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破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第6章 襲撃の冒険者
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第77話 飛矢と決断


 

「これで何とか、応急処置にはなったはずだが……」


 ぐっしょりと汗に濡れた額をぬぐった。

 苔に覆われた地面に、エオルのお父さんが横たわっている。

 彼の傷口は、すでにおおよそふさがっている。

 治療には、例のハゲからもらった魔道具の、治癒規(ちゆぎ)を使用した。

 まさかこんな形で、初めてこの水色懐中電灯を使うことになるとは、夢にも思っていなかった。


 治癒規の仕組みや使い方は、譲渡時にハゲからきちんと教わっている。こいつを使用した治療行為自体は、魔力を込めればほとんど自動(オート)で進行する。したがって、そう難しい作業ではない。

 だが、俺の手も服も、大量の血で汚れてしまった。

 一見地味な彼の傷口からは、その見た目では想像もつかない量の血が流れ出ていた。現実の対人用の矢というものが、ここまでの出血を誘発するえげつない武器だと、俺は知らなかった。

 魔術で治すといっても、実際に怪我をしているのは、息をして鼓動が脈打ち、血の流れる生身の人間だ。矢を引き抜いて止血の処置をしていれば、当然返り血だって浴びる。

 やはりと言うべきか、ゲームの回復魔法のようにスマートな話ではないようだ。そもそもこの世界の魔術というもの自体が、どう考えても万能の奇蹟ではないのだが。


 エオルのお父さんが受けた矢傷は、背中と太ももの計3箇所だった。

 矢の摘出には、精密作業が可能なゴレに協力をお願いしている。

 最近気づいたのだが、彼女は俺以外の男性の身体に触れるのを嫌がる。例外は殺傷目的での接触の場合のみだ。だから最初は、この医療行為への協力をかなり渋っていた。

 それでも、真剣に頼むと最終的には手伝ってくれた。

 矢を引き抜く際に出血はしたが、それでもゴレのおかげで相当に上手くいった方だと思う。俺では絶対にこうはいかない。矢じりには、引き抜こうとした際に肉に食い込み血管を切り裂く、凶悪な返しがついているのだ。


「それにしても、この緑色の妙な矢は一体何なんだ……?」

 抜いた矢を確認したところ、肩と太ももに刺さっていた2本は普通の矢なのだが、背中から摘出した1本が、緑色で非常に珍しい形をした物だった。矢羽(やばね)の部分が二股に分かれ、燕の尾のような形をしている。シャフト部分にも、よく見れば妙な紋様が刻印されていた。

 その見た目からは、何となく魔道具に近い物のような印象を受ける。

 とはいえ、こいつの正体は俺の知識ではまるで分からない。


 エオルのお父さんの意識が戻る気配はない。

 呼吸は浅く、脈拍は弱い。

 妙な矢が何か影響を与えているという可能性を度外視して考えても、彼の出血量は相当のものだった。ここに来るまでに、血を流しすぎている可能性が高い。

 治癒規で傷口はふさいだが、失われた血までは戻らない。

 この魔道具が再現する“水属性”の治癒魔術というのは、水の粒子を媒介にして、体内を操作して治療を行なうそうだ。治癒力を高めたり傷口を接合したりと、応用の幅は広いのだが、欠損してしまった部位というのは元に戻らない。体外に流れ出た血液のような、失われた体組織を即座に再生させることもできないんだ。

 そういった作業には、まったく別属性の魔術が必要になる。


 そう、まったくの別属性。

 ――“(めい)属性”魔術だ。

 「生命と肉体を司る」属性といわれる、命属性。

 使い手のほとんどいない、超強力な治癒能力をもつ属性である。俺も詳しくは知らないが、水属性の治癒魔術とは根本的に仕組みが違うらしい。

 部位欠損を治療できるのは、全12属性中、この命属性の魔術のみだ。


 重要なのは、この属性には〈造血〉(ぞうけつ)と呼ばれる魔術があるという事だ。こいつを使えば、対象の血液を“複製”して生み出す事ができる。

 要は、魔術による輸血が可能なのだ。

 何故俺が、土属性でもないこの命属性について、具体的な術内容を把握しているのか。それは、この〈造血〉という術が、“属性の理解”で使用する最初の入門魔術だからだ。命属性の適性があるかどうかを自己診断した人間は、必ずこの術の詠唱を試している。

