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破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第5章 ゴーレムの里
63/107

第62話 酔っ払いと尻叩き


 

「お、おい。ピュウルス、あんた大丈夫か?」

 床に崩れ落ち、虚ろな目でぶつぶつ言いはじめた地中海男(ピュウルス)

 その姿に困惑していたとき、突然、周囲に爆発のような歓声がわき起こった。

 見れば、演習場を取り囲む大勢の野次馬たちが、大興奮している。


「……あ、そうか。俺、試合に勝ったんだった」


 周囲は、まさしく熱狂の渦だ。

 皆さん、実に楽しげなご様子である。

 さすがマディス師の秘蔵っ子だ! とか、若き日の師の伝説の再来だ! だとか、口々に好き勝手なことをおっしゃっているのが聞こえる。

 それにしても、問題はこの野次馬の人々だ。

 野次馬や観客と呼んではいたが、この人達の中に、街で見かけるような町人の装いをした人は一人としていない。だいたいが高級そうな魔術師のローブや、法衣のような服を着ている。

 考えてみれば、こうして魔術師協会内の施設に、普通に出入りをしている人々なのだ。おそらく全員、それなりに地位のある魔術師達なのだろう。

 この中に、テテばあさんに告げ口をする人がいなければ良いのだが……。


「きゃああああ!!! ネマキくうううん!」

 おや? 女性の黄色い歓声も聞こえてくるな。

 俺は観客の方を見た。

 あっ、叫んでいるのは、例の優雅なマダムじゃないか。

 扇子をぱたぱたと振りながら、興奮気味に歓声を上げ続けるマダム。その姿はさながら、アイドルに熱狂する主婦のようだ。

 まぁ、おそらく今の俺は、この世界の人々の感覚でいえば、試合に勝利した花形スポーツ選手のようなものなのだろう。どうもゴーレム同士での試合というのは、競技化されている様子だし。

 それにしても、マダムよ。空中回廊で見かけたときの、あの上品な淑女は一体どこへ行ってしまわれたのだ。貴方、実はそういうキャラだったのか。

 そういえば、この人の大きな歓声は、試合中も聞こえていた。

 そうか。俺のことを、ずっと応援してくれていたのだな……。

 優しいこの年上の貴族女性に向かって、俺は笑顔で手を振った。

「いやあああああ!!! かわいいいいいいいいい!!!」

 マダムが黄色い悲鳴を上げている。



 ――めきっ。



 周囲の歓声に混ざって、何か大きな音がしたような気がした。

 俺は、妙な音のした方を振り返った。

 そこにはゴレが立っている。


 ゴレの足元の床に、なぜか、大きな亀裂が入っていた。


 おいおい。この演習場の石の床、まさかの欠陥建築か。

 魔術師協会は建物に金をかけているように思っていたのだが、存外、ここの建築というのも、たいしたことはなかったようだ。


「勝利おめでとうございます、ダサイ様!」

 床の亀裂を眺めていた俺に、担当職員のお兄さんが駆け寄ってきた。

「マディス師のお弟子様ですから、相当の使い手なのだろうとは察していましたが……! 想像以上の凄まじさですね!」

 職員のお兄さんは興奮気味である。

「はっはっは! 俺達の大勝利です!」

 周囲の熱狂にのまれて若干ハイテンションな俺は、お兄さんとハイタッチをしようと、両手を掲げた。

 が、彼はきょとんとした顔で、俺の掲げた両手を見ている。

 しまった。どうやらこの世界には、ハイタッチの風習はなかったようだ。そういえば、土下座の風習もなかったもんな、この世界。

「あ、いや……。俺の故郷の風習なんです。お互いにこう、手のひらを合わせるのですが……」

 一瞬にして勝利の熱狂は消え去り、両手を挙げたまま、いたたまれない気持ちで泣きそうになる俺。

「はぁ、なるほど。……こうでしょうか?」

 お兄さんが、控えめにハイタッチをしてくれた。

 やはりこの人は、良い人である。


「ところで、これでもう、俺は試験に合格ってことで良いのですか?」

「ええ、そうなりますね。今回の入会にともなう試験は、この実技試験のみですから。一応、審査役であるデマラーン師の承認は必要になりますが」

「あいつの承認ですか……」

 向こうで椅子に座る、太った丸い老人の様子を見た。


 デマラーンは涙目で、ぶんぶんと首をふっている。

「い、いやだっ! わしは認めんぞ、マディスの弟子の合格なんて! そ、そうだっ。今の試合は、実は本番前の練習だったのだ! 次は、我が二番弟子と三番弟子と四番弟子が相手を……」

