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破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第6章 襲撃の冒険者
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第79話 正門と攻防


 

 黒い槍を横腹に受けた戦車(チャリオット)が、派手に圧壊する。

 鋼鉄の巨体はひしゃげた装甲板や車輪をまき散らしながら、横転してサトウキビ畑の中へと沈んでいった。


「今ので3台目か? こいつら、蠅みたいに付きまとってくるな……」


 戦車の最期を横目で流し見つつ、俺は思わず悪態をついた。

 里へ向かって移動を再開してから、既に2台の戦車と交戦している。こうしてジミーに速度を落とさせてから〈土の大槍〉で水平射撃をすれば、戦闘自体は一瞬でケリが着く。敵はまともに攻撃する間すら与えられずに、黒槍の質量によって戦車ごと圧殺されていく。

 ただ、こいつらが出てくると、周囲の畑が無頓着に踏み荒らされるのだ。普段里の人達が畑仕事をしている姿を見知っているだけに、一部とはいえ作物が荒らされる光景は、正直見ていて気持ちの良いものではない。


 蹂躙された畑の様子を思い出し軽く舌打ちをしていると、ふいに周囲の景観が変化した。

 周りの作物の背が低くなり、一気に視界が開けたのだ。

 どうやらサトウキビの耕作地を抜けたようだ。

 いや、そもそもだ。先ほどまでのあのやたら背の高い異世界の農作物が、果たして本当にサトウキビだったのかは、俺にもよく分からないのだが……。

 ここから先の耕作地には、様々な野菜などが植えられている。が、どれもそこまでの高さがある作物ではない。

 見通しの良くなった前方には、既に里の景色が間近に迫っている。

 里を囲む特徴的な、石造りの防壁じみた柵が見える。

 ざっと見渡した限りでは、特にこの一帯の防壁が破壊されているような形跡はない。里の外観にも、これといった異常は見られないように思う。煙が上がっているのは、もっと里の奥の方のようだ。


 今こうして俺達から里の外周の様子が見えているという事は、おそらく里の方からも俺達の姿が見えているという事を意味する。

 ここより先、うかつに〈土の大槍〉を使うことはできない。

 慎重に戦う必要がある。


「……といっても、ここら一帯にもう戦車の姿はないみたいだが」

 改めて周囲の様子を確認しようとしたとき、ゴレが急に左側面に動いた。

 数秒の間を置いて、視界の隅を左から右へ、何かがひゅんと横切った。

 矢だ。


 矢の飛んできた左前方を見ると、はるか遠くに小さく人間の集団が見える。

 直後、頭上から放物線を描いて次々に矢が飛来した。

 しかし即座にゴレが反応し、鮮やかな手刀で叩き落とした。

「あんな距離から矢を射かけてくるのか……」

 集団がいるあそこは、里の南の方角だ。麦の刈り入れが終わったばかりで、現在何も植えられていない広大な土地である。

 彼らは遠目に見る限りでは、森や道中で遭遇した奴らと同類の連中のように思える。ただ、最大の違いはその人数だ。これまでとは比較にならないほどに数が多い。軽く百人や二百人は下るまい。

 その景観は、まるで小規模な合戦の様相を呈していた。

 あれが敵の本隊なのだろうか。


 連中は、里からやや距離のある場所に陣取っている。俺達の予定進路とはぶつからない。

 それに、一応現在進行形で矢を放ってきてはいるのだが、降り注ぐ矢は見当違いの場所に落ちていく物が多い。ゴレが側面で防御に回ってくれているが、これだけ大量に射かけられて、彼女が弾いた矢は、せいぜい1・2本といったところだ。今のところ、脅威度は低いと見ていい。

 矢の命中率に関しては、別にあいつらの腕が悪いという訳ではなかろう。

 むしろ、こんな離れた場所を騎馬以上のスピードで弾丸みたいに駆け抜けるゴーレムに対して、よく射てきている。そこらの弓道部員なんかよりも、はるかに腕は良いのではなかろうか。


