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破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第6章 襲撃の冒険者
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第81話 雄叫びと積みわら


 

 里の通りを、ゴーレムの大集団が走っている。

 大小のゴーレム達によって土砂が蹴り上げられ、彼らの走った後には、路地を覆い尽くすような土煙が舞う。重い足音が、まるで地鳴りのように響いていた。

 間近で見るその光景は、かなりの迫力だ。


 現在、軟殻百足(なんかくむかで)が排除されたことにより、里の内部の脅威は消滅した。自由になったゴーレム使い達の多くは、いまだ戦いの続く正門への加勢に向かうことになったのだ。

 当然ながら、俺もその一行に同道している。

 ジャンビラと名乗った赤髪の大男と並んで、集団の先頭を走っていた。

 俺はジミーの背に乗り、ゴレがその前を先導するというお馴染みのスタイルだ。隣のジャンビラはというと、自らの相棒のオレンジ象の肩に掴まるような恰好で移動している。

 オレンジ象はよく見ると、機体の各所に手摺りのようなパーツがついている。これに掴まって、人間がぶら下がれるようだ。といっても、揺れまくる巨大な戦象ゴーレムにぶら下がって移動するなど、尋常の体力では不可能だと思う。

 だが、当のジャンビラ本人は涼しい顔だ。

 これが鍛え抜かれた筋肉の力なのだろうか。


「なぁネマキ、気になってたんだけどよォ。お前が乗ってるそれ、エオルんちの馬蹄(ばてい)ゴーレムだよな?」

 風に赤髪をたなびかせる筋肉が、オレンジ象の肩から話しかけてくる。

 彼の視線は、俺を乗せて走るジミーに向けられていた。

「ああ、そうだが。……あ。もしかして、他人が勝手に乗るのは不味かったか?」

「いや、別に不味いってこたぁねえけどよ。ひとんちのゴーレムに平然と騎乗してる奴なんて、おれ初めて見たわ。よくお前の言う事聞いてんな、そいつ」

「ジミーは聞き分けの良い子だぞ?」

「ジ、ジミィ?? 名前まで勝手につけてんのかぁ!? しかもお前、“ジミィ”なんて、えらく可愛らしい名を……」


「頭領、遅くなりました!」

 このとき、ジャンビラの言葉を遮るように、脇の路地の方から声がした。

 路地から隊列を組んで現れたのは、大勢のゴーレム使いと、20体ほどのゴーレムの集団だ。ゴーレム達の中には、大きな戦象ゴーレムの姿も複数あった。

 この集団は、今まで消火作業にあたったり、集会場の周辺を固めたりしていた別働隊の人達だと思われる。

 改めて確認すると、集団内の戦象ゴーレムの数は3体。

 なんと里の戦象ゴーレムは、合計で4体も存在していた模様である。

 新手の戦象ゴーレム達は、皆すべて機体が灰色をしている。肩から生えている象牙のような角の長さも、若干短いようだ。こうして並ぶと、ジャンビラのオレンジ象だけが、色も鎧のデザインもやたらと派手に見える。


