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破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第6章 襲撃の冒険者
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第92話 秘密と告白 -後編-


 

「……ゴレ!」

 思わず、少し涙声が出てしまった。

 俺の相棒(ゴレ)が、気高く荘厳な姿で林の入り口に立っている。

 折れそうなほどに白くて華奢なエルフの娘が、小山のようなオレンジ色の巨人を掲げるその絵面は、正直、あまりにも現実離れしている。そこには、ある種の神話的な美しささえあった。

 どうやらゴレのやつは、たいした怪我もしていないらしい。

 おそらくは損傷で動けないオレンジ象を両手で担ぎながら、邪魔な木や蟲を足で蹴り飛ばして、元気いっぱいに林の外まで出てきたのだろう。


「なんだ、もう戻ってきちゃったのか。残念……」

 後ろでアセトゥが小さく呟くのが聞こえたような気がしたが、相棒の無事に感極まっている俺には、それどころではない。

「無事だったんだな、相棒!」

 俺の声に反応したゴレが、こちらへ向かって瞬間的にダッシュを開始した。

 ちなみに、つい一瞬前までゴレに抱えられていたオレンジ象は、まるでゴミみたいに乱雑にその場に投げ捨てられている。コミュ障の彼女がついにゴーレム同士の友情に目覚めたかと期待したのだが、どうやら俺の儚い夢だったようだ。

 まぁ、でも、林の中からオレンジ象を連れ出してきただけ、ゴレにしては大きな進歩だよな。

 投げ飛ばされてピンチのところを彼に受け止めてもらった形だし、案外ゴレなりに多少の恩は感じているのかもしれない。あいつ、意外に義理堅い性格してるし。


 などと考えている間に、俺の身体はふわりと白くやわらかな感触に包まれた。

「おっと」

 ゴレが飛びついて、抱きしめてきたのだ。

 全力で助走をつけた状態から思いっ切り飛びかかられたように思ったのだが、相変わらず、重みや衝撃はさして感じない。

「……無事で良かった」

 そう声をかけながら、ゴレの後ろ頭をなでた。

 彼女は俺に抱きついたまま動かない。珍しく可愛らしいつむじが見える。

「っていうかお前、全身クモの糸だらけじゃん」

 ゴレの肩や首のあたりに、太い透明な糸が絡まっている。おそらく、林の入り口付近で大量に死んでいるあの蜘蛛みたいな蟲達のものだろう。

 糸に触ってみると、ものすごい弾力だ。とても引き千切れそうにない。

 なるほど。こいつのせいで、林からの脱出に手間取っていたのか。


「あはは。でも、何だかちょっとこの糸、スカーフみたいだな。お前が首に巻いてると、天女の羽衣って感じだよ」

 ここまで軽口を言って、なんだか違和感をおぼえた。

 さっきからゴレの反応が薄すぎる。じっと俺に抱きついたままだ。

 普段俺がこういう事を言えば、こいつは深紅の瞳をきらきらと輝かせながら、長い耳をうれしそうにぴこぴこと動かすものなのだが。

 それに今のゴレは、全然アセトゥに噛みつこうとするような様子もない。

 いっしょうけんめい俺にしがみついて、実に大人しいものである。


 ……妙だな。おりこうすぎる。


 どこか具合でも悪いのか? さっきまで、すごく元気に林を破壊していたけど。

「ゴレ、やっぱりどこか怪我してるのか? あ、そういえばお前、敵に背中から地面に叩きつけられたとき、ひどくふらついてたよな……」

 あれが原因で、元気がないのだろうか?

 まだ背中が痛いのか?

 ゴレが物理攻撃で明確なダメージを受けたのは、何気に初めての事だし。

「というか、ダメージを受けたり受けなかったり、お前の不思議防御の仕組みが俺にはさっぱり分からんぞ。一度そこのところ、じっくりと分かりやすく基礎から解説してくれないか」

 ゴレは反応しない。ぎゅっと俺に抱きついたままだ。

「おーい、ゴレ。どうした、聞いてるか?」

 うつむき気味の彼女のほっぺを、指でつついてみた。

 やわっこくて白いほっぺに、ふにふにと指先が沈んでいく。いつも通りである。彼女が無反応である点を除けば。

「なぁ、無視しないでくれよ相棒。俺ちょっと傷ついてしまうんだが……」

 彼女の表情をのぞき込みつつ、そう言いかけて。

 俺の動きは、ぴたりと止まった。


 今俺は何と言った?

