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破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第6章 襲撃の冒険者
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第68話 アセトゥハウスと怖いパパ -前編-


 

「ごめんな、ゴレ。さっきはつい取り乱してしまった……」


 俺は、隣に寄り添う相棒に謝罪した。

 現在こうして、路地の脇の石垣に、ゴレとふたり並んで腰かけている。

 先ほどはモテなさすぎて錯乱し、つい彼女に泣きついてしまった。まことゴーレムの飼い主としてあるまじき失態である。


 しかし、今の俺は既に平常心を取り戻している。

 もう大丈夫だ。人間はモテないからって、死にはしない。

 こういうときの思考の切り替えの早さは、俺の美徳だ。

 俺が身体を離したので、ゴレはちょっと……いや、かなり名残惜しそうだ。いまだ彼女は所在なさげに、俺を抱きしめていた手を宙に漂わせている。まるで俺の残像を抱きしめるかのごとく。


 それにしても、さっきは周囲に誰もいなくてよかった。

 流石の俺も、モテなさすぎて道端でゴーレムに泣きすがる憐れな男として、里中の噂になるのはちょっと恥ずかしい。

 まぁ、元々里のここら辺は、そんなに人通りが無いんだけどな。

 ほら、テテばあさんの屋敷って、里の入り口から一番外れた北の端っこにあるだろう? おまけに、ここら一帯は高さもある。ばあさんちの近所は、里の中でも人の少ない区画なんだ。

 静かで眺めも良いし、住んでみるとなかなかの場所なんだけど。

 人が多くいるのは、中央の大きな坂道沿いとか、正門付近の広場などの方だ。


「……ともあれ、今日はこれからどうしようか?」


 薪の配達は無事終わったし、特にすることはない。

 テテばあさんが留守なので、一日中ダラダラしていたり、勉強や文字の練習をサボっていても、ぶっ叩かれる心配もない。

 甘いゴレが、サボった俺に対して説教をすることは、200%ありえない。

 200%という数字は、説教をしない確率が100%、むしろ積極的に甘やかしてくる確率が100%という意味である。

 そう。俺は今、自由という名の翼を得ている。

 ババアがいないだけで、世界はこんなにも光に満ち溢れていたのか!

 ま、何だかんだ言って昨日までは一応サボらず勉強もしていたし、今日くらいは思い切り遊んでも良いはずだ。


 うーむ。とすれば、里のどこかへ遊びに行くか。

 このままテテばあさんの屋敷へ戻っても仕方がないんだよな。

 実は、今日はアセトゥ少年も屋敷へは遊びに来ない。

 今日と明日の2日間は、アセトゥの相棒(ゴーレム)である一本角が、番兵の当直で正門に立っている日だからだ。したがって飼い主のアセトゥも、緊急時に備えて自宅周辺で待機になる。正門から遠いテテばあさんの屋敷には来られない。

 となれば、かまってくれる可愛い後輩もいない退屈な屋敷へ戻るよりは、外へ遊びにいくのがベストな選択だろう。

 それに、一日中屋敷にふたりっきりだと分かれば、気合いの入りまくったゴレに甘やかされまくる。気付いたら一日が終わってしまいかねない。ヤバい。


 さて、一体どこへ行こうか。

 近くの林や森でバードウォッチングなんて楽しそうなんだがな。渓流で釣りなんてのも良さそうだ。つっても、もちろん今は里の外へは出られない。留守番を任されている身だ。

 自然の中での遊びは、またの機会にしよう。

 しかしそう考えてみると、今の俺には意外と選択肢が少ないな。

 エオル達ガキどもと遊んでやってもいいのだけれど、おそらくこの時間帯だと、彼らはまだ私塾所に行っているだろう。

 と、このとき頭にひとつの考えが浮かんだ。


 我が友、一本角だ。


 今、里の正門でちょうど番兵をしているはずの、アセトゥの相棒。あの大きくて強そうな緑色の一角ゴーレムのことが、俺は正直言って、大のお気に入りだ。

 だが俺は普段、そんなに彼と会えない。

 一本角は、番兵をやっている時以外はアセトゥの自宅にいるのだ。テテばあさんの家には滅多にやって来ない。

 当然といえば当然なのかもしれない。犬というものは、普段は家に家族といるものだ。子供の学校や塾にはついて来ない。

 それに、普通に考えれば、ゴーレムは貴重な労働力のはずだ。色々と家族のお手伝いをしているのではないだろうか。ただでさえ貧乏なアセトゥの家は、普段から働き手が一人抜けている状態でもあるわけだし。