「子供か、お前は!」

 思わずツッコミを入れてしまったぞ。

 まったく。わざわざ呼び出されたあげく、ゴレにボコられる弟子たちの身にもなってやってくれ。そいつらも全員、そこにいるピュウルスみたいな、お通夜ムードになってしまうだろうが。

 そんな事になれば、俺は場の重い空気に耐えられそうにない。


「ネマキくうううううん!!! こっち向いてえええええええ!!!」

 このとき、観客の方から、例のマダムの黄色い叫び声が聞こえた。

 彼女は熱心に俺の名を呼び続けている。

 マダムよ。俺は今、それどころではないのだが……。

 まったく、仕方のないレディである。俺はファンの声援に応えるべく、笑顔で彼女の方を振り向こうとした――



 ――ドゴンッ!



 突然、凄まじい破壊音が響いた。

 慌てて視線を前に戻すと、ゴレの足元の床が、めちゃくちゃに壊れている。

 い、一体何事だ……?


「ひいいいいい!? 殺さないでくれええええ!」

 見れば、なぜかデマラーンが命乞いを始めている。

 奴の座っていた椅子は倒壊し、デマラーンが床に転げ落ちていた。

 どうやら、ゴレの足元から縦に発生した亀裂が、たまたまデマラーンの椅子を直撃したようだ。

 実は、ゴレとデマラーンの距離は、けっこう近いのだ。

 今回の試合では、序盤、ピュウルスは完全に受けに回っている。その関係上、ゴレがわりと敵陣の奥にまで斬り込む形になっているのだ。

 

 なぜか殺伐としたオーラをまき散らしながら、無言で立っているゴレ。

 やはりゴレのやつも、デマラーンの数々の権力濫用の横暴が、流石に腹に据えかねたのだろうか……?

 ゴレの姿を見上げるデマラーンは、青ざめてぶるぶると震えている。

 突如、何かに急き立てられるように、デマラーンが声を上げた。


「……ご、合格っ! ネマキ・ダサイは、たった今、入会試験に合格した! 審査役である、このデマラーンが承認する!」


 涙目のデマラーンの叫び声が、演習場に響き渡った。

 直後、周囲から、どっと大きな喝采が起こった。


 ……どうやら俺は、無事、試験に合格できたようである。



------



「くうううっ! マディスだけでなく、弟子にも勝てんとはあああ!」

 デマラーンはうずくまって泣きながら、床をダンダンと叩いている。

 おのれマディスめ、マディスめえええっ、と、少々声がうるさい。


 この“マディス”というのは、やはり、テテばあさんのことを言っているのだろう。

 テテばあさんの姓は、おそらく、マディスというのだ。

 ばあさんは自己紹介のときには、テテと名乗っていた。里の皆も、気楽な感じで、テテ先生、テテ先生と呼んでいる。

 だから、てっきりテテばあさんには、名字がないのかと思っていた。

 この世界、名字がない人もけっこういるのだ。

 例えば身近な例だと、ハゲやテルゥちゃんなんかは、おそらく名字がない。

 べつに、平民は名字がなくて貴族には名字がある、といったような厳格なものでもないみたいなのだが……。


「にしても、デマラーンのやつは何故ここまで、うちのばあさんに固執するんだろう……?」

 弟子と誤解した俺にまで絡んできたほどなのだ。デマラーンとテテばあさんの間には、よほど深い対立の溝があるのだろう。

 ばあさんもデマラーンも権力者のようだし、お互いに派閥の威信をかけて、熾烈な政治抗争でもやっているのだろうか?

