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破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第6章 襲撃の冒険者
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第91話 秘密と告白 -中編-


 

 覚悟はしていたが、とうとうアセトゥに魔導の使用がバレてしまった。


 それは、ある意味で当然の結果ともいえた。

 目の前で〈土の大槍〉を魔導で発射してしまった以上、聡明なアセトゥの目を欺けるわけがなかったのだ。

 加えてアセトゥの場合は、立ち位置的に変態マスクからやや離れていたジャンビラとは違う。戦いの終盤、敵に最も肉薄していたのは、他ならぬこの子なのだ。奴の発言を、色々と不味い部分まで聞かれてしまっている可能性は高い。


 もはや無理だ、隠し通せない。完全に詰み(チェックメイト)だ。

 観念し、事情を打ち明けるしかない。

 それにアセトゥになら……。話しても良いのではないだろうか?

 ああ、そうだよ。きっと大丈夫なんじゃないのか。

 この子にだったら、俺の秘密を、すべて打ち明けてしまっても。


 俺は、この世界に召還されてやってきた異世界人で。

 召還主の本来の目的は、俺を世界を滅ぼす破滅の魔導王にすることで――


「アセトゥ。実は俺は、この世界に――……」


 口を開きかけたこのとき、ふいに。

 俺の脳裏に、ある情景が浮かんできた。

 ひび割れた丸眼鏡をかけ、片耳にだけ青緑色の大きな耳飾りをつけた、一人の優しげな中年男性が笑っている。

 何だか、困っているみたいな笑顔だ。

 思い出の中の彼は、苦笑しながら、俺に何か話しかけている。

 まるで、出来の悪い生徒を諭すように。


 ――いいかい、ネマキ君。(さと)い君にあえて言う必要もないのだろうけど……。


 ――今日、古代地竜との戦いで使った技は、今後人前で使ってはいけないよ。


 ……スペリア先生。

 まだ召喚されたばかりで右も左も分かっていないころ、はるか東の瘴気の地で出会った、物知りで親切なおっさん。

 この国の帝都にあるという学院で助教授をやってる先生で、俺が“ネマキ・ダサイ”なんて名前を名乗ってしまうきかっけになった人物。

 あの人には本当に色々と助けてもらった。

 考えてみると、これまでに俺が魔導を使える秘密を共有した他人というのは、この世界で、スペリア先生ただ一人だけだ。

 そうだ。そういえば俺はあのとき、先生と約束をしたのだった。

 人前では、〈土の大槍〉も〈NTR〉(エヌティーアール)も使わないと。


 結果論的な部分はあるものの、俺は今日の今日まで、スペリア先生とのあの日の約束を、ずっと律儀に守りつづけてきたことになる。

 もちろん今日の戦いで、人々を守るために〈土の大槍〉を使ったことを、俺は後悔なんてしていない。間違いなく、ここは正体が露見することを覚悟してでも、全力の魔導を使うべき局面だった。

 だけど……。

 だけど、この引っかかりは何だろう。

 博識で優しいスペリア先生が、果たして大した理由も無く、俺にあんな約束などさせるものだろうか?

 それに、脇の甘い俺を案じるような、彼のあのときの目――


 俺は今まで、魔導王であるという事を他人に知られれば、単純に、この世界でお尋ね者になるのだろうと思っていた。と同時に、最悪その程度の実害であれば、ゴレと力をあわせれば切り抜けられるとも、頭のどこかで考えていた。

 そう、仮にだ。藩兵と呼ばれる、この世界の軍隊っぽい組織に追いかけまわされたとしよう。多分ゴレさえいれば、逃亡自体はきっと簡単だ。加えて、この世界は広い。人里離れた山奥にでも隠れて、ほとぼりが冷めるまで、ゴレと自給自足のサバイバル生活でもすればいい。

 むしろそうなれば、ゴレのやつは喜びそうだ。あいつは俺とふたりっきりのときの方が、精神的に安定しているからな。

 あとは犯罪者として前科持ちになってしまうという、俺の誇り高き文化人としてのプライドの問題だけだ。

 そう思っていた。


 だが……。

 今日、この認識が間違っていたのではないかと初めて感じた。


 理由は突然あらわれた、二人目の魔導王の存在だ。

 魔導の力をふりかざし、この世界の人間をゲームみたいに殺して笑っている、破綻した人格の地球人。それは、かつて召還術者リュベウ・ザイレーンの遺書の中で見た、本来の魔導王の姿そのものではなかったか。

 今俺が串刺しにしているあの男は、一体何者なんだ?

