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破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第6章 襲撃の冒険者
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第67話 薪割りと夏休み


 

 窓辺から、柔らかな朝の日差しが差し込んでいる。

 ゆっくりと目を開けた。


 目の前に、うっとりと見つめてくる二つの深紅の瞳があった。

 うおっ! 顔近っ!?

 あ、何だゴレか……。


「お前、また俺が寝ている間に、上にのしかかっていたのか……」


 ソファで寝ている俺の上で、ゴレがマウントポジションを取っている。

 こうして朝起きたときにゴレの顔面が迫っているのは、もはや日常の光景なのだが、最近、こいつの顔が徐々に近づいてきているような気がする。

 今などは、もうあと数ミリで、唇と唇が触れそうな近さだった。

 以前俺は、ゴレは顔をぺろぺろ舐めて起こそうとしたりしないから、犬よりもおりこうだと評したことがある。だが、そろそろこの発言を撤回することになるかもしれない。


 やはりゴーレムは、ほぼ犬だったみたいだ……。


 ここで顔をぺろぺろしようとするゴレを叱るという選択肢も一応あるのだが、個人的にはそうするつもりはない。

 俺は、犬を飼っていた経験上知っている。

 顔を舐めてくるのは、犬にとって最大級の親愛の表現なのだ。


「あー、はいはい。おはようゴレ、お前は今日も元気だな」

 犬のごとくじゃれついてくるゴレを手で軽く押しやりながら、寝ていたソファから半身を起こす。

 いつもは離れ家の方で寝起きしている俺とゴレなのだが、留守番中である現在は、こうして母屋の大きなふかふかソファで寝ていた。

 このソファは柔らかくて、すごく寝心地が良い。絶対に高いやつだ。

 普段はソファで寝たりすると、テテばあさんに叱られるけど……。しかし、今ばあさんは不在。俺はこの家にて無敵である。


 くすぐったそうにするゴレの頭をなでつつ、寝ぼけ眼で広い居間を見回した。

 やはり、屋敷にテテばあさんが帰宅している様子はない。

 そもそも俺がこうしてソファでのんびり目覚めた事実が、ばあさんの不在を明確に示している。あのババアがもし帰っていたら、俺はその瞬間に杖でソファから叩き落とされているだろうからだ。


「……ばあさんとデバスのやつ、結局昨夜も帰ってこなかったか」


 テテばあさん達が南の街へ行ってから、実は今日で、既に3日目の朝だ。

 優しいゴレにだらだらと甘やかされて、ババア不在の快適なバカンスを楽しんでいる間に、あっという間に3日も過ぎてしまったのだ。

 堕落とは恐ろしい……。


 それにしても、3日か。

 ばあさん達の帰りが、少しばかり遅い気がするな。

 といっても、南の海沿いまでは往復の移動だけで2日は必要な距離だ。別にまだ心配するような日数でもない。

 この件については、昨日アセトゥに確認を取ってみた。少年が言うには、南の街々を移動して人に会いながら色々と調べる場合、ばあさんの戻りまで5・6日くらいかかる可能性も普通にあるということだ。