 

「だが、俺は寂しいぞ、一本角よ……」


 ここ数日の間デバスをばあさんに取られてしまっていることもあり、現在、俺の中の大型犬成分は、深刻な欠乏状態に陥りつつあった。

 そうだ、一本角に会いにいこう。

 今はテテばあさんが不在だから、仕事中の一本角を触っても、杖でしばかれたりはしないはずだ。


 俺は愛しい一本角を求め、ふらふらと里の入り口に向かって歩きはじめた。



------



 一本角を目指し、ゴレと一緒に緩やかな坂道を下っていく。

 ゴーレムの里は、今日も至って平和で穏やかだ。


「本当に、まったく普段通りだよなぁ。ばあさんの言うような、里の外で何か変事が起こっているとは、俺にはとても思えないんだが……」

 呟きつつ、坂道を見渡した。

 いつも通り、どこの家で飼っているのかわからない鶏が歩き回っている。

 マジで誰の鶏なんだ、こいつは……。

 鶏は元気に、こっこっと鳴いている。


 足元の鶏から少し視線を上げた。

 いつも通り、赤髪のガタイの良い男性が、道の向こうで塀の修理をしている。

 マジで何故いつも上半身裸なんだ、あいつは……。

 里の皆は、普通に服を着ているのだが。

 あのマッチョだけは、いつも逞しい裸体を晒している。

 何故だ。


 それにしても、ううむ……。

 いつもながら見事な大胸筋だ。

 腹筋も見事なシックスパックに割れている。

 思わず「ナイスバルク!」と声をかけたくなるほどである。


 そんなこんなで、異世界の鶏や筋肉を鑑賞しつつ、坂道をのんびりと歩く。

 途中で何度かご老人に呼び止められ、お菓子をもらった。

 これも鶏や筋肉と並んで、もはや日常の光景だ。

 皆さんから頂くお菓子は、本当に地方色豊かである。基本的にはパイやケーキ系の洋菓子っぽい見た目のものが多く、次いで和菓子テイストのする団子みたいなお菓子が多い。先ほどもらった花餅(かもち)のような、正体がいまいち分からない、異世界の不思議お菓子もたまにもらう。

 そして、やはり皆さん、俺が腹を空かせていると思い込んでいる。

 もちろん、べつに腹は減っていない。

 でも、ありがたく頂いておく。


 俺は、お菓子を下さるおばあさん方のお名前は、わりと覚えている。

 テアスゥおばあさん。

 セリェおばあさん。

 エルナおばあさんに、イマルゥおばあさん――……


 この世界は元の世界と言語体系が全く違うから、人々の名前も当然違ってくる。

 男女問わず、ちょっと耳慣れない名前が多い。

 正確に言えば、どこかで聞いたような名の人も、ごく稀に居るには居る。だがこれはおそらく、異言語間に偶発的に起こる音の合致だと思う。例えるなら、旧約聖書に出てくる「Naomi」さんと日本の「直美」さんのような、言語的な起源をまったく異にする二つの名前だ。

 この世界の色々な人の名前を聞いていると、どうも、名づけには独自の法則性がある。


 ――例えば最近気づいたのだが、女性名は末尾を小さく伸ばす場合が多い。


 さっき挙げたおばあさん達の名前も、エルナおばあさん以外は、全員末尾が“ゥ”とか“ェ”とかの母音で小さく伸びている。花餅をくれた、ネルァおばあさんもそうだったよな。

 もちろん、すべての女性が名前の末尾を伸ばすわけではない。あくまでその傾向が強い、といったレベルだ。体感だと、およそ全体の7割か8割ってところだろうか? うちのテテばあさんなんかも、本名はテテオだから例外だ。

 この辺りは、どうやら出身部族などによっても、微妙な差異があるみたいだ。


 こういった名づけ法則からすると、『魔術入門Ⅳ』の執筆担当者であり、ある意味で俺の土魔術の師匠でもあるエメアリゥ・ヘイレム先生なども、俺の脳内設定だけでなく、事実として、おそらくは女性だったのだろうと思われる。

