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破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第6章 襲撃の冒険者
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第76話 不死身の百足とオラオララッシュ


 

 戦意を復活させたゴレと、巨大ムカデ軍団が対峙する。

 ムカデは、前面に4頭。

 そして少し離れた横手の森の中に、もう1頭。こいつは最初に回し蹴りで吹き飛ばした個体だ。


「おめぇがあまりに馬鹿げたことを抜かすもんだから、ちと面食らっちまったが……。殴りまくれば軟殻百足(なんかくむかで)が殺せるだァ? 戯言も大概にしとけ」

 鼠男が蔑みの表情で吐き捨てるように言った。

「それで倒せるような蟲なら、俺がわざわざこんな山奥にまで呼ばれたりしてねェんだ。……過去の歴史が証明してる。ゴーレムじゃ、軟殻百足には絶対に勝てねェ。絶対に、だ」

 そう言われても、俺とゴレとて今さら引く気などない。

「ふん、そんな事は実際やってみなきゃ分からんだろうが。それにさぁ……」



「お前のその……軟殻百足、っていうの?

 その蟲、実は細かい制御が出来ないんじゃないのか?」



「…………ッ!」

 鼠男の片眉がひくひくと小刻みに痙攣した。

 やはりだ。答え合わせ程度のつもりの問いかけだったが、この反応ならば図星だろう。


 俺は戦闘が始まって以降、ずっとこいつらの動きを観察し続けていた。

 なぜなら、俺にはその余裕がある。

 現在の俺は完全にゴレのヒモ状態であり、圧倒的に暇を持て余した、ただのレフェリーだ。いくらでも自由に全体の戦況を分析する余裕があるのだ。

 数々の修羅場レフェリー業務でどんどん無駄に鍛えられつつある、この俺の戦況分析眼をなめてもらっては困る。


 この巨大ムカデ達は、俺達が攻撃射程外に退避した後もしばらく暴れ続けたり、味方ごと攻撃に巻き込んでいたり、元々かなり雑な行動が目立っていた。それに、せっかく複数頭いるというのに、蟲使いである鼠男の周囲で荒れ狂っているだけで、系統立った動きがほとんど見られない。

 似たような使役型の魔術師との多対一の戦闘でも、複数ゴーレム使いの時とは、戦いの感触が明らかに違っているんだ。

 ギネム・バリにせよルドウ・ピュウルスにせよ、複数ゴーレム使いというのは、ゴーレムが複数いる利点を最大限に生かした戦法を取っていた。4体をフルに使った複雑な牽制でゴレの攻勢を阻んだり、前衛と後衛に分かれてカウンターを狙ったり。小狡いギネムなんかは、状況さえ許せば戦力を分けて、術者の俺に対する直接攻撃すら視野に入れていたくらいだ。

 でも、この蟲使いにはそういった様子がない。ムカデは5頭もいるのに。


 加えて最大の違和感は、最初にゴレが回し蹴りで孤立させた1頭だ。

 ……こいつが戦線復帰する気配が、まるでない。

 横手の倒壊した森で、木々の中に待機し続けたままだ。

 ゴレは最初、この個体を一撃で蹴り殺すつもりだった。だからこそ、無頓着に横へと吹き飛ばした。このムカデがほぼノーダメージで立ち上がったとき、俺は内心、回し蹴りは悪手だったと思った。この位置取りでは、前面のムカデ達と連携して、側面から挟撃されると思ったのだ。

 しかし、実際にはこの個体は、ほとんど位置移動すらしない。

 でかいし威圧感があるから、一見側面から牽制しているようにも見える。だが冷静に考えれば、これほど無意味なムカデの使い方はない。

 このムカデの耐久性能なら、即死パンチを放つゴレに対しても、本来かなり強引な攻めが可能だからだ。自由に動かせるなら、もっといくらでも上手い使い方がある。仮に前面の4頭が術者自身の防御に必要だったとしても、この1頭が遊撃に回っただけで、戦況は散々に引っ掻き回されていたはずだ。

 それこそ、俺がトラウマに苦しむゴレを説得をする余裕なんて、とても作れなくなってしまうほどに。


 おそらくゴーレムとは違い、蟲への指示出しには何かしらの制約があるのだ。

 さすがに情報量が少なすぎて、細かい制約の内容までは推測が難しい。だが、現状の彼らの行動から特に疑いが強いのは、「各ムカデ個別には細かい指示出しができない」という可能性だ。

 多分このムカデは、遠隔から敵を強襲させるような使い方には向いているのだろう。しかし、本来このような形で、術者同士のタイマンに用いる蟲ではないのではないか?