 矢を放つ大集団を横目に見ながら、俺は、森で蟲使いの鼠男が錯乱気味にわめいていた言葉を思い出していた。

 俺に雑魚を何百人けしかけても、死体の山が増えるだけ――

 たしか奴はゴレにやられる直前、そんな事を言っていたように思う。

 今目の前に展開する状況は、まさにそれに近い。

 錯乱したアホの戯言(たわごと)だと聞き流していたが、つまりあの発言は、この具体的な状況の発生を予見したものだったのか。


 確かにこのまま進路を変更して、鼠男の予言通りに、軍勢相手に戦いを挑むという手も一応無いわけではないのだが……。

 流石に負傷したエオルのお父さんを抱えた今の状態では、その選択は避けるべきだろう。

「……ゴレ、あの軍勢の事は後回しだ」

 早くも殺気を放出しはじめているゴレに対し、クールダウンさせるべく声をかけた。頼むからキレて先走らないでくれよ、相棒。

 ゴレがちらっと俺の方を見た。上目づかいのその視線は、散歩をおあずけされた犬みたいに、ちょっと不満げだ。

「予定通り直進して里に入ろう。もうすぐ正門も見えてくるから――」

 そう言いかけたところで、まさにちょうど、前方に里の正門が見えてきた。

 と同時に、俺の目に異様な光景が映り込んだ。


 正門の一帯に、黒い何かが大量に群がっている。


「……? あれは何だ」

 思わず何度も瞬きした。

 いつも見慣れた里の門前の風景が、完全に様変わりしている。門の付近にびっしりと黒くて大きな碁石が集まっているような感じだ。それらに覆い尽くされ、門や防壁の様子がよく分からない。

 一体何なのだ、あの黒い物体は。

 目を凝らしてよく見た。

 群れながら蠢いている黒い碁石の一つ一つの輪郭が、何となく、昆虫じみた形をしているような気がした。

 まさか。


「まさか、あれ全部……()、なのか……?」


 間違いない。巨大な昆虫の化け物、蟲だ。

 何の種類の昆虫かはよく分からない。例のムカデではないようだが、1頭あたりのサイズはおそらく牛馬よりでかい。

 そんな蟲がおびただしい頭数、里の正面に群がっている。

 

 ……おい、待ってくれ。

 蟲の群がる正門のあの辺りには、たしかアセトゥ達が番兵として立っていたはずだぞ。

 少年はどうなった?


 一気に血の気が引きかけたが、このとき1頭のでかい蟲が、突如派手に吹き飛ばされて空中に放物線を描いた。

 その巨体は、そのまま俺達のはるか前方に、どうと音を立てて落下した。

 群れから離れたことで、個体の形がはっきりと確認できる。遠目に碁石のように見えたこの蟲の正体は、体長が3メートルくらいはありそうな甲虫型の蟲だった。その姿は、なんとなくカメムシに似ている。

 吹き飛ばされてきた巨大カメムシは、既に絶命しているようだ。

 頭や胸のあたりが、鈍器で殴られたかのように無残に潰されていた。


 蟲の死体が飛んで来た方角に目をやった。

 里の門の真ん前に、頭に長い角を持った大柄な緑色のゴーレムが、堂々と拳を構えて立っている。


 一本角だ! 彼がこれをやったのか。


 緑色の一角ゴーレムは、蟲相手に大暴れしている。

 普段は温厚で少し不器用な俺の友人、一本角。目の前で荒れ狂うあの狂戦士が、俺の知る彼と同一人物などとはとても信じられない。

「何だありゃ……とんでもないな……」

 一本角は、恐ろしくラフなファイティングスタイルだ。群がる黒い巨蟲を、両手に装備したごつい手甲で無茶苦茶に殴りまくっている。

 蟲の返り血を全身に浴びながら拳を振り回すその姿は、まるで緑色の野獣だ。

 荒っぽさだけでいえば、ゴレより上かもしれない。

 次々と繰り出される重い石の拳撃が、カメムシの頭部や胸にめり込む。

 外殻が砕け、紫色の体液が飛び散り、また1頭の巨蟲が大地に倒れた。


 よく見れば、戦っているのは一本角のやつだけではない。

 蟲の大群に埋もれていてよく分からなかったが、他にも何体ものゴーレムが門の付近で交戦している様子だ。

 だが、何分蟲が多すぎる。

 ゴーレムは蟲に数で押されて、戦線は後退しているように見える。

 黒い蟲達は同族が叩き殺されても、まるで怯む様子も、憤る様子すらも無く、淡々と里めがけて前進しつづけている。

 彼らの行動からは、意思や感情のような物が何も感じられない。無機質なその動きは、土で出来たゴーレムなどよりも、ずっと機械人形じみている。

 この光景に、俺は『魔術入門Ⅰ』の、蟲使いに関する記述を思い出していた。


 蟲使いが“魔獣使い”の一種であるという事は、既に述べた通りだ。

 魔獣使いというのは本来、使役しやすい一部の種類の魔獣を飼い慣らす。使役の際に風魔術を使用するが、これらはあくまで指示出しや意思の伝達等に用いるための物だ。実際の主従関係自体は、調教等により確立する。