 つまり〈造血〉とは、土属性の〈小石生成〉に相当する術なのだ。

 土魔術師が役に立たない石ころを生成し、水魔術師が少量の水滴を生成し、火魔術師が火おこしを覚える段階で、すでに命魔術師は、なんと輸血相当の術式を使用可能になる。命属性ってのがどれほど強力で実用的な属性か、嫌でも理解できる事実といえるだろう。


 そして俺は過去に、召喚された盆地の庭先で、この〈造血〉の詠唱を試みて失敗している。

 俺に命属性の適性はない。

 俺の力では、この人を助ける事は……。



「……いや、まだだ。絶対あきらめんぞ」


 ネガティブな考えを必死に振り払った。

 里に戻れば、命属性の適性をもつ人物がいるかもしれない。

 恐ろしく希少な属性という話ではあるが、ゴーレムの里の魔術師人口だって半端ではないのだ。可能性は残っている。それに、里には診療所だってある。治療の手立てがあるかもしれない。

 エオルのお父さんを、急いで里に連れて帰ろう。

 そもそも、彼が何者かに背中を射られているというこの状況自体が、説明のつかない異様な事態だ。

 正直嫌な予感しかしない。

 とにかく、今は急ぎ一旦里へ戻ってみる他ない。


 とはいえ、帰還方法はどうする。

 時間がない。徒歩は論外だ。

 ゴレに例のお姫様抱っこで移動をしてもらうか?

 普段なら恥ずかしくて嫌だけど、人の命がかかっている。もちろん我慢する。

 ただ、ゴレがすぐに承知してくれるだろうか。矢を抜くときにも、エオルのお父さんに触るのをかなり嫌がっていたが……。


「なぁゴレ。お願いだ、俺とこの人を抱えて里まで……」

 ゴレを説得しようと顔を上げたとき、ある事に気付いた。

 この場にゴレと並んでもうひとり、ずっと俺の救命治療を心配そうに覗き込んでいる人物がいたのだ。

 いや、人物というか、ゴーレムだ。


 ――エオルのお父さんを乗せてきた、土色のゴーレム君である。



------



「……やっぱりだ。お前、馬蹄(ばてい)ゴーレムか」


 土色のゴーレムの背中を見て、俺はこいつの機種を断定した。

 鎧の背中に持ち手があり、腰の部分に(あぶみ)のようなパーツが付いている。間違いない、こいつは馬蹄ゴーレムだ。


 馬蹄ゴーレム。

 表土索敵搭載の、戦闘用軽ゴーレムである。

 脚のつま先が馬のひづめに似ていることから、この名がついたそうだ。

 この機体の最大の特徴は、何といっても、人を背に乗せた状態での高速移動が可能な点にある。

 図鑑の解説によれば、騎乗時のトップスピードは軍馬のそれを軽く超えるという話だ。たしか長時間の移動には向いていないということだが、森から里まで駆けるだけならば十分すぎる性能のはずだ。


 こいつに乗せてもらおう。

 エオルのお父さんを射た未確認の敵と遭遇する危険性を考えれば、ゴレを迎撃可能なフリーの状態にしておけるのも、安全上の意味でかなり大きい。


 俺は近くの樹木に絡まっている太いツル植物を、急いでナイフで刈り取った。そして、そのツルを縄代わりにして、自分の身体とエオルのお父さんの身体を、馬蹄ゴーレムの背中に固定した。即席の安全帯だ。

「これでよし、と」

 身体に巻き付けているこの丈夫そうなツル植物は、多分、行きがけに摘もうとしてゴレに叱られた、例の紫のイボイボの実と同じ植物のツルだろう。一体何がどういう風に役に立つか分からないものだ。