 そう。俺が、傷ついてしまう――


「あ……」


 気付いた。彫像のように固まったゴレの視線は、俺の身体の、ある一点に釘付けになっている。

 それは、俺の、肩。

 戦闘中に短剣の投擲で浅く傷つけられた、例の肩口の傷だ。

 血の滲んだ肩と裂けた衣服を凍り付いたように見つめるゴレの身体が、このとき、ぶるぶると小刻みに震えはじめた。

 震えは慟哭のごとき激しさを帯び、徐々に彼女の全身に広がっていく。

 彼女の無言の慟哭は、すぐに臨界に達した。


 突然、ゴレの首が、ぐるんと横を向いた。

 その視線の先にあるのは――


 槍に穿たれ、血まみれで意識を失っている、仮面の魔導王だ。


「お、おい。ゴレ……」

 俺は彼女に呼びかけようとして。

 そして、思わず息をのんだ。


 ――ゴレの瞳が、仄暗い闇色に染まっている。


 これまでにも、気に入らない相手に殺気をふりまくゴレの姿というのは、散々見てきた。

 だが、断言できる。

 ここまでの濃縮された、強く、明確な、取り返しのつかないほどに暗い殺意を帯びた彼女の瞳を、俺は今まで、一度も見たことがない。


 不味い。

 俺は反射的に、彼女を掴もうとした。

 が、するりと腕の間を抜けられた。

 魔導発動中の俺でも捉えきれない、おそるべき速度と身のこなしだった。


「ゴレ、ま――」


 待て、という言葉が口を出るよりも先に。

 ゴレの突き上げるような手刀が、仮面男の腹部を刺し貫いていた。


 硬い鎧があっさりと砕け、割れた鎧の隙間から鮮血が飛び散った。

 このときゴレはいつものように、相手の頭を叩き潰さなかった。

 ……そう、即死させなかった。

 穏やかには死ねない、ぎりぎりの致命傷・・・

 ぞっとするようなこの手法を、俺はよく知っている。まるで同じなのだ。俺を攻撃しようとした猿達を、報復として残虐に嬲り殺していたときの手法と。

 彼女は男の腹を手刀で貫いたまま、ゆっくりと宙につり上げようとした。

 しかし、相手の身体は現在、〈土の大槍〉で地に固定されたままの状態だ。持ち上げようとすれば、当然ながら――


「あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あああああああッ!!!!?」


 男が歯を剥き、絶叫した。

 襲いかかった想像を絶する激痛により、穏やかな昏睡の縁から、無理矢理に呼び戻されたのだ。

 身体を強引につり上げようとするゴレの動きと、肩を突き刺し身体を地に縫い止めようとする〈土の大槍〉の間で、男の上半身は、みちみちと危険な音を立てはじめている。

「いかん。このままじゃ、あいつ引き千切られるぞ……!」

 慌てて〈土の大槍〉への魔力供給を切った。

 槍が黒い粒子となって崩壊をはじめる。途端に押さえる物のなくなった男の身体が、ふわりとゴレの片手の動きで持ち上げられた。


 続いてゴレは強引に、男の顔を覆う黒い仮面を剥ぎ取った。

「――ぐぎいっ!?」

 力任せに仮面を引き剥がされた際、血と黒い頭髪が大量に舞い散ったのが見えた。おそらくゴレは、頭皮の一部ごと仮面を毟り取ったのだろう。

 慈悲の欠片も感じられない、彼女の一連の動作。

 それはまるで、もがき苦しみながら死にゆく相手の表情を、じっくり拝んでやるとでも言わんばかりだった。


 仮面の下から、男の血まみれの顔が露わになる。

 虚ろな瞳の若い男は、もちろん、まったく俺の知らない人物だ。

 血染めのせいで細かい人相まではよく分からないが、その顔はやはり、日本人の物のように思えた。


「げふ、かはっ」

 仮面を剥がれた男が咳き込み、口から血を吐いた。

 ゴレに腹を刺し貫かれたまま宙に浮いている彼は、自身の状況がまだ把握できていないようだった。流れる血で真っ赤な顔の中、眼球がぎょろぎょろと動き、手足は空中をせわしなく動いている。

