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破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第6章 襲撃の冒険者
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第86話 苺のパフェと黒仮面


 

 3体のゴーレムを先頭に立て、俺達は揃って前進を開始した。

 ゴーレム達の力強い足音と共に、林に向かってまっすぐに歩みを進めていく。

 ぶっちゃけこの布陣を取っているだけで、敵から矢が飛んでこようが、魔術がぶっ放されてこようが、大抵はどうとでもなる。ゴーレムの装甲に矢なんぞ効かないし、魔術だって弾いてしまうからだ。

 そう考えると、強すぎるよなゴーレム……。

 敵が執拗に絡め手を使ってくる心理が、少しだけ分かった。


 前方の7人の敵は、林の手前に陣取ったままだ。特に動く様子はない。

 どうやら、あの場所から俺達を迎え撃つ気のようだ。

 連中は全員、カラスみたいに黒ずくめの格好をしている。特徴的な昆虫の羽根のような飾りをもつローブ様の装束からして、その大部分はおそらく蟲使いなのだろう。この点については、既に述べた通りだ。

 ただ、集団の中には、これとは若干雰囲気が異なる者も混じっている。

 黒い鎧を着込んだ、戦士風の男が1人いるのだ。


「あの鎧の野郎は、魔術戦士でほぼ確定だな」

 隣を歩くジャンビラが、前方を睨みつけながらそう言った。

「お前と同じ(けつ)属性使いってことか? ……見ただけで分かるもんなのか」

「野郎の得物のでかささ。背中にしょってやがるあの黒剣、常人の力じゃ絶対に振り回せねえ」

「ああ、なるほど……」

 確かに前方の鎧の男は、身の丈ほどもありそうな黒い大剣を背負っている。

 そのように言われてみれば、ジャンビラの振り回しているハンマーにせよ、ティバラの街のチンピラのボスが使っていた大剣にせよ、魔術戦士というのは皆一様に武器が巨大だ。血属性魔術の身体強化でやたらと膂力のある魔術戦士達は、武器が大型化する傾向にあるのだろうか。

「ジャンビラさん達みたいな血属性使いは、普通の剣を使うと、刃の方が力に耐え切れずに折れちゃうからね。大抵は厚みがあって頑丈な、特別製の武器を使うことになるんだよ」

 隣のアセトゥ少年が、まるで小学生に物を教えるお姉さんみたいに、優しい笑顔で俺に解説をしてくれた。

「へえ。血属性ってのも、色々と大変なんだなぁ」

 俺は年下のアセトゥ先生の教えに、素直に感心することにした。

「蟲使いって、オレたちゴーレム使い以上に、相手に懐に入り込まれた状態での戦闘が苦手なんだ。だから接近戦対策として、ああやって魔術戦士を護衛に付けてるのかもね」

「あー。そう言われてみると、俺が森で戦った蟲使いも、ぞろぞろと護衛を引き連れていたな……」


 改めて、そんな護衛の魔術戦士とおぼしき、前方の男の姿を眺める。

 剣も装備も、すべてが真っ黒な男だ。顔の上半分を覆うような黒いマスクを装着しており、その素顔は見えない。

 ただ、それを言ってしまうと、残りの蟲使い達も黒ずくめだし、全員フードを被っていて、素顔も何もないのだが。どうやら連中は、徹底した顔バレ防止措置を取っているようだ。


 こんな風に敵や周辺の様子に注意しつつも、俺達は前進を続けている。林の手前の蟲使い達との距離は、着実に近づきつつあった。

 といっても、互いの距離は、おそらくまだ200メートル近く離れている。これは通常のゴーレム同士の戦闘開始距離よりも、はるかに遠い。当然の事ながら、魔術などまったく届かない距離だ。

