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破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第6章 襲撃の冒険者
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第69話 アセトゥハウスと怖いパパ -後編-


 

 アセトゥ少年の家は、テテばあさんの家と比べて内装に若干気品がある。

 少年の痩せ具合からして、経済状況が逼迫した家庭なのかと思っていたのだが、実際にはそんな様子も見受けられない。

 広々とした屋敷の中には、絵や骨董品のような物がたくさん飾られている。

 むしろ、生活にかなりの余裕がありそうに見える。


 俺は少年に腕を引かれるまま、応接間らしき部屋へと連れて来られた。

 そして今、何故かそこで、一人の中年男性と対面している。


「ネマキ・ダサイ君、今日はよく来てくれたね。君とは是非一度、会って話をしてみたいと思っていたのだ」


 椅子に腰かける男性は、威厳に満ち溢れた四十がらみの紳士である。

 瞳の色が、アセトゥと同じ緑色をしている。

 だが、はにかむ笑顔の優しい少年とは、対照的な印象を受ける。

 仏頂面で、何だか気難しそうな人物だ。


「私はアセトゥの父親で、セナキという。この家の、現当主だ」


 アセトゥのパパさんだった……。

 正直そうだろうとは思っていたが。

 にしてもアセトゥのお父さんは、セナキさんという名前だったのか。

 なんとなく、俺の名前と響きが似ている気がする。


 俺の一応の本名となっている、ネマキ・ダサイという珍名。

 家名と呼ばれる名字部分の“ダサイ”については、珍しいものとして、色々な人に度々ツッコまれている。当然といえば当然だ。その場のノリと勢いで決めた、即興の名前なのだから。

 しかし意外な事に、名前の部分である“ネマキ”に関しては、ツッコミを受けた経験が一度もない。

 ネマキって名前は、驚くほど皆すんなりと受け入れてくれる。

 おそらく俺のネマキは、この世界的に違和感がない名前である可能性が高い。

 これってもしや、セナキさんのような名前の人がいるせいなのか? 案外探せば、俺以外のネマキさんも見つかるのだろうか。


「アセトゥから、いつも君の話は聞いている。……何でも、大変良くしてくれているそうだね」

「いえ、良くしているだなんて。むしろ俺の方が、お子さんにはいつもお世話になりっぱなしです」

 ちなみにこれは社交辞令でも何でもない。

 情けないことに、俺はマジでこの少年には世話にしかなっていない……。

「本当かね? ならば良いんだが。うちの子はご覧の通りで、淑やかさの欠片もないし、落ち着きもないしで、ほとほと困っているんだよ」

 父親のこの発言に、アセトゥがつんとした態度で反駁した。

「別にいいでしょう、父さま。そんなのは私の勝手です」

 パパさんは溜息を吐き、一層渋い顔になった。

「はぁ、アセトゥ……。まったくお前という子は……」


 ……おいおい、どうしたアセトゥ少年。

 いつもの向日葵のような笑顔のお前は、一体どこへ行ってしまったんだ。

 これではまるで、反抗期の女子高生と父親の会話の空気じゃないか。パパさんが気の毒だぞ。

 というか、アセトゥは家での一人称は“オレ”じゃなくて“私”なのか。

 話し方も何だかかしこまっているし、厳しいご家庭なのだろうか。


 いや。確かに実際厳しそうだな、このお父さんは。

 彼はアセトゥのことを問題児のように言う。確かにこの少年は活発な子だが、悪さも全然しないし、むしろ、わんぱく具合で言えば大人しいくらいなのだ。里のクソガキどもは、もっとひどい。

 それに、アセトゥって落ち着きがない子だろうか。別に、そんなこともないよな? それらしい事といえば、うれしいときにぴょんぴょん飛びはねそうになる事くらいじゃないか?