 もがくようにばたつく男の手が、崩れゆく〈土の大槍〉に触れた。

「……な、なんだ、これ……」

 男が〈土の大槍〉に視線を落とし、唖然として呟いた。

「黒い……粒子、崩壊……?」

 小さく痙攣する手のひらが、さらさらと崩れ落ちる黒い粒子を、確かめるようにすくい受ける。


「こ、これは、土……。まさか……――魔導か……!」


 この瞬間、男の表情が激変した。

 串刺しになった身体の首だけを動かし、俺の顔を睨みつけた。

 その血走った目は、燃えるような激しい怒りを帯びていた。


「なるほど、そのつら、てめぇも“召喚型”だったのかあああ……! クソが、クソがあ……! 村のやつらの人種が滅茶苦茶なせいで、完全に油断させられた、この、げほっ、お゛っお゛っ」


 怒鳴りかけていた男の言葉が、唐突に、嗚咽のような悲鳴に変わった。

 ゴレが腹を貫いている手を、抉るように動かしたのだ。

 彼女の仄暗い瞳が、不快げに男を見ている。どうも俺に罵声を浴びせようとしたことが、彼女の怒りに触れてしまったようだった。


 そしてこのとき、苦悶に顔を歪める男は、初めてゴレの存在を認識した。自らの腹を刺し貫きながら吊り上げる、白く冷たい氷のような死の女神を。

「こ、こいつ……エルフ人形……!」

 男の目が大きく見開かれる。

 直後その視線が、ゴレの暗い瞳と交錯した。

 深い深い井戸のような、底なしの真っ黒い殺意を帯びた瞳。

 彼はここでようやく、自らの置かれた状況を理解したように見えた。怯えるようにゴレから視線を逸らし、再び俺の方を振り返る。


「お、おい、まさかお前……おれを、殺す気なのか……?」


 この問いに、俺は即座に答えられなかった。

 もちろん俺には、積極的にこいつを殺す意思はなかった。

 しかし、この男の命が助からないことは明白だったのだ。

 ゴレの殺意の報復攻撃は、最初の一撃ですでに大枠達成されている。腹部を貫通した手刀により、重要な臓器がいくつか確実に損壊、滅失していた。

 もはや、助命もくそもない段階にきている。

 この男の生命力は、おそらく素の状態でも凄まじい。身体強化の余波か何かなのだろうか。肩の傷口を塞いで出血を抑えていた形の〈土の大槍〉は消失してしまい、その上で腹部も刺し貫かれ、先ほどからいつ死亡してもおかしくない。にもかかわらず、こうして生きて、喋っている。

 正直、常軌を逸した生命力だと思う。

 ……だけど、それはあくまで、人間の生命力として評価した場合だ。

 ゴレがこれまでに屠ってきた数々の魔獣と比べれば、どう見ても大したことはない。

 ぶっちゃけた話、腹に完全な大穴をぶち抜かれた状態から大声で仲間を呼び続ける、シドル山脈の牛とかのほうが凄い。

 その証拠に、血塗れで生気の失せかけた男の蒼白い顔には、すでに明確な死相が浮かび始めていた。


 そう。目の前の男は今や、確定した死へと続く痛みと苦しみの道筋の中で、ゴレの力加減によってかろうじて生かされている、ただそれだけの存在だったのだ。

 シドル山脈で大量虐殺のための呼び水として利用された、一頭の瀕死の牛と、まったく同じように。

 こうなってしまっては、俺にはもう、どうしようもなかった。


「…………」

 俺の沈黙を、男は質問への肯定と受け止めたようだった。

「や、やめろ、殺さないでくれ……」

 血走ったその目が、悲痛な懇願の色を帯びる。

「そ、そうだ、手を組もう……! お、おれには強力な支援者(パトロン)がいるんだ。一緒に組めば、何だって出来るぞ。気に入らない奴は誰だって殺しまくれるし、欲しいと思った物はすべて他人から奪える。か、数え切れない金貨も、すんげえ古代の宝物(ほうもつ)も、涎の出るような処女(おんな)達も、周囲からの尊敬や、栄誉すらもだっ!」