 俺が首をかしげていると、職員のお兄さんがそっと囁いてきた。

「私も詳しくは知らないのですが……。デマラーン師は現役時代、名うてのゴーレム使いだったそうなのです。でも、マディス師には、試合で負けっぱなしだったらしくて……。それで、こんな風によく絡んでこられるみたいですね」

「それ、完全に私怨じゃないですか……」

 本当にどうしようもないな、デマラーンのアホは……。



 演習場を退去するとき、床に突っ伏すデマラーンの横を通った。

 俺はなんとなく、足元のデマラーンに声をかけた。

「なぁ、デマラーン。あんたさ、私怨でうちのばあさんに絡むのなんて、もうやめとけよ。復讐は、悲しみと杖による報復しか生まんぞ……」


 この俺の言葉に、突っ伏しているデマラーン本人ではなく、そばで座り込んでいたピュウルスが反応した。

 地中海男は、俺を見てくやしげに呻いた。

「くっ、お前にお師匠の悲しみの、一体何が分かるというのだ。……お師匠はなぁ、若いころ、マディス師によって、結婚をぶち壊されているのだぞっ!」

「え?」


 何だと。

 それは一体、どういうことだ……?



------



「まったく、うちのババアは最悪だな! 男の敵だ!」

「おう、おう、分かってくれるか、ネマキよ。お前は本当に良い奴だなぁ!」

「私は最初から気付いていたぞ、兄弟! お前はマディス師の手先などではないとな!」

 魔術師協会の最上階にある、高級カフェのような一角。

 俺はなぜか、そこでデマラーン師弟と意気投合していた。


「まったく、うちのババアがそんな外道だったとは。ババアが戻ってきたら、俺が一言文句をいってやるよ。前々から、うちのババアはちょっと野蛮すぎると思っていたんだ」

 さきほど、俺はデマラーンから、ババアとの因縁のあらましを聞いた。

 デマラーンは若かりし青春時代、この国の帝都でひらかれた、とあるゴーレムの競技大会に出場したそうだ。

 この大会で、彼は優勝の暁には、意中の女性に結婚を申し込むと、周囲に公言していた。そのときの準決勝の試合相手が、テテばあさんだったのである。彼はテテばあさんに容赦なくボコボコにされまくり、敗北したそうだ。

 ここまでは仕方がない。まぁ、勝負事の世界だ。

 しかし、あろうことかその試合で、テテばあさんはデバスを使い、機能停止したデマラーンの愛機を、バラバラにぶっ壊して観衆に晒した。さらには試合場の上で、鞭を使ってデマラーンをしばきまくり、彼に大恥をかかせたそうだ。

 ばあさんって若い頃は、杖ではなく、鞭を使っていたみたいである。

 俺、若い頃のばあさんに出会わなくて、本当に良かった……。

 ともあれ、これによってデマラーンのプロポーズは見事に失敗。不遇な非モテ青春時代を過ごしたそうである。


「ゆ、許せん。許せんぞ、悪のババアめ! 俺が絶対に矯正してやる!」

 力強く演説する俺。

 デマラーンとピュウルスが呼応する。

「ネマキよ、お前はマディスの弟子にしておくには惜しいっ! 惜しいぞっ! どうだ、わがデマラーン派に来ないか。わしは藩の中枢にも顔が効くからな。お前が仕官したいと言うのなら、推挙もしてやれるぞ?」

「それが良いぞ、兄弟! 兄弟のような奴なら、私達も大歓迎だ!」

「おー? さっそく敵対陣営の引き抜き工作か? なかなかの悪じゃないか、じいさんよ?」

 デマラーンのあごを、たぷたぷと叩く俺。

 ガハガハと笑うデマラーン。


「あ、あの、お三方とも、少し飲み過ぎでは……」

 同席している職員のお兄さんが、心配そうな顔で注意してきた。

 何だか、隣に座っているゴレも心配そうだ。

 だが、ふたりとも、心配は無用だぞ。別に、真昼間から酒を飲んでいるわけではないのだから。俺はそのような自堕落な人間ではない。今飲んでいるのは、協会のサービスドリンクにもなっていた、例のグレープフルーツジュースだ。