 しかし、このタイミングで、蟲使い達に動きが見えた。

 フードに覆われていない彼らの口元に、例のオカリナみたいな妙なデザインの笛がそっと運ばれたのだ。

「ふん。蟲使いどもめ、どうやら仕掛けてきそうな様子だぜ」

 敵の動きを目ざとく見つけ、ジャンビラが声を上げた。

 この距離で敵の手元の小さなオカリナが見えている彼は、相当に視力が高いと思う。血属性魔術による身体強化の影響なのだろうか。

 そんな彼の声とほぼ同時に、周囲に風切り音のような笛の音色が響いた。


 ざわざわと、林の気配が大きく動く。

 木々をなぎ倒しながら、大量の黒い蟲達が、林の外へと湧き出てきた。

 あれは里の入り口に群がっていた蟲と同種の、甲虫型のカメムシみたいな見た目をした蟲だ。まだあんなに残っていたのか。

 夥しい数のカメムシ達は、みるみる林の前面を埋め尽くしていく。

 直後にそれらは黒い波となって、こちらへ向かい一斉に突撃を開始した。


「へっ、こっちのゴーレムが3体だけと見て、数で押し潰す魂胆かよ。――蹴散らしちまえ、エンディル!」


 赤髪の大男の咆哮に応えるように、エンディルと呼ばれた巨大な戦象ゴーレムが走り出した。

 地鳴りのような足音を立て、ハンマーを振りかざす6メートル級のオレンジ色の重ゴーレムが、蟲の津波に突っ込んでいく。

 なるほど、あの戦象ゴーレムの本名は、エンディルというのか。

 中々かっこいい名前ではないか。

 だが、俺の中でのあだ名は、今後もオレンジ象だ。分かりやすさ重視である。


「迎撃して、アルパスっ!」


 続いて、アセトゥが叫んだ。

 呼びかけに応じ、緑色の一角ゴーレムが、拳を構えて走り出す。

 あの一角ゴーレムの本名は、アルパスだな。うん。こちらは当然、俺も既に知っている情報だ。何となく響きが明るくて、素敵な名だと思う。

 もちろん、それでも俺は、一本角と呼びつづける。


「よし。お前も行ってこい、ゴレ!」


 流れに乗って、俺も二人のように叫んでみた。

 俺の声に従い、純白の聖堂ゴーレムが走り出し……あれ? 走り出さないぞ。

 何故か、うちのゴレだけが動かない。

 彼女は俺の隣に、ちょこんと立ったままだ。

「ゴレ……?」

 そう言えばこいつ、実は先刻から、微妙に様子が変だったのだ。

 俺が泣きじゃくるアセトゥの背中をさすっていた辺りから、妙にゴレの背中がそわそわしていた。そして、さっき俺とアセトゥが笑顔で会話をした直後に、とうとう何かを我慢できなくなったかのように、俺達の間に割り込んできている。

 今も俺とアセトゥの隙間に、無理矢理立っているのだ。

 本当に、本当に微かな表情の変化なのだが――ゴレのほっぺが、不満げにふくらんでいるような気がした。


 この状況に若干の焦りをおぼえた俺は、ゴレに小声で耳打ちした。

「な、なぁゴレ。お前も戦ってくれないか? 俺さっき“行ってこい!”とか言っちゃったし、これでうちだけ戦わないんじゃ、恰好がつかないよ」

 話しかけられたゴレが、俺の顔をじっと見つめ返してきた。その瞳はうるうると潤み、足が一生けんめいに地面を踏んばっている。まるで、動物病院へ予防接種に行くのを拒否している犬のように。

 あ、駄目だわ。これ、梃子(てこ)でも動かないパターンだ……。


「ん? どうしたよネマキ、お前はゴレタルゥを出さねえのか?」

 ぐずぐずしている俺とゴレの様子に気付いたジャンビラが、怪訝な表情で訊ねてきた。

 不味い。

 このままでは、俺の飼い主としての無能っぷりが、この男にバレてしまう。

「え、えっと……。その、し、真打ちは遅れて参戦するものだからな。ジャンビラお前、さっきは暴れ足りなかったんだろう? 俺はゴレとここで観戦しているから、戦いぶりを見せてくれよ」

 俺のこの苦し紛れの発言に、ジャンビラが苦笑しながら頭を掻いた。

「かぁ~~っ! お前、ほんっと余裕だよなぁ。いいぜ。その挑発、乗ってやろうじゃねえか。だけどなァ、うちのエンディルが敵を全部仕留めちまっても、後で文句言うんじゃねえぞ?」