 というわけで、今日も引き続き、ババアのいない夏休み状態である。

 思わず笑顔になる俺。

 俺の上にのしかかっているゴレもうれしそうだ。

 エルフ耳がぴくぴくと上機嫌に動き、くりくりとした赤い瞳が熱心にこちらを見つめてくる。

 彼女が上から顔を寄せてくるせいで、さらさらの長い髪の毛が頬に当たる。少し、くすぐったい。


 ……なぁ、ところでゴレよ。

 俺はそろそろ起きないといけない。

 ご機嫌なのは結構だが、いい加減に俺の上から降りてくれないだろうか……。



------



 母屋で軽めの朝食を済ませた後、ゴレとふたりで庭へ出た。

 鶏小屋の鶏達と裏庭の山羊達に餌やりをして、その足で、離れ家の裏手へと移動した。

 ここはちょっとした作業ができる広さのある、裏庭的な小空間だ。

 また、敷地の中の奥まった位置にあるため、人目につかない場所でもある。


 ゴレと共に、静かなその場所に立った。

 穏やかな朝日の中、森から里へと流れ込む早朝の空気は湿っている。

 静かに目を閉じ耳を澄ますと、遠くで様々な鳥のさえずりが聞こえた。

 とても落ち着く空間だ。


 ここへやって来たのは、薪割りをするためである。


 この里に来て以来、薪割りは俺の大切な仕事だ。

 俺は暇な若者なので、近所のお年寄り家庭の薪も全部割ることにしていた。


 各家庭の薪は、いつもデバスに頼んで、この離れの裏手まで運び込んでおいてもらっている。でもって、それを数日に一度、誰もいない時に俺がこっそり割っておくのだ。

 寡黙なデバスと俺は、阿吽の呼吸が出来るなかなか良いコンビである。

 今目の前にある薪も、デバスが出発前日の深夜に、軒下に積んでいておいてくれたようだ。本当にデバスは賢くて空気が読める。

 こういった薪の受け取りは力仕事だけど、当然お年寄りとのコミュニケーションも発生する。コミュ障気味のうちのゴレには、難易度が高すぎるんだ。その点、デバスはコミュ力が高い。適材適所というやつだ。


 お年寄りの皆さんは、俺が薪を割ると非常に喜んで下さる。

 例のごとく、お礼にお菓子やお惣菜をよく頂く。


 なんだか、すっかり里の生活に馴染んでしまっている気がする……。

 俺は本来なら都会の大きな図書館に行って、“破滅の魔導王”について調べなければならなかったはずなんだ。これって、絶対に重要な案件のような気がするんだけどなぁ……。

 とても不味い。誇り高き野生の文化人である俺だが、最近はババアによって巧妙に飼い慣らされ、うっかりすると本来の目的を失念しそうになっている。このままでは牙を抜かれ、この里に定住なんてことになりかねない。


 それに実は他にも、出発のハードルが地味に高くなりつつあるのだ。

 特に、アセトゥが問題だ。

 俺が里を発つような話題を出すと、弟のように懐いてくれているあの子は、今にも泣き出しそうになるんだ。本人は笑顔で気丈にふるまっているのだが、時折鼻をすすったり、声が上ずったりするからモロばれだ。普段が元気なだけに、すぐに分かってしまう。

 これって非常に不味いパターンだよな。

 以前のティバラの街でも、ハゲやテルゥちゃんが悲しそうな顔をするせいで、俺はなかなか彼らを振り切って出発することができなかった……。


 ま、まぁ、とりあえず、その件については置いておこうと思う。

 たしかに現在、恐怖のババアも、鬼索敵能力のデバスもいない。涙目で「兄ちゃん、兄ちゃん」と言いながら俺の足を鈍らせるアセトゥだって、側にはいない。逃げるには絶好の機会だ。

 でも、今は里の非常時なのだ。

 ここ数日は特に何も起こっていないし、里の様子は平和な日常そのものではある。だが、ばあさんが危惧している、何かが起こる可能性はあるんだ。こんなタイミングで、仲良くなった里のガキどもやお年寄り達をほっぽり出して逃亡? 無理だ。俺にはとてもできない……。