 もちろん通常なら、多少無茶な使い方をしても、このムカデは相性差でゴ-レムを圧倒できる。だが果たして、うちのゴレ相手にもその理屈が通用するだろうかという話だ。

 俺はこの戦い、ゴレにも十分な勝機があると思っている。

 

「……ゴレ。おそらく連中にたいした連携はないよ。遠慮はいらない。とりあえず、そこにいるぼっちのムカデから丁寧にボコってやればいい」


 ゴレがゆっくりと歩を進めていく。

 向かう先は、横手の森の中に1頭だけ孤立している個体だ。


 メンタルの弱いゴレの戦意がまた喪失してしまわないよう、声を出して応援することにした。

「頑張れ、ゴレ! お前ならできる!」

 声援を受けた彼女が、俺の方を振り返る。

 瞳が星空のようにきらきらと輝いている。

 うん、嬉しいのは分かったから。きちんと前を見なさい。


 そう思った直後、かま首をもたげるムカデを、ゴレが強引に蹴り倒した。

 大きな音を立てて、ムカデが地に転倒した。

 及び腰にならずにきちんと本領さえ発揮できれば、パワー自体はゴレの方がずっと上なのだ。こちらが力比べに負ける要素はない。

 そのまま彼女はムカデの上に、どかりとまたがった。

 お得意のマウントポジションである。俺の上で上機嫌にマウンティングしている時と比べると、今回は随分と殺気に満ちているが。

 そんな彼女が、ムカデめがけて拳を振りかぶった。


 壮絶な、猛ラッシュが始まった。


 両手から無茶苦茶に振り下ろされる殴打が、仰向けに横たわったムカデの腹部に、嵐のように連続で直撃する。

 超重量級の一撃が入るごとに、ムカデが緑の体液を吐き出した。


「こ、殺せるわきゃあねえだろう……! 軟殻百足は――」

「絶対殺せるぞ! 頑張れゴレ!」

 鼠男の声に被せるように、俺はゴレにエールを送った。

 声援を受けた彼女の瞳が一際輝きを増し、拳のラッシュがさらに加速する。

 噴水のように体液を噴出し続けるムカデの胴体が、徐々に地面にめり込み始めた。


 ゴレの拳が振り下ろされる度に、森の木々が震える。

 断続する地鳴りのような轟音が、周囲に響き渡った。

 少しずつ潰れ始めたムカデの胴体に、さらに殴打が叩きこまれる。

 殴る。殴る。殴る。

 ひたすらにラッシュが続く。

 通常の敵なら、一発で内臓が吹き飛び腹部に大穴が空く威力の拳だ。それをこれだけ受けて原形を留めているのだから、このムカデの耐久力は本当にすごい。

 だが、底なしの体力を持つゴレの殴打は、まるで止まらない。

 ひとしきり滅多打ちにしまくった後、ゴレが様子を確認するように、少し打撃の手を緩めた。

 見れば、ムカデの巨躯はびくびくと痙攣し始めている。


「や、やられるはずァねえんだ。こ、こいつ等はゴーレムじゃあ絶対に……」

 鼠男が、呻くように声を漏らした。

 その顔面は青ざめ、大粒の汗が大量に噴き出している。


 ゴレが頃合いを見計らったかのように、すっとムカデの上から立ち上がった。

 そして小さく腰をかがめ、軽やかに大地を蹴った。

 ゴレの姿が地表から消えた。一気に上空へと跳躍したのだ。

 俺はあわてて上を見上げる。

 いた。かなりの高さだ。一体何をする気だ。


 上昇を続けるゴレが臨界高度に達し、その動きが上空でぴたりと止まった。

 一瞬の静止。

 そこから彼女は美しく両足を揃え、獲物を狙う鷹のごとく急降下した。

 白いエルフが、地表へと降り注ぐ一本の矢となった。


 痙攣するムカデのどてっ腹に、鬼のような長滞空式ミサイルキックが炸裂する。

 

