥの方も、相変わらずの小生意気にぷりんっとした煽情的な尻じゃないか」

「ピュウルスお前、いきなりの挨拶がそれかよ……」

 この男、発言内容は相変わらずどうしようもないようだ。

 ともあれ、こうしてファンタジー生物や短槍ゴーレム達を引き連れていると、その姿はなかなか様になっている。


「ところでお前、何でこんな所に来ちゃってるんだ?」

「随分とつれない言い草ではないか。私は休暇も返上して、わざわざお前達を助けるためにここまでやって来たのだぞ? それもこれも、マディス師から協会に緊急の救援要請があったから助太刀に行ってこいと、お師匠が我々弟子の全員にお達しを出されたからだ」

「え?」

 ピュウルスの発言に、俺は首をかしげた。

「デマラーンのじいさんが、そんな事を言ったのか……? あの人、うちのばあさんとは仲が悪いのかと思っていたが」

「はは。そこはまぁ、何と言うべきかな。うちのお師匠は、なかなかこう、素直にはなれないお人だからなぁ……。本人はマディス師に恩を売る絶好の機会などとおっしゃってはいたが、内心で心配していたのは見え見えだ」

 ピュウルスはそう言った後、小さく溜息を吐いた。

「実を言うとな。今回通報を受けて藩都から出港する際にも、お師匠が我々と一緒に高速艇に乗り込もうとして、一悶着あったのだ。押しとどめるのには骨が折れた。まったく、マディス師のことが気がかりなのは分かるが、あの人はとうの昔にゴーレムも御子息に譲って隠居の身なのだから、きちんと大人しくしていて欲しいものだよ」

「何だかお互い、年寄りのわがままには苦労しているようだな」

「まったくだ……」


 と、ここでピュウルスが、思い出したように付け加えた。

「ま、うちの困ったお師匠についてはともかくとしてだ。兄弟よ、今回ばかりはお前、マディス師が現役ばりにお元気なことに感謝しておくべきだぞ」

「? どういう意味だ?」

「お前の師の尽力がなければ、こうも迅速な救援は成立しなかったということだ」

「あー、そういう事か。たしかにうちのばあさん、謎の権力があるしなぁ」

 俺のこの言葉に、しかし、ピュウルスは首を横に振った。

「いや、事はそう単純な話ではないのだ。我々はここに来るまでに南の沿岸都市群を通ってきたが、向こうの街々は今、大混乱の最中(さなか)だったぞ。市街の有力者達が、何者かの手により暗殺されていた。それも、殺された人数が一人や二人ではない」

「は……? 南の街でそんな物騒な事が起こっていたのか?」


 驚く俺に、ピュウルスは南の状況を語り始めた。

 当初情報収集のためにテテばあさんが向かっていた沿岸部の街では、要人の暗殺事件が連続し、政治的な混乱状態が発生していたそうだ。

 異世界人の俺には政治向きの話は良く分からないが、どうも話の印象では、複数の街で市長と副市長が同時に殺されてしまったような、そんな状況のようだ。港や街道が一時的に封鎖されたりして、かなりの大騒動になっていたらしい。

 そういや行商人がここしばらく里に来ていないとか、そんな話があったよな。つまり実はあの件は、南でこうした混乱が起こっていた事が原因だったのだ。


「マディス師は身動きの取れない状況下で的確に情報を収集し、わずかに残された周辺の被害報告から、東に潜む賊の主力が蟲使いだと見抜かれた。あまつさえ当日中に協会との連携をはかったその手腕は、まさに見事というほかない」

 そこまで言ったピュウルスは、一旦言葉を切った。

「……我々では、とてもああはいかんだろう」

 なるほど、あの抜け目ないばあさんの戻りが遅れた時点で、何か予想外のトラブルがあったのかもしれないとは薄々思っていた。だが、俺の想像以上に事情は込み入っていたようだ。

「ばあさんはばあさんで、向こうも色々大変だったんだな……」


 ここまで比較的明るい調子で喋っていたピュウルスだが、ふいに声のトーンを少し落とした。

「だがこの一件、どうにもきな臭いと思わんか……?」

「きな臭い? ……と言うと?」

「北での賊徒の襲撃、直前に起こった南での要人暗殺……あまりにタイミングが合いすぎているということさ。賊に討たれ装備を奪われた藩の兵員達も、意図的に計略で誘い出されたかのようだった。まるで、賊はすべてのお膳立てを整えた上で、南の混乱で孤立した状態のシドル山麓の里々を、的確に狙い撃ちしてきたような形ではないか」