 魔導王の真実ってのは、俺の認識とは何かが違っているんじゃないのか。

 もしも正体がおおっぴらになれば、俺にとって何か予想もしない、もっと別の不利益があるんじゃないのか。

 スペリア先生が俺に忠告しようとしたのは、実はその事なんじゃないのか。


「アセトゥ、俺は、その……」


 ほんの一瞬。

 よぎった思考に、俺はほんの一瞬だけ、言いよどんだ。

 この瞬間、アセトゥが、少しだけ寂しげな表情を見せた。

 そしてすぐに、小さく首を振って笑った。

「やっぱりいいよ、兄ちゃん。今は無理にしゃべらなくても。……いつか本当に話してもいいと思ってくれたときに、話してくれればいいから」

「いや、だが――」

 あわてて開こうとした俺の口元を、小麦色の細く整った指先がそっとふさいだ。

「……ね? 今の話は、オレとネマキ兄ちゃんのひみつ」

 アセトゥの顔からは、すでに先ほどの寂しげな表情は消えている。

 そこにあるのは、いつも通りの優しい笑顔だった。

「ジャンビラさんにも、オレの方から上手く口止めしておくからさ。あの人は見た通りのあんな性格だし、兄ちゃんのことすっかり気に入っちゃってるから、今日ここで見たことは、きちんと黙っていてくれるよ。そこは信頼してだいじょうぶ」

 アセトゥは俺の口元を指でふさいだまま、背後の里の方角を振り返る。

「それに、この場所は里周辺からはよく見えないんだ。距離もあるし、そもそも丘の死角になっているからね。戦いの目撃者は、オレたちだけ。ものすごい爆発や地鳴りが起こって、里の皆も驚いているとはおもうけど……。そこは三人で口裏をあわせれば、どうにでもごまかせるよ」

 そう言ったアセトゥが、くすりと笑った。

「何といっても、爆弾蚯蚓ばくだんみみずの大爆発が起こった直後だから」

 アセトゥの言う通りなのかもしれない。

 戦いの目撃者が限定されている事に関しては、事実その通りだと思う。魔導レーダーを常時発動させていた俺自身が一番良く理解している。

 有効視界内に、きちんとこの場を目視できている人間はいない。

 この戦闘の正しい詳細は、おそらく、現場にいた者以外誰も理解はしていないはずだ。


「あとは、あの男をどう処分・・するかだけど……」


 アセトゥの視線が、倒れ伏すもう一人の魔導王へと向けられた。

 そのエメラルド色の瞳に、俺は何か剣呑な気配を感じた。

「いや、アセトゥ。あの男の処遇なら決まってる。さっきジャンビラと相談したんだが、聞いていなかったか? このまま拘束して、尋問することにしたんだ」

「ネマキ兄ちゃん……」

「ん、何だ?」

「あいつは確実に、兄ちゃんの今後の立場を脅かす存在だよ。皆の前で何をしゃべるか分からないし、自分に土魔導を使われたことにも、いずれは気付く可能性が高い。兄ちゃんだって、その事はきちんと分かっているんでしょう?」

「そんなこと言っても、実際倒しきれなかったものは仕方がないよ。せっかく生け捕りの形になっているんだから、利用しない手はないだろう」

 そう言って軽く流そうとした俺を、アセトゥがじっと見据えてきた。


「……兄ちゃん。あの黒い槍の狙い、わざと(・・・)心臓を外したでしょう?」


「…………!」

 俺は思わず目を見開いた。

 アセトゥはそのまま、静かに言葉を続ける。

「今回の襲撃騒動で賊の指揮系統を担っていた人間は、多分もう、あの仮面の男一人しか生き残っていないよね? ここで兄ちゃんがあの男まで殺してしまえば、賊の背後関係に謎を残すことになるかもしれない。そうなれば、里の皆の将来的な安全について多少の不安は出てくるのかも……」

 すらすらと述べ終えたアセトゥが、ちらりと探るように俺を見た。

「兄ちゃんが気にしているのは、つまりそこなんでしょう?」

「…………」

 な、なんだこいつは。エスパーか?

 たしかに、この子の言う通りだった。

 すでに里周辺の戦闘状況は終息しつつある。いずれ里人の一部はここへ集まって来るだろう。そんな場で、同種の魔導王であるあの仮面男が吐き出す情報は、俺にとって、非常に高いリスクを孕んだものである可能性がある。

 正体バレについても同様だ。何せ同郷の人間なのだ。土魔導に気付かれるとか以前に、例えば俺のポンコツ翻訳能力のエラーが出た時点で、奴には俺が地球人だと一発でバレる。危険性の高さは、もはやそういう次元だ。

 というか、下手すりゃすでにバレているかもしれん。

 俺にとっては、あの仮面男は1秒たりとも生かしておく益はない。

 戦闘に乗じて奴の口を封じてしまうのが、俺にとって最も危険の少ない選択肢だということは、接触の時点から分かりきっていた。


 ……そして、不意打ちのときに槍先の狙いをほんの少し左にずらすだけで。

 その口封じは多分、簡単に実現できていたんだ。


 だけど、魔導王がどうだの、正体バレがどうだのってのは、あくまで俺個人の問題だ。そんなことは俺にとって、一番に考慮すべき事柄ではなかった。

 友達になってくれた、アセトゥやジャンビラやゴーレム達。色々と沢山世話をかけてしまったテテばあさん。いつも可愛がってくれる里の大勢のおばあさん達や、生意気だけど憎めないガキどもや、その大切な家族や友人達。彼らのために、俺は襲撃者の黒幕の情報を極力明らかにしておいてあげたかった。