 ほとんど爆音に近い轟音が、森一帯に木霊した。

 木々の中で息を潜めていた鳥達が、ギャアギャアと鳴きながら一斉に飛び立っていく。

 爆発したように土砂が舞い、肌に触れる空気がビリビリと震えた。

 ど派手だなぁ。このミサイルキックは新技だ。


 濛々と舞い上がる土煙が、徐々に晴れていく。

 ムカデはぴくりとも動かない。

 巨蟲の長い上半身は、完全に地面に埋没している。

 急降下爆撃を受けた胴の一部は潰れ、体液の噴出はぴたりと止まっていた。

 凹んだ外皮は、元に戻っていない。

 無数の歩肢も、完全に動きを停止している。


 ……ムカデは、すでに絶命していた。


「嘘だ、ありえねェ……。軟殻百足が、ゴーレムに殺されるわけねぇんだ。こ、これはきっと、何かの悪い夢だ……」

 ぶつぶつと呟く鼠男。

 ゴレがゆっくりと、男の方を振り向く。

「ひいいいィっ! な、何なんだよ、このイカれたゴーレム使いはァ!?」

 鼠男が絶叫した。

 奴の周囲でうじゃうじゃと蠢くムカデの集団に向かって、ゴレがずんずんと歩み寄っていく。

 彼女が射程内に入ったことで、残りのムカデ4頭の猛攻が始まった。

 巨大な4筋の黒い塊が、怒涛のごとく襲いかかる。

 だが、その攻撃を事もなげにひょいひょいといなしたゴレは、すれ違いざまに1体のムカデの首回りをむんずとつかんだ。

 右手で首を、左手で胴体を思いっきり掴んでいる。とてつもない握力なのだろう。細く白いその指が、黒い外皮にめり込んでいる。

 だが、ゴレは強く掴んでいるだけで、ムカデを穴から引きずり出すようなそぶりはない。


 はて。ゴレのこれはどういった意図の行動だろう? 俺はてっきり1頭ずつ穴から引きずり出して、さっきの奴みたいに孤立させてから、敵の攻撃射程外で時間をかけて嬲り殺しにしていくのかと思っていたのだが。

 若干不可解な動きである。

 ゴレのやつ、先ほどのオラオラの感触で、何か他の攻略の糸口でもつかんだのだろうか。


 果たしてその予想は当たっていた。

 ゴレがムカデの胴を掴んだまま、ぎちぎちと左右に引っ張りはじめたのだ。

 3体のムカデ達の攻撃を器用に捌きながら、捕らえた個体を力任せに引っ張りつづけている。超パワーで引き伸ばされるムカデの胴体が、繊維の千切れるような音をたてはじめた。