 やはり考えるだけ無駄のようだ。

 ならば今は、ただの薪割りマシーンとして、目の前の薪を無心で割ろう。

 思考を放棄した俺は、うず高く積まれた薪の山の前に立った。



 ……ちなみにこの薪割り、魔導により完全軌道制御された〈土の戦斧〉のラッシュで切り刻むので、一瞬で終わる。



 この里に来てから俺が一番成長したのは、実はこの薪割り技術かもしれない。

 繰り返される薪割り修行により、戦斧を片手持ちにした状態での制御技術は、無駄に鍛えられつつあった。作業時間も急速にどんどん早くなっている。

 なんかもう、この腕前なら、並の剣の達人程度はあっさりサイコロカットにして瞬殺できそうな気もする。

 だけどもちろん俺は、刃物を持つとすぐ他人に向けたくなるような、そんな心の弱い不良とは違う。

 だから当然、日用品である斧を暴力に悪用するつもりなどはないのだ。


 そういえば、俺はこの里に来た当初、薪割りくらいの作業は各家庭のゴーレムがやってくれるのではないかと思っていた。

 だが、実際はそうでもないらしい。

 農作業用ゴーレムしかいない家では、多くの場合、薪割りは自分達でやっているみたいだ。

 上手に手斧を使って薪割りの出来る農作業用ゴーレムというのは、実は案外少ないのだ。コツの必要な道具を使う作業は、どうも彼らにとっては難易度が跳ね上がるらしい。ゴーレム用の鍬や鋤みたいな、わりと力任せに扱える専用の大きな道具は得意みたいなのだが。

 これはおそらく、農作業用ゴーレムの器用さが低いのが要因なのだと思う。

 俺の愛読書である『ゴーレム図鑑』の性能評価項目の中には、“精密動作”というのがある。こいつはゴーレムの器用さに関わる項目らしいのだが、農作業用ゴーレムというのは、たしかこの精密動作が最低評価になっていた。


 そんなわけだから、男手もなく農作業用ゴーレムしかいないご家庭の薪は、俺が用意してあげるべきなのだ。

 そう、魔導王から全自動薪割りマシーンへとジョブチェンジした、この俺が。


「……さてと。それじゃ、そろそろ始めるか。頼むよ、ゴレ」


 合図を聞いた助手のゴレが、積み上げられた薪を、ものすごい速度で宙に向けて放り投げ始めた。

 視界の前方に大量の薪が、次々と放物線を描きながら落下してくる。

 その光景は、さながら薪で出来た茶色い滝である。

 だが、すべて絶妙な落下位置とタイミングだ。さすが相棒。


 俺はすでに生成していた〈土の戦斧〉を、片手でひょいと構えた。

 そして、この瞬間。


 ――漆黒の戦斧が、嵐のごとく乱舞した。



------



「ふう……。今日も良い労働の汗をかいた」


 およそ12秒にわたる薪割りの長時間労働を終え、心地よい勤労の汗を1ピコリットルほどかいた俺は、大きく背伸びをした。

 目の前には、美しくカットされた薪が、どっさりと山を作っている。

 今日は薪の量が多かったから、結構時間がかかった。

 思えば藩都へ行っている間は薪割りをしていなかったし、ノルマが溜まっていたのだろう。


「おーい、デバス……」

 いつも通り、カットを終えた薪を近所のお年寄りの家に運んでもらうため、薪割りチームのメンバーであるデバスを呼ぼうとした。

 だが、そこで気付いた。

「そうか、デバスは今いないんだった」

 彼はテテばあさんと一緒に、南の街へ行ってしまったのだ。

 寂しい……。


 ともあれ、デバスが不在となれば、今日の配達は俺達で行うことになる。

 俺は斜め後ろを振り返った。

 優しげな二つの深紅の瞳が、じっとこちらを見つめている。

「……それじゃあゴレ。一緒に薪を運ぼうか」

 長いエルフ耳が、ぴこぴこと動いた。



------



 ゴレと一緒に、ご近所のお年寄り家庭に薪を配達していく。

 何度か屋敷との間を往復しつつ、牛乳配達よろしく、薪の束を玄関先に置いていった。

 ゴレは大量の薪を一度にかかえて運んでくれる。

 こういう時に相棒が力持ちなのは助かる。


 ラスト一軒の玄関に薪を積み終えたとき、家主のおばあさんが顔を出した。

「あらあら、ネマキちゃんおはよう」

「あっ、おはようございます」

 この方の名前は、えーっと……。

 そうだ。たしか、ネルァおばあさんといったか。


 ゴーレムの里に来て以来、おばあさんによる超高齢ハーレム状態に陥っている俺だが、徐々に彼女達の名前を把握しつつある。

 なぜかお年寄りは女性ばかりなこの里。しかし案外、一人暮らしをしているおばあさんというのは少ない。大抵がご家族と住んでいたり、数人のおばあさんで共同生活をしているようだ。

