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破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第6章 襲撃の冒険者
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第89話 簒奪の王 -後編-


 

「あっ、あ゛あ゛あ゛ああ、ぎいい……ッ!」


 仮面の男のくぐもった声が、獣の唸りのように響いていた。

 その背には、漆黒の槍が真上から垂直に突き立っている。

「あ、熱い(・・)……! おれの背中、あづい……!」

 熱と錯覚するほどの焼ける激痛に背を掻き毟ろうにも、今の男にそれは叶わない。両手は地についたまま、まったく動かすことができないからだ。

 土下座みたいに這いつくばった身体が、まるで上からの重力に押し潰されるように、さらに低く、低く沈んでいく。


 無慈悲な〈土の大槍〉が、上から男の身体を全力で押さえつけているのだ。


 鎧を破壊して背中に突き刺さった状態から、槍の穂先が、ゆっくりと侵すように、じわじわと肉体を押し貫き続けている。

 つまり、今敵の膝をつかせているのは、単純なダメージの大きさではない。膨大な魔力の籠った槍の超重量と、直上から襲いかかる魔導の凄まじい運動エネルギーだ。

「が、う、あああああっ……!」

 男が苦悶の叫びを上げ、その仮面の口元に、がぼがぼと血の泡が噴き出ている。

 魔導の生み出す黒い重力に屈したその両手足が、ついに地面に深くめり込みはじめた。


「……これでもまだ貫通しないのか。こいつ、何て頑丈な身体してやがるんだ」

 一方的に攻撃しているはずの俺の口から、思わず驚きの声が漏れていた。

 先ほどから〈土の大槍〉をほぼ最大出力で突き立てているのに、槍の穂先はまだ、奴の胴体を完全に刺し貫いてはいない。

 先端が肩甲骨に達したあたりから、槍の侵攻速度が大幅に落ちている。

 恐ろしく頑強な骨格に阻まれ、俺の魔導の力でも貫き通せないのだ。

 魔導の圧によって、大地がどんどん破壊されていく。発生した巨大な亀裂は、ついに俺の足元付近にまで達しようとしていた。

 だというのに、肝心の奴の肉体自体にはさほど損傷部位が拡大していない。

 実に奇怪な光景だった。

 魔術戦士に対して相性が良いらしい魔力系の攻撃に属する、〈土の大槍〉。しかもこの一撃は、完璧なタイミングの不意打ちで命中させている。今の俺に放てる、おそらく最高の攻撃だった。これですら、決定打にはならないというのか。

 何という身体強度だ。

 もはや人間が頑丈とかどうとかいう次元ではない。完全な化け物だ。


「て、てめえ、このおれに、何を、しやがったあああ……!」

 仮面男の顔が、再びこちらを向いた。

 奴の妙なデザインのマスクの目を覆う、赤いレンズ。その薄い色付きの水晶越しに放出された烈しい殺気が、俺の全身をつらぬく。


「はあ、はあっ、ゴミが、このっ、ゴミがあっ……! おれが、負けるはずねえ……! おれは、おれは“近接最強”、血の魔導王だぞ……ッ! こんなところで、こんなところで異世界の雑魚モブごときに、負ける、はずがねえ……!」


 直後、血の泡をまき散らす口が、ありえないほどに大きく左右に裂けた。

「負ける、はずが、ねえ、だろうがああああっ」

 なんと、男の左手が動いた。

 腕はそのまま奴の腰元へと伸びていく。がくがくと震える右腕一本の力のみで、押し潰されつつある上半身を支えているのだ。

「こいつ、この状態からまだ動けるのか……」

 俺は目を疑っていた。

 信じられない。超質量の〈土の大槍〉で上から押さえつけているという事だけではなかった。現在この男の肩甲骨は、すでに破壊されかけている。槍先に感じる手ごたえからして間違いない。なのに、こいつは一体どうしてこんな動きが出来るのだ。