 親御さんの意向でこれ以上大人しくさせてしまうのは、何だか、少し可哀想な気がするなぁ。

 友人として、微力ながら俺も少しだけフォローしておこう。

「俺もアセトゥは、これくらい活発なほうが良いと思います。皆を明るい気持ちにさせてくれる、元気で素敵なお子さんですよ」

「ふむ、そうかね……」

「俺も明るいこの子が大好きです」


 アセトゥパパが、無言で俺を見た。

 何だか意味ありげな表情だ。怖い。一体何だ。

 アセトゥは急に下を向いて、もじもじと小さくなってしまった。どうした、少年よ。耳が真っ赤だぞ。



 このとき、ふと気になった俺は、ちらりと背後のゴレを見た。

 彼女は俺の斜め後ろに、すまし顔で立っている。

 ……意外に平常運転だな。

 家に入る前に少しむずがっていたから心配したが、とりあえずは大丈夫なように見える。ほっとした。

 まぁ、いつものごとく、会話の内容は聞いていなさそうではあるが。


 それにしても……。

 ゴレは元から控えめなやつではあるけれど、知らない人の前や、特にこういった上流階級的なかしこまった席になると、まるっきりのよそいきモードになるよな。

 ふたりきりのときと比べると、不自然なくらいに絡んでこない。


 まるで、普通のゴーレムみたいだ。

 ゴーレムぶっている、というのも、変な言い方なのだが。そんな感じだ。

 別にかしこまらなくてもいいのに。

 自然なゴレのままでいてくれて、構わないんだけどな……。


 すまし顔の彼女に対して、俺はほんの微かに笑顔を向けてみた。

 長い耳がぴこぴこと激しく動き始めたのを見て安心し、そのまま視線を前に戻した。



------



 その後、アセトゥは顔を赤くしてほとんど喋らなくなってしまった。

 なので仕方なく、俺とパパさんとで世話話を続けた。


 といっても、俺と彼の二人だけで会話が弾むわけもない。

 スペリア先生、ハゲ、デマラーンのじいさん……と、この世界に来て以降、見ようによっては各地でおっさんばかりを次々攻略する旅を続けているような俺ではあるが、別段おっさんとのトークスキルがあるわけではない。すべて偶然の産物である。俺はごく普通の若者だ。

 初対面の威圧感溢れる不機嫌なおっさんと急にできる話題など、俺にはそう多くはないのだ……。

 先ほどから会話の内容も、俺がアセトゥと普段どのように過ごしているのかとか、アセトゥんちで飼っている一本角についての所見を聞かせてほしいだとか、そんなパパさんの質問に俺が答えるといった感じだ。


 なんだか面接を受けているような気分である。


 辛い……。

 俺は一体何故こんな目にあっているのだろう。

 お腹をすかせた後輩に、親切心からお菓子を食べさせに来ただけなのに。

 第一、相手が綺麗なお姉さんならともかく、苦労して四十代のおっさんと親睦を深める行為に、俺は何のメリットも見出せない。1ミリたりともモチベーションが上がらない。

 誰でもいい、早く俺をこの苦行から解放してくれ。

 アセトゥ、早く復活しろ。

 ゴレ、いつものように、早く何か問題行動を起こせ。


 だが、俺の願いとは裏腹に、ふたりがアクションを起こす気配はなかった。

 アセトゥの復帰にはまだ希望があるが、ゴレの方は期待薄だろうな……。

 何故なら、さっき俺がつい微笑みかけてしまったからだ。

 ゴレのやつ、大人しくしていたおかげで俺に褒められたと、絶対に勘ちがいしていやがると思う。

 そうじゃない、そうじゃないぞゴレ。むしろお前が大人しすぎて気色が悪かったから、俺はそれを心配してだな……。


 もはや、こうなった以上は仕方がない。このまま面接官の質問に適当に返答しつつ、さっさとこの微妙な空気の面談を終わらせてしまう他ないだろう。

 覚悟を決めた俺は、大きく息を吸い込み、そして口を開いた。


「ええっと、先ほどのご質問についての回答ですが、俺としては、貴家の一本角(アルパス)の第一印象は、やはり頭の角の立派さで――……」



------



 それから、およそ一時間の時が経過していた。


 応接間に、俺とおっさんの声が響いている。

 現在、この部屋の空気は完全にヒートアップしていた。

 理由は、俺とおっさんの魂の語り合いが、熱く、激しく、燃え上がっているせいである。


「……で、だね! その御前試合において、先代当主である私の伯父が操るアルパスは、なんと! 相手の(つち)ゴーレムの索敵紋を頭の角で突くことで破壊し、華麗な勝利をおさめたわけだよ!」