「頭領、これより先は我らも合流します!」

「作業は別の者達に任せました。後の鎮火は、農作業用ゴーレムでも何とかやれそうですので」

「頭領、ネマキ殿! 共に卑劣な蟲使いどもを退けましょうぞ!」

 灰色の戦象ゴーレムの肩に掴まった男達が、口々に叫んだ。赤髪で体格の良い彼らは、おそらくジャンビラと同じ民族の人間だろうと思う。

 この赤毛の民族は、揃って背が高い。ジャンビラのやつは優に2メートルを超えているし、他の人達の平均身長も、おそらく190センチ台を超えている。

 ちなみに先ほどから彼らに「頭領」と呼ばれているのは、俺の隣にいる、2メートル超えの筋肉である。

 俺は、隣のボスっぽいその筋肉に声をかけた。

「……ジャンビラお前、もしかして、何か偉いやつだったのか?」

「いやいや。別にそう偉くはねえよ。最近おやじの跡を継がされて、一族のまとめ役をやってるってだけだ」


 俺の発言に苦笑していたジャンビラだが、ここで一度咳払いをした。

 そして、周囲に響く大声で叫んだ。

「よォし、これで面子が揃ったな。野郎ども、ここからは反撃だぞ!」

「おおおっ」

 ジャンビラの叫びに、里のゴーレム使い達が呼応する。

 二つの集団が合流したことにより、この場のゴーレム使い達はさらなる大勢力となっていた。


 この集団を頼もしく思う一方で、俺はある事実に戦慄していた。

 軟殻百足は、重ゴーレム4体を含むこの里の主戦力を、たった1頭で釘づけにしてしまっていたのか……。

 たとえゴーレムとの相性の問題があるにしても、とんでもない化け物だ。

 もし、森の5頭とあわせた計6頭のムカデすべてが、里の内部に同時に解き放たれていたとしたら。今ごろ、里は一体どうなっていたのだろう。

 当初の俺は、森でムカデを止められなかった場合、最悪2桁程度の死傷者が出ていたかもしれないと予想していた。だが、実際はそんな被害ではすまなかったのではないだろうか。

 ジャンビラ達はおろか、ゴレですら市街地の戦闘で初見のムカデを抑え切れたとは思えない。ムカデ達が内部に雪崩れ込んだ直後に里の防衛線は決壊し、この戦いの趨勢と、里人達の命運は完全に決していたんじゃないのか。


 俺がもしあのとき、敵と話し合いをしようと、森に単身足を運んでいなかったとしたら。たとえばもし俺が、数多有る冒険譚の主人公のように、里で野盗を華々しく迎え撃とうと考えるような男だったとしたら。

 この里はもう、既に――……


 恐ろしい想像に黙り込んでいると、横からジャンビラが声をかけてきた。

「つうわけでよ、ネマキ。おれたちはこのまま正門から打って出て、蟲どもを始末するつもりなんだが。お前はどうするよ?」

 ジャンビラの顔が近い。この筋肉は、いつの間にかオレンジ象のでかい腕を伝って、俺の真横に移動してきている。ロッククライマーみたいな奴だ。

「俺も手伝う、当然だ」

 そう言いかけたところで、ふと思い出して言葉を続けた。

「……ただ、一度屋敷に戻って装備を整えたい。それからすぐに合流するよ」

「よっしゃ! 了解だ」

 にかっと笑った赤髪の大男は、俺の肩に逞しい腕を回した。

「頼りにしてるぜえ、兄弟!」

「まぁ、やれるだけの事はやってみるけどな」

 俺も笑顔で返した。

 というかだ、筋肉よ。お前、ちょっと顔が近いのだが。



 正門付近の広場の手前で、俺とジャンビラ達は別れた。

 ゴーレム使いの大集団は、土煙を巻き上げながら門の方に向かっていった。

 あれだけの戦力が合流するのだ。これで里正面の戦いの形勢は、一気にこちらへ傾くに違いない。

 あそこを守っていたアセトゥ達も、きっと楽になるはずだ。


「……さてと、俺も急がないと」

 ゴレとジミーと共にその場に残された俺は、周囲を見回した。

 ジャンビラ達ゴーレム使い集団と同行しなかった理由。装備を整えるためというのは、別に嘘ではない。

 どこか物陰で、〈土の戦斧〉を生成しようと考えていたのだ。

 里の外には、迫りくる蟲だけでなく、矢を放つ大勢の敵がいた。もしもあそこで戦うならば、俺自身もある程度の自衛が出来ないと不味い。

 万全を期すなら、一旦本当にテテばあさんの屋敷まで戻って、魔術師のローブを取ってきたいところなのだが……。今は、里奥にある屋敷まで移動する時間が惜しい。


 きょろきょろと物陰を物色する。

 皆と別れた広場の手前のこの場所は、位置的には、テテばあさんの屋敷へ続く緩やかな坂道の真下付近に位置する。

 屋敷へ戻るという口実で居残った以上、最も自然な場所といえるのだが、ここらは正門からたいして距離がない。したがって、うっかり道端で〈土の戦斧〉を生成しようものなら、集結しつつある里のゴーレム使い達の目についてしまう可能性がある。