 ジャンビラがそう吠えた直後、突進するオレンジ象と、蟲の津波が激突した。

 次々と迫りくる、大きな黒いカメムシ達。だが、その体当たりを受けても、オレンジ色の巨人はまるで揺るがない。

 巨人の右腕が持つ棘付きのハンマーが、ぶんと音を立てて振り下ろされる。

 瞬く間に数体のカメムシ達が、その外殻ごと叩き潰され、地面に紫色の血の絨毯を作った。


 オレンジ象の脇を抜けてくるカメムシ達を迎え撃つのは、緑色の戦士、一本角だ。

 繰り出されるごつい手甲の拳の連打で、カメムシが次々に沈んでいく。

 緑の稲妻のような拳が放たれるたび、厚い外殻に覆われた蟲の頭が吹き飛び、胴に風穴が空いていった。

 非常に安定した動きと強さだ。

 今の俺には魔導で対象の動きが見える分、とてもよく分かるのだが、一本角のやつは本当に強くなっている。最初に正門の前で蟲と戦っていたときとは、まるで別人のような動きの切れだ。

 その姿はまさに、愛の力に目覚めて真の強さを手に入れた主人公である。


 2体とも、かっこいいなぁ。

 無骨なゴーレム達が雄々しく戦う姿というのは、実に熱い。素晴らしい。

 こういう男の子趣味全開なゴーレム、俺も欲しいなぁ。

 いや勿論、今の相棒に不満などはまったくないさ。でもな、やっぱりそれはそれ、これはこれだよ。

 この気持ちを例えるならば、そうだなぁ……。お肉とデザートというのはどっちも美味しいけれど、両者はまったくの別腹だろう? ゴレが甘くて美味しい苺のパフェだとすれば、オレンジ象や一本角は、あつあつの焼肉やステーキなんだ。俺だってたまには、がっつりお肉が食べたいよ。

 そんな事を考えつつ、俺はオレンジ象(やきにく)一本角(ステーキ)の雄姿を、熱い瞳で見守った。

 そうしていると無意識に、ぽろっと心の本音が漏れてしまった。



「はぁ、かっこいいなぁ。羨ましいなぁ……」



 この瞬間。

 隣で沈黙を保っていた苺のパフェが、白き閃光となって戦場に突撃した。


 ゴレが蟲の群れの中を、高速で駆け抜ける。

 彼女に接触した途端に、巨蟲達が外殻ごと引き裂かれ、まるでミキサーにかけられた野菜のように、バラバラになって飛び散っていく。

 危うくゴレの突撃に巻き込まれそうになった一本角が、素早く飛び退いて回避した。ナイス回避だ。主人公として覚醒する前の彼だったら、今の一撃で、おそらくやられてしまっていただろう。

 ゴレに破壊された蟲達の霧状になった体液が、周囲一帯を紫色に染め上げていく。その臓物が、激しく宙に舞い上がる。バスケットボールみたいな蟲の眼球が地面をバウンドし、派手に吹き飛ばされた蟲の肢が、俺の足元付近にまで飛んできた。


 相変わらず、うちのゴーレムは、戦い方がグロい。

 確実に、通常のゴーレムの3倍はグロい。

 というか、やりすぎだ。急にやる気を出しすぎだ。

 明らかにオーバーキルだ。

 そこまでやる必要は無い。

 ゴレよ、そのカメムシは、もう死んでいるじゃないか。そんな風に、びちゃびちゃ潰して遊んだら可哀想だ。

 一体何がお前を、そこまでの凶行に駆り立てているというのだ……。


「おいおいネマキ、見物してるんじゃなかったのかよ。もう我慢できなくなったってのか? お前って荒事になると、別人みてえに血の気が多いよなァ」

 ジャンビラが、横目で俺の方を見て笑っている。

 どうもゴレの個人的趣味の残虐ファイトが、また、飼い主である俺の性格のせいにされてしまっているような気がする。


 ファイティングスタイルといえば、ひとつ気付いた事がある。

 これまで俺が見てきた印象では、戦闘用のゴーレムというのは、短剣や長柄の武器なんかを、わりと器用に扱って戦う機体が多いように思う。皆さん、戦い方が力任せではなく、意外とテクニカルだ。