 これは実に美味いな。それに、飲むと気分が良くなってくる。


「兄弟はなかなか良い飲みっぷりじゃないか。おい、アラドにセウド。じゃんじゃん檸酔水(ねいすいすい)を持って来てくれ!」

 ピュウルスの言葉を受けて、2体の青い短槍ゴーレム達が、盆にのせたグレープフルーツジュースを運んで来た。

 短槍ゴーレムというのは、こんな風に、非常に器用なゴーレムだ。大きさも手ごろだし、都会で人気が出るのもうなずける。

 俺はおりこうな短槍ゴーレム達から、笑顔でジュースを受け取ろうとした。

 このとき、割り込んできたゴレが、彼らの盆の上からジュースを奪い取った。

 ゴレは彼らを肩でぐいぐい後ろへ押しやりながら、ジュースを優しく俺に差し出してくる。器用なやつである。

 

 どんどん通路へと押しやられる青いゴーレム達を見ていて、俺はふと思い出した事をピュウルスに質問した。

「……なぁ、ピュウルス。試合のとき、こいつらを縦列の妙な陣形で並ばせていただろう? あれは、一体どういう意味があったんだ?」

「ん? おお、その件か。よくぞ聞いてくれた。あの陣形は、そのまま突撃にも移行できるんだがな、本命はそこではないのだ。……あれを見てくれ」

 日焼けした地中海男はそう言うと、壁際に置いてある、石の手槍を指さした。

 さきほどの試合で、彼のゴーレム達が使っていた武器だ。

「2本の槍で、それぞれ長さが違っているだろう?」

「あ、本当だな」

 右に置いてある槍は、左の槍の1.5倍以上の長さがある。

 試合中には、まるで気付かなかった。……いや、むしろ気付かれないように立ち回っていたと考えるべきか?

「後衛に持たせる槍はな、あんな風に、リーチを長く作ってあるんだよ」

「ふむふむ、なるほどな。それで?」

「敵は、攻撃を前衛のアラドの盾で阻まれた瞬間に、まず、盾の死角からのカウンターの槍に襲われるわけだ」

 ピュウルスは、身振りで槍を突くような動作をした。

 たしかに、試合中もカウンターを狙っているような気配はあったな。

「……で、ここまでは対応されるケースも多いんだがな。実は、この槍の一撃を凌がれた段階で、アラドの身体で死角になっている背後から、後衛のセウドが、本命の二の槍を放つってわけだ。ふっふっふ、つまりは、げに恐ろしき三段構えの陣形さ。大体の敵は、これで落ちるな」

「おお、お前も色々と考えているんだなぁ」

 上機嫌で説明するピュウルスに、相槌を打つ俺。

 それにしても、ピュウルスのやつ、そんな大事なカウンター戦法を、ぺらぺらと俺に喋って大丈夫なのか……? 何だか、まるで酔っ払いみたいな奴だな。


「おのれええ! 卑劣なマディスめえええ! 次こそはわしが勝ぁつ!」

 赤ら顔をしたデマラーンが、上機嫌で叫んでいる。

「よしよし、デマラーンのじいさんよ。あんたはまさしく、ババアによる最古の被害者だ。我が『ババアの杖被害者の会』の名誉顧問に任命してやろう」

「ほうほう。何だか良くわからんが、このわしが顧問を務める以上は、その組織をアラヴィ藩、いや、帝国一の大勢力にしてやろうではないか」

「おっ、またまた悪い顔をしているなぁ、じいさんよ」

 肩を組み、ガハガハと笑う、俺とデマラーン。

 と、このとき、背後から突然、ドスの効いた老婆の声がした。



「……ほおう? これはまた、随分と楽しそうな相談をしているようだねぇ」



 たらり、と背筋に冷や汗が流れた。

 慌てて後ろを振り返った。

 そこには、鬼の形相のテテばあさんが、腕組みをして立っていた。


「げええええっ! ばあさん!?」

「げえええっ! マディス!?」

 狼狽する、俺とデマラーン。

 その姿は、二人そろって今にもソファから転げ落ちんばかりである。


「ネマキ! このアホたれがっ! 人があんたのために頭を下げて回っているときに、手前は一体何をやっているんだい!」

「い、いや、その、これはだな……。あっ、そうだ! 聞いたぞ、ばあさん。あんたデマラーンのじいさんに、昔随分と酷いことをしたそうじゃないか。何でも公衆の面前で、鞭でしばきまくったとか……」

「はあ? そりゃ、そこのアホじじいが、試合前に私を金で買収しようとしたからだ! 見せしめに、とっちめてやっただけだよ!」

 な、何ィ!? 買収だと?

