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破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第6章 襲撃の冒険者
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第82話 戦場と爆弾 -前編-


 

「……なるほど。こんな状況になっていたのか」


 眼下を見下ろし呟いた独り言が、上空を吹き抜ける風に溶けて消えていく。

 今、俺は里の巨大な正門の、その屋根の上に立っていた。

 ここは高い。

 そして、おそろしく見晴らしが良い。


 前方で繰り広げられる正門付近の戦いは、熾烈をきわめていた。

 大量の矢が降り注ぐ中、ゴーレムと蟲達がしのぎを削っている。

 重量級の巨体同士がぶつかり合うたび、一帯に激しい音が鳴り響く。その音はまるで戦場に打ち響く楽器のように、絶えることなく続いていた。


 たった今、横一列に並んだ戦象ゴーレム達が、巨大なカメムシの群れに向かって突撃を開始した。両者激突の瞬間、押し寄せる重ゴーレムの津波に弾かれ、大量のカメムシが吹き飛ばされた。

 その勢いで転倒して腹を晒した蟲を、軽ゴーレムが次々と素早い動きで仕留めていく。外殻の薄い柔らかな蟲の腹部を、ゴーレム達の石の槍は、いとも容易く刺し貫いていった。

 重ゴーレムのパワー、そして軽ゴーレムの機動性をそれぞれ生かした、非常に洗練された役割分担だ。


 戦象ゴーレム達の戦いぶりというのは、見るからに凄まじい。それぞれが手に持つ大きな石の打撃武器で、一撃のもとにカメムシを叩き潰している。

 ことにリーダー格のオレンジ象の強さは、その中でも突出している。この派手な色と鎧の戦象ゴーレムの動きは、回避も、防御も、何も考えていない。

 全身に巨蟲の体当たりを浴びながら、それらをすべて完全に無視して、ハンマーで敵の脳天を叩き割り続けているのだ。

 軽ゴーレムであるゴレや一本角とは、その戦い方が根本から違っている。

 これが重ゴーレムの戦いなのか……。


 ゴーレムと蟲の戦場の中には、幾人ものゴーレム使い達の姿もあった。

 アセトゥやジャンビラ達のような腕に覚えのある連中は、やはり、自らもゴーレムと共に防壁の外に出て戦っているようだ。

 ただ、防壁から出た彼らには、敵の矢が降り注いでいる。

 敵は洗脳した蟲達を肉壁代わりにして、後方の安全地帯から、ゴーレムではなく、ゴーレム使いを直接矢で射殺そうとしているのだ。元々知ってはいた事だが、何とも胸糞の悪い戦い方をする連中である。

 俺は内心、皆がこの矢にやられないかと心配していた。

 だが、どうもこれは、俺の杞憂だった可能性が高いようなのだ。


 今、味方のほぼ最前線の位置にアセトゥがいる。

 少年は、蟲と交戦中の一本角の後方10メートルくらいに位置取っている。確かに俺の危惧した通り、今も幾本もの矢が、この小柄な少年めがけて飛来している。

 しかし、矢は1本たりともアセトゥの身体に届いていない。

 全て命中の直前に、風に煽られ軌道が逸れてしまっているのだ。

 見たところ、この突風は自然に起こったものではない。

 

 ……なるほど。おそらくこれは、風属性の結界魔術だろうと思う。

 見れば、周囲のゴーレム使い達も、皆が魔術で矢を防いでいるようだ。

 大抵はアセトゥと似たような風魔術を使っている。だが中には、水を放射して矢を弾き飛ばしたり、何か静電気のような力で矢を弾いていたりする者もいる。

 あの静電気のような結界魔術は、戦車チャリオットと戦ったときに俺がぶち破った結界と、やや雰囲気が似ているように思う。出力自体は、戦車の結界の方がずっと上のようだが。稲妻が飛び散っているし、雷属性の魔術なのかもしれない。