 鼠男が怒鳴り声を上げる。

「はあァ!? 引き千切ろうとして負荷をかける瞬間に、水魔導で回復していくんだぞ! そんな頭の悪い攻略法で、軟殻百足をどうにかできるわけが――」

「そうか! 殴ってなかなか死なないなら、引っ張ればいいんだな! 全然気づかなかったよ! かしこいなゴレ、お前はなんて頭が良いんだ!!!」

 俺は被せるように大声で声援を送った。ゴレの自信を喪失させるような野次は許さん。相棒のお豆腐メンタルは、俺が守る。


 感極まったように瞳をうるうると潤ませたゴレのパワーが、さらに上がったように見えた。彼女はフルパワーでムカデの胴を滅茶苦茶に引っ張りまくっている。

 繊維の断裂する音を立て続けていたムカデの身体が、ブチブチと一際大きく引き伸ばされた。その直後――


 緑色の体液をまき散らしながら、ムカデは真っ二つに裂けた。


 びちゃびちゃと不快な音を立て体液が流れ落ち、地面に巨大な緑色の水たまりが出来ていく。

 ゴレが遊び終わった玩具を打ち捨てるように、ぽいっとムカデから手を放した。

 どすんと重い音を立て、二つに分かれた黒い肉の塊が地面に落ちる。


 2頭目のムカデが、首をもがれて死んだ。


「あ……あ、あ……」

 鼠男が驚愕と絶望に目を見開いている。

 よろめきながら一歩、二歩と後退していく。

 突然、彼は何かを思い出したように、はっとした表情になった。

「あ、赤い眼をした女神と見紛うような聖堂ゴーレム……! それに、悪夢みてェなイカれた強さで、悪夢みてェに凶悪なゴーレム使いの男……。ま、まさか……」

 ぶるぶると震える指先が、俺を指した。


「まさか、おめぇは、あの――……『ティバラの悪夢』……!」


 何やら様子が変だ。

 鼠男はよろよろと後退しながら、真っ青になった顔でぶつぶつと呟いている。

「嘘だろう? あれはたしか、東辺のサディ藩での話だったはずだ。何でこんな、南方の山の中にいやがる……?」

 大丈夫かこいつ。酷い怯えようだが、何か幻覚でも見ているのではないか。

 森の不思議なキノコでも食ったのか?

「だ、駄目だ。多分こいつには雑魚を何百人けしかけても、死体の山が増えるだけ……。つ、伝えねェと、早くあの男に――ごぶっ!!!」

 怯えながら逃げ出そうとしていた男が、突如奇声を上げて地面に突っ伏した。

 頭上から巨大なムカデの首が降って来て、彼を押し潰したのだ。

「!? お、おい! 大丈夫かあんた」

 鼠男は馬鹿でかいムカデの頭部の下敷きになったまま、ぴくりとも動かない。

 まさか、死んでないよな?


 ムカデの生首が飛んで来た方に目をやった。

 見れば、ゴレがちょうど新たなムカデを縊り殺したところだったようだ。ちぎった首を鼠男めがけて投げ飛ばしたらしい。

「はぁ。やはり犯人はお前か」

 この男は今回の一件に関する貴重な情報源なのだが……。

 相棒の暴挙に、俺は頭をかかえた。


 森の中の緑色の水溜りに、白いエルフが佇んでいる。

 その様子は、そこだけ切り取ると、なんとも絵になっている。まるで美しい絵画の世界のようだ。もちろんちょっと視線を移動すると、周囲には黒いムカデ達の死骸がでろんと横たわっているわけなのだが。

 転がる黒い肉塊は、頭が4つに、長い長い胴が4本。

 あっちの森の中で潰れて死んでいるのを足すと、死骸の数は計5頭分になる。

 ……ん? 5頭だと?


「お前、俺が目を離してる間に全部殺しちまったのか……」


 そう声をかけられたゴレは、長いエルフ耳をぴこぴことせわしなく動かしている。いつになくテンションが高い。

 何てことだ。俺が鼠男の奇行に目を奪われている隙に、戦いはすべて終わってしまっていたらしい。言われてみればずっと横で、ブチブチと繊維のちぎれる音がしてたような気がするわ……。

 どうやら結局今回も、ヒモの俺の出番は何一つなかったようだ。


 ムカデを殺し尽くしたゴレが、瞳を輝かせながら駆け戻って来る。

 俺は、両手を広げて迎え入れた。

 ゴレがぴょんと飛びついてきた。

 結構な勢いだったが、相変わらず体重はさして感じない。

 ゴレはまるで身体をすりよせるようにしがみついてくる。苦手なムカデを倒せたことで、感極まっているようだ。

 俺は彼女を抱きしめ、そっと頬を寄せながら優しく頭をなでた。


「本当に頑張ったな、ゴレ」

 うちの犬が下手くそだったフリスビーを初めて上手にキャッチできたとき、こんな感じだった。

 もちろんその時も俺は頬を寄せ、優しく抱きしめてやった。

 俺はなんだか懐かしくて、とても温かい気持ちになった。


 本当に良かった。

 ゴレは立派にトラウマを克服したのだ。



------



「……しかし、水際で仕留められて本当に良かったな。里でお年寄りや女性子供を守りながらの戦闘じゃ、絶対にこうはいかなかったぞ」


 森の中に横たわる、巨大な蟲の死骸を眺めた。

 改めてその姿を見れば、やはりとんでもない巨体だ。こんなものが一斉に5頭も居住地に侵入して暴れ回っていたらと思うと、心底ぞっとする。

 おそらく死傷者の数は一桁では済まなかったはずだ。


「っと、こうしてはいられない。さっさと生き残っている不審者達を確認して、里まで連行しよう。こいつらに関しては、色々と気になる点が多すぎる」

 俺は、しがみついてくるゴレに声をかけた。

「おーい、ゴレ。聞いてるか?」

 ゴレはずっと俺の胸にぐりぐりと顔をうずめているのみだ。

 こいつ、興奮のあまり全然話を聞いていないようだ。

 俺の胸元で、ゴレの唇がふにふにと小さく動いている。この感じ……こいつ、また俺のボタンをかみかみし始めそうな雰囲気だ。お前、また赤ちゃんに戻ってしまうのか!?


