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破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第6章 襲撃の冒険者
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第87話 簒奪の王 -前編-


 

 魔導王。


 俺のはるか前方、170メートルほど先。

 収穫済みの麦畑の土の上に立つ男は、自らを確かにそう称した。


 魔導王ってのは、そうだ。

 普段はつい忘れがちだけど、俺がこの世界に召喚された際の肩書きだ。

 異世界からやって来て、この世界を破滅させてしまうという、伝説上のイカれた存在の名前である。

 “魔術”の完全上位互換の能力である、“魔導”を使える人間だ。

 といっても、俺の土魔導自体は、強力なエスパー能力みたいなものにしか思えない。破滅だの何だのってのは、正直まるでピンと来ないのだが。


 魔導王の伝承は、教会とやらの教えでおおっぴらに話題に出来なかったり、そもそも若い世代の人はあまり知らないらしかったりと、俺が自分で積極的に調べて回るには、色々とハードルが高い。うかつな俺が下手に周囲に嗅ぎまわることで、魔導王だとばれてしまうリスクも、正直無視できないしな……。

 ただ、この“魔導王”という単語自体は、そこそこ一般に認知されているのではないかと思う。学者であるスペリア先生はおろか、庶民のハゲですら、魔導王についてはある程度知っていた。

 だから目の前の男が、俺の親しいおっさん達と同様に、魔導王について知っていたとしても、別に何もおかしくはない。

 神や魔王を僭称するアレな人ってのは、わりとどこにでも存在するものだ。したがって、単純にこの男が魔導王を名乗っただけなら、俺はここまでの動揺はしなかったと思う。


 俺が真に戦慄したのは、奴がその直後に口にした単語の方だ。

 奴は、俺達を指して、こう呼んだ。


 ――NPC(エヌピーシー)


 すなわち、ノンプレイヤーキャラクターの略語である。多少ゲームをやったことのある人間にとっては、おそらく馴染みのある単語だ。

 俺も別に詳しい定義までは知らないが、要するにこいつは、ゲーム中でプレイヤー本人が操作不可能なキャラクターの総称だ。

 分かりやすく表現するなら、そうだな……。

 主人公以外の、ゲームの世界の住人たちってところだろうか。


 まぁ、NPCという単語の正確な定義だとか、奴が一体どういうつもりで、生身の生きた人間である俺達をNPCと呼んだのかとか、そんな事は、この際どうでもいいのだ。

 重要なのは、このNPCという単語が――

 そう。この単語が、“ゲーム用語”だってことだ。

 ご存知の通り、俺の不完全かつ一方通行気味な翻訳能力では、この世界にない概念の単語は、翻訳があっさりエラーを起こしてしまう。そして、インターネット用語とゲーム用語は、そのほとんどが翻訳エラーを起こす、この世界に存在しない概念の代表的な例だ。



 俺は隣に立っているアセトゥに対して、おそるおそる質問をした。

 問いを紡ぐ自らの唇の表面が、緊張のせいか、ひどく乾いているのを感じた。

「なぁ、アセトゥ。……NPCって言葉、知っているか?」

 小麦肌の少年は、きょとんとした上目づかいで俺を見た。

 エメラルド色の生命力に溢れる瞳が、真昼の日差しを受けて、宝石みたいに輝いていた。


「いぬぴーすぃ? なあに、それ。兄ちゃんの国の物?」


 予想していた回答ではあったが、やはり衝撃だった。

 このアセトゥの反応、間違いなく翻訳がエラーを起こしている。俺の口から日本語がそのまま滑り出ていて、相手に意味が伝わっていない。

 もはや、疑いようもなかった。

 今、あそこに立っている黒い仮面のコスプレ男は、この世界の言語上に存在しない概念について喋っている。

 おそらくは、奴も俺と同じ――

「地球人、なのか……」


 これは一体、どういう事なんだ。

 奴も破滅の魔導王として、地球から召喚された人間だというのか?

 魔導王ってのは、俺だけではなかったのか。

 そういえば、俺を召喚したリュベウ・ザイレーンは、大昔にも俺以外の魔導王が何人も召喚された記録があるとか、たしかそんな事を遺書に書いていた。

 あの記述と、何か関係があるのか?

 でも、昔の魔導王達って、既に殺されて死んでしまっているはずだよな。

 じゃあ、今目の前にいる、あのコスプレ男は一体何者なんだ?


 ……俺はもしかして、あの遺書の内容に関して、何か重大な勘違いをしているのか?


 ザイレーンのやつ、昔の魔導王達の伝承について、どんな風に書いていた? この事態に対して、何かヒントを書き遺していたか?