 そうだよな。

 考えてみれば、ゴーレム使いだからといって、土属性しか使えないわけではないのだ。多分皆、いろんな属性の魔術で工夫して、自己防衛をしているのだろう。

 土属性しか使えなくて、戦闘中に相棒のゴーレムに心配をかけてしまっているような奴は、俺だけなのかもしれない。

 …………。

 悲しくなるので、この件について深く考えるのはやめておこう。


 それにしても、アセトゥには風属性の適性があったのか。

 しかも、少年は相当な使い手のようだ。

 乱気流の結界で飛んでくる矢を弾きまくりながら、相棒の一本角と共に、敵陣めがけて斬り込んでいる。今も、接近してきた巨大カメムシの頭部を、風のカッターみたいな魔術で吹き飛ばした。

 風を操り軽やかに跳躍するその姿は、まるで舞を舞っているかのようだ。

 あの子は本当にすごい。



------



「この様子なら、正門前の戦いは、あっさりケリがつきそうだが……」


 現在の俺は、正門の上から、眼下で繰り広げられる戦闘の様子を俯瞰している。

 その手には〈土の戦斧〉を携え、魔導を常時発動している状態である。

 いわゆる本気モードだ。


 魔導発動時の感覚の超強化、ことに空間認識能力の拡張というのは、どうも視界と連動している部分が大きい。

 視界を遮るような障害物があれば、ほぼ、そこで空間認識の広がりが止まるのだ。遮蔽物の陰に潜んだ敵は、せいぜい、ぼんやりとした気配程度しか分からない。以前、ペイズリー商会の刺客と戦ったとき、林の中に潜む(いしゆみ)ゴーレムの機種を特定できなかったように。

 逆に、遮蔽物がない状況なら、知覚範囲は上限知らずで伸びていくようだ。

 魔導発動時の俺が狙撃や飛来物に対して異常に強いのは、主にこの性質に由来する。敵にとって射線が確保されている状態というのは、すなわち、俺にとっても、敵の攻撃の軌道が丸わかりの状態だからだ。


 現在俺の立っている、この門の上。

 里で最も高いこの建物の周囲には、視界を遮る物が存在しない。

 広い里のほぼ全域を包み込むように、魔導のレーダーじみた知覚範囲を伸ばすことが出来ている。

 正門前の戦闘の様子だけではない。はるか里の東、風になびくサトウキビの葉の様子から、北の斜面を走る敵の騎兵の様子まで、まるで手に取るように分かった。

 改めて実感した。

 こいつは、やはりとんでもない能力だ。

 そして同時に、とても危うい力だと思った。頭に滔々と流れ込む、周囲の世界の膨大な情報の奔流。それらはまるで本当に、自分が万能の神か魔王にでもなったのかと錯覚してしまいそうな程のものだったからだ。

 もし多感な思春期にこんな能力に目覚めたら、治療困難なレベルの重篤な中二病を発症してしまうに違いない。


「それにしても――」

 俺は、隣で静かに寄り添っているゴレを見た。

「俺のこの魔導レーダーって、地表から離れると使えないお前の表土索敵とは、完全に表裏だよな……。俺、高い場所の方が超色々とよく分かるもん」

 話しかけられたゴレの長い耳が、うれしげに小さく揺れた。

 この相棒と俺は、性格も能力も何もかも、何だか全部真逆という感じがする。

 これでふたりは仲良くやれているのだから、本当に不思議だ。



------



 先ほど魔導レーダーと呼んだ、この空間認識能力の拡張。

 これと高所からの俯瞰の併用により、現在のゴーレムの里を取り巻くおおよその状況が見えてきている。

 どうやら、相手は単純な力押しで攻めてきているわけではないようだ。


 ――里を攻撃している武装集団の陣容は、実は、大きく三つに分かれる。


 まず、第一の敵勢力。

 これは言うまでもなく、里の南側に陣取って、真正面から攻撃をしかけている軍勢だ。

 こいつらが、最も人数が多い。

 およそ200人強といったところか。おそらく腕の良い弓兵を中心に構成されているこの集団は、大量の蟲をけしかけてこちらの足を止めつつ、魔術の届かない遠距離から矢を射かけてくる。