 今ご挨拶をしたこのネルァおばあさんは、そんな珍しい一人暮らしの女性だ。


 この方は、見た目がわりと清楚系で儚げなおばあさんである。

 うちの野生的なババアとは対極だな。

 最初はなぜか俺のことを微妙に避けるような態度だったのだが、薪割りなどをしているうちに、徐々に心を開いてくれるようになった。

 …………。

 何だか、色んなタイプのおばあさんを攻略するギャルゲーみたいな生活してるよな、俺。

 まぁ、いいけども……。


「ネマキちゃん、いつもありがとう。お腹が空いているでしょう? これ持っておいきなさいね」

 そう言ったネルァおばあさんは、俺に紙袋を差し出した。

 里のご老人方は、何故か俺が腹をすかせているものと信じきっているのだ。この清楚系おばあさんとて例外ではない。

 俺、別に腹ぺこキャラなどではないんだがなぁ……。

 もちろん三食きちんと食っているし、今も別段腹など減っていない。でも、せっかくのご厚意だ。ありがたく頂こうと思う。

「わぁ、ありがとうございます。お菓子ですか? ちょうど腹が減っていたのでうれしいです」

 笑顔でお礼を述べつつ、袋を開けた。


 そこには、美しい花の蕾のようなお菓子が入っていた。

 花弁に見立てて幾重にも重ねられた生地には、白と桜色が淡いマーブル模様を描いている。

 何だろうこれ、初めて見る。

 見た感じは、餅か饅頭のようだが。


「これ、何ていうお菓子なのですか?」

「ふふ、珍しいでしょう? それは私の故郷のサディ藩のお菓子でね。花餅(かもち)っていうのよ。時々懐かしくなって、こうして作ったりするの」

「へえ、花餅ですか……サディ藩の」

 このおばあさん、ハゲやテルゥちゃんと同じサディ藩の出身だったのか。

 何故だか知らないが、ここのおばあさん達というのは、皆さん出身地がバラバラなのだ。地元アラヴィ藩出身の人は意外と少ない。

 おかげでこんな風に、色んな地方のお菓子や料理を試食できたりする。


「サディの藩都ではね、美しく着飾った若い娘たちが、この花餅を売るの。それが名物になっていて、花餅屋娘というんだけれど。地方の娘たちにとっては、華やかなあこがれのお仕事なのよ」

「へぇ、あこがれの職業ですか……。きっと綺麗なんでしょうね、是非一度見てみたいなぁ」

 元の世界でいうところの、お花屋さんとケーキ屋さんとアイドルが合体したみたいな職業なのだろうか。面白い文化だ。

 テルゥちゃんなんかもサディ藩の女の子だし、案外、花餅屋娘にあこがれていたりするのかな。そんな話は、特に彼女から聞かなかったような気もするけど――


 ……はて? 花餅かもち


 何だかこの単語、聞き覚えがあるような。

 花餅、かもち。


 カモチ……。



「あーーーーーーっ!!!!?」



 俺は思わず声をあげた。

 カモチ!

 テルゥちゃん、たしかに言っていたぞ! 大きくなったらカモチ屋さんになりたいと!(※第29話『愛娘と恋愛フラグ』参照)

 これか。こいつが“カモチ”なのか!

