第8話 呼びかけと答え -後編-
俺はそれから夕方まで、生成実験を数度繰り返した。
結果、ゴーレム5号までが生成された。全員儚く崩れ去ったが……。
入門書の例文通りの命令を与えた1号とは違い、2号以降は徐々に複雑な命令へと変更していった。そこで分かってきたのは、命令文は長すぎると駄目だということだ。
命令文が長すぎると、不発して確実に起動しない。たとえ内容が単純でもだ。
逆に、内容がかなり複雑で抽象的でも、短ければ起動することがある。
「紫色の果実を沢山取ってきてくれ」が、一例成功している。
かなり抽象的な内容であるにもかかわらず、だ。
あ、ちなみに紫色の果実ってのは、もちろんクランベリー林檎様のことだ。
なお、入門書によれば、ゴーレムは続けて何体も作れるようなものではないらしいのだが、俺には特に問題ないみたいだ。
多分集中力さえつづけば、1日何体でもぽこぽこ作れる。魔力切れを起こすどころか、魔力を使っている感覚すらないのだ。
たまに忘れそうになるが、俺のジョブは一応すごく魔力があるらしい“魔導王”だからな。
この点は魔導王で助かっている。
最初のゴーレム1号の生成から、すでに半日が経過している。
見上げた西の空は、美しい黄金色に染まりはじめていた。
そろそろ夕食の支度もしなければならない。
今日はもう、この1体がラストの実験になるだろう。
「……んじゃ、まず素体を生成するか」
ほぼ連続で5体も生成していると、ゴーレムの素体生成もコツをつかんでくる。
俺はちょうど良さそうな庭先の地面に、生成の狙いを定めた。
書斎を漁ったり昼食をとったりで、何度も隠れ家に戻ってきているうちに、俺はゴーレムの実験を、家の裏手の庭先で行うようになっていた。
色々試してすいすい教科書通りにいくものだから、少なくとも〈ゴーレム生成〉関係については、もう暴発の心配はないだろう。そんな風に考えていた。
庭先の地面に定めた視線が、ふと、少し先にある別の物体の方に逸れる。
――そこにあるのは、白く美しい石柱だ。
この隠れ家の存在に気付くきっかけとなった、雪のように白い石柱。
俺をこの世界に呼んだ召喚魔術陣に繋がっているけど、役割を終えた現在、特に意味はなさそうな、目立つだけの柱。
この柱は、ほぼ家の真裏に位置していたおかげで、〈小石生成〉の際に起きた大事故の難を逃れていた。
傷ひとつない石柱は、静かにそこに佇んでいる。
このとき、俺の中にほんの小さな悪戯心が生じた。
……こいつでゴーレムを作ったら、高級感がありそうだよな。
ゴーレムの生成が教科書通りにおこなえることで、気持ちに余裕が出始めていたのかもしれない。
特に深く考えることもなく、庭先から、石柱のある木立の方へと歩み寄った。
そして、素体生成の狙いを、白い石柱に定める。
「――〈素体、生成〉」
石柱は大量の白い粒子となって、俺の前方を舞い始める。
まるで光り輝く雪の中にいるようだ。
そのまま集束させ、ゆっくりと石の粒子を魔力で練り上げる。
そして徐々に、ゴーレムの素体を形作っていく。
出来たのは、全長1.9メートルの真っ白いゴーレムだ。
相変わらずのデッサン人形状態だけど、俺も生成には慣れてきたからな。
デッサン人形はデッサン人形でも、わりと洗練されたシャープなデッサン人形だぞ。見ようによっては、けっこう強そうだ。
元の円柱は3メートル近い。太さもそこそこあったから、かなり圧縮している。
しかも今回は土ではなく、石のゴーレムだ。
軽量化は気合いを入れて、丁寧にかけてやる必要があるだろう。
「〈軽量化〉」
これまで何度も繰り返した工程を、丁寧になぞっていく。
うん。今回も問題なく出来ている。
さて、問題はここからだ。
崩壊しないゴーレムを作るための命令文の案は、方向性としては一応いくつかあった。
少なくとも、単発で完結できる、いつもの命令文じゃ駄目なのだ。
命令実行が終わった時点で、崩れてしまう。
実行したからって、それで終わらない命令。ずっと従わないといけないような、一定の状態を維持させる命令だ。しかも、短くまとめて。
とりあえず俺は、最も漠然とした内容から絞っていく方向で考えていた。
つまり、大枠では「永続的に俺に従属しろ」という内容の、短く抽象的な命令文を、何パターンか試してみるつもりだったのだ。
「〈命ず――〉……」
さて、何と命じるべきか。
果物沢山取ってきてくれよ、で通じるんだから、形式にさえ合致していれば、わりとフランクな命令文でも大丈夫なのは実証済みである。そもそも不発しても何もおこらないだけなので、逆にもう1回チャンスが発生する。
そうなのだ。そこまで慎重に考える必要自体が、実はあまりない。
内容さえ外れていなければ、わりと思いつくままにぽんぽん言ってみて大丈夫なのだ。
……従属しろ、か。
俺基本文化人だから、別に奴隷とか下僕とか、いらないんだよなぁ。
このとき頭に浮かんだのは、実家で飼っていたアホな犬のことだ。
俺のこと一応は飼い主だと思ってたみたいだけど、あいつわりとフリーダムだったよな。
あの犬は俺にとって何だったろう。
奴隷なんかじゃない。下僕でもない。
わりと嫌なときは嫌って言うし。
面倒くさいときは、お互い相手に絡まれても、無視したり逃走したりする。
でもまぁ、お互い相手に本気で頼まれれば、言うことは聞いてやるというか。
そして、もしどちらかが危ない目に遭ったときには――
ああいう関係を、何て言うのだろう。
ああ、そうだ。
「……――〈ずっと、俺の相棒になってくれよ〉」
周囲を、静寂が包んでいた。
まず俺は、不発かな? 次はどんな感じの文章にしよう、とのんびり思った。
次に感じたのは、空気の震え……いや、空間の震えだ。
たしかこれは、例の大岩扉の封印をこじ開けたときにも感じた。
あれから何度か魔術を使ったけど、一度もこの感覚が来たことはなかった。
そして、その瞬間。
それは起こった。
――俺の全身から、何かがものすごい勢いで吸い出され始めるのを感じた。
前回は、すかしっ屁みたいだとか、つまらん例えをしてしまった気がする。だが、今回のこれは、そんなチャチなもんでは、断じてない。
猛烈な勢いで力が吸われていく。
吸い出されていくこれは、魔力か……!?