 だが、今こうして目の前の3体のゴーレムを眺めていると、揃って戦い方が非常に原始的である。

 鈍器で殴る。拳で殴る。

 殴る。殴る。蹴る。踏んづける。たまに腕力まかせに、引きちぎる。

 3体とも完全に、「細かいことは知らん、とにかくパワーで叩いて潰そう」というスタイルである。

 こいつら、ゴリラだな。見事なゴリラさんチームが結成されてしまっている。


「ん……?」

 このとき、林の気配の一部がざわつくのを感じた。

 探りを入れてみると、やや距離のある林の右端あたりから、蟲が表層へ進出しつつあるようだ。

「結構でかい、な」

 おそらくこいつは、正門の上から俯瞰した際にも気配を捕捉していた、妙にでかいタイプの未確認の蟲だ。サイズ的には、オレンジ象より一回り小さいくらいか。体高5メートルといったところだと思う。

 数は……全部で4頭だ。


「なぁ、アセトゥ、ジャンビラ。林のあそこらへんから、何か大きな蟲が出て来るみたいなんだが……」

 俺は戦斧で、巨大な蟲の出現予測位置を指し示した。

「え、どこ?」

「でかい蟲? なら、うちのエンディルに相手をさせるか?」

 二人が林の方を振り向いた、まさにそのタイミングで、蟲が姿を現した。

 木々をなぎ倒して畑に躍り出たのは、4体の灰色のクワガタ虫だった。

 真昼の陽光を反射して、その外殻が銀色めいた光沢を放っている。

 加えてこの蟲は、背中の部分がなにやら異様にでかい。

 その盛り上がった背面の外殻には、大きな穴が無数に空いている。デザイン的には何となく、ミサイルポッドみたいに見えた。


 一体何なのだ、こいつは。

 いや、マジで何なんだよ、ふざけるなよ、こんなっ、こんなの……。


「「かっこいい……!」」


 俺とジャンビラの声が、見事にユニゾンした。

「もうっ、二人とも何言ってるの!」

 アセトゥだけが、ぷんぷんと怒っている。

 こいつ、全然わんぱく坊主らしくないよなぁ。かっこいい巨大クワガタ虫が目の前にいるというのに、まるで淑女みたいに冷めた反応だ。

「あの蟲、きっと“槍砲鋏蟲”(そうほうきょうちゅう)だよ。背中の穴から硬質化した強力な棘を発射してくる、ものすごく危険な蟲なんだ」

「えっ、あの蟲の背中、本当にミサイルポッドだったのか!?」

「めさいるぽ……それ、何のこと?」

「いやいや待て待て! んな事よりよォ、ゴーレムの側面に回られてんぞ。もしアセトゥの言う事が本当なら、あの位置取り、結構やばくねえか!?」


 ジャンビラが言う通り、巨大クワガタ軍団の出現地点は、巨大カメムシとゴーレムの戦場の横手だ。

 その背中の砲口めいた無数の穴は、既にゴレ達の方を捉えていた。

 奴らは、カメムシと乱戦状態で移動の止まっているゴーレム達に対して、側面から攻撃を浴びせかけるつもりらしい。

 味方の蟲達ごと巻き込む、無茶苦茶な戦法だ。

 だが、これまでの蟲使い達の行状を考えれば、普通にありえる事とも言えた。


 この様子を見て、ジャンビラが叫んだ。

「ちっ! 守れ、エンディル!」

 オレンジ象が即座に反応した。周囲のカメムシを軽々と弾き飛ばしながら、敵の射線上に割り込んでいく。ゴレと一本角をかばうような構えだ。

 直後に、灰色クワガタの背中の砲門が、一斉に火を吹いた。

 それは予想を超えた、強烈な威力の斉射だった。

 灰色の円錐型をした槍のような甲殻が、辺り一面に撃ち込まれたのだ。

 砲撃の巻き添えを食らった周りのカメムシ達が、次々と蜂の巣になって薙ぎ倒されていく。