 このイボイボの実は食べるとヤバいだけで、おそらくツルや葉は触っても大丈夫なのだと思う。ゴレが俺の行動を止めてくる気配はない。むしろ落馬が心配なのか、ツルを慎重に結び直していた。


「準備OKだ。急いで里まで走ってくれ、えっと――」


 呼びかけようとして気付いたが、俺はこのゴーレムの名前を知らない。

 背に乗せてもらって移動する以上、おそらく彼にはゴレとは別個に移動時の指示出しが必要になる。呼び名がないと、後々不都合が生じる可能性が高い。特に、万が一移動中に戦闘が起これば、取り返しがつかない連携不備を生みかねない。

 時間もない。さくっと便宜上の呼び名をつけてしまおう。


 馬蹄ゴーレムは、脚のちょっとした特徴が名前になってしまっているくらいには、外見上の、ぱっと目に付く特徴の少ないゴーレムだ。

 決してカッコ悪いわけではない。むしろ無骨でかなりかっこいい。言うなれば、主人公機ではなく量産機的な外見の機体なのである。玄人好みの、地味なデザインなのだ。

 うん、地味な事こそが、彼の誇るべき個性だ。

 そう考えたとき、俺の神ネーミングセンスに、閃きの稲妻が走った。


「決めた。お前のあだ名は、“地味太郎”に――」


 はっとした。

 だ、駄目だ! この世界で“太郎”は、女の子の名前だった!

 ゴレの名づけのとき、それで大失敗をしたではないか。危なかった。地味太郎では、こいつまで女の子に変身してしまうところだ。

 俺は、土色のゴーレムの背中をぽんと叩いた。


「よし、里へ急ぐぞ! よろしくな、“ジミー”!」



------



 俺達を乗せたジミーが、森の木々の間を駆け抜ける。

 ゴレが隣を並走している。


 速い。

 この速度なら、あっという間に森を抜けるだろう。

 平地に出てから里に到達するまでにも、さほどの時間はかからないはずだ。

 