 魔導王としての身バレの危険が比較的少ない〈土の戦斧〉ではあるのだが、やはり、詠唱から魔導発動までの特異なプロセスを他人に見られてしまえば、即アウトであることに変わりはない。


「とはいえ、実際にこうして探してみると、きちんと身を隠せそうな場所は案外少ないな……」

 そもそも、普段なら里人達がたむろしているこの辺りというのは、里の中でもわりと開けた場所だ。

 仕方がない。どこかの家の敷地に入って、石垣の裏にでも隠れて生成をするしかないか。

 そう思い移動しようとしたとき、ふと、ある物が視界に入った。

 広場の隅に、干し草がうず高く積まれている一角がある。

 それらは、幾つかのこんもりとした大きな山を形作っていた。

 そういえば、里は麦の収穫が終わったばかりだ。これは刈り入れた麦藁の一部でも積んであるのかもしれない。


 印象派のモネの絵画に、収穫時期のこんな農村の情景を描いた物があったと記憶している。タイトルは……そうだ。たしか、『積みわら』とかいったか。わりと見たまんまだな。

 それにしても、大きな藁の山だ。

 童心にかえって、中に潜って遊ぶと楽しそうである。


 ……それだ。


 俺はジミーの背中を飛び降りた。

「うおおおおおおおおお!!!」

 雄叫びをあげながら全力で助走をつけ、干し草の山めがけて猛然とダッシュする。

 ジミーがぽかんとした様子で、俺を見送っている。

 一方ゴレはうれしそうに、俺の隣を走っている。

 この相棒は当然ながら、俺の奇行をまったく止めない。いつも隣から、優しく輝くその瞳で、奇行に走る俺の姿を、只々愛しげに見守っているだけだ。

 うちのコンビにおいて、基本的に俺へのツッコミは存在しない。

 俺はゴレと共に、干し草の山の中にダイブした。

 接触の直前に、ゴレが藁山に軽くパンチを放って穴を空けてくれた。おかげで、予想外にあっさりと潜り込めた。こんなことなら、必死の助走など要らなかった。

 全身を、ふわっと干し草の強い匂いが包み込む。

 俺は、小さな声で詠唱を行なった。


「……――〈土の戦斧〉」


 手元で、魔力を纏った土の粒子が集束していく感覚がある。

 それらが斧の姿を形成し終えたとき、がっしりと柄の部分をつかんだ。

 あとは、いつもの魔導発動のプロセスだ。

 心の中で、斧に向かってお願いする。

 

 ――斧さん、この里の人達を守りたい。力を貸してくれないだろうか。


 頭の中に周囲の莫大な情報が流れ込み、急速に意識が研ぎ澄まされていく。

 眼球が、耳の奥の方が、肌の表層の感覚が。猛烈な勢いで覚醒していく。

 俺は藁山の中から、ゆっくりと立ち上がった。


 その右手には、禍々しい漆黒の戦斧が握られている。

 人殺し用にしか見えない斧を軽く振り、感触を確かめた。

 いつも通りだ。しっくりくる、問題ない。

 俺は戦場となっているはずの南の方角を見据えた。

 そして、静かに呟いた。


「……よし、行くか」



------



 ジミーを駆って、正門へと向かう。

 元々たいした距離ではない。すぐに大きな門と、幾人ものゴーレム使い達の姿が視界に入ってきた。


 俺はまず、視界内の状況を確認した。

 魔導により空間認識能力がはね上がっているおかげで、一瞬でこの場にいる存在の数や配置が把握できる。

 防壁沿いに、28人のゴーレム使い。

 門の脇には、修復中のゴーレムが5体。

 壁内に蟲や敵兵の存在はなし。

「……少ないな」

 ゴーレム使いの数が、少ない。

 当初正門を守っていた人員は十数人。そこに増援を加えると、本来なら、この場にいるゴーレム使いは総勢50人以上にまで膨れ上がっているはずだ。

 それに、アセトゥとジャンビラの姿がどこにもない。

 防壁の外からは、まだ激しい戦闘音が聞こえている。

 ……なるほど。となると、一部の腕の立つゴーレム使い達は、ゴーレムごと門の外に直接打って出たという事だろうか。


「せめて俺が到着するまで、待っていて欲しかったんだけど……」

 溜息まじりに呟きつつ、防壁を見つめた。

 彼らと俺との到着時間には、言うほどの差はないはずだ。案外あの赤髪マッチョは、現場に到達したままの勢いで、一気に壁外に飛び出していったのかもしれない。何ともあの筋肉らしい行動ではある。