 腕を交差させて頭部をガードする姿勢のオレンジ象にも、鋭い甲殻の砲弾が、何発も命中していった。

 一帯に、耳をつんざく轟音が鳴り響く。

 重ゴーレムの巨躯すらも揺らす凄まじい衝撃の連続に、破裂した灰色の外殻とオレンジ色の装甲片が、激しく舞い散った。


 だが、オレンジ象は、この砲撃の嵐を耐え切った。


「マジかよ。すごいなオレンジ象のやつ……」

 あいつ今の攻撃を、素の防御で耐え切ったぞ。

 俺の見立てが正しければ、今のクワガタ虫の甲殻の槍の砲弾は、その一発一発に、猿の石弾に近い威力があったはずだ。

 オレンジ象は、被弾した分厚い装甲が一部破損しているものの、素体まで達するような損傷はほとんどない。この程度のダメージなら、戦闘の継続に支障はないと思われる。

 恐るべき防御力だ。この重ゴーレムは間違いなく、そこらの城壁なんぞとは比較にならないほどに頑強だ。

「……ふう。どんなもんよ? あらかじめ撃ってくるのが分かってるなら、こんぐらいの仕事ちょろいもんだぜ」

 ジャンビラが、にかりと笑った。

 いい笑顔である。


 この直後に、ゴレが動いた。

 防御のために前傾姿勢になっていたオレンジ象の背を、助走をつけて駆けあがったのだ。

 踏みつけられた巨人の背中が、がくがくと揺れる。

 そのまま大きな背中を足場にして、ゴレは飛鳥のごとく跳躍した。


 オレンジ色のカタパルトからぶっ飛ぶ、真っ白いエルフの砲弾。

 空中に飛び出したゴレは、灰色クワガタの群れの中へと高速で落下していく。

 狙いすました強烈なミサイルキックが、右端のクワガタの背を直撃した。

 硬く盛り上がった灰色の外殻は、その中身ごと、一瞬にして粉々に破壊された。舞い散った大量の甲殻の破片が太陽を反射し、きらきらと銀色の鱗粉のように輝いて見える。

 一撃で胴をぶち抜かれたクワガタは、あえなく即死した。


 クワガタを潰した勢いのままに地面に降り立ったゴレは、その白くしなやかな脚をすっと高くかかげる。そうかと思うやいなや、彼女は体操選手のような華麗な動きで、脚を縦回転させながら独楽(こま)みたいににぶっ飛んだ。

 あの派手な技は、以前見たことがある。

 古代地竜の延髄に一発ぶちかましたときに見せた、美脚ギロチンだ。

 くるくると回る高速の回転ノコギリと化したゴレの脚が、射撃のために横一列に並んでいたクワガタ達の首を、次々と薙ぎ払っていく。

 1体、2体、3体――……。

 あっという間に残り全頭のクワガタの首が、白いギロチンにより切断された。

 無慈悲な処刑を執行し終えたゴレが、ふわりと無音で着地する。

 彼女はまるで何事もなかったかのように、優雅に背筋を伸ばし、流れるような自然な所作で立ち上がった。

 その背後で、切断された巨蟲達の灰色の頭部が、ボトボトと音を立てて地面に落下していく。

 やや遅れて、それら三つの首の断面から、一斉に体液が放出された。

 それは戦いの決着を告げる、鮮烈な紫色の噴水であった。


 ――こうしてクワガタ部隊は、全滅した。


「ネマキよォ。お前、ほんっと無茶苦茶やりやがるよなァ……」

「兄ちゃん、強すぎ……」

 ジャンビラとアセトゥが眼前の光景をぽかんと見つめ、あきれたような声を出している。

 一方の俺はそんな二人には構わず、周囲の様子に探りを入れていた。

 敵の次の手が来る可能性を警戒していたのだ。

 今回の敵からは、俺がこの世界に召喚されて以来、まったく経験した事のないレベルの残虐な戦術を、たたみかけるように連続で使われている。そりゃ、嫌でも警戒するようになってしまう。