 彼らは要するに、元の世界の調教師の延長線上に位置する存在といえる。

 

 だが、蟲使いの場合はそうではない。

 蟲と呼ばれる生物は、押しなべて知能が低い。また、その多くが捕食性で気性が荒いため、本来まったく飼い慣らせないそうなのだ。

 それでは、蟲使いはどうやって蟲を使役するのか。

 実は、彼らはこういった蟲達を、魔術により一種の洗脳状態に置いて操っているらしい。

 この使役方法の場合、蟲の補充さえ出来れば、情もなく幾らでも使い捨ての戦術が使える。この点が、一般の魔獣使いともゴーレム使いとも大きく異なる点なのだそうだ。蟲使いが魔獣使いの中でも異端の外道扱いを受け、実際に相手にした際には能書き以上に厄介で危険な存在であると言われるのは、主にこの特殊な使役形態に起因している。


 目の前の状況から察するに、敵は洗脳した大量のカメムシを里にけしかけ、一方で里から出ようとする人間がいれば矢を射かけ戦車で追い回すといった方法で、里を封鎖しているのかもしれない。

 そんな中、エオルのお父さんは無茶をして俺に里の危急を伝えようとした結果、追っ手に群がられ、このような重傷を負ってしまったということか……。

 なんとなくではあるが、事態がおぼろげに見えてきた。

 俺がこうして周囲の様子を目視で確認している間にも、ゴレとジミーは一定の速度で走行を続けている。

 正門との距離も近づいてきている。

 このとき、付近の防壁から聞き慣れた声がした。


「ネマキ兄ちゃん、こっちだよ!」

 見れば防壁の上から誰かが手を振っている。

 そこには、小麦色の肌をした華奢な少年の姿があった。

 アセトゥだ。

「良かった、お前無事だったか」

「うん! 隙を見て開門するから、開いたらすぐに中へ滑り込んで!」


「開門は不要だ! ゴレ、頼む」


 俺の声を受けたゴレが、騎乗する俺達ごとジミーを持ち上げた。

 そして、一気に跳躍した。

 視界ががくんと大きく揺れ、一瞬青空が見えた。

 数メートルある防壁を軽々と飛び越え、ゴレがふわりと内部に着地する。

 自分よりでかいゴーレムと大の男2人分の重量をまとめて抱えていたにもかかわらず、着地音は全然しなかった。

 一体どうなっているのだ、こいつの体捌きは。


「ネマキ兄ちゃん、相変わらずやることが派手だね……」

 アセトゥが、呆れたような笑顔でこちらを見ている。うれしげに緩んだその目元は、何故か、まるで今しがたまで泣いていたみたいに、真っ赤に腫れていた。

 そんな少年の様子が気になり声をかけようとしたとき、周囲から大きな歓声が上がった。


「おお、ネマキさんが帰って来たぞ!」

「セスのやつ、本当にネマキさんを連れて戻ってきやがった! やりやがったぜこの野郎!」

「おい、何だセスお前、怪我してんのか!?」

 叫びながら数人の里人が、一斉にこちらへ駆け寄ってくる。

 俺は身体に巻き付けていた蔦の命綱をナイフで切り離し、彼らにエオルのお父さんを引き渡した。

「彼は緑色の妙な矢で射られています。傷の方は一応処置しましたが、多分血も足りていない。どなたか命属性の魔術を……〈造血〉を使える人はいませんか?」

 俺のこの言葉に、近くにいた里人達がざわついた。

「緑色の妙な矢……。セスほどの使い手がやられちまったとなると、もしやこいつは、話に聞く“燕矢(つばくらや)”じゃないのか?」

「燕矢か。確かに、それなら納得もいくが」

「だが、あれはたしか使い捨てな上に、とんでもなく値の張る魔武器だぞ。俺らでも実物は拝んだことがないってのに、どうして賊がそんな物を……」


 黙り込む里人達の中で、四十代くらいの髭面の男性が口を開いた。

「ともあれ、ネマキさん。そういう事なら、セスの治療については、何とかなると思いますぜ」

 その言葉に、俺は思わず身を乗り出した。

「本当ですか」

「ええ。流石にこの里にも命属性使いはおらんですが、“造血鍼(ぞうけつしん)”なら診療所の先生が持っとりますから」

「造血鍼?」

「ご存知ないですか? 命属性の魔道具ですよ」

「あっ……」

 言われて、声が出た。

「そうか。魔道具か……」

 考えてみれば、〈造血〉は最も初歩の入門魔術だ。同クラスの水滴杖すいてきじょう発火杖はっかじょうのように、適性をもっていない者用の再現魔道具が存在してもおかしくない。