 つまりエメアリゥ先生は、妄想ではなく公式で、年上おっとりお姉さんである可能性が残されているということだ。素晴らしい。


 また、これらの名前の中でも、特に末尾が“ルゥ”となるのは、非常に典型的な女性名のようだ。この世界の人たちの感覚からすると、とても女性らしい、美しく柔らかな印象を受ける名前だという話である。

 例えば、テルゥちゃんの名前はこれに当たる。

 ハゲや奥さんが娘さんの名に込めた願いが、なんとなく想像できるな。


 さて、本題はここからだ。

 これらの事実は、あるもうひとつの重要な真実を浮き彫りにしている。

 それはつまり――



 “ゴレ太郎”という名前が、

 この世界的にはパーフェクトに女の子の名前だってことだ。



 うちの相棒の素敵で愛らしい戸籍上の本名の読み方は、もちろん、“ゴレタロウ”。しかしご存知の通り、俺の辞書翻訳能力では微妙な発音修正が行われる為、この世界の人々に実際に聞こえている音は“ゴレタルゥ”である。

 俺がゴレに話しかけるときも、この世界の言葉で語りかけている以上、当然ゴレ本人には“ゴレタルゥ”と聞こえているはずだ。実際、こいつが自分の本名を“ゴレタルゥ・ダサイ”だと誤認してしまっている事は、先日名前を書かせたときにはっきりと確定している。

 

 ……って事はだ、つまり。

 ゴレは最初の名づけの時から、自分をメスだと認識していたのではないか?


 だから相棒の俺が美少女フィギュア愛好家の変態紳士だと勘違いしたときに、空気の読めるこいつは、何の抵抗もなく、サービスとして、あっさり美少女フィギュアになる道を選んでしまったのではないだろうか。

 男としてのプライドをまるで感じなかったし、おかしいとは思っていたんだ。


 ってことは、何か? 何も知らない無垢で優しいゴレ太郎を、美少女フィギュアの道へと歩ませてしまったのは、実は俺の命名責任でもあったということか?

 俺は何という罪深い人間なのだ……。

 自らが無自覚のうちに犯してしまった過ちに戦慄し、俺は悔悟に震えた。

 すまない、本当にすまないゴレ。

 俺はとりかえしのつかない事をしてしまった。

 こうなった以上は名づけ親の責任として、お前が後悔しないよう、女の子としての幸せな人生を歩ませてみせる。



 ……ま、それはともかくとしてだ。

 要するに、この世界の女性達は、末尾を小さく伸ばしている可愛らしい名前が多いって事だな。


「ネマキ兄ちゃーんっ!」

 ちょうどその時、俺を呼ぶ声がした。

 声の方を振り返る。里の正門方面に建っている大きな家から、健康的な小麦色の肌をした、細っこい小柄な人物が駆け寄って来るのが見えた。

 それはまるで若鹿のような、しなやかで軽快な走りだった。



 おお、アセトゥ少年ではないか!



「ようアセトゥ! 今日も元気だな」

 声をかける俺の前に、少年が息をはずませながら到着した。

 今にもぴょんぴょんと飛びはねそうだ。

 まったく、元気で活発な男の子である。

「どうしたのネマキ兄ちゃん! ひょっとして、うちに遊びに来たの?」

 アセトゥ少年のエメラルドグリーンの瞳が、きらきらと輝いている。

 えらく嬉しそうだな、少年よ。

 俺はどちらかと言えば、一本角と遊びに来たのだが……。


 そこで、ふと思い出した。

 肩掛け鞄の中に入れてある、ここに来るまでに里のおばあさん方からもらった、大量のお菓子たちのことだ。

 ちょうど良い機会だ、筋肉の足りないアセトゥに栄養を与えよう。

 どの道ひとりでは食べきれない量なのだ。

「ああ、そうなんだ。お土産にお菓子が沢山ある。もし良かったら、アセトゥの家で一緒に食べようか」

「わああ! オレ、甘いお菓子大好き!」

 うれしそうにはしゃぐ弟のようなこの少年に、俺も思わず笑みがこぼれた。


 いっぱい食べて大きくなるんだぞ、アセトゥ。

 さっき見かけた赤髪のマッチョ男くらいのガタイに育ってくれれば、お兄さんも安心できる。



------



 そんなわけで、俺達はそのままアセトゥの家へお呼ばれすることになった。

 先ほどアセトゥが飛び出してきた大きな家が、彼の自宅だったようだ。


 立派な門扉をくぐると、お庭の広い、ゆったりとしたお宅が見えた。

 というか、本当にでかい家だな……。

 いや、しかし、サイズ的にはテテばあさんの家よりやや控えめだし、別にたいしたことはないのだろうか?