 物量に物を言わせた、不愉快な戦術を使う奴らである。


 これとは別に、里の周辺には第二の敵勢力が存在する。

 里の外縁部に沿って、周囲を取り囲むように展開している、複数の小集団である。

 こいつらの一部と、俺は既に戦っている。

 俺が里に来る道すがら蹴散らした部隊や、怒りのままに破壊し尽くした戦車達が、おそらくカテゴリー的に、この集団に属していたものと思われるからだ。

 こいつらは基本的に、一つの部隊が十数人程度の小集団のようだ。

 確認できた範囲では、それらがまだ7部隊残っている。

 大抵が馬に騎乗しており、動きが早い。里に対して攻撃を仕掛けてくる訳ではないのだが、里の外周で、近づいたり遠ざかったり、ちまちまと活発に移動を繰り返して、里に外側から圧力をかけ続けている。


 実は、この小集団達がいるせいで、現在も里の防衛戦力のかなりの割合が、北側の防壁沿いに釘付けにされてしまっているようだ。

 実際この人数の騎兵でも、防壁の内部に侵入されると脅威なのだろう。

 万が一敵の中に魔術師でも混ざっていたら、なおさら危険なはずだ。居住区のど真ん中で派手な火魔術の花火なんてぶっ放されたら、ヤバいことになるのは俺でも分かる。この世界の魔術は射程こそ短いが、威力はでかい。

 里のゴーレム使い達はなまじ相手の動きが見えるせいで、身動きがとれなくなっているようだ。里の広さと表土索敵の優秀さが、完全に逆手に取られてしまっている形だ。

 正門前で戦っているゴーレム使いの数がやたらと少なかったのは、実は軟殻百足のせいだけでなく、この騎兵集団が原因でもあったのだ。


 上で述べたような、防壁の周囲を走り回る騎兵集団。

 加えて、正門を攻める蟲と弓兵の集団。

 この2グループの敵勢力の存在は、元々俺もある程度は認識していた部分といえる。奴らには進路妨害を受けたり、矢を射かけられたり、実際に俺自身が少なからぬ干渉を受けているからだ。

 だが、それらとは違い、今こうして正門の上から周囲を俯瞰したことにより、初めてその存在を認識できた敵勢力がある。


 問題の、第三の勢力だ。


「あそこに、何かいるんだよな……」

 俺は、弓兵集団が陣取っている地点のはるか後方の、広大な麦の耕作地の一角を見据えた。

 再三述べているが、里の南側には、こうして麦の耕作地帯が広がっている。今は収穫が終わった直後で、丸裸に近い状態になっているんだけどな。

 雑多な種類の作物が植えてある里の東西の畑とは違って、この南側で栽培しているのは、ほぼ主食である麦のみだ。

 ただ、植えてある作物は確かに麦だけなのだが、この一帯、まったく麦畑しか存在してないってわけじゃない。

 小さな林があるのだ。

 距離的には、ここから数百メートル以上先だ。ゆるやかな丘のように少し隆起した地形の向こう側に、小さな林が、ぽつんと存在している。その様子は、さながら麦畑の海に浮かぶ緑色の小島といったところだ。


 あれは、“(ほこら)の林”と里のおばあさん達が呼んでいる場所だ。

 俺は実際に見たことがないのだが、その名前の通り、林の中に豊穣を祈るための祠があるという話だ。土地の神様か何かを祭っているのだろう。普段は子供らの遊び場になっていたりもする。