 ただ、慎重になっていた俺の思考とは裏腹に、戦いの趨勢は、今の一幕でほぼ決してしまったようだった。

 クワガタの砲撃の巻き添えになったせいで、カメムシの群れは大幅に数を減らしている。その少ない生き残り達も、今や覚醒した主人公の動きを見せる一本角によって、一気に掃討されつつあった。

 もはや林の外に、ほとんど蟲は残っていない。

 対するこちらの損害はといえば、オレンジ象が多少被弾した程度である。

 事実上の完勝だ。


 林の前の蟲使い達は、この事態にかなり動揺しているようだ。

 クワガタによる奇襲が封殺された直後から、構成員の半数ほどが酷い恐慌状態に陥っている。その事は、連中の表情の変化から見て取れた。やはりあのトンデモクワガタ砲は、奴らにとっての隠し玉だったのだろう。

 蟲使い達は、お互いしきりに何か言い合っている。

 内容が気になるが、奴らの位置はここから遠すぎる。到底会話を聞き取れるような距離ではない。

 そう考えたところで、ふと思い直した。


 ……いや、待てよ。今の俺なら、そうでもないかもしれない。


 俺は意識を集中した。

 やはりだ。魔導で強化された感覚が、ほんの微かにではあるが、ノイズの混ざった音声を拾っている。

 ほとんど風音によって擦り切れた、ぼそぼそとした遠い喋り声。

 これだけでは、会話の内容などまるでわからない。

 だが、蟲使い達のフードの下からのぞいている唇のわずかな動き。そして、一部の表情筋の微妙な変化。今の俺にとってそれらすべては、魔導の空間把握で手に取るように分かっている。

 知覚される断片的な情報の数々を、丁寧に、丁寧に、意識の内で繋ぎ合わせていった。


 ――な・いど・―れむ・いの・しは、・めぎみから、聞かされ・ない。


「――あんな聖堂ゴーレム使いの話は、姫君(ひめぎみ)から聞かされてない」


 繋がった。

 分かる。聞こえるぞ。

 再構成された奴らの音声が、頭の中に流れ込んでくる。


「もはやここまでだ。撤退しよう」

「駄目だ、まだ道程の半ばだぞ。こんな所で田舎ゴーレム使い相手に後れをとったとあっては、戻って姫君に顔向けできない」

「しかし我々は今の戦いで、炭殻蟲たんかくちゅうをすべて使い潰してしまった。たとえこのまま進んでも、山脈の西端で詰む。どの道一度、蟲の補充のために帰藩するより他ないぞ」

「馬鹿な。今回の計画のために、姫君が一体どれほどの根回しをされたと思っている? 再び同規模の作戦を秘密裏に行う事は、現実的には不可能だ。今ここで、せめてこの集落だけは絶対に潰しておくべきだ」

 蟲使い達の会話は、おおまかにはこんな内容である。

 どうも連中は、この場を逃走するかどうかで意見が割れているようだ。それぞれが、退くべきだ、いや退けない、などと論じている。


 そんな中、敵のうちでただ1人、去就を明らかにしていない者がいた。

 黒い鎧とマスクを着けた、例の魔術戦士の男だ。

 こいつだけは何も発言していない。林の入り口付近の木に寄りかかって座り込んだまま、蟲使い達の言い合いを傍観しているのみだ。

 というかだ、そう。座っていやがるのだ、この男。

 随分と余裕の態度じゃないか……。俺なんてずっと立ちっぱなしで、もうクタクタだというのに。


 何にしても、この連中は俺が会話を盗聴している事に気付いていない。放置していれば、勝手に色々と情報を喋ってくれそうではある。

 どうやらこの襲撃には黒幕が存在するようだし、このまま黙って、聞き耳を立てているべきだろうか……?