 この男の発言に、俺は少し眉をひそめたのみで、何も答えなかった。

 単純に、返答の価値がないと思ったからだ。

 そんな俺の様子に、男は必死の形相で言葉を続ける。

「た、頼む、許してくれ……。こ、こんなところで、終わりなんて嫌だ……。せっかくやりたい放題の世界で、無敵の力が手に入ったのに……! おれはまだ、この最高なゲームを楽しみたいんだ。なぁ、馬鹿正直におれら同士で殺し合う必要性なんて、何もないだろう? こんな風におれを殺しても、いずれは――」

 ここまで言いかけて、男が急にはっとした表情になった。


「まさか……」

 血にまみれた男の、ひどく蒼白い顔の中、目だけがぎょろりと見開かれている。

「まさか、お前が、そう(・・)なのか……?」

 恐怖に染まった瞳が、俺のことを見つめている。

 男のこわばった表情は、まるで、目の前に恐ろしい死神の影でも見ているかのようだった。

 紫に変色した薄い唇が、ひくひくと引き攣り気味に動いた。



「お前、また(・・)おれ達を皆殺しにして、なる(・・)つもりなのか。“破滅の魔導王”に――」



 この瞬間、ゴレの左の手刀が、男の左胸を無慈悲に刺し貫いた。

「がっ……」

 心臓を破壊された男が、がぼがぼと血の泡を吹き、ぐるんと白目を剥いた。

 その胸に突き立った手刀を、ゴレが鮮やかに引き抜く。栓を失った傷口から、赤い血の飛沫が噴き出た。

 続いて彼女は、相手の腹部に突き立った右手を振り抜いた。

 勢いで放り捨てられる形になった男の身体が、壊れた人形みたいに地面を転がっていく。

 血まみれで白目を剥く黒髪の男は、すでに事切れていた。


 それは、あまりにもあっけない幕切れだった。



------



「「へ……?」」


 畑の土の上を、一陣の風が吹き抜けていく。

 俺も、隣にいるアセトゥも、完全に呆気に取られていた。


 ゴレのやつ、なんでこのタイミングでとどめを刺した?? あの男は今なんだか、超めちゃくちゃ重要なことを言っている最中だったような気がするのだが。

 というか、俺、槍の崩壊で魔導の感覚強化が切れちゃってるせいで、最後の方はよく声が聞き取れなかったぞ。


 ゴレは男の死体には見向きもしない。完全に道端のゴミのような扱いだ。

 彼女は死体を足蹴にして、ものすごい勢いでクレーターの斜面を駆け上った。そして、立ち尽くす俺のそばへと戻ってきた。

 ゴレの瞳が、うるうると潤んでいる。刺激を与えるとすぐに泣いてしまいそうだ。

 彼女は一度、震える指先で、俺の肩の傷口をそっとなでようとした。

 でも、すぐに思いとどまったように手を引っ込めた。

 そして、いそいそと俺の黒い肩掛け鞄を開き、中から何かを取り出しはじめた。

「…………??」

 そんなゴレの様子を、俺はただ黙って見守るほかない。

 彼女が鞄から取り出したのは、水色の懐中電灯みたいな魔道具。

 治癒規ちゆぎだ。

 続いてごそごそと、かゆみ止めの軟膏が入った小瓶を取り出した。

 これはテテばあさんからもらった軟膏だ。虫刺されによく効くらしい。

 ゴレは少し悩んだ後、軟膏の小瓶を鞄に戻した。

 そんでもって、代わりに白いクリームの入った小瓶を取り出した。

 これは、アセトゥに分けてもらった保湿クリームだな。お風呂上りに塗ると、お肌がつるつるになるそうだよ。

 あ、これも鞄に戻した。

「…………???」

 ゴレがまた鞄をごそごそやっている。

 次に取り出したのは、包帯だ。

 これはたしか、以前街で服か何かを買ったときに、店員さんにおまけでつけてもらった物だと思う。

 ゴレはこの包帯もまた、鞄に戻すのだろうか?