 そういえば最初の不審者騒動の際にも、あそこの林で遊んでいた幼い子らが、ゴーレムに抱っこされて慌てて連れ戻されていたり、小さな騒動が起こっていた。

 里人にとっては、それだけ身近な場所なのだろう。

 日本でも、田んぼのど真ん中に鎮守の森があったりするが、雰囲気的には、あれの異世界版といった感じに近い。


 この祠の林のいわれ自体は、さして重要じゃない。

 重要なのは、その林の中に潜んでいる、何かだ。

 何かが、あそこにいるのだ。

 それも相当な数がいる。

 表層付近の気配程度しか分からないが、少なくとも、人間やゴーレムといった感じではない。

 気配は大小様々で、中にはかなり大きめの気配もある。


 ……蟲、だろう。おそらく。


 状況からして、敵の予備戦力ではないだろうか。いわゆる、後詰めというやつだ。蟲使いは蟲の補充さえできればいくらでも戦えるという話だから、ああやって、大量の蟲のストックを保持しているのかもしれない。


「……なぁゴレ」

 隣に佇む相棒に問いかけた。

「あそこの林にさ、蟲が隠れているみたいなんだけど。お前気付いてたか?」

 問いを受けたゴレの瞳が、得意げにきらきらと光った。

 ふんふんと元気な鼻息まで聞こえてきそうだ。

 この感じは、気付いていたっぽいな。

 ……あのなぁ、相棒よ。そういう重要な情報に気付いていたなら、よその家の子(ゴーレム)みたいに、きちんと飼い主である俺に報告して欲しいのだが。

 まぁ、その件については、今は置いておこう。

「お前が気付いていたってことは、つまり林の中のあいつら、表土索敵できちんと捉えられるわけか」

 そもそも表土索敵自体が地表を這う魔力のソナーみたいなものだから、視界と連動している俺の魔導レーダーとは違って、遮蔽物での隠蔽には意味がないはずだ。事実上あの蟲達は、ゴーレム使いにとって眼前に晒されている状態に近い。

 隠れたつもりになって林の中に密集している蟲など、里側からすれば、叩いてくれと言っているようなものだ。このまま戦況が推移すれば、里のゴーレム使い達はいずれカメムシを打ち破り、次いでその後方の弓兵を潰走させ、最終的に、最奥の林の蟲達を殲滅することになるのだろう。

 だけど……。


「――……露骨すぎる、気がするんだよなぁ」


 嫌な、感触がする。

 足元に絡みつく、見えない蜘蛛の糸のような。

 まるで、あの林の暗がりの中へと誘われているような。


「出来ればあいつらと、里の皆とは戦わせたくない……」

 俺は林を見つめながら、小さく呟いた。

 今回の敵と戦っていて、何か厭らしく粘つくような、得体の知れない不快な悪意の感触をずっと感じている。軟殻百足の件だけじゃない。敵のこれまでの動きには、そのほぼすべてにおいて、明確にゴーレム対策をしている匂いがある。

 確かに里のゴーレム使い達は強い。だが、林の敵と里のゴーレム使い達が正面から戦りあえば、里側におびただしい数の犠牲が出るのではないか。

 俺には、そう思えてならない。


 再び、里周辺の戦いに目を落とした。

 正門前のカメムシ達は、ゴーレム軍団の攻勢の前になすすべもない。元々カメムシとゴーレムとでは、個の戦闘力が違いすぎる。このまま俺が介入しなくとも、里側の圧勝で方が付く。

 里の外周を走り回る騎兵達も、まともに攻めてくる様子はない。実際のところこいつらは、ジミーに乗って移動砲台と化した俺が東側の兵力をごっそり削ったせいで、もはやズタズタに近い状態なのだ。