 駄目だ。今さら、あの石の本に刻まれていた遺書の細かな言い回しなんて、とてもじゃないが思い出せそうにない。


「ネマキ兄ちゃん、どうしたの? 顔色が悪いよ……」

 隣に立つアセトゥが、心配そうに声をかけてきた。

「……す、すまない。大丈夫だ」

 俺の内心の動揺というのは、アセトゥやゴレには高確率でバレる。こいつら、常日頃から俺のことを無駄に観察しすぎである。

 あわてて必死にポーカーフェイスを作りつつ、再び、前方の自称魔導王の姿を注視した。


 男はマントを風になびかせながら、麦畑の土の上を、悠々とこちらへ向かって歩いてくる。

 距離的には、既にそこまで離れているわけではない。そろそろ前衛のゴーレム達との接触も想定に入ってくるはずなのだが、黒い大剣は肩に担いだままで、構えてすらいない。

 ゴーレムが何をしてこようが、まったく興味がないとでも言わんばかりだ。

 完全にこちらを侮っている態度だ。この様子だと、俺が魔導王として召喚された同類の人間だとは、まだ気付いていないのだろう。


「うおらああああっ!!!」


 このとき突如として、獣のような野太い咆哮が鼓膜をついた。

 仮面男が叫んだ訳ではない。隣にいた赤髪の大男が気合い声を上げ、猛然と敵めがけて突撃を開始したのだ。

「なっ……、ジャンビラ!?」

 俺は思わず目を剥いた。

 なんという、脳筋。

 彼のこの動きは、正直予想していなかった。


 流石は血属性使いというべきか、ジャンビラの突撃速度は常人の比ではない。

 全身に赤黒いオーラを纏い、強化された脚力で地を踏み叩きながら進むその姿には、とんでもない迫力がある。

 彼は前衛のオレンジ象と合流し、歩調をそろえて並走し始めた。そして、そのままゴーレムと人間との一心同体の動きで、同時に敵に襲いかかった。


「おらあっ! 叩き潰すぞ、エンディルッ!」

 主の咆哮を受け、重ゴーレムの巨大なハンマーが、仮面の男の頭上に振り下ろされる。まったく同じタイミングで、側面からジャンビラのハンマーが薙ぎ払われた。

 身体強化された剛腕の戦士と、固い石の身体を持つ巨人の戦士。二つの巨体から放たれる、回避不能の、完璧なコンビネーション技だ。

 重い衝撃音が、周囲に打ち響いた。


 だが、仮面の男は涼しい顔で、二つの攻撃を同時に受け止めていた。


「な……!?」

 黒い大剣の腹で、オレンジ象の巨岩のようなハンマーを、軽々と受け止めている。真横から到来したジャンビラのハンマーは、なんと、武器も持たない左手の指2本で受け止められていた。

「なんだ、こいつの腕力……」

 絶句し、一瞬動きを止めるジャンビラ。だが、すぐに跳び下がって距離を取った。オレンジ象も彼に追従するように、大きく後退する。


 仮面の男は、彼らに追いすがる気配すらない。

 ジャンビラの姿をまじまじと眺めながら、のんびりと口を開いた。

「……ふぅん。このマッチョ、結構良い動きしてるじゃん。パワーもかなり出てる。このレベルの魔術戦士ってのは、そうそういないぜ」

「な、何を……」

 困惑するジャンビラの言葉を遮るように、仮面男の左手のひらが、すっと彼に向けられた。

 その仮面から覗く口元に、嗜虐的な笑みが浮かんだ。

「だけどなぁ、残念。たとえ、お前らがどんなに強かろうが。どんなに高度な術理を極めていようが――血属性じゃあ(・・・・・・)、おれには、絶対に勝てない」



「……――――〈簒奪〉(さんだつ)



 奴の唇が、確かにそう動いた。

 直後、ジャンビラの身体を覆っていた赤黒いオーラが、突然、霧のように拡散し、消滅した。

 入れ替わるように、仮面男の全身から、赤黒いオーラが猛然と噴出する。

 その光景はまるで、ジャンビラのオーラが、仮面男に奪われてしまったかのようだった。

 