 気付けば、浅黒く日焼けした男の顔から、すでにいつもの軽薄さは鳴りを潜めていた。彼は至極真面目な表情のまま、俺に肩を寄せながら小声で言った。

「もしかすると今回の襲撃事件、何か相当に根が深いのかもしれんぞ。……兄弟、お前も関係者として、一応身辺には少し気を付けておいた方がいい」

「……よくわかった。ありがとう、忠告感謝するよ」

 俺はこの男の親切心に、笑顔で礼を言った。

「なぁピュウルス、お前って何気に超いい奴だよな」


 地中海男は一瞬照れたように目を泳がせ、小鼻を掻きつつ苦笑した。

「ふっ、まぁ、その……あれだ。私を試合で打ち負かしたお前に、万が一にもつまらんところで死なれると困るのでな。そんな半端な男に負けたとあっては、私の腕前まで疑われてしまうだろう?」



------



 ほどなくして、毒蜘蛛の駆除作業も無事終了した。

 俺はピュウルスと別れ、ゴレと一緒に畑の道をちんたらと歩いている。


 本音を言えばもう少しあの場にとどまり、あの騎竜とかいうかっこいい生物を触ったりしたかったのだが、そうもいかない理由があった。

 実は、ピュウルスにお尻を見られすぎたゴレのストレス度がMAXを振り切り、そのイライラと攻撃衝動が、もはや彼に向かう寸前になっていたのだ……。

 しかもゴレの奴は、何故か騎竜にもイライラを募らせて、今にも噛みつきそうな殺気を放ち始めていた。

 色々と親切に教えてくれた友達のピュウルスやそのペットを、ゴレのぷりケツをチラ見した程度の罪で死なせるわけにはいかん。

 そんなわけで、俺は早めに雑談を切り上げる以外になかったのである。


「はぁ……。あの騎竜、撫でてみたかったな……」

 しょんぼりと呟いたとき、ゴレが突然、ぬっと顔を突き出してきた。

 わたしを撫でて、とでも言いたげである。

「代わりに撫でさせてくれるのか? ありがとう、お前は本当に優しいね」

 まぁ、そもそも騎竜を撫でられなかった原因は、こいつだったような気もするのだが。

 そんな細かい事を責めたりしない広い心を持つ俺は、ゴレの頭をなでなでしつつ、周囲を見回した。


「それにしても、随分とにぎやかになったもんだな……」


 あちらこちらで、人々が騒々しく動き回っている。

 里人とゴーレム、魔術師協会の人達、そして、大勢の武装した兵士……。

 この兵士達は、例の藩兵と呼ばれる人々だ。魔術師協会の増援からはやや遅れる形で、現在かなりの規模の部隊が続々と里に到着しつつある。もちろん賊が変装した怪しげな偽者などではなく、全員綺麗に制服を着こなした本物である。

 彼らは現場検証や周辺警備、賊の遺体の収容などを行なっているようだ。

 こういった様子を見ていると、この人達はやはり、この世界における警察官的な位置づけの職業なのだろうと思われる。


 里人達の多くも、現在は壁の外へ出てきて作業をしている。彼らはゴーレムと協力して、大量に残された例の巨大カメムシの死骸を片付けていた。

 この巨大カメムシはでかくて掃除が大変だが、元の世界のカメムシのような臭気が無い事だけは救いである。

 俺はてっきりこいつらの死骸も、例の蜘蛛と同様にまとめて火で燃やすものだろうと思っていた。

 だが、どうもそうではないようだ。

 先ほど小耳にはさんだ話によれば、実はこのカメムシの死骸というのは、細かく砕いてから藁などと混ぜて長期間発酵させると、非常に良質な肥料になるらしい。

 来年はどの作物にこの肥料を使うか、皆さんほくほく顔で相談をしていた。

 この人達、転んでもただでは起きんというか、実にたくましいな……。


 そんな活気ある里人達が数名、大声で何か話しながら、手前の農道を小走りに駆けていくのが見える。

「おい、敵の捕虜が引っ立てられてきたらしいぞ」

「どんな奴らか、顔を拝んでやろう」

 そんな話し声が、こちらまで聞こえてきた。


「捕虜、か……。取り調べでもするんだろうか」

 なんとなく興味をひかれた俺は、彼らの後をついて行ってみることにした。

 どのみち、向こうは家への帰り道の方角だしな。

 

 



 

 ~用語解説~


 【騎竜(きりゅう)

 実はこれは特定一種の魔獣を指す言葉ではありません。

 この世界においては、騎乗可能な小型竜(ドレイク)系統などの魔獣をまとめて“騎竜”と呼称します。要は概念的に“蟲”と同様の、わりと広い(くく)りの言葉といえますね。

 例えば、戦車(チャリオット)を牽引する魔獣として鎧小竜(アーマードレイク)という小型竜が出てきましたが、あれも広義では騎竜に含まれます。


 この騎竜というのは、実は作品のかなり初期から地味に登場させておりまして、人里に出てきたばかりの頃、ティバラの街の料理店で主人公が見た「赤い大きな蜥蜴」なんかも騎竜です。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