 そんな話は聞いていないぞ。

「おい、それは本当か、じいさん!?」

 問い詰めたデマラーンの視線が、虚空を泳いでいる。

「そ、そういえば、そんな事もあったかもしれんのう……」

 おい、クソメタボ!

 そういう話の肝心な部分を、端折って説明しているんじゃあない!


 激しくうろたえる俺に、ばあさんがぽつりと呟いた。

「……百叩きだね」

「は?」

「ネマキ、あんたデマラーンと一緒になって、入会試験なんぞと称して、随分愉快な騒動を起こしてくれたようじゃないか。協会中が、その話題で大騒ぎだったよ」

「そ、それは……」

「あたしゃ言ったよねえ? 妙な騒ぎを起こしたら、尻を百叩きにすると」

「お、お、お……」

 顔面蒼白になる俺。


 ふと気付くと、テーブルとソファが、ガタガタと激しく揺れている。

 ゴレだ。

 隣に座っていたゴレのやつが、まるで電動マッサージ機のように、激しくぶるぶると震えているのだ。

 こいつは、俺が尻を百叩きにされる光景を想像し、その想像だけで、精神に深刻なダメージを受けはじめている。

 あまりの激しい振動に、テーブルのグラスがガチャンと倒れた。


 テテばあさんが、杖をぶんぶんと素振りしながら言った。

「……よし、アホたれども、そこに尻を並べな。私は優しいからね、今回は百叩きを4人で割って、1人25発にしておいてやる」

 事ここに至っては、もはや観念するしかない。

 すべてを諦めた俺は、大人しく壁に手をつき、尻をつき出した。下手に抵抗すれば、ゴレが長い時間苦しむことになるからだ。

 だが、このばあさんの発言に、デマラーンと、職員のお兄さんと、ピュウルスが、一斉に悲鳴を上げた。

「えっ? わしもか!?」

「お、お待ちください。4人って、まさか私も頭数に入っているのですか!?」

「ひいいいいっ! お師匠のせいですよおおお!」


 すまない。本当にすまない皆。

 だが、うちの相棒のストレス軽減のために、付き合ってくれ……。



------



「まったく、えらい目にあった……」


 尻をさすりながら、俺はつぶやいた。

 魔術師協会のロビーは、穏やかな静寂に包まれている。

 現在、俺達はすでにデマラーン師弟とは別れ、最上階からこの1階ロビーに戻って来ている。


 ゴレは今回の尻叩きでは、意外と精神ダメージを受けなかったみたいだ。

 デマラーンとピュウルスが尻を叩かれて悲鳴をあげるのがおかしくて、途中から俺が笑っていたせいかもしれない。ゴレも途中から隣に寄り添って、うれしそうにしていた。

 今彼女は、叩かれた俺の尻をなでようか迷っているようだ。

 手を出したりひっこめたりを、10分以上ずっと繰り返している。


 俺の酔いは、すでにすっかりさめていた。

 ふわふわと靄がかかっていた頭の中も、今はすっきりとしている。

 これは、尻叩きで目がさめたというのもあるのだが、実は先ほど、テテばあさんから酔い覚ましに、解毒の魔術をかけてもらったのだ。

 解毒魔術は、水属性治癒魔術の下位分類のうちの一つだ。

 テテばあさんは、土属性の他に、水属性も使えるみたいである。


 この解毒の魔術ってのは、毒にあわせて複数種類が存在している。

 万能じゃないわけだ。ある程度の医療知識がないと、使いこなせない。

 しかも、あくまで“体内での毒素の分解と排出を早める”魔術がほとんどで、解毒魔術自体がまるで効かない毒もあるようだ。ただ、こいつはアルコールなどの酩酊成分の分解の促進には、かなりの高い効果がある。

 要するに、酔い覚ましや二日酔いに効くってことだ。

 ちなみに、テテばあさんからこの魔術をかけてもらうのは、今回が二度目だ。

 一度目は、例の首吊り人参の毒で死にかけたときである。


 しかし、おかしいな。

 俺は何故酔っぱらっていたのだ?