「ええっ、マジで!? あの角って戦闘で使えるんですか!?」

「と、思うだろう? 実はね、こ・れ・が、使えてしまうんだなぁ~~!」


 身を乗り出して語るおっさん。

 大興奮する俺。

 最初は堅そうな印象のあったアセトゥパパだが、実はただの話しやすいおっさんだったようである。


「角やっべええええ! かっけええええ!」

「だろう? アルパスの角すごいだろう? なーっはっはっは!」


 角のロマンは、世界の壁を超えた男の共通言語だったのだ。

 そして、実際に壁を超えてやって来た俺とおっさんは混ぜ合わされたことにより、謎の化学反応を起こしていた。

 同席するアセトゥとゴレは、もはや完全な空気と化している。


「というか、槌ゴーレムって、たしかくそでかい重ゴーレムですよね? 急所狙いとはいえ、あれを角で刺し倒したんですか……。やっぱ、あいつの角半端ねえなあ……」

「ふっふっふ。まぁ、一角ゴーレムの角は、あくまで索敵補助用の物だ。もちろん普通は敵ゴーレムを貫くなんて、無理な芸当なのだがね。しかし、アルパスの角には、特別製の硬魔岩(こうまがん)の支柱が埋め込んであるんだ。この生成法は、我が家の秘伝なんだよ」

「へえー。ああ、だけどそう言われてみると、確かに納得ですね。あいつの角って、図鑑の挿絵よりも何だか逞しくて存在感があるし、実はずっと気になっていたんです」

「ほう……。書物の挿絵で角の違いに気付くか。ネマキ君、なかなか見る目あるよ。それに実際のゴーレム同士の試合のときにも、そういう着眼点って意外と重要だからね」

「あはは、どうも。……まぁ、でかい角は男のロマンですしね」

 褒められて照れくさい俺は、頭をかきながら笑った。


 と、このとき気付いた。

 いつのまにか、俺を見つめるおっさんの目が、とても優しくなっているんだ。

 その緑色の瞳は、やっぱりアセトゥと似ている。


「うんうん、そうだよねぇ。おじさんその気持ち、とてもわかるよ……。うちのアセトゥは才能はあるんだが、そのへんに関してはどうもドライでねぇ。ロマンが分からないというか……。はぁ、やっぱり話のできる男の子っていいなぁ……」

 そう呟いたおっさんは、まるで憑き物の落ちたような、しみじみとした笑顔だった。

「私はね、ずっと息子とこんな話がしてみたかったんだよ」

 気のせいか、おっさんは若干涙ぐんでいるように見える。

 この人、普段家族の前では、こういう話がしたくても出来なかったのかもしれないな……。

 俺におっさんの孤独な心が少しでも癒せたのなら、本当に良かった。



 おっさんと二人、時間を忘れてでかい角のロマンを語り合っていたとき、静かに応接間の扉が開いた。

 アセトゥのお母さんが、ハーブティを淹れてきてくれたのだ。


「ふふ、随分と盛り上がっているのね。ネマキさん、今日はゆっくりしていってね」


 そう言って微笑むアセトゥママは、めちゃくちゃ綺麗な人だった。

 しかもこのお母さん、やたら若い……。

 少なくとも、見た目はせいぜい二十代後半にしか見えない。

 こんな年下超絶美人の奥さんを捕まえるとは、マジでやるじゃないか、おっさんよ。見直したぞ。


 しかしこうして並んでいると、アセトゥ少年はお母さんに瓜二つだ。

 この子は完全に母親似だな。

 アセトゥは健康的な小麦色の肌で、瞳の緑色が父親譲りだ。だから美白のママさんと並ぶと、なんだか色違いのアセトゥが二人いるようにすら見える。


 アセトゥパパもアセトゥママも、肌の色は白い。

 コーカソイド、すなわち白人種的な外見をした人々だ。元々気付いていたことではあるが、やはりアセトゥの小麦肌は、日焼けの色なのだろう。テテばあさんのように、地の肌色が褐色というわけではないのだ。