 そんな風に考えていたとき、隣からアセトゥが声をかけてきた。

「ネマキ兄ちゃん、さっきから全然喋らないけど、どうかしたの? やっぱり、どこか怪我してるんじゃ……」

「何? ネマキお前、どっかやられてんのか?」

 しまった。無言で盗聴に集中していたせいで、いつのまにか、妙な誤解が生まれてしまっている。

「いや、大丈夫だぞ? 俺はこの通り元気いっぱいで……」

「またそんなこと言って、やせ我慢してるんじゃないの? 兄ちゃん、何でもすぐに一人で抱え込もうとするんだから。ほら、ちょっと見せてよ」

 そう言ったアセトゥが、俺の身体をまさぐり始めた。

「ちょ、おまっ、何すんだよ!?」

「診察だよ。隠しても無駄なんだからね」

「は? やめ、あっ、そんなところ……おい、マジでやめろ!」

 アセトゥの細腕の力は意外に強い。戦斧を持っていない左手だけでは、とても引き剥がせそうにない。

「ちょ、そこやば……おい、ジャンビラ、アセトゥを止めてくれ!」

「おーおー、お熱いねぇお二人さん。おれは敵の動きを見張ってるからよォ。お前らは、気にせずよろしくやってていいぜ」

 ジャンビラは横目で俺達を見ながら、へらへらと笑っている。

「ふっざけんなよクソ筋肉! お前、友達を見捨てる気か!?」

「いやネマキ、真面目な話よ。負傷してんなら、今のうちに診てもらっといた方がいいぜ?」

「だから、俺は健康体だああああああ!!!」

「ちょっと兄ちゃん、じっとしててよ!」


 この騒動により、俺の敵に対する盗聴は、ごく短時間途切れていた。

 だが、別に油断していた訳ではない。

 魔導による空間把握は、ずっと敵の様子を捕捉し続けている。

 ちなみにたった今、ゴレがアセトゥを殴り殺さんばかりの勢いで、戦場からこちらへダッシュで駆け戻り始めた。その様子も、魔導できちんと捕捉している事を付け加えておこうと思う。

 正直、色々と見えすぎて、胃が痛くなりそうだ……。


「ん? これは……」

 このとき、ほんの一瞬。魔導のレーダーが、敵の動きに異変を感知した。

「……まさか」

 その事実に気付いた俺は、思わず自分の魔導による認識の結果を疑い、敵の方を振り返った。反射的に、肉眼で様子を確認しようとしたのだ。

 俺の次に異変に気付いたのは、林を見ていたジャンビラだ。

 彼も大きくその目を見開いている。

「お、おい。ネマキ、敵が……」

 俺の服に手をかけていたアセトゥも、はっとしたように顔を上げた。

「えっ、どういう事? あいつらどうして、こんなタイミングで……」

 気付けば、俺の元へ駆け戻りつつあったゴレも、ぴたりとその足を止め、林の方を見つめている。


「あれって、仲間割れ……?」


 林の手前で、その異変は起こっていた。

 6人の蟲使い達が、全員斬り伏せられ、血の海に沈んでいたのだ。

 惨状の中、たった1人その場に立っているのは、黒ずくめの魔術戦士だ。

 彼の手に握られた巨大な黒い大剣が、今、地に伏す1人の蟲使いの背を刺し貫いている。

 剣に穿たれ血の泡を吹く蟲使いの口が、ぱくぱくと動いた。

 ――き・さま、な・ぜ、うら・ぎったのだ。

 問われた仮面の魔術戦士は、答えることなく、大剣をさらに強く押し込んだ。

 蟲使いが大きく口を開けたまま、絶命する。


 男は死体から剣を引き抜き、その背中を蹴り飛ばした。

 黒いローブをまとったカラスのような蟲使いの死体が、真っ赤な血糊のカーペットを引きながら、ごろごろと地面を転がっていく。ローブから剥がれ落ちた昆虫の羽根飾りが、赤いカーペットを点々と彩っていた。

 死体を見下ろしていた男が、気だるげに、言葉を吐いた。



「……――あー、マジうっぜえ。こいつら、全然ダメだな。0点」



 その声は、予想外に若かった。

 それに、真っ赤な血に濡れた刃を握る男が吐いた言葉には、何だか妙に現実味がなくて。声に込められたその感情が、まるで空気で膨らんだ綿菓子みたいに、すかすかで軽かった。