 ジャンビラの手から、ごとりと音を立てて、ハンマーが落下した。

 おそらく魔術による身体強化が消失したことで、巨大な武器の重量を保持できなくなったに違いない。

 赤髪の青年は、信じられない物を見るような目で、地に落ちた自身の武器と、震えるその手のひらを見つめている。

「な、何だ……? 俺の血魔術、解けちまった、のか……?」


 続いて起こった出来事は、その場の全員をさらに驚愕させた。

 仮面男が纏った赤味を帯びたオーラが、じわじわと“まっ黒に変色”しはじめたのだ。

 黒いオーラを全身に帯びた男は、自身の身体の動きを確かめるように、数度手足を軽く動かした。そして、はしゃいだ声を上げた。

「おほっ! すっげえな、こいつの身体強化魔術。高性能だし、遠距離視力まで上がってるじゃん。レアだなぁ。普通は上級魔術でも、動体視力の上昇がせいぜいなのに」


 仮面男の上機嫌な声だけが、周囲に響いていた。

「な、何あれ……?」

 眼前の異様な光景に、アセトゥが目を見開き固まっている。

 俺自身もまた、驚きに言葉を失っていた。

 だが、俺のこの驚きは、アセトゥのそれとはまったく別種のものだ。

 だって、目の前で使われた技のことを、俺は、とても良く知っていたからだ。


 敵の魔術を、無理矢理奪い取り。

 真っ黒に変色させた上で、自分のものとしてしまう、異能の技。

 瘴気の地に跋扈する猿の群れが放つ、回避不能の無数の石弾も。神のごとき(いにしえ)の地竜が吐き出す、馬鹿げた超威力の巨大な石弾も。

 俺はかつてこの技で、すべて封殺した。

 魔導王だけが使う、最強の必殺技だ。

 そう、間違いない。今、目の前の男が使ったあの技は――



「え……〈NTR〉(エヌティーアール)だ……。あいつジャンビラに、〈NTR〉を使いやがった……」



 呆然と呟く俺。

 このとき、はしゃいでいた仮面男が、ふいにジャンビラを一瞥した。

 奴の口が、無感情に動いた。

「……こいつ、もう用済みだな」

 不味い。

 ジャンビラが、殺される。


 俺は慌てて、前方にたたずむゴレの白い背中へと視線をやった。

 阿吽の呼吸というやつだろうか。彼女もほとんど同じタイミングで、ちらりとその肩ごしに視線を送ってきた。

 互いの視線が交わる。

 赤い瞳の横顔が、伺いをたてるように俺を見つめている。

 この相棒が何を言わんとしているのか、俺には分かっていた。これまでだって、何度もコンビで一緒に修羅場をくぐってきたんだ。

 ゴレは訊いているのだ。


 ――あいつ、殺してもいい? と。


 加速する思考の中、俺は一瞬悩んだ。

 果たしてゴレの望むままに、あいつを殺してしまって、本当に良いのか?

 二人目の魔導王を名乗る男。

 使用された〈NTR〉。

 奴がしゃべった地球の言葉。

 この襲撃者達の行動の目的。

 そして、背後に確実に存在する、政治的な黒幕とおぼしき影。

 今、目の前で起こっている状況には、分からない事が多すぎる。正直、俺の思考のキャパシティを完全にオーバーしている。


 だが同時に、ひとつだけはっきりしている事があった。

 今危機に瀕しているジャンビラも。隣にいるセトゥも。そして、後ろの里にいる大勢の人々も。断じて奴の言うような、NPCなどではない。

 近くにいると、温かな息づかいを感じる。触れた手には、確かな生命の熱がある。泣いたり、笑ったり、怒ったりもする。皆、それぞれの生きがいや大切な家族、愛する人を持っている。

 そして、矢で射られれば、止めどなく赤い血が流れ出て――

 どう考えても、現実を生きている生身の人間だ。

 それだけは、自信をもって言える。絶対に間違いない。

 ゲームなんかではない。

 あいつに虫けらみたいに殺させて、いい、わけがないのだ。


「……構わない。やってくれ、ゴレッ!」


 大きくうなずいた俺に、ゴレは一瞬、柔らかな視線を投げた。

 その直後、弾丸みたいに、敵めがけてぶっ飛んだ。

 彼女は音を置き去りにして、地表を一直線に疾走した。

 本気の加速だ。

 今回の戦いで敵に見せてきた速度の中では、最も速い。


 あっという間に仮面男に肉薄したゴレの身体が、鞭のようにしなった。

 白い右腕が、空気を切り裂き唸りをあげる。

「なっ――」

 男の仮面の口元が、驚きに半分ほど開かれた。


 ――次の瞬間、その顔面に、破壊の拳が炸裂した。

 


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― 新着の感想 ―
[良い点] 自分一人だけが特別だと思っていたことで衝撃を受けるとか、 十二分にちゅうにな主人公であった。 [一言] 文字にする場合は略すためにNPCとしているだけで 口に出して発音するなら、 ノンプレ…
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