 これら二つの敵勢力については、放置していて問題はない。

 ならば、俺の方針は決まりだ。


「……ゴレ。俺達ふたりで、林の敵を叩くぞ」



------



 正門の上を降りようとしたとき、視線のようなものを感じた。

 俺は後ろを振り返った。

「ジミー……」

 視線の主は、もはや馴染み深い土色のゴーレムだ。防壁の内側、門の下に立つジミーの顔が、じっとこちらを見上げている。

 これから先の激しい戦闘には、多分ジミーは連れていけない。

 ここで一旦、お別れだ。

 思えば短い時間だったが、こいつにはえらく世話になった。


「ジミー、ここまでありがとう! あとは俺達ふたりで何とかしてみるよ。お前はエオルやお父さん達のところに戻って、家族の皆を守ってやってくれ!」


 俺は優しい土色のゴーレムに向かって、大きく手を振った。

 そして、そのままゴレに抱えられ、一気に門から飛び降りた。



 ゴレが地面に、ふわりと舞い降りる。

 相変わらず、着地音はまるでしない。

 揃って地面に立った俺達ふたりは、ゆっくりと前へ歩き出した。

 このまま直進し、最短距離で、祠の林を目指そう。


 歩き始めて、10メートルほど進んだ辺りだろうか。

 俺めがけて、狙いすましたように大量の矢が殺到した。

 どうやらこの瞬間に、俺は敵の矢の有効射程に入ったようだ。

 里への帰還途中にも何度か矢は射かけられているが、今回は、今までで最も矢の数が多い。まさに、雨や霰さながらの光景だ。正面上空から無数に降り注ぐ矢の圧迫感というのは、かなりのものだ。


「来たか……」

 元々、自分が狙われている事には気付いていた。

 弓兵達の殺意の視線が、ずっと俺を追っていたからだ。

 ついさっきジミーに別れの挨拶をした際、俺は門の上で大声を上げて手を振っている。実はあの時点から、敵に標的として目を付けられていたのだ。

 だけど、そんな事はさして重要でもないので、無視していた。


 矢の雨が、間近に迫りつつある。

 だが、魔導による感覚強化のおかげで、その動きはスローモーションのようにしか感じない。

 1本1本の矢の予測軌道も、完全に見えている。

 (のろ)い。今にも蝶々が1匹ひらひらと舞い飛んできて、矢の上にとまってしまいそうなほどだった。


 このタイミングで、ゴレが俺をかばうために前に出ようとした。

「大丈夫だ」

 素早く言って、ゴレを左手で制した。

 流石に俺の身の安全がかかっているためか、珍しくゴレが一瞬抵抗するような素振りを見せた。

 だが、ここで俺が下がるわけにはいかない。

 心配性で過保護な彼女には、今きちんと再確認させておく必要があるからだ。魔導を発動した状態での、俺の実際の反応速度がどの程度かを。


 俺は構わず、右手の〈土の戦斧〉を振りかざした。

 重たい黒色の刃が、禍々しくぎらりと光る。

 そのまま、その黒い戦斧を振り払った。


 解き放たれた魔導の戦斧が、俺の眼前を踊り狂う。

 ミリ単位で精密に軌道制御された戦斧が、降り注ぐ矢を、1本残らず、過剰なまでに切り刻んでいく。細切れにされた矢が、ばらばらと周辺に落下していった。

 矢のほとんどを叩き落としたところで、やや遅れて1本が飛んできた。

 最後に飛んできたこの1本は、斧の柄の部分で、ちょいと受け止めてみた。

 矢は、まるで何か分厚い鋼鉄の壁にでもぶち当たったかのように、先端からぐしゃりと圧潰して弾け飛んだ。

 木くずのようになった最後の矢が、粉々に飛散していく。

 その様を横目で流し見つつ、ゴレの方へと振り向いた。


「……見ての通りだ、ゴレ。矢に対しては、俺もきちんと自衛ができる。安心してくれて構わない」


 どうだ、今のは完璧だったぞ? 安心したか、相棒。

 俺は、そっとゴレの表情をうかがった。

 ゴレも一応は納得したようで、振り上げかけていた手刀を下ろしている。

 だが、何故だろう。彼女が俺に投げかけてくる視線は、何だかとても不安げに見える。

 俺はその目に、何となく見覚えがあるような気がした。

 ……そうだ。この目は、よちよち歩きを始めたばかりの赤ちゃんを見守る、心配そうなお母さんの目そのものだ。

 