 他人の声を聞いてこんな感想を抱いたのは、俺がこの世界に来て以来、初めてのことだった。

 何故か背筋に、ぞわりと鳥肌が立った。


 仮面の下からのぞく男の口元に、さしたる表情の変化は見えない。

 ただ、黒い篭手(ガントレット)を装着した手指が、神経質に大剣の柄をタップしている。

 子供が苛ついているときのような仕草だ。といっても、こいつの体格は間違いなく大人のそれだ。

 この男の見た目の印象を一言でいえば、とにかく「黒い」。

 仮面は黒いし、鎧も黒い。剣も黒ければ、背中にたなびくマントも黒い。

 髪の毛まで真っ黒い色をした、中肉中背の若い男。

 黒くないのは、肌ぐらいのものだ。顔立ちが仮面に隠れているため断言はできないが、この肌色からして、おそらく俺と同じ黄色人種だと思う。

 この国では比較的珍しくはあるけれど、たまに見かける人々だ。いわゆる東方人とよばれる民族か、もしくはその血の入った人間なのだろう。


「ったく、おれが直々に作戦をプロデュースしてやったっていうのに……。こいつらが無能なせいで、全部台無しじゃん。おまけに何かっていうと、すぐに姫君姫君。そういうの、うざいんだけど……」

 吐き捨てるようにそう言った仮面の男は、地面に転がる蟲使いの死体を踏みつけながら、こちらに向かってゆっくりと歩きだした。

「あー、うっぜえ、うっぜえ」

 男に乱雑に踏みつけられた拍子に、1人の蟲使いの死体から、顔を覆うフードがはらりと剥がれ落ちた。

 俺は少し驚いた。

 青ざめた顔のその死人が、陰湿な蟲使いのイメージにはまるで似つかわしくないほどの、非常に整った顔立ちの美青年だったからだ。

 ここで仮面の男は、初めて、忌々しげに大きくその口元を歪めた。

 そして、露わになった死体の美しい顔面に、ぐさりと大剣を突き立てた。

「……取り巻きの部下を顔だけで選ぶのは、あの女の悪い癖だな。こいつらと比べりゃ、おれが金で雇ったチビで出っ歯のブサイク蟲使いの方が、まだまともな仕事してるじゃねえか」


 死体の潰れた頭部から大剣を引き抜いた男が、俯いていた顔をゆっくりと上げた。

 奴の顔の上半分を覆い隠す、黒い仮面。

 デザインとしては、ヴェネチアンマスクに近いだろうか。仮面舞踏会にでも出席するのかと問いたくなるような、コスプレじみた面だ。

 目の部分は、赤い色付きのレンズに覆われている。レンズの内側の、瞳の様子をうかがい知ることはできない。

 しかし、仮面越しのその視線が。

 今、俺達の方へ、ちらりと向けられたような気がした。


「つうか、何なんだよこのクソ村は。事前の資料のデータと全然違うじゃん。マジでクッソうざいんだけど……」

 そう言った男の肩が、大きく上下した。

「やれやれだな、どいつもこいつも。はぁー…………」

 長い長い、溜息が吐かれる。

 続いて男は何かを呟くように、仮面の口元を動かした。


「ったく――――のおれに――……な面倒かけさせやがって――……」


 奴の唇の動きは、もちろん見えていた。

 音声だって、十分拾えていた。

 だけど、その口から漏れ出た言葉を、俺はしばらくの間、理解する事が出来なかった。


 翻訳のミスとか、エラーとか。何かの間違いかと思った。

 発言の内容が、どうしても信じられなかったからだ。

 男が発した言葉を、頭の中で何度も繰り返した。

 そして、その意味を改めて理解したとき。俺は、ただ、黙ってこの事実に戦慄する他なかった。

 だって、奴は確かに、こう呟いていたんだ。



「ったく、魔導王のおれに余計な面倒かけさせやがって……。

 皆殺しだ。村ごと消滅させてやるからな、雑魚NPCども」

 


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