力の奔流が向かっていく先は、目の前の、石柱から作った白いゴーレムだ。
俺から放出され続ける荒れ狂った濁流のような大量の力が、この修羅場には場違いみたいな雰囲気の、雪のように白いゴーレムにどんどん流れ込み、その内部で、猛烈な勢いで循環をはじめるのを感じた。
視覚で見えたわけではない。感じた、としか、言いようがない。
だが、これは……!
吸いすぎぃ……!
俺の意識は、徐々に遠のいていく。
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……結論から言おう。
当時の俺は、ゴーレムについて致命的な勘違いをしていた。
そもそも入門書で最初に説明されていたように、ゴーレムに関する魔術は国家レベルで軍事研究されているような代物だ。高度に複雑化した体系をもつ学問分野だったのだ。初学者用に書かれた入門書に、ある程度以上に高度な専門的内容がさらっと書かれていたりする、わけが、ない。だいたい、メインの著者であると思われるリュベウ・ザイレーン自体が、どう見てもゴーレムの専門家じゃないしな。
つまり入門書である『魔術入門Ⅳ』に載っている〈ゴーレム生成〉は、いわば、「通信講座で毎月送られてくるパーツを組み立てて、歩くロボットを作ろう!」レベルのお手軽な話だったのだ。最初に生成で用意する素体も、あくまでそれに見合ったものであり、それ以上の物ではない。
しかし、無知な俺がその憐れなゴーレムの素体に出したオーダーは、〈近未来SFロボット並の働きをしてくれよ〉という、鬼畜レベルのものだったのだ。
今、立って歩けるだけの通信講座の付録ロボットが、近未来SFロボットになることを強制されている。――それも、魔力総量のみを基準に選定召喚された“魔導王”の、でたらめな魔力を注ぎ込んだゴリ押し命令によって――それでもまだ、これだけなら、普通は、直前に行われたいくつかの実験のように、すんなり不発して終わるはずの出来事だった。
しかし、この現場には、俺がまだ知らない未知の不確定要素が存在していたのだ。
複雑に介在する様々な事象が絡み合い、人智を超えた化学変化をまき起こす。
それは単なる偶然だったのか、それとも、運命と呼ぶべき物だったのか。
ゴーレムとしての命を持たない、使い捨ての単令式ゴーレムの素体。
通常ならありえない命令文。
優しい、土の、魔導王。
そして、最後に、悲しい魔女の―――――。
――ついに俺の意識は完全にブラックアウトした。
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一体どれくらい時間が経ったのだろう。
俺はベッドで目を覚ました。
だ、だるい。
全身が、ありえないほどの倦怠感に見舞われている。
ゆっくりとまばたきをした。
死ぬほどだるい。ちょっと動き回るのは無理だな、これ。
というか、どこのベッドだ、ここは。
視線の動きのみで周囲を見回す。
ところどころに少し傷みが見える、古ぼけた家の内装。
ああ、あれだなここは。
異世界の、死んだ悪の召喚術者の家の、寝室だ……。
徐々に頭が覚醒していく。
いや、まてまて。ザイレーンの野郎の元隠れ家の中にいるのはわかった。
だが何だ、この状況は。
そうだ。俺はさっき裏庭の先でぶっ倒れたはずだよな?
一体どうやってここまでワープして来た。
そして先ほどから、もっと気になっていることがある。
――ベッドの脇から、白いデッサン人形が俺を覗いている。
あ、こいつ俺が例の石柱から作ったゴーレムだわ。
ゴーレム……えーと、何号だ?
「……お前が、ベッドまで俺を運んできてくれたのか?」
白いゴーレムは、何も答えない。
しかし、俺の声に反応してすこし身じろぎし、そのままこちらの声にじっと耳を傾けるようなその仕草に、俺は確かな知性を感じた。
実験は、成功していたのだ!
とても嬉しいのだが、如何せん全身がだるくてまったく動かん。
というか、こんな状態で俺が自力でここまで這って来られたとは到底思えん。
俺の性格なら、せいぜい来られて、玄関までだ。確実にそこで寝る。
つまり、この新人ゴーレム君が俺をベッドまで連れてきて、介抱してくれたと見て間違いない。
なるほどね。
…………。
って、めちゃくちゃ良い奴じゃねえか!
俺は一発でこのゴーレムのことが気に入ってしまった。
気に入った動物には、名前を付ける。
それが俺の流儀だ。
名前は一生ものだし、大切だ。
そうだな、うーんと……。
悩むなぁ。
まぁ、カッコいいのは当然として、ゴーレムらしい名前にしてやった方がいいよな、多分。
「よし、決めたぞ。お前の名前は、“ゴレ太郎”だ!」
うん。
我ながらシンプルでセンスがあり、かつ、男らしい良い名前だ。