 つまりこの世界では、魔道具で輸血が可能だったのだ。


「おい、お前達。聞いたとおりだ。セスを先生のところまで運んでくれ」

「おう!」

 髭面の中年男性の指示を受けた2人の若者が、エオルのお父さんを搬送していく。

 その背中を見送りながら、俺は大きく息を吐いた。

 彼に関しては、あとは医者が何とかしてくれる事を祈るしかない。俺の役割は終わってしまった。一応は無事なアセトゥ達の顔が見られたこともあり、思わず気を緩めてしまいそうだ。

「……いや」

 すぐに首を横へ振った。

 そうはいかない。事態はまだ、何も終わっていない。



------



 改めて、正門の内部の様子を見回した。

 防壁沿いに十数人ほどの里人がいる。老人や子供の姿はない。この場にいるのは、どうやら里の一部のゴーレム使いの人達だけらしい。

 門の脇で数人が、傷ついたゴーレムの修復作業を行なっている。

 頭を破損したままの機体が、2体放置されている。これはおそらく、先ほどエオルのお父さんを搬送していった2人のゴーレムだと思う。

 他のゴーレム使い達は防壁に張り付いて、隙間から外の様子をうかがっているようだ。彼らの視線は、防壁のすぐ外で戦う自らの相棒のゴーレムの姿に固定されている。


 全員がじっと集中している様子は、ただ相棒を応援しているというには、あまりに静かで異様だ。

 そこで思い至った。

 これはもしかして、俺以外のゴーレム使いには標準装備の、例の謎テレパシー能力を使用して、相棒への指示出しを行なっているのではないだろうか。

 たしかに柵のような珍しい構造をしたこの防壁なら、敵の矢や攻撃から安全を確保しつつ、向こう側の様子を視認できる。この内側から指示を出せば、ゴーレム使いにとっては非常に戦いやすいはずだ。

 なるほど。この独特の防壁は、こういった用い方をするための物だったのか。


 見ればアセトゥも、俺達の無事を確認して、すぐに防壁沿いに戻ったようだ。

 普段のあの子なら、俺の周りを子鹿みたいにぴょんぴょん飛び跳ねて、しばらく側を離れないところなのに。つまり、それだけ状況に余裕がないのだ。

 防壁の向こうで、例の巨大カメムシが派手に吹き飛んでいるのが見える。おそらくあそこで一本角が暴れているのだろう。

 押され気味とはいえ、里のゴーレム達は善戦しているようだ。

 見たところ、この正門付近の区画はまだ敵に突破されてはいない。

 カメムシが体当たりしているのか、ときどき防壁が激しい音とともに揺れている。だが、それでもギリギリ門や防壁は持ちこたえている。破壊されたり乗り越えられたりして、敵の内部への侵入を許しているといった様子はない。

 しかし、そうなると新たな疑問がわく。

 居住区の方から立ちのぼっていた、あの黒煙は何なのだ……?


 とにかく情報が欲しい。

「一体何が起こっているのですか? 状況を詳しく教えていただけませんか」

 俺は先ほどのリーダーっぽい髭面の中年男性に、再び問いかけた。彼はゴーレムの修復をしている最中で、周囲の人達の中でも会話の余裕がありそうだったからだ。

 ……なのだが、俺がこの問いを発した途端。

 付近にいた里人達全員が堰を切ったように、俺めがけて必死の形相で説明を始めた。

「ネマキさんが森に入られた後、賊が大挙して押し寄せてきたんです! しかも、連中の中に蟲使いがいるみたいでして。大量の蟲と矢に攻めたてられて、私たちもこのざまです!」

「奴ら一体どうやったのか知らんですが、藩兵を殺して装備や戦車を丸ごと奪っとります! そうして巡回の部隊に化けて、何食わぬ顔でこの里まで近づいてきたんですよ!」

「あの外道ども、里の中に蟲を放ったんだ!」

「ネマキ様、わたくし見ましたわ! 見たこともない大きなムカデが土の中から出てきて、里を荒らしまわっていますのよ!」

「ネマキさん、ネマキさん!」

「ネマキさん! 頼む、助けてくれえ!」


「――――ッ!?」

 ま、まってくれ。そんなに一度に同時に話されても分からないぞ!