「お、お前、これでもまだ不安だってのか……?」

 俺は、思わず頭をかかえそうになった。

 相棒よ、お前は何て心配性な奴なんだ……。

 仕方がない。

 こればかりは、現場で徐々に慣らしていくしかないようだ。


 その後も、矢はひっきりなしに飛んできた。

 敵が使っているのはおそらく長弓(ロングボウ)なのだが、かなり連射速度が速い。

 俺は飛来する矢をスパスパとリズミカルに切り払いつつ、ゴレとふたりで、祠の林に向かって前進していった。

 進む道は、ひたすら真っ直ぐだ。

 先ほど俺は、敵の潜む祠の林への最短コースを進むと述べた。当然ながら林への直線経路上、すなわち南の方角には、馬よりでかい甲虫型の蟲の群れが、まるで黒い壁のように立ちはだかっている。

 向こう側へ抜けるには、あの巨大カメムシの群れを突破する必要がある。

 こちらを包囲できる、圧倒的な数の敵。

 これまで俺達コンビにとって、最大の弱点となっていた問題だ。

 敵の数が多すぎると、ゴレは俺のことが心配で、心配で、まったくそばを離れてくれなくなる。結果、攻勢に出られない状態での時間経過が、敵に行動の余裕を与え、さらに事態を悪化させていく。完全な悪循環だ。


 しかし先刻、森から里へ帰還するまでに起こった一連の戦闘で、俺はこの問題についての、とある打開策に気付いた。

 ……いや、違うな。

 本当はかなり以前から、内心でこの問題の解決法には気付いていた。

 だが、いたずらに敵側の被害を拡大させるこの戦術の使用を、俺は今までためらっていたのだ。


 先ほど里の皆の無事を知らされて以降、瞳の内から湧き上がってくるような、あの、黒くざわつく怒りと焦燥感は、まるで嘘みたいに鳴りを潜めていた。

 今の俺には、自分の目的の為に、邪魔する物をすべて薙ぎ払って滅ぼし尽くしても構わないという思考など存在しない。

 正直、目の前にいるカメムシ達のことだって、まだ内心では、殺さずにすめばいいと思ってしまっている。

 だけど、今回この甘さが元で、俺ではなく里の誰かが、理不尽にその命を奪われてしまうかもしれないというのなら――……


 俺は矢を弾き飛ばしながら、ずんずんと前へ向かって歩いていく。

 それにともない、蟲の群れとの距離も近づいてくる。

 このとき斜め前を歩くゴレが、心配そうな視線をちらりと向けてきた。

 そして彼女は、少し歩みを緩めようとした。


 普段の俺なら、ここでゴレの歩調に合わせて、歩みを緩めてやるところだ。

 ……だが、俺は止まらなかった。

 蟲の群れに向かい、黙って前進し続けた。

 動きを止めそうになっていたゴレが、俺の歩みにつられるように、再び前へと歩き始めた。


 そう、これが俺の作戦だ。

 きわめて単純な事なのだ。

 ゴレが俺のそばを離れてくれないというのなら――


 俺 が 敵 の 中 に 突 っ 込 め ば い い。


 俺へ攻撃した相手を、ゴレは絶対に許さない。俺を傷つける者への怒りに狂った彼女の殺意の拳は、俺にすらほとんど制御できない。

 敵の攻撃の渦中に俺が飛び込んだ瞬間、彼女は周囲の敵を狩り尽くす厄神と化すだろう。

 そうなればもう、誰もこの前進は止められない。


 自らの身体をゴレという核爆弾の起爆装置に変えた俺が、今、敵陣に向かって進み出した。

 


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