「クソ、ゴミがあ……!」

 ついに男の震える左手が、その腰に差していた黒い短剣の柄を握った。


「ゴミがっ  ……――死ねやあああああああッ!!!」


 黒い短剣が、猛烈な勢いで投げつけられた。

 狙いは、俺の喉元だ。

 俺は大きく身体をひねった。

 正確には、短剣が放たれる直前に動いていた。

 こいつが短剣に手を伸ばしそうとした瞬間から、魔導により研ぎ澄まされた感覚を、極限まで短剣の動きに集中していたのだ。

 黒い篭手に覆われた指が、柄に向けて伸びていくモーション。

 上半身や腰の、わずかなぶれ(・・)や力の流れ。

 全力で思考を加速させ、すべての動きから導かれる結果を先読みして割り出した。それはもはや、ほとんど未来予知にすら近かった。

 実際、放たれた短剣が描いた動きは、完全に俺の予測通りのものだった。

 ただし、その驚異的な速度と、異常な破壊力を除いては。


 黒い刃が、凄まじい速さで視界の横を通り過ぎていく。

 肝の冷えるような、鋭い風切り音が鼓膜に響いた。


「っ……!」


 かわした。

 かなり危険な速度の投擲ではあったが、回避に成功した。


 ……つもりだったのだが、直後に発生した強烈な風圧で、肩口を切り裂かれた。

 テテばあさんからもらった、この世界の狩猟民族風の衣装。そのしっかりとした造りの厚手の生地が、はらりと切断される。

「マジ、かよ」

 見れば、肩からうっすらと血が滲んでいる。

 ほんの浅い傷ではあるが、皮膚まで切られてしまっていた。

 とんでもない威力だ。

 奴の短剣の刃先は、まるで俺の身体に触れてすらいないというのに。



「はぁ……? よ、()けた……?」



 仮面男の口が、あんぐりと大きく開かれていた。

 今の俺の超回避は、奴にとって完全に予想外だったようだ。

 依然として立っている俺の姿を見て固まり、茫然としたまま動かない。

 阿保面を晒す男の鼻のあたりから、鼻血とも鼻水ともつかない液体が、たらりと一筋垂れ落ちるのが見えた。


「…………」

 俺は無言で右手を、敵の背に突き刺さったままの〈土の大槍〉にかざした。

 肩の負傷はたいしたことはない。ほんのかすり傷だ、痛みだって感じない。詠唱にも、魔導の操作にも支障はない。俺はまだ100パーセントだ、全開でいける。

 全意識を、黒い槍先に集中する。

 大きく息を吸った。

 そして。

「――おっらあああああッ!!! 貫けえええええ!!!」

 停止しかけていた槍が、ゆっくりと回転を始めた。

 槍先の旋回運動はおそるべき勢いで加速し、あっというまにドリルのごとき猛烈な回転となった。

 黒いドリルに穿たれた肉が抉れ、骨が削れる。

 抉れた背中から、鮮血が飛び散った。

 

「い゛ぎっ!? ぐっ、げあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あッッ!!!!?」

「うおおおおおッ!!!」


 俺の気合い声と、仮面男の絶叫が、重なり合って響き渡る。

 しかしすぐに、奴の断末魔めいた大絶叫が俺の声をかき消していった。

 無茶苦茶に魔力を込めまくった槍の穂先が、人外の強度を誇る肉体と、激しくしのぎを削り続けている。

 だが、どうやらこの勝負、出力では俺の土魔導がやや勝っているらしかった。

 押し勝ちはじめた槍の先端が、めりめりと敵の肉と骨の奥深くに、徐々に、徐々に、埋まっていき――


 ある瞬間、ぶつん、と何かを断ち切ったような感覚がして、一気に抵抗感が消失した。


 直後、凄まじい地響きを立て、黒い槍先が猛然と地面に突き立った。

 〈土の大槍〉が、仮面男の胴体を貫通したのだ。

 男の身体から、真っ赤な花みたいに大量の血が瞬間的に炸裂し、黒い槍に穿たれた大地が大きく陥没した。

 足元に地震のような揺れが発生する。

 破壊の衝撃が、波紋のごとく周囲の大地に広がっていく。

 突き立った槍を中心にして、地表に巨大なクレーターが出現した。

 それは一本の槍が生み出したとは思えない、壮絶な光景だった。


「ごっ、ひゅっ……」

 沈下した地盤に串刺しになった男の喉のあたりから、声とも息ともつかない音が漏れた。そして、まるで電流でも流されたみたいに、一瞬全身がびくびくと激しく痙攣した。

 直後、そのこうべが、がくりと落ちる。

 そのまま仮面の男は、脱力したように動かなくなった。


 ずっと続いていた耳障りな絶叫が、いつの間にかぴたりと止んでいた。

 当初黒光りする立派な鎧を着ていた男の姿は、今や見る影もない。

 本当に、目を背けたくなるような酷い有り様だ。滅茶苦茶に砕かれて赤と黒のまだら模様になった鎧の男は、大きな槍によって串刺しにされ、土下座の格好で力尽きている。

 涎と血まみれで開きっぱなしになった歯の間から、だらりと紫色に変色した舌が垂れていた。


「はぁ、はぁ……。勝った、か」


 俺はゆっくりと額の汗をぬぐった。

 緊張が途切れた途端、肩の傷口が、急にちりちりと小さく痛んだ。

 俺は肩を軽く押さえながら、陥没した大地に倒れ伏すの男の姿を見下ろした。

「一体何だったんだ、こいつは……?」

 勝った。たしかに、勝つには勝った。

 皆が大勢でこいつの注意を分散して引き付けていてくれたおかげで、隙を突いて背後から決定打を浴びせることが出来たからだ。

 この男にとっての俺は、集団の中にいる、ゴーレムと魔武器を失った戦力外の一名にすぎなかった。だからこそ、奇襲が成立した。


 しかし、果たして……。

 お互いに魔導を使える人間として、真正面から一対一で戦っていた場合、俺はこいつに勝てていたのだろうか?


 結果的な構図としては俺がほぼ無傷で圧勝した形だが、この男と俺との戦闘力の間には、おそらくそこまでの有意な差はなかった。

 いや、それどころか、万が一土魔導の射撃を凌いで肉薄されてしまえば、白兵能力に劣る俺に勝機はなかったはずだ。こいつの驚異的な膂力は、俺の唯一の近接武器である〈土の戦斧〉を、小細工抜きで弾き飛ばしてしまうのだから。

「不意打ちできなきゃ、やばかったかもな……」

 どっと流れ出す冷や汗を、俺は止めることが出来なかった。

 


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