 あなた達、俺を聖徳太子か何かと勘違いしていないか。

「え、えっと。つまり、まとめると……。現在、里は外と中から蟲による同時攻撃を受けている、という事で合っていますか?」

「「「そうです」」」

「……分かりました。ありがとうございます」

 攻防が起こっているのは、この正門前だけではないのか。たしかに、この場にいるゴーレム使いは十数人程度。これは里全体から見るとあまりに少ない。仮に番兵だけが全員集合したとしても、もう少し人数はいるはずだ。

 とはいえ現在、正門はこの戦力で何とか持ちこたえている。

 とすれば火急の問題は、むしろ里の内部に放たれたという未確認の蟲の方だ。

 火災も起こっているようだし、一刻の猶予もない。今もムカデが暴れているとか何とか、そんな声も一部で聞こえた気がする。


 ……ん? ムカデ?


「なにィ!? 軟殻百足(なんかくむかで)だと! あのクソ害虫、殺し尽くしたと思っていたが、まだ残っていやがったのか!!!」

「「「ひぃィっ!!?」」」

 思わず声を荒げてしまった俺の顔を見て、里のゴーレム使いの皆さんが一斉に悲鳴を上げた。

 が、構っている暇はない。

 俺は急いでジミーに飛び乗った。


「ジミー、すまないがもう少しだけ力を貸してくれないか。

 ――ゴレ、急いでムカデの居場所まで案内してくれ!」



------



 ジミーの背に乗り、ゴレとともに里の中を駆け抜ける。

 目指すのは、居住区で煙が出ている方角だ。


 ゴレはまったく迷いなく先導している。

 ジミーも、きちんと言う事を聞いて走ってくれている。

 先ほどナイフで切って外してしまったから、もう蔦で作った命綱は巻いていない。だけど、俺もゴーレムへの騎乗には慣れてきている。問題ない、このまま何とか走れる。


 ふと、俺を乗せて走るジミーの背中を見た。

 そういえばエオルのお父さんが医者の元へ搬送された後も、ジミーはじっと俺の側に立っていたんだよな。

 もしかしてこいつ、最後まで付き合ってくれるつもりだったのだろうか。

「……悪いな、ジミー」

 無言でひた走る土色のゴーレムは、もちろん何も答えない。


 家々と石垣の間の路地を走りはじめてから比較的すぐに、倒壊した家屋がちらほらと見え始めた。

 また、進路沿いに何かを引きずったような大きな溝が見える。あれはおそらく、ムカデの這い跡ではなかろうか。

 ゴーレムの里の家屋敷は皆造りが頑丈だが、あの化け物じみたムカデの前にあっては、流石になす術もなかったようだ。


 里の内部へ進むにつれて、家屋の被害が大きくなっている。

 倒壊した家の一部では、火災も起こっているようだ。付近から濛々と煙が立ちのぼっている。里の外から見えた黒煙の正体は、まさにこれだろう。

 俺が森へ出向いた時点では、里の非戦闘員は全員集会場へと避難していた。したがって、ここら一帯の家屋の倒壊や火災に巻き込まれた人はいないはず。

 いない、はずだ。

 だから、大丈夫。ガキどもも、おばあさん達も、皆無事だ。

 きっと大丈夫……。


 涼しいはずの向かい風を浴びながら、俺は何故か、背中にぐっしょりと汗をかいていた。

 分かっている。

 あのまま彼らが集会場にとどまっていた確証はないし、そもそも、集会場自体が無事な保証もまるでない。

 何度可能性を否定しても、最悪のイメージがしつこく頭に浮かんでくる。

 破壊された家々の残骸を見つめる自分の瞳の内で、何か、得体の知れないどす黒い物が、まるで灰の中から取り出した埋火(うずみび)ように、ちろちろと明滅しているのを感じた。

 この感覚は、今までにも何度か経験があった。


 それは、かつて古代地竜を屠った瞬間。

 そして先ほど、初めて人間に向けて土魔導を放った瞬間。


 折にふれて意識の表層に滲み出てくる、この黒い感覚。

 普段は俺が理性で抑え込んでいる、何か(・・)

 この何かは、果たして本当に、俺が身を任せて良いモノなのか……?


