第7話 呼びかけと答え -前編-
ゴーレム。土の魔兵。
生成した術師の命令に絶対服従する、力強き寡黙な従僕。
さらに、対魔術師戦でかなりの優位性を発揮することから、国家レベルでの軍事利用も盛んに行われている。
ぶっちゃけカス魔術ばかりの土属性魔術が、全12属性中で“四大元素魔術”の一角としてギリギリ君臨できている、ほぼ唯一の内在的理由。土属性にゴーレムの生成魔術がなければ、もし土属性が四大元素の座から引きずり下ろされても、誰も擁護しないだろう。
土属性魔術の中では異端の性質を持ち、発揮される性能全体が他の土属性魔術と比較して、不自然なほどのオーバースペックを誇る。
滅びた古い世界の魔術。
『魔術入門Ⅰ』の中で、著者であるリュベウ・ザイレーンは、ゴーレムについてこのように書いていた。
評価が、高い。
これまでの彼の土属性魔術評とはうって変わって、非常に高い評価だ。
いや、全体的に土属性自体はディスっている気がするが……。
事実、土属性魔術の解説本である『魔術入門Ⅳ』は、実にその半分以上の項を、この〈ゴーレム生成〉という一魔術の解説の為のみに割いている。
ザイレーンからカス属性あつかいされている土魔術。これを記載する『魔術入門Ⅳ』は、本の厚みがやたら薄い……ということは既に述べているが、もしこの〈ゴーレム生成〉の章が無かったなら、『魔術入門Ⅳ』は、それこそ有明の国際展示場に並ぶ、紛うことなき薄い本レベルの厚みになるという悲劇的展開を迎えていたはずである。
「よし、作ってみるぞ。ゴーレム!」
俺は即断した。
魔術を使うたびに巻き起こる災害に、あれだけびびっていたにもかかわらず。
もちろん、これだけ評価が高いゴーレムの性能というものに、興味を惹かれなかったわけではない。
しかし、それよりもだ。
術師の命令に服従する、寡黙な従僕。
これって、まんまペットの犬みたいなもんだろう。
欲しい……。
俺は他者とのふれあいに飢え、それはすでに限界に達しようとしていた。
べつに人付き合いが大好きとか、そういうわけじゃない。
むしろ本来は好きな本でもあれば、何日も人に会わずに引きこもっていたって苦にしないタイプの人間なのだ、俺は。
だがこれは、慣れ親しんだ世界で勝手知ったる場所にいる状況、という前提あっての話だったようだ。
右も左も分からない。何の準備もない。
常識も、これまでの知識も大部分が通用しない。
しかも、意思疎通できる存在が、求めたところで何もいない。
いきなりのボーイ・ミーツ・白骨死体。
そして、つきまとう見えない悪意。
この孤独感は、想像を絶していた。
初めて親元を離れ一人暮らしをはじめる若者の、最初の夜どころの話ではなかったのだ。
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俺は入門書を片手に、ザイレーンの隠れ家からかなりの距離まで移動した。
そして、木々が途切れて小さな空地になっている場所で、歩みを止めた。
ここなら、万が一〈小石生成〉のときのような事態が起こっても、おそらく家屋に被害は出ないだろう。
「んじゃ、さっそく始めてみるか」
服の袖をまくりあげ、気合いを入れた。
衝撃の新事実なのだが、実は俺、すでに例のダサいパジャマを着ていない。
家探しの結果、俺は比較的状態が良い服を、そこそこの枚数発見していた。
多少傷んでいる物もあるが、着るには十分だろう。中には着方がよくわからないような服もあったりして、そのあたりはやはり異世界だ。
今日とりあえず着ているのは、ワイシャツにズボンみたいな服で、これなんかは元の世界の服飾にわりと近い。
さらに上着として、書斎に遺されていた数着の魔術師っぽいローブのうちの一枚を羽織っている。前が開いているタイプだな。ぱっと見の印象は何となくインバネスコートっぽいが、やはり微妙に元の世界の服飾とは違う感じがする。
いや、そもそも俺の元の世界のおしゃれ知識というものが、非常に危うい物なのだが……。
俺にはローブとガウンの違いもよく分からないのだ。
ひょっとすると、元の世界にもこういうオシャレ服があるのかもしれん。
ともあれ、おそらく今の俺は、一見この世界の魔術師的何かの姿をしているだろうと思われる。
それに、ザイレーン様がお金持ちでいらっしゃったおかげで、ここにあるのはやたら高級感に溢れたローブばかりだ。案外、俺も宮廷大魔術師様とやらに見えるかもしれんぞ。