 アセトゥ一家の顔立ちは元の世界でいうと、何となくスラヴ系っぽい。ゲルマン系というほどには骨ばっていないし、彫りもそこまで深くはない。ややマイルドな顔立ちだ。

 俺が召喚から今までに見てきたこの世界の人は、多分この人種が一番多い。ハゲやテルゥちゃんなんかも、こんな感じだった。


 そういえば、先日魔術師協会で試合をした、短槍ゴーレム使いのピュウルスなんかは、完全に地中海っぽいラテン系な顔立ちをしていたよな。ああいった感じの人もわりといる。

 ただ、そんな風にどこか見覚えのある顔立ちの人達がいる一方で、テテばあさんのように、元の世界基準で似た人種が思い当たらない人達も、実は結構多い。

 まぁ、つっても、うちのババアの場合はあれだ。

 あいつは絶対ドワーフだな、ドワーフ。

 そもそも、色んな民族が入り乱れるこのゴーレムの里では、別にどの人種が多数派ということはない。皆さんとっても仲が良いし。


「さぁさぁネマキ君、遠慮せず飲んでくれたまえ。それで、先ほどの話の続きなんだがね。実は御前試合の時、アルパスの角を見た当時の皇太子殿下が……」

 俺にお茶をすすめつつ、アセトゥパパが上機嫌で角談義を続けようとした。

 だがこのとき、ママさんがすっと話を遮った。

「……あなた、そろそろ里の寄り合いが始まる時間ですよ」

「何、もうそんな時間なのかい? うーん、今日は休んでしまって良いんじゃないか。私はネマキ君と、もう少しゴーレムについて色々な話を……」

「……あなた」

「…………。う、うん。寄り合いへの出席は、当主の義務だからね。すぐに支度をするよ」


 おっさんは、そそくさと外出の準備を始めた。

 どうもおっさん、この奥さんの尻に敷かれている様子だな。

 第一印象はわりと威厳と気品にあふれる紳士という感じだったが、あれはどうやら、俺の前で頑張って威厳を出そうとしていただけみたいだ……。


 哀愁漂う背中で、応接間を後にするおっさん。

 このとき、彼が急にこちらを振り返った。

 そして、座っている俺とアセトゥの様子を交互に見た後、大きくうなずいた。



「うん。ネマキ君、キミ……――合格!」



 えっ? 何が!?


 何かの試験に合格してしまった俺は、当惑しつつ、去りゆくおっさんの背中を見送った。

 困惑顔の俺に、アセトゥママが笑いかけてきた。

「うふふ。あの人はいつもあんな調子なの。お気を悪くなさらないでね」

「あ、いえ……。楽しそうなお父さんで、アセトゥがうらやましいです」

「あらあら、うふふ」

 ママさんは上品に微笑んでいる。

 その柔らかで明るい笑顔は、非常に絵になっている。

 やっぱりこの人、本当に綺麗だ。

 おっさんはママさんを口説き落とす際には、さぞかし苦労したことだろう。尻に敷かれているのは、案外そのせいかもしれんな。


 この時ふと思い立ち、俺はママさんに謝罪した。

「そういえば、今日は突然お邪魔してしまって、申し訳ありませんでした」

 おっさんも何やら用事があったみたいだし、どうも訪問のタイミングが悪かったような気がする。

 俺としては、アセトゥにお菓子を食べさせるだけのつもりだったから、つい気軽にお宅訪問してしまった。にぎやかな後輩の家に、お菓子を持ってゲームをしに行く感覚だったのだ。こんな形で上品な御両親に非常にかしこまった応対をさせてしまうとは、思っていなかった。

 俺はこの世界の接客流儀や社交辞令については良く分からないし、もっと慎重に行動すべきだったかもしれない。

「いいえ、とんでもないわ。ネマキさんなら、いつだって遊びに来ていいんですからね」

 ママさんは笑っている。優しい。



 そのまま皆で、しばらくハーブティを飲んだ。

 半杯ほど飲み終えたあたりで、ママさんがタイミングを見計らったかのように、ゆっくりと口を開いた。

「ところで、ネマキさん。つかぬことをお伺いするのですけど」

「はい、何でしょうか?」

「ネマキさんは東方のお家の方なのですよね?」

「……ええ、そうですが」

 たしかに、そういう設定だ。

 俺は戦乱の続く東の国から、やんごとなき事情で流れてきた魔術師の家の人間ということになっている。


「ご事情はお察ししますわ。東方は今大変ですものね。一時期は統一のきざしが見えていましたけれど、数年前からまた政情が不安定だと聞きますし……」

 言いさした彼女の目線が、俺の反応を推し量るように、すっとこちらへ動いた。

「ネマキさんがこの国にいらしたのは、やはりお家の再興を目指されてのことなのかしら?」

 ママさんは相変わらず、上品に微笑んでいる。

 しかし、その目元は笑っていない。

「……いえ、特にそういうつもりはないのですが」

 やはり没落貴族だと思われているんだな、俺。

 とはいえ、どの道再興する家など俺には無い。


 だが、何気なく発したこの回答を聞いた瞬間。

 ママさんの瞳が、これまでにない強烈な光を放ったように見えた。


「という事は、将来的にご結婚は婿養子の形でも構わないのね!?」


 …………?