 おや? これは戻さないようだ。


 そうこうしているうちに、ゴレが治癒規を、いっしょうけんめい手でいじくり回し始めた。

 本当にいっしょうけんめいだ。

 ときどき俺の肩めがけて、治癒規をぶんぶんと小さく振ったりする。

 ひょっとして、俺の肩の傷を治そうとしているのだろうか。

「ああ、いいよいいよゴレ。治癒規(それ)の使い方けっこうコツがあるからさ。俺が自分でやるわ」

 そもそも、ゴーレムって魔道具使えるのか? まぁ、いいけども。


 俺はゴレの手から治癒規を受け取った。

 こいつ、めちゃくちゃ手が震えてるじゃないか。大丈夫かよ……。

 ともかく、治癒規を自らの肩の傷口に当てる。

 そして、ゆっくりと魔力を込めた。

 水色懐中電灯の電灯部分に魔力の粒子が集束し、肩にできた切り傷が、じわりじわりとふさがりはじめた。

 ゴレがその様子を、泣きそうな目でじっと見守っている。


 およそ30秒かそこらで、傷口は綺麗に治った。元々かすり傷程度なのだ。

「よし、こんなもんかな。……っと」

 傷がふさがったと見るや、ゴレがいそいそと俺の肩に包帯を巻き始めた。

 俺の肩が、ぐるぐる巻きになっていく。

「いや、あの、ゴレ。傷はふさがってるから、包帯は必要ないと思うんだが」

 彼女は俺の言葉に耳をかさず、必死に包帯を巻き続けている。

 その目は、真剣だ。

 無傷の俺の上半身は、あっという間に何重もの包帯によって厳重に保護され、完全に重傷患者のような姿になってしまった。

「どうすんだよ、これ……。絶対里の皆に誤解されるぞ……」


 俺を包帯で梱包し終えたゴレは、ここでようやく一息ついたようだ。

 震える指先で、ゆっくりと俺の肩をなではじめた。

 その様子を見ていて、俺は、とある嫌な予感がしてきた。


「おいゴレ。まさかとは思うが、お前ひょっとして……。俺のこのかすり傷の手当てをするために、急いであの仮面の男をぶち殺しちまったのか?」


 ゴレの長い耳が、返事をするように微かに動いた。

 彼女は少しはにかんだみたいな仕草で、ちらりと上目づかいに俺を見た。

 この反応は、肯定だ。

 なんてことだ……。

 ゴレのやつ、俺のこんな小さな数センチのかすり傷の治療のために、奴への報復攻撃を中途半端なところで早めに切り上げて、さっさと始末しちまったのか。

 しかも、よりによって、あんな大事なタイミングで。


「……なぁ、ゴレ」

 俺は、小さく震えながら俺の肩をなでまわしているゴレに声をかけた。

 名前を呼ばれた彼女が、その顔を上げた。

 俺を見つめてくる瞳は、少し潤んではいるものの、すっかり元の優しげな赤色に戻っている。

「その……。お前がさっき殺した、あの男な。何か大切なことを喋っている途中だったと思うんだけど……。お前、ちゃんと話を聞いていたか?」

 問いを受けたゴレが、きょとんとした様子で小首をかしげた。

 あのゴミ、何かしゃべってたの? というかんじである。

 ああ、やはり駄目だ。やっぱこいつ、俺以外の人間の言葉を全然真面目に聞いてねえ……。


 俺は包帯でぐるぐる巻きの肩を震わせながら、大きく息を吸い込んだ。

 そして、叫んだ。



「ゴレのアホおおお! 自白してる最中の犯人を、途中で殺しちゃってどうすんだよおおおおおおお!」



 俺の悲しげな叫び声だけが。

 青空の下の麦畑に、いつまでも、いつまでも、遠く響いていた。

 




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― 新着の感想 ―
[気になる点] 破滅の魔導王って競技制なのかな?一定周期毎に複数の魔動王が召喚されて勝ち抜いた奴が破滅の魔導王的な。
2022/04/07 04:01 退会済み
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