 アルコールなど、一滴も摂取していないはずなのだが……??


 ともあれ、すっきりと酔いのさめた頭で、机の上に積まれた書類を眺めた。

 実技試験には、無事合格した。後は、この入会書類にサインをして、すべての手続きは終了という運びのようだ。

 入会の説明書類は、けっこう多い。

 ま、面倒くさいし、内容は読まなくてもいいだろう。

 気に入らなければ、すぐに脱会すれば良いだけのことだ。

「えっと、署名欄はここか。よし。ねまき・ださい……っと」

 俺は気楽に入会書類にサインをし、拇印をぽちっと押した。

 なるほど。テテばあさんが、名前を書けるよう練習しろと急に命令してきたのは、このためだったのだろう。


「それでは、こちらが当魔術師協会の、上級会員証になります」

 担当のお兄さんが、名刺大の会員証を手渡してくれた。

 黒に銀文字の輝く、高級そうな会員証である。

「へえ……。これが会員証ですか」

 俺は、会員証をぺらぺらとひっくり返して確認した。

 やたらと渋い会員証だ。真っ黒だし。

 見れば、きちんと俺の名前などが刻印してある。

 えらく発行の手際が良いが、これはおそらく、俺が試験を受ける前から、すでに発行手続きを開始していたのだろう。本来は実技試験自体が儀礼的なもので、合格させる気満々だった様子だし。


「おめでとうございます、ダサイ様。これにてダサイ様は無事、当協会の上級会員です」

 お兄さんが、笑顔で無事の入会を祝ってくれた。

 悪くない気分である。

「あはは、ありがとうございます」

「一時はどうなることかと思いましたが、本当に良かったです」

「いやぁ、本当に、その節はご心配をかけてすみませんでした……」


 俺とお兄さんがのんびりと談笑していると、ちょうど、ロビーで他の魔術師達と世話話をしていたテテばあさんが戻って来た。

 机上の入会書類を見たテテばあさんは、にやりと笑った。

「よしよし、上出来だ。これであんたも上級会員だねえ」

 相変わらず、邪悪な笑みを浮かべるばあさんである。

 ばあさんの黒い笑みを見ていて、ふとある疑問が浮かんだ。

「……なぁ、ばあさん。何故ここまでして、魔術師協会への入会にこだわったんだ? ここってどう考えても、入るのが相当に難しい組織だろう。ばあさん自身、関係者に根回しをしまくっていた様子だし……。身分証を発行するだけなら、もしかして、もっと別の方法があったんじゃないのか?」

「うーん。まぁ、そういう方法も、全くないわけじゃあないがね」

 そう言うと、ばあさんはちらりと俺の顔を見た。

「あんた、図書館で何か大事な調べ物があるって言っていただろう? ここの協会員なら、公立図書館のほとんどの本が閲覧できるのさ」

「! 何だと。魔術師協会には、そんな会員特典があるのか」

 それは助かる。

 そうか、図書館には、閲覧制限のある書籍も当然存在するよな。俺が調べようとしている内容からすれば、こいつはかなり重要な特権かもしれない。


 ……ん? 待てよ。

 ということは、何か? テテばあさんは、俺の希望をかなえる為に、わざわざお偉いさんに沢山頭を下げ、権力を使ったゴリ押しまでして、必死に俺のことを協会に入会させてくれたというのか?

 ば、馬鹿な……。

 何て親切なご老人なのだ。

 俺は今まで、この偉大な人物のことを、完全に誤解していたというのか。

 若干決まりの悪い俺は、ぽりぽりと頭をかいた。


「……その、ありがとうな、ばあさん。色々と骨を折らせてすまなかった」


「ふん。最初から素直にそう言っときゃあいいんだよ。まったく……」

 ぶっきらぼうに、そう言ったテテばあさん。

 だが、その直後、