まぁ、ザイレーンのクソ野郎は手足が長かったみたいで、服などはやや裾が余っているのだが……。
魔術師風ファッションの俺は、入門書に目を通した。
「……えーと、まずはゴーレムの素体になる土人形を生成するのか」
素体、要するにゴーレムのボディ。本体だな。
軍用のゴーレムとかになると、素体の上に、さらに特殊な石材で作った装甲を纏わせたりもするらしいのだが、争いを好まない俺には関係のない話だ。
大きく息を吸い込む。
集中……。
素体となる、ゴーレムの体の形をイメージする。
この世界のゴーレムが、一般的にどういうフォルムなのかは知らないのだが。あれだな、俺的には、屈強な騎士みたいなやつがいいな。
俺だって男の子だもの。どうせなら、かっこいい奴がいい。
鎧の騎士を、イメージする。
……ちなみに余談であるが、俺は小学校時代、図工の成績がすこぶる悪かった。
「〈素体、生成〉」
意識を集中した先の地面が、静かに波立つ。
そこから湧き上がる細かな土の粒子たちが、空中に集束し、次第に人の姿を形作っていく。
ゆっくりと、ゆっくりと。俺のイメージに沿って。
魔術陣で〈小石生成〉を試みたときのような、滅茶苦茶な魔力の奔流は起きなかった。
いける……! これは……成功しているぞ……!
……ところで、諸君は「デッサン人形」というものをご存知だろうか?
人間の関節と似た動きを再現できる関節を持つ人形のことで、色んなポーズを取らせることができる。主に絵描きさんが、絵の中の人物のポーズ決めをするために使う人形だ。
要するにポーズさえ再現できればいいというものだから、人形としては必要最低限の造形しか持っていない。本当に、動く関節と、ツルっとした何の味気もない頭と手足を持った、そんな人形である。
最近は出来のいい可動フィギュアや3Dモデルが沢山あるから、デッサン人形なんて利用しない絵描きさんも多い。そういう人達にとっては、既に過去の遺物なのかもしれないな。
シンプルな中にも味があって、俺は嫌いじゃないけどね。
まぁ、そんな感じの人形だ。
……さて、話を戻そう。
俺の目の前には、身長2メートル近い騎士――ではなく、デッサン人形が立っていた。
こ、これでも結構がんばったんだが……。
俺の造形能力では、これが精いっぱいだった。
才能の……才能の、限界ってやつを感じる……。
おっといかん、ここで気を抜いて魔力の供給を切っては駄目なのだ。
以前の〈小石生成〉で作った巨岩のように、あっという間に崩壊して土の粒子に還ってしまう。
俺はそのまま、第二の工程に移った。
意識を集中……。
「〈軽量化〉」
指定範囲の土魔術生成物の重みを奪う術式だ。
元々は、力の弱い魔術師が自分の実力以上の大量の土を使った魔術を用いるときに、補助的に使ったりするものなのだそうだ。
ゴーレムは素の状態だと相当の重みがあるから、そのままでは自重で動けなかったりする。なので、あらかじめこの術で、ある程度軽量化しておくわけだ。
軽量化も無制限にできるわけじゃなく、個人差で限界があって、そのへん、わりとシビアな世界みたいだけどな……。
まぁ、このゴーレムは普通の土を練って作っているからそんなに重いわけじゃないし、必要ないかもとは思うけど、教科書通り、忠実にプロセスを実行していく。
俺は真面目な男だ。
「……よし、一応これで、素体の下準備はできているわけか」
集中を切らさないように注意しつつ、『魔術入門Ⅳ』を片手に再確認する。
ここまでは順調だ。
むしろ今までの魔術のアレっぷりから考えれば、逆に不安になってくるほどの順調っぷりである。
ここで短い単純な命令を入力することで、成功していればゴーレムは起動するはずだ。
入門書には、いくつか参考例として命令の短文が載っている。
そのうち一つの例文を、適当にチョイスしてみる。
「――〈命ず。前方に、10歩、直進せよ〉」
ぐぐっと、デッサン人形……じゃなかった、俺のゴーレム1号の体に力が入る。
土色をしたゴーレムはゆっくりと右足を持ち上げ――
一歩、踏み出した。
「お、おお! すげえ……!」
何だかよく分からんが、感動するぞ、これ。
ゴーレム1号は、ずしり、ずしりと、一歩一歩、力強く歩を進めていく。
なんて頼もしい歩みだろう! こいつは絶対強いぞ!
