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破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第6章 襲撃の冒険者
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第90話 秘密と告白 -前編-


 

 倒した敵の強大さに戦慄していたとき、でかい声が耳に響いた。

「おォい、ネマキィ!」

 向こうから、赤髪のマッチョが笑顔で駆け寄ってくる。

 ジャンビラだ。

「なんだなんだ、さっきの手品みてえな攻撃はよォ!? お前、とんでもねぇ隠し玉を持っていやがったんだな。おれァ、ぶったまげちまったよ」

「あ……」

 不味い。

 そういえば、魔導で〈土の大槍〉を変態マスクに突き刺す場面を、ジャンビラ達に思いっきり見られてしまっていたのだった。奴を倒すことにいっぱいいっぱいで、完全にそれどころではなかったが。

 これ、一体何と言ってごまかせば良いんだ……?


 返答に迷っているあいだに、ジャンビラが隣に到着した。

 赤髪の青年は、前方の巨大クレーターの中で串刺しになった仮面の男を、まじまじと眺めている。

「すっげえ、マジで槍が胴体を貫通してやがるぞ……! 冗談みてえな威力だな……。この仮面野郎、おれらが全員で攻撃しまくっても、まるでびくともしなかったってのによォ」

 仮面の男は、ぴくりとも動かない。

 その身体からは、すでに例の黒いオーラも消失してしまっていた。

「で、ネマキよォ。こいつ……死んでんのか?」

「……いや。貫通したとはいえ、槍が刺さっているのは右肩だ。この男は異常に頑丈だったし、まだ死んではいないと思う」

 実際のところ、この男の生存は、魔導の空間把握で確認している。

 意識は完全に喪失しているが、微弱な呼吸の動きがあるし、脈もある。


「マジかよ、これで生きてるのか……」

 ジャンビラが、ごくりと息を呑み込んだ。

「どうするよ。このまま()っちまうか?」

「さてな……。その辺りの最終的な処罰の判断については、里の皆にまかせるよ。俺はこの国の法をよく知らない。それに、実際にこいつにひどい目に遭わされたのは、俺じゃなくて里の人達だから」

 そう言いながら、俺は陥没した大地の底の男を見下ろした。


 男の血属性のオーラは完全に消えている。 

 こんな滅茶苦茶な重傷の状態で身体強化が切れてしまっている以上、血属性だろうがなんだろうが、再び魔術を詠唱することは絶対に不可能だ。

 警戒すべきは〈NTR〉(エヌティーアール)――たしか奴は“簒奪”とか呼んでいたか――ともかく、あの技のみだが、これは自発的な発動が不可能な、非常に扱いづらいカウンター専用技だ。

 俺が今までそれで散々苦労してきたから、経験上よく分かっている。

 そもそも〈NTR〉自体が、ここまでの重篤な状態で使えるとは考えにくかった。


 つまりはっきり言って、たとえこの男の意識が戻ったところで、もはや無力化された生身の人間と同等だ。

 もしかすると里のお年寄りがナイフを突き立てるだけで、簡単に殺せてしまうのかもしれない。

 だけど、実際に手を汚す役目を他人任せにしてしまうつもりはなかった。

「殺す他に方法がないと、皆がそう判断するのなら……。俺がこの手で、こいつにとどめを刺そうと思う。ただ――」

「ただ?」

「できればそういった処罰よりも先に、尋問をさせて欲しい」

「尋問って、このイカれ野郎をか……? まぁ、ネマキがそうしたいって言うんなら、里の誰も文句はねえとおもうぜ」

 小さくうなずきながら同意するジャンビラ。

 しかしその同意は、直後の俺の発言によって遮られた。



「……って! こんな変態の話はどうでもいいんだよ、ジャンビラ!!!」



 突然大声で叫んだ俺を、赤髪男がぽかんと見つめる。

「はァ? 何言ってんだ、敵の頭目の処遇だぞ。今んところ最重要の案件じゃねえかよ」

「アホか! ジャンビラよ、お前身体の鍛えすぎで、ついに脳みそまで筋肉に侵されちまったのか⁉」

「おいおい、ンな褒めんなよ。照れるぞ」

「1ミリも褒めとらんわ!」

 俺の怒りの発言に、筋肉が首をかしげた。

「ミリって、何だ??」

「え、そこか? ミリってのは、えーっと……俺の故郷の大きさの単位だよ。すごく小さいんだ」

「へえー。それって、1ドェナよりも小せえのか?」

「いや、すまんが俺には、1ドェナってのがむしろ分からん」

「1ドェナってのは、そうだなァ。まぁ、おおよそ、虹色尺取虫にじいろしゃくとりむしの3分の1くらいの大きさかな」

「……虹色尺取虫??」

「え、お前知らねえの? 葉っぱを食べる綺麗な虫なんだがよォ。実は、こいつの尻尾の七色の毛には猛毒があって――」

 虹色尺取虫についての説明を始めようとするジャンビラを、俺はあわてて手で制した。

「まて、まてまてジャンビラ! 昆虫の生態については、今はいい。どうも俺とお前が会話をすると、話が脇道に逸れまくって危険だ。……いいか、よく聞けよ。これから肝心なことを話すから」