 ともあれ、奴の相棒のオレンジ象の戦いぶりについては、俺もこの目で見ている。軟殻百足を吹き飛ばしたあの動き一つ取っても、並大抵の強さではない。

 何より、壁外へはアセトゥも一緒に出ているはずなのだ。筋肉の方はともかく、思慮深いあの少年までが勝算なく飛び出したとは考えにくい。

 彼等なら、万が一にもカメムシに後れを取ることはないと思うが……。


 そのような事を考えているうちに、巨大な正門のすぐ手前までやって来た。

 固く閉じられた重厚な扉の前で、ジミーがぴたりと足を止める。そして、小さく腰をかがめた。

「ありがとう、ジミー」

 俺は彼の背から、ひらりと地面に飛び降りた。


 里の立派な正門を見上げる。

 この門は、やはり非常にでかい。建築の形としては、いわゆる櫓門(やぐらもん)とか、二階門とよばれるタイプに近いものだ。

 里に来た当初は、こいつはただの無駄にでかい公共建築の類かと思っていた。だが、おそらく本来この門は、戦象ゴーレム達でも余裕で通れるサイズとして、この大きさで作られているのだろう。きちんとすべて計算されていたのだ。

 そんな、重ゴーレム達が隊列を組んで通過して余りある門の上に、さらに矢倉状の構造物が乗っているわけだから、一体どれだけ馬鹿でかいかが分かろうというものだ。


 空から覆い被さってくるような巨大な門から、俺は再び視線を下に戻した。

 実は、魔導による感覚強化を発動させたら、この場所において、最優先でやらねばならないと思っていた事が一つある。

 俺はゴレの方へと顔を向けた。

 先ほどから彼女は、せっせと俺の服に付いた藁くずを取っている。

 後先考えず藁山に頭から飛び込んだせいで、俺は全身に藁が付着してしまっていたのだ。


「なぁゴレ、一つ頼みがあるんだが」

 ちまちまと藁くずを取っていたゴレが、きょとんとした視線を向けてきた。

 小首をかしげる彼女の赤い瞳は、柔らかに輝いている。次の言葉を聞き漏らすまいと、じっと待っているのだ。

 俺は彼女に向かって、両手を広げた。

 その身すべてを委ねるように。



「……抱いてくれないか」



 直後、ゴレの時間が、停止した。

 彼女はまるでフリーズしたパソコンのように硬直し、まったく動かぬギリシャ彫刻と化してしまったのだ。

 藁くずを指でつまんで小首をかしげた姿勢で、完全に静止している。

「……? ゴレ?」

 名前を呼んでみたが、反応がない。微動だにせぬその姿は、このまま美しき女神像として、ルーヴル美術館とかに寄贈してしまえそうである。


「お、おーい。どうした? 大丈夫か……?」

 俺は呼びかけながら、指でゴレのほっぺたをつついた。

 指先が、ふにゅふにゅとなめらかな白い肌に沈み込む。

 この瞬間、ゴレの長いエルフ耳が猛烈にびこびこと動き出した。

 どうやら再起動したようだ。彼女は先ほどまでの停止状態が嘘みたいに、今度は急にわしゃわしゃと両手を動かしながら、俺に抱きつこうとし始めた。

 ゴレが俺の首筋に腕をまわし、柔らかな肢体を絡めてくる。夢見心地にとろんと潤んだ深紅の瞳が、どんどん迫ってきた。

「ちょっ、やめ、まて……おい、そうじゃねえ! 真正面から抱き合ってどうすんだよ!? あれだよ、いつものあれだ! お姫様だっこだ!」

 抱きしめてくるゴレを引き剥がしながら、門の天辺を指さした。


「俺を抱えて、門の上まで運んでくれないか。すぐに周囲の状況を調べたいんだ」

 


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