「よし、よし! 行け! 行け……!」
ゴーレム1号を一生けんめい応援する俺。
そして、俺のゴーレム1号は見事やり遂げた。
ちょうど10歩進んだところで、ゆっくりと動きを止める。
そして次の瞬間、俺のゴーレム1号はサラサラと細かい土の粒子になって。
――崩れ去った。
「う、うわああああ! ゴーレム1号おおおおおおおおお!!!」
……まぁ、当然だわな。
別に失敗したわけじゃない、術式としてはこれで成功なのだ。
土属性魔術の“基本”だ。
術者の魔力供給がない以上――生成されて役割を終えれば、崩壊する。
ゴーレム生成の術式は〈前方に10歩直進せよ〉というコマンドを発した時点で完結しているから、その瞬間に、俺からゴーレム1号への魔力の供給は終了してしまっている。
ゴーレム1号の命は、もともと10歩直進するまでの物なのだ。
そう。土属性魔術ってのは、つまり、こういうものだ。
俺は孤独に満ちたまなざしで、かつてゴーレム1号だった土くれを見つめた。
なぜだろう。この土地は温かいはずなのに、風がとても冷たい……。
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「やっぱり、命令の仕方に鍵があるんだろうか……?」
ゴーレム1号は短文による命令を実行の後、土魔術の原則通り崩壊した。
これは入門書通りの結果であり、教科書をなぞった実験としては大成功だ。
しかし、本の中で著者のリュベウ・ザイレーンが「土属性魔術の中では異端の性質を持つ」存在として解説しているゴーレムとは、このような物ではないのだ。
“異端の性質を持つ”。
これこそが、土属性魔術の大原則「術者の魔力供給が終了した時点で、確定する崩壊」を克服しているということに他ならない。
入門用じゃない本物のゴーレムは、崩れない。
でも、入門書である『魔術入門Ⅳ』には、これ以上の解説はなかった。
何か参考になる本が無いかと書斎を漁ってみたが、ゴーレムに関係していそうなタイトルの本は1冊しかなかった。
やはりザイレーンにとって、ゴーレムは主たる研究分野では無かったのだろう。
俺は本棚からひっぱり出した、その1冊の本を眺めた。
とても分厚い本だ。
表紙には、こう書かれている。
『ゴーレムの索敵紋の研究と魔術陣への応用 ――テテオ・マディス著―― 』
うーん。
俺の求めている内容とは、微妙に違いそうな気がする。
しかも、タイトルからして既に超難しそうだ。
むしろタイトルの段階で俺の理解を超えているといえる。何だよ、索敵紋って。
ぱらぱらとめくってみた。
やはり中身は翻訳能力が完全にゴリラ化して全く読めない。辛い……。
駄目だ。ザイレーンのクソ野郎の蔵書では、まるで頼りにならない。
こうなったら自力で何とかするしかない。
俺は、簡単には折れない男だった。