 たとえその事が原因で、俺自身がこの里に居られなくなるとしても。

 だから〈土の大槍〉を放ったとき、敵の肩を狙った。

 貫けばどんな頑丈な奴でも確実に命を落とす、胸ではなく。

 あえて、生存の可能性が残る右肩を。


 沈黙した俺に、アセトゥがぽつりと言った。

「ネマキ兄ちゃんって、そういうところ本当に詰めが甘いよね。いつも何だかんだ言いつつ、結局自分の保身は後回しにしちゃう……」

 そう言われてしまうと、返す言葉もなかった。

「兄ちゃんはすごく頭の切れる人なんだから、もっと利己的に、冷徹になっていいんだよ? 他人の多少の不幸には目をつぶって、自分はなに食わない顔で、スマートにかっこよく敵の頭目を殺してみせて。正体不明の兇賊(きょうぞく)から皆を救った英雄として、何も知らない周りの人達に感謝されて、良い気持ちになれれば十分じゃないか。誰にも文句なんて言われないよ」

「それは……」

 そ、そういうかっこいいのは、俺の性格上無理だよアセトゥ……。

「賊の尋問だって、本来は兄ちゃんが気にする必要なんてない事さ。そうでしょう? 事件の調査は、国やオレたちに任せておけばいい。ほんと、ばかみたいじゃないか。そんなことのために、自分だけが余計な危険を背負い込んで」

「う……」

 俺は力なく頭を垂れた。

 駄目だ。何も言い返せない。

 一体何なんだ、この、奥さんにキャバクラ通いを説教される駄目亭主のような状態は。

 というかアセトゥって、俺に対してこんな辛辣なことを言う子だったか? 気のせいか、いつもと若干様子が違う気が……。


「……本当に、しょうがないネマキ兄ちゃん。このままじゃ、きっといつか自分の優しさに殺されちゃう」

 気付けば、俺の口元を押さえていたはずのアセトゥの指先が、いつの間にか俺の頬に添えられていた。

「しょうがなくて、心配で、どうしても目が離せなくて」

 何故だろう。先ほどからの責めるようなその言葉とは裏腹に、アセトゥの声音は柔らかく、そして温かい。

 見つめてくるエメラルド色の瞳は、美しい南の海のように澄みきっている。


 その距離が、今、とても近い。


「兄ちゃん、オレはちゃんと知ってるんだよ? 本当のあなたは、里の皆が思ってるような、怖くて強い完璧な人なんかじゃない」

 アセトゥの甘い吐息が、鼻先をくすぐる。

 俺はまるで捕らえられてしまったかのように、まったく動けない。

「本当のあなたはね……。とっても強いくせに、全然詰めが甘くて。どうしても弱い人たちを切り捨てられない、悲しいほどのお人好しで。そのせいで、いつも行動がすごく危なっかしくて……」

 アセトゥが、ふわりと笑う。

「……見てると、はらはらしちゃう」

 桜の花びらみたいに、淡く、可憐なアセトゥの唇が。

 すぐ、そこにまで迫っている。


「でも、オレはね。そんな、どうしようもなく優しいあなただから――」



 ――このとき突然、後方の(ほこら)の林から、凄まじい爆音が轟き渡った。



「 ! ? 」

 俺はアセトゥに両頬を挟まれたまま、林の方を振り返った。

 急に横を向いた俺の耳たぶに、柔らかなアセトゥの唇がふにゅっと当たった。

 が、俺の思考はすでにそんなところにはない。

 この瞬間まで、俺は祠の林の動向を完全に見落としていた。魔導の発動中にあるまじき失態である。しかし、うちの可愛い弟が発する謎の桜色オーラに完全に呑まれかけていたせいで、つい、警戒がおそろかになっていたのだ。

 不覚。なんたる未熟。切腹ものの不祥事だ。

「な、なんだァ??」

 ジャンビラの叫び声がした。

 彼の背中が祠の林の手前のあたりで、呆然と立ち尽くしている。

 そのさらに先の林の中から、まるで爆発を起こしたように、数本の木が上空へ向かって吹き飛んだのが見えた。

 と、同時に、人間の頭ぐらいの大きさはありそうな無数の蜘蛛くも達が、砕けた木片に混ざって舞い上がるのが見えた。


 それは、あまりに突然で。あまりにも異様な光景だった。

 宙に舞い上がった木々と、大量の蜘蛛の死骸が、ばきばき、ぼとぼとと音を立て、周囲の畑に落下していく。

 全員が呆気にとられたように、その光景を見つめていた。

 木々が倒壊し、丸裸になった林の入り口付近。そこには――


 ――オレンジ色の巨大な重ゴーレムを頭上に抱えて仁王立ちする、純白の美女神エルフゴーレムの姿があった。

 



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