 頭の中の靄を払うように、首を横に振った。

 ちょうどその時、前方の路地に複数の人影が見えた。

 民族衣装風の衣を身にまとった人達。あれは里人だ。畑や道端で見かけたことのあるような顔も混じっている。

 正門前で蟲を食い止めていた者達同様、彼らも比較的年齢層の若い人々のようだ。ムカデの進行経路上と思われるこんな火事場に、逃げる様子もなくとどまっている里の若い人間。となれば、おそらく彼らも里のゴーレム使いではなかろうか。


「? だが、それにしては、ゴーレムの姿がどこにも……」

 付近には、ゴーレムが1体も見えない。

 何となく、ちぐはぐなこの場の状況に違和感を覚えた。

「ふたりとも止まってくれ。どうも様子が変だ」

 声を受けたゴレとジミーが、ブレーキをかけるように足をそろえて急停止する。俺は(あぶみ)を踏みしめ、なんとか振り落されないように持ちこたえた。

 静止したジミーの上から、再び前方を注視する。

 やはり里人達の様子がおかしい。

 彼らは俺の存在に気付いていないようだ。というよりも、こちらに気を配る余裕がないように見える。一様に緊張した面持ちで身構えたまま、一軒の屋敷の方を睨みつけているのだ。

 つられるように、俺もその屋敷に目をやった。

 大きな平屋造りの建物だ。無駄にでかくはある。日本のサラリーマンでは一生働いても買えないかもしれないのだが、ここゴーレムの里ではそう珍しくもない。わりと一般的な建築といえる。


 が、このとき突如として、盛大な破砕音が響いた。

 音の発生源は、まさに問題の屋敷だ。

「何が起こった……?」

 そう呟いた直後、屋敷がいきなり倒壊を始めた。土煙が舞い、メリメリと柱の軋むような音を立て、立派な建築が圧潰していく。

 その光景を茫然と見ていると、崩れゆく屋敷の中から、複数の何かが壁を突き破って外に転がり出てきた。

 あれは、ゴーレムだ。


 屋敷を脱してきたのは、全て武装した軽ゴーレムだった。

 図鑑で見知っている種類のゴーレムが多い。

 シャープでスリムな体型をした、お馴染みの短槍(たんそう)ゴーレムが数体。

 それに、両手の前腕部に斧のような武器を装着したゴツい機体……あれはたしか、(まさかり)ゴーレムとかいう名だ。

 他には、柱のように長い頭をしたゴーレムなどもいる。あいつも図鑑で見たような記憶があるが、残念ながら名前までは思い出せない。

 だが、そんなゴーレム達は全員が満身創痍だ。素体は目に見えて傷だらけで、中には片腕を丸ごと失っている機体もいる。

 ぼろぼろのゴーレム達は、転がるようにして体勢を立て直し、先ほど自分たちが飛び出してきた屋敷に向かって武器を構え始めた。

 そしてこのとき、崩れた建物の中から――


 ――ゴーレム達を追うように、20メートル級の巨大なムカデが出現した。


 濡れたように怪しく光る外殻をもつ、真っ黒い化け物ムカデ。

 間違いない、軟殻百足だ。

 ばらばらと瓦礫をまき散らしながら、ムカデが鎌首をもたげていく。

 俺は立ち上がった黒い巨蟲の、長い長い胴体を見上げた。


「野郎、あんな所にいやがったのか……。道理で姿を視認できなかったはずだ」

 

 

 

 ~読解のヒント~


 今回蟲の攻撃に耐えていたゴーレムの里の防壁なのですが、実はこの壁の強度というのは、相当に高いです。これは本来この防壁が、風鳴大山羊(ウィンドゴート)の体当たりに耐えるべく設計されている事に起因します。

 以前テテオさんが、「もし(風鳴大山羊の異常繁殖を)放置していたら、うちの里はともかく、他所の村落はやばいことになっていたかもしれない」と発言していますが(※第54話参照)、こういった自里の防衛に対する自信の根拠は、実はゴーレムの保有台数などではなく、この防壁強度に由来するものです。


 以上の説明でもうお気づきかもしれませんが、里の防壁は本来、対魔獣用です。強度のわりに高さが中途半端(主人公の初見時の目測で4メートル強)で、堀などもなく、対人用としてやや甘い造りになっているのはそのためです。防壁単体で見た場合には、鍛えた人間とそれなりの準備があれば、乗り越えられてしまう可能性があります。


 この辺りの事情を軽く念頭に置いておくと、今後判明していく里の状況や敵の行動の意図というものが、ほんの少し飲み込みやすくなるかもしれません。

 

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