 こんなところで、まさかのカモチの正体判明とは。


「ネマキちゃん、どうかしたの?」

 いきなり奇声を上げた俺に、ネルァおばあさんが首をかしげている。

「あ、いえ……。うちの義理の妹が、将来花餅屋娘になりたいと言っていたのを思い出しまして……」

「まぁまぁ、それはそれは」

 ちょっと驚いた様子の彼女は、すぐに柔らかに微笑んだ。

「……ふふ、実は私もね、若い頃は花餅屋娘をしていたのよ」

「えっ、そうなんですか?」

「ええ。今はこんなおばあちゃんだけど、昔は可愛いって評判だったんだから。そのときなのよ、私がうちの旦那さまと出会ったのは――」


 おばあさんは、懐かしげに目を細めながら、若い頃の思い出話をはじめた。

 こういうお話は、とても長くなると相場が決まっている。

 でもな。俺は他人の昔話を聞くのって、別に嫌いじゃないんだ。



------



 その後30分ほどお話してから、ネルァおばあさんのお宅をおいとました。

 俺とゴレは、並んで里の中の小道を歩いている。


「……なぁゴレ、さっきのネルァおばあさんのラブロマンス、なかなかに甘かったなぁ。貴族の旦那さんが彼女のために家を棄てたくだりは、不覚にも俺も感動してしまったよ」

 一緒に見た映画の感想を言うようなノリで、隣のゴレに話しかけた。

 俺の言葉を聞いたゴレが、目をぱちくりさせた。

 おい、待て。何だその、「あの人そんな話をしていたの?」的な反応は。

 お前も横で聞いていただろうが!


「お前、ほんっと人の話を真面目に聞いてないよな……」

 まるで俺以外の人間の言葉には、雑音以下の価値しか認めていないかのごとしではないか。そんなことじゃ、いつまでたってもお友達ができないぞ……。

 俺はため息を吐きつつ、先ほどもらった紙袋から、例の花餅を取り出した。

 どれ。試しにひとつ、味見をしてみよう。

 花の蕾のような丸いお菓子を、一口ほおばった。


「……む、美味いなこれ」

 餅というから重い食感なのかと思ったが、桜色の花弁は、意外にもふわふわと軽い。むしろ食感的にはシフォンケーキだこれ。

 この世界のお菓子はどれも比較的味は良いのだが、中でもこの花餅は当たりだ。

 上品な甘味と、淡い薄桃色の柔らかな生地の生菓子。美しく着飾った地方の娘さん達のイメージと、非常に良く合いそうなお菓子だと思う。


 ……花餅屋娘、か。

 テルゥちゃんも年頃になったら、着飾ってこのお菓子を売ったりするのかな。

 あの子は明るくて愛らしいから、きっと人気者になれるだろう。

 そんな姿を、兄として是非見てみたいものだ。

 でも、あの子は何となく、ハゲの店を継ぎそうな気がするなぁ。ハゲショップでの店番や、売り物の魔道具をさわるのが大好きだったし。


 テルゥちゃん、元気にしているだろうか。

 ネマキお兄さんは今、遠い南の地で頑張っているよ。

 モテモテなお兄さんはね、この世界の色んな女の子と仲良くなりまくりさ。そして、美しい大自然に囲まれた平和な田舎で、スローライフ的なリア充ハーレム生活を満喫していて――……


「……ごめんテルゥちゃん。お兄さん、今ひどい嘘をついた」


 俺は地面に崩れ落ち、がっくりと膝をついた。


 全然リア充じゃない。

 現実は、ただの愛犬との田舎ペットライフだ。


 色んな女の子と仲良くはなっている。だが、相手は確実に俺の3倍以上は生きているであろう女の子ばかりだ。

 たしかに年下の女の子とも、まったく仲良くなっていないわけじゃない。

 里の若い娘さんの中で今一番仲が良いのは、多分エオルの妹ちゃんだろうか。

 でも、あの子は今4歳。

 テルゥちゃん、5歳の君より年下だ……。


 お兄さんはリア充として進歩するどころか、むしろ、どんどんレベルが下がっている。

 もう、自分でも正直どうしたらいいか分からない。


 突然地面に膝をついた俺を、ゴレが心配そうに覗き込んでいる。

 気遣うような瞳の色は、只々、優しい。

「うう、ゴレぇ……」

 俺はゴレに抱きついた。

 そういえば、昔もこんなことがあった。俺はどうしてよいか分からなくなると、よく犬に泣きついていた。


「ぐすっ、ゴレぇ、俺は何でモテないんだ……」


 ふわりと甘やかな香りが、鼻孔をくすぐった。

 最近のゴレは、抱きしめるとなんだか良い匂いがするんだ。


 そんな良い香りの彼女は、嗚咽する俺の背中を、ただ黙って、包み込むように柔らかく、愛しげに抱きしめるのみであった。

 



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