「え、ええ。確かにそういった事には、特にこだわりはないですけど」

 事実、婿養子だろうが何だろうが、俺は一向に構わない。

 少し考えてみると分かるが、俺が誰かの婿養子になったところで、“ダサイ”って名字の部分が変わるだけだ。おそらくそれ以外には、まったく何の変化もデメリットも発生しない。

 俺には、社会的しがらみが何も存在していないからだ。

 もしもこの世界の人に婿入りした場合、俺の名前は、ネマキ・マディスとか、ネマキ・スペリアとか、ネマキ・バリとか、ネマキ・ピュウルスとか、そんな感じになるのだろうが……。まぁ、どれもネマキ・ダサイよりはカッコいい気がするよな。むしろ歓迎なのではないか?

 俺が現在抱えている問題は、名字がどうのこうのという事ではない。そもそもの婿にもらってくれそうな女性がまるで存在しないという、もっと根源的かつ死活問題的な部分の話である。


 というか、さっき挙げた婿入り改姓の例……。

 冷静に考えたら、すべて野郎と婆さんの名字ばかりじゃないか!!!

 思いつく結婚のケースが、すべて野郎との同性婚か、遺産目当てでご老人と結婚する詐欺まがいの事案ばかりだなんて、俺の異世界ライフ、色々と終わりすぎているだろう!

 だけど、適齢期の女性の知り合いが一人もいないせいで、適切な名字がまるで思い浮かばない……!


 酷い。あまりにも酷すぎる。

 俺は一体前世でどんな重い罪を犯してしまったというのだ……。

 がっくりと肩を落とし、沈痛なお葬式モードになる俺。

 だが、それとは対照的に、ママさんは何故かすこぶる上機嫌だ。

 笑顔がアセトゥそっくりだ。ほんと可愛いお母さんだなぁ。


 このとき、彼女が何かを思いついたように、輝く笑顔で、ぽんっと手を叩いた。

「そうだわ! 今日はテテ先生もお出かけになっているんでしょう? お一人だとお食事の支度など大変でしょうし……。今夜はうちに泊まっていってはどうかしら? うふふ、ね? ね?」

 えらいテンション高いですね、お母さん。

 ありがたい申し出だけど、この場はさり気なく辞退しておくのが正解だろう。

 この言葉がママさんの本気なのか、この世界の社交辞令なのか、俺には判断がつかないからだ。軽い気持ちでお邪魔して、丁重な接客をさせてしまった今回のような例もある。

 それに、一応テテばあさんから留守番を頼まれている以上、さすがに屋敷をほっぽり出してよその家に泊まるのは避けたい。

 第一、俺は少年にお菓子を食べさせに来ただけだし。

 

 しかしママさんのこの発言に、それまで恥ずかしそうに黙りこくっていたアセトゥが、急にきらきらと目を輝かせた。

「えっ! ネマキ兄ちゃん今日うちに泊まるの? やったあ!」

 あっ、おい待て少年! 母上の社交辞令を真に受けるんじゃあない!

 俺は、あわててフォローに入った。

「ははは、ありがとうございます、お母さん。嬉しいなぁ。しかし残念なのですが、俺は先生から言いつけられた仕事がまだ残っていて。今夜は屋敷へ戻らないといけないんです」

「えー? ネマキ兄ちゃん、どうせ先生いないから鶏と山羊の世話以外全部サボるって言ってたじゃん!」

「ちょっ おま……」

 おいこら、少年! 俺の大人の配慮をぶち壊すんじゃあないっ!


「うふふ。ご遠慮なさらなくたっていいんですよ。ネマキさんはもう、うちの家族も同然なんですからね」

 ママさんは笑っている。

 しっかしこのママさん、見れば見るほど可愛いらしいなぁ。


 こんな女性を口説き落とすおっさんは、ああ見えてあなどれない。

 俺、おっさんに弟子入りして、恋愛テクを伝授してもらおうかな……。

 

 


 

 ~アセトゥハウス 深読みのヒント~

 主人公との会話中、パパさんは先代当主であるアセトゥの祖父のことを、「父」ではなく「伯父おじ」と呼んでいます。このシーンに疑問を持たれた方も多いのでは。

 実はこの発言の裏に、この家の真実があります。

 つまりこのご夫妻は、いとこ婚なのです。話題に出てくるお祖父さんは、彼にとっての伯父。ママさんにとっての実父にあたります。パパさん自身は、元々分家の出身です。


 そうなんです。

 パパさんも、実は婿養子です……。

 アセトゥハウスの真のラスボスは、ママさんです。

 

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