 ゴーレムは本気で走るとき、人間みたいに両腕を振ったりはしない。前傾姿勢で腕を後ろに流す、いわゆる忍者走りに近い恰好だ。

 騎乗している感覚は、バイクや馬に乗っているときの状態に近い。

 ただ、結構揺れるし、風圧もきつい。

 おそらくこれでもジミーのやつは、素人と怪我人のために、揺れや加速をかなり抑えていると思う。

 実際に乗ってみると、長時間の移動に向いていないという図鑑の解説の意味が理解できる。こいつは乗り手の体力を奪う。ゴーレムではなく、騎手の方が音を上げるのだろう。


 吹き付ける風に顔をしかめていると、ずっと並走していたゴレが、急にジミーの前に移動した。

 縦列の隊形だ。

 ゴレが前に出た途端、ふわりと風が軽くなった。

 どうやら彼女が風を防いでくれているらしい。

「悪いな、ゴレ」

 後ろから声をかけると、彼女の耳が小さく揺れた。

 そういや自転車競技の選手が、こんな感じで後続の選手の風よけをするという話を聞いたことがある。もしやあれと同じ理屈だろうか。


 これならエオルのお父さんも、かなり楽になったはずだ。

 彼は蔦のシートベルトに固定した状態で、抱きかかえる形で俺の前に乗せている。馬の二人乗りのような格好だ。

 相変わらず、彼の意識は戻っていない。

「耐えて下さい、エオルのお父さん。すぐにご家族のいる里に着きます」


 語りかけたちょうどそのとき、視界が急に明るくなった。

 緑の天井が無くなり、ぱっと周囲に青空が広がった。

 森を抜けたのだ。

 途切れた木々の間から、斜面の下の広大な畑や里の遠望が見えてくる。

 それは、いつもの見慣れた穏やかな里の――



「何だ、これは……」



 目に飛び込んできた光景に、俺は硬直し、息を呑んだ。

 里から、幾筋もの黒煙が上がっている。


 ゴーレムの里が、炎上している。

 何故……。


 言葉が出て来ず、ただ茫然と黒い煙を見つめた。

 前を走るゴレが心配そうに、何度も何度もこちらを振り返ってくる。

 このときの俺は、おそらく相当に酷い顔色をしていたのだと思う。


 頭の中で、次々とパズルのピースが組み上がっていく。

 ここに至って俺はようやく、事態の真の恐ろしさを理解した。


 ――俺達が森で倒した蟲使い達は、敵の主力ではなかったのだ。



------



 実は、軟殻百足と戦いながら、ずっと気になっていた事があった。

 確かにあのムカデはゴーレムにとって脅威だが、性能的には、明らかに遠隔からの強襲用だった。あれを里に放てば、たとえ俺が出なくとも、いずれ里からは術者を直接倒すべく討手が出されていたはずだ。ムカデが強ければ強いほど、術者自身への直接攻撃の要請は高まる。しかも索敵能力に秀でたゴーレムの里相手では、元々術者が発見されるリスクは極めて高い。

 だけどそれにしては、奴らは術者自身の防御の対策が手薄なように思えた。


 俺はこの違和感について、一本角の索敵能力が敵の想定をはるかに上回っていた事と、カチコミをかけたゴレが強すぎた事に起因する現象だと考えていた。

 確かにそれはその通りだったに違いない。

 だが、原因はそれだけではなかったのではないか。

 あいつらは、そもそも里から見つかる事自体を、さして問題視していなかったのではないか。

 たとえ術者の位置を特定されても、ゴーレムが森に殺到してくる状況など起こりえないと。里が森に十分な戦力を送り出す余裕など全くなくなると、あらかじめ知っていたんじゃないのか。


 ――ゴーレムの里は、半端な兵数では攻め落とせない――


 事態は当初の俺のこの予想の正しさを、最悪の形で証明する結果となっていたのだ。



------



「単騎で囲みを抜けたゴーレム使いが戻ってきたぞォ!」


 斜面を駆け下り始めた直後、突如前方から大きな叫び声が聞こえた。

 と同時に、畑の方から何かが上空に打ち上がった。

 発煙筒のような物体が、煙の尾を曳きながら真上に飛翔していく。どうやら、こちらを狙って発射されたものではないようだ。

 あれは、信号弾の類か……?