 このゴーレムの里は敷地も建物も、どこも一軒がやたら大きい。案外これくらいが一般的な邸宅のサイズなのかもしれん。


 ……俺の中での家のサイズ感は、微妙に麻痺しつつあった。


 庭から、アセトゥハウスの建物を観察した。

 アセトゥハウスは屋敷自体もでかいが、玄関もでかい。

 正面の大きく開いている玄関から入ってすぐの位置に、広い土間のような空間があるのが見える。

 広々として何も置かれていない、石かコンクリートのような床だ。

 このような謎のスペースは、無駄に広いテテばあさんの家屋敷にもない。


 なんとなく、ピンと来た。

 ここは本来、一本角が過ごす為のスペースなのだろう。

 入り口がやたらでかいのも、おそらくはそのせいだ。背の高い一本角が、屈まなくても通れるようにしてあるに違いない。 

 昔の田舎の民家は、一つ屋根の下で、土間を隔てて人間と馬が一緒に生活していたりしたという。案外そんな感じなのかもしれない。いや、むしろ人の生活空間との距離自体は、アセトゥハウスの方がもっと近いか。家の中から、家族がすぐに一本角に声をかけてやれる距離だ。

 きっと一本角のやつは大切に飼われているのだろう。

 俺のアセトゥの家族に対する好感度は上がった。


「ただいまー!」

 玄関から、アセトゥ少年が元気いっぱいに帰宅した。

「失礼します」

 続いて俺もお宅にお邪魔しようとした。

 

 ……だが、このとき、背中にほんの微かな抵抗を感じた。


 後ろから、軽く服を引っぱられたような。

 普通の人なら気づかずに無視してしまうくらいの、本当にささやかな力。

 しかし、俺は知っている。

 これは、自己主張が超下手くそな俺の相棒が、かまって欲しいときに見せる、精一杯の、必死の合図である。


 後ろを振り返ると、やはりゴレが服の裾を小さくひっぱっていた。

 彼女の深紅の瞳はためらいがちに伏せられ、足元の地面をみつめている。


「……どうした、ゴレ?」

 遊んでほしいのだろうか。

 べつに構わないのだが、今は他人様の家の玄関だからなぁ。


 いや、ゴレのこの様子、遊んでほしいのとは、微妙に違うか……?

 何だか、すごく必死な感じがする。おどおどと自信なさげに俺の裾をつかむ手が、かすかに震えている。


 俺は相棒のサインを見極めようと、立ち止まり、その姿に目を凝らした。

 ゴレは俺に何かを必死に伝えようとしている気がする。

 こいつがこんな風に、一生けんめい一生けんめい何かを俺に言おうとしているときには、心静かに優しく耳をすませてやると、何だか、ゴレの想いみたいなものが、ほんの少しだけ伝わってくることがあるんだ。

 でも、こいつは口下手で自己表現が苦手だから、なかなか上手に気持ちを俺に伝える事ができない。


 俺は、おしゃべりが下手くそなゴレが話しかけてくれるのを、じっと辛抱強く待った。

 なんとなく、きちんと聞いてあげないといけないような気がするのだ。

 何故だろうな。理由は俺にもよくわからない。

 しかし、でないとまた、悲しんだ彼女が牛を呼んでしまうような――


 このとき、先に玄関に入っていたアセトゥが、こちらを振り返った。

 エメラルド色の瞳が、満点の星空のようにきらめいている。

「ネマキ兄ちゃん、早く早くっ! こっちだよっ!」

「ああ、すまないアセトゥ。今ゴレが何か言っているんだ。申し訳ないんだが、少しだけ待ってく……――って、うおおおっ!?」


 俺の手を引くアセトゥの細腕が、予想外のパワーを発揮した。

 あっという間に、俺はアセトゥハウスの中へと引きずり込まれていった。

 


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