 途方に暮れかけた俺だったが、このとき、急にゴレがぴょこんと顔を上げた。

「お、どうした? 正気に戻ったか?」

 彼女は問いかけには答えず、じっと森の暗がりの一点を見ている。

 あそこに何かいるのか。

 もしや、まだムカデが残っていたのだろうか。

 一瞬身構えかけたが、それにしてはゴレの警戒の色が薄いような気がする。彼女は俺に抱きつきっぱなしで、斜め前に飛び出したりする様子もない。

 不思議に思っていると、暗がりの中から明るい苔の広場へと、大きな影がのっそり姿を現した。


 現れたのは一体のゴーレムだ。

 土色をした、わりと地味な軽ゴーレムである。


「おや。あいつ里のゴーレムじゃないか」


 よく見れば、知っているゴーレムだ。

 里の正門脇で番兵として立っているこの地味な土色ゴーレムの姿を、俺は何度か見かけたことがあるのだ。要はこいつ、一本角の門番仲間である。

「でも、何だってこんなところに……」

 ゴーレムに声をかけようとして気付いた。

 ゆっくりと近づいてくる彼の背中に、誰かが乗っている。


 ゴーレムの背に乗るのは、三十代くらいの男性だ。

 あの人の顔も、見たことがあるような気がする。

 毬栗頭で眉は薄く、ちょっと垂れ目がちな人の良さそうな顔。そんな顔立ちは、里の鼻たれ小僧のエオルによく似ていて――


「ああっ! あなたエオルのお父さんじゃないですか」


 道理で見覚えがあるわけだ。この人、エオルのパパである。

 例のシドル山脈の牛騒動の際、病気だったこの人の奥さんへは、俺達が山で摘んだ薬草が贈られている。そのお礼に父子で屋敷まで挨拶に来てくれたことがあるから、俺とこの人とは一度面識があるのだ。

 といっても、会ったのはその一度きりだから、特段深い間柄でもない。

 まぁ、直接の付き合い自体はあまりないものの、このパパさんは里のガキどもに俺が伝説のゴーレム使いだと吹聴したり、色々と前科はあるのだが。

 ええと、お名前は何といったかな。たしかサスさんだかシスさんだか、そんな感じのお名前だったと記憶しているが……。

 背中に乗っている状況から見て、この土色ゴーレムの飼い主は彼だったのだろう。

 エオルの家もゴーレム使いの家系だったのか。


「お父さん、もしかして里から加勢に来てくれたんですか? わざわざすみません。ただ、それなら一足違いで、うちのゴレが全部やっつけてしまって……」

 俺が声をかけると、ゴーレムの肩越しにエオルのお父さんが反応した。

 うつむき気味だった顔が、ゆっくりとこちらを向く。


「ネマキ……さん……」


 その声には覇気がない。

 彼の姿をよく見れば、その顔色もひどく青白い。

 妙だな。以前に会ったときには、もっと健康的な顔色をした男性だったはずだ。

 このとき、彼がゴーレムの背を降りようとした。

 だが、足を滑らせたのか、バランスを崩してそのまま地面に滑落した。


「だ、大丈夫ですか!」

 慌ててゴーレムの足元に駆け寄った。

 横倒しになっているエオルのお父さんを、両手で抱えて助け起こす。

 しかし、ぐったりとしたままで反応がない。

 まずい。この人、意識が……。


 彼の背に腕を回そうとしたとき、ぬるりと、何か生温かい感触で手がすべった。

 それは、人肌の。液体のような。嫌な感触だった。


 恐る恐る自らの手を見た。

 俺の手のひらが、真っ赤に染まっている。

「これは……」

 二の句を継げずに、黙って息を呑んだ。

 無言のまま、急いで彼の背中を確認する。

 このときの俺は、全身から血の気が引いて行くのを感じていた。


 エオルのお父さんの背中には、数本の矢が深々と突き立っていたのだ。

 


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