 飛翔体が放たれたとおぼしき付近に目をやると、里への進行経路上の畑道に、十数人ほどの集団が陣取っている。

 どう見ても里人ではない。鎧を着込み、剣や弓で武装している。


「白いのが増えた、2騎だ!」

「仕留めぞこないが増援を呼びやがった」

「あの白いゴーレムは……ぶっ、おいおい何だありゃ、貴族様のお綺麗な趣味ゴーレムじゃねえか」


 俺達の姿を確認した一人が、急に噴き出した。

 連鎖的に集団全体が大きな笑い声を上げはじめる。


「あっははは! 射殺せ、射殺せ!」

「あれでもゴーレム1体にゃ違いねえ。仕留めりゃ金貨が3枚出るぞ!」


 下卑た笑い声と共に、集団が次々と矢を射かけてきた。

 恐ろしい風切り音を立て、幾本もの矢が高速で飛来する。

 だが、正面を走るゴレが瞬時に反応し、手刀で矢を叩き落とした。


 浴びせられた矢の軌道からして、狙いは俺とエオルのお父さんのようだ。

 ほとんどの矢は、外れてそのまま後方へ流れていく。数本の命中弾だったと思われるへし折れた矢のみが、側面へと弾き飛ばされていった。

 ゴレとジミーが、斜面を抜けたあたりで一気に加速した。

 一列に並んだ白と土色のゴーレムは、長い畑の一本道を疾走する。

 前方に、へらへらと笑いながら二の矢をつがえる男達の姿が見え始めた。


 あいつらか。

 あいつらがエオルのお父さんを、背中から射ちやがったのか。


 前を走るゴレの背が、尋常ではない殺気を放っている。

 先ほどの矢のうち数本は、俺への直撃コースだった。

 俺に対する明白な殺害目的の攻撃を、こいつは絶対に許さない。

 ゴレは怒り狂っている。

 絶対に報復する。

 このまま前進を続ければ、いずれあの集団と接触してしまう。

 俺がジミーに進路変更を指示しなければ、おそらく双方が交錯した瞬間に、奴らはゴレの手により凄惨な死を迎えるだろう。


 人間を殺すのは、襲いかかってくる猿やムカデを殺すのとは訳が違う。

 犯罪者といっても、むやみに命を奪う必要などない。

 そういうのは、俺の主義じゃない。


 確かにこの世界に来てから、俺はいくつかの強い力を偶然得た。無敵のゴーレムな相棒に、俺以外の人間には使えない魔導の力。どちらもその気になれば、大抵の意に沿わぬ相手は殺してしまえる力だ。

 だけど俺は今まで一度も、この力を自らそんな風に振るった事はなかった。

 別に力の真価や、暴力としての効果的な使いどころが分かっていなかった訳ではない。

 自制していたのだ。

 だってこんな力は、魔王や勇者気取りで、この世界に生きている人達を勝手な私刑にかけるために使うべきじゃない。俺がそんな思い上がった行動に出れば、それはきっと、身勝手な理由で俺をこの世界に召喚した、リュベウ・ザイレーンの思う壺のはずだ。

 俺は世界を滅ぼすことも、人を殺めることもなく、この世界で平和に過ごしながら、いつか召喚の謎を解き明かして、出来ればゴレとふたりで元の世界に帰りたい。だから、たとえ人に馬鹿にされても、平和主義者の、幼稚園児以下の魔導王のままでいい。

 ここで俺が取るべき正しい選択は、ゴレに相手を殺させないよう、多少遠回りになっても、里への他の安全な進入ルートを探すことで――……


 身がすくむような音をたてて、前方から矢が飛んでくる。

 飛んでくる矢の方に顔を向けていると、穏やかで優しかった里から立ちのぼる煙の筋が、嫌でも目に入ってくる。

 あの黒い煙の下では、一体何が燃えているのだろう。

 その先を考えたくなくて、俺は視線を下に落とした。


 腕の中でエオルのお父さんが、苦しげな呼吸をしている。

 この家族思いの平凡な父親が、一体何をしたというのだろう。この人の息子なんて、まだたったの7歳だぞ。父親に甘えたい盛りの年頃だ。こんな形で父親が殺されてしまったら、あの子は一体どうなるのだ。

 ……なぁ、俺よ。人間が笑われながら理不尽に矢で射殺されたり、住んでいる家を焼かれなきゃならない理由なんて物が、この世に本当にあるっていうのか?

 いや、仮にあったとして、俺がそんな物に従う道理があるのか?


 里の日常の風景が。

 人々や子供達の笑顔が。

 ぐるぐると猛烈な勢いで頭の中を駆け巡った。

 水っぱなを垂らした、ちっとも可愛げのないクソガキのエオルの悲しそうな泣き顔が、何故か唐突に頭の中に浮かび、そして消えた。



 この瞬間。

 俺の中でぎりぎり持ちこたえていた何かが、ぷつんと切れる音がした。



 笑いながら人間めがけて矢を放つ奴らが、何か叫んでいるのが聞こえる。

 視界を飛び過ぎていく矢の恐ろしい風切り音は、何故かまったく気にならなくなっていた。

 だけど代わりに、奴らの発するざわめき声だけが、無性に耳障りに感じた。


「……お前らが俺に対して喧嘩を売ってきただけなら、いつも通りの、正しい(・・・)対応で済ませるつもりだったんだが」


 ゆっくりと顔を上げた。

 目の前で激しい殺気を放つ相棒が、次々と飛来する矢を打ち払い続けている。

 このとき俺自身も似たような殺気を放っていたのだが、自分では、そんな事まるで自覚していなかった。


 俺は大きく息を吸い込んだ。

 そして、叫んだ。


「ゴレ! 邪魔する奴らは全員薙ぎ払って、里の正門まで突っ切るぞ!!!」

 


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