 俺は疑問顔の赤髪マッチョの鼻先に、ぐいっと人差し指を押し当てた。


「――俺達の大切なゴレとオレンジ象が、林に突っ込んだまま、まだ帰ってきていないだろうが!」


「へ? ……あ。あああああァーっ!」

 俺の指摘を受けた筋肉が、青い顔で叫びを上げた。

「そういやそうだった! わけのわかんねえ無茶苦茶な事が起こりすぎたせいで、すっかり思考がぶっ飛んじまってたぞ!」

「ようやく思い出したか」

 そうなのだ。うちのゴレも、彼の相棒のオレンジ象も、先ほど奴にぶん投げられてしまって以来、一向に音沙汰がない。

 俺にとって一番大事な問題は、そこなのだ。妙なマスクを被った変態の処遇など、今はどうでもいい。

 出来ることなら、すぐにでもゴレを走って助けに行きたい。

 俺は戦闘中も、ずっとそう思っていた。

 そもそも俺が変態マスクを本気でぶちのめした事自体、半ばゴレをいじめられた事への逆ギレみたいなものである。


 ジャンビラが、逞しい大胸筋をどしんと叩いた。

「おし、わかった。そういう事なら、ネマキはここで仮面野郎の身柄を見張っててくれ。おれは急いでほこらの林まで、ゴーレム達を助けに行ってくるから」

「ああ、頼むよ。本当は俺もゴレを助けに行きたいけど……」

 とはいえ、安全のために変態を地面にピン止めしておく役目は、俺にしかできない。現状では妥当な人選だ。


 ゴレのことを考えると、俺は急に不安になってきた。

 もちろんタフなあいつのことだし、あの程度で死ぬなどとは思っていない。でも、やっぱり、怪我をして泣いているかも……。

「なぁ、ジャンビラ。ゴレたち、大丈夫だよな?」

 たずねた俺の顔を見て、ジャンビラが困ったように口をへの字に曲げた。

「お前、そんな泣きそうな子犬みてえな(つら)すんなよ……。大丈夫だって。あのときの林への突っ込み方だと、魔導核はやられてねえはずだ」

 俺とジャンビラは、そろって祠の林を見つめた。

 林の一部はゴレ達が突っ込んだ衝撃で破壊され、沢山の木々が倒壊している。

「ただ、見ての通り、随分と派手な吹き飛ばされ方をしたからなァ……。二体とも林の中で行動不能になってる可能性が高いぜ。これだけ距離が離れると、ゴーレムとの魔力経路パスも切れちまってるから、呼びかけても応えてくれねえし。ちっとばかし心配だな」

「うう、ゴレ……」

 うつむく俺の頭を、ジャンビラの大きな手がぽんぽんと優しく叩いた。

「だから、んな顔すんなって。うちのエンディルを引きずってくるついでに、きちんとゴレタルゥのことも担いで帰ってきてやっからよォ」

「すまない、頼む……。あと、気をつけてくれ。うちのゴレは知らない男の人が触ろうとすると、すぐに噛みつこうとするから」

 俺のこの発言に、ジャンビラが盛大に噴き出した。

「ぶはっ! 噛みつくって、何だそりゃァ? 無操作のゴーレムが、勝手に対人攻撃でもするってのか?」

「するんだよ、うちのゴレは」

「くっ、ふふっ、あー、分かった分かった。お前の親馬鹿話なら、あとで一緒にメシでも食いながら、ゆっくり聞いてやっからよォ」

「あ、信じてないだろお前!? 本当なんだぞ」

 俺の必死の忠告を軽く聞き流し、元気なマッチョは林へと駆けていった。

 その背中を、俺は一抹の不安と共に見送った。



------



「さて、と」

 ジャンビラを送り出した俺は、ゆっくりと後ろを振り返った。

 そして、そこにいる人物に声をかけた。

 

「……でだ、アセトゥ。ひとつ聞きたいんだが。何故お前はずっと俺の袖をつかんだまま、一言もしゃべらないんだ?」


 問われた小麦肌の華奢な少年が、うつむいていた顔を上げた。

 この子はジャンビラとのやり取りの最中、ずっと俺の背中にひっついて、黙りこくっていた。

 今もエメラルド色の瞳が、遠慮がちに俺を見つめている。

 なんとなく、物言いたげな目である。

 言葉をしゃべれないゴレのやつも、俺に何かを言いたいとき、こんな目をする。


「大丈夫だよ。何か言いたいことがあるなら、話してごらん?」

 俺は小柄なアセトゥに合わせて少し目線を下げ、優しい笑顔で問いかけた。

 そう、これこそが年少者に対して、余裕ある先輩が取るべき態度である。

「あ、あのね。ネマキ兄ちゃん……」

 アセトゥの薄い桜色の唇が、おそるおそる、ゆっくりと動いた。


「どうして土魔術の生成物が、宙に浮いていたの……?」


「う……⁉」

 射抜くような瞳に、思わずたじろいだ。

「え、えっと……。あの、えと、そ、それはだな……」

 俺は動揺し、その視線は激しく宙をさまよった。先ほどまで確かに存在していたはずの先輩の余裕とやらは、いつの間にか銀河の彼方へと旅立っていた。

 そんな情けない先輩に対し、この後輩の問いは容赦がない。

「あいつを地面に串刺しにしてる、あの大きな黒い槍……。あれって、土属性の武器生成魔術だよね? 生成の瞬間は見てなかったし、あんな戦前に流行ったみたいな古い大型の武器生成魔術、今どき誰も使わないから、すぐには気付けなかったけど……。でも、間違いないよ、あれは土魔術だ」

 一度(せき)を切ったアセトゥの言葉は止まらない。

 それはまるで、溢れ出す問いに無理矢理蓋をして黙り込んでいた反動が、一気に襲ってきたみたいだった。

 いや、事実その通りなのだろう。この子は俺への問いかけを必死に我慢していたのだ。おそらく、ジャンビラが場を離れるこの瞬間まで。

「ネマキ兄ちゃん、これって一体どういうこと? どうして土魔術の武器が、随意操作なんてされていたの? あんなの、あんなのどう見たって――」

 アセトゥの瞳は真剣だ。

 そしてその言葉は、ついに俺の恐れていた核心に触れようとしていた。



「あんなのどう見たって、土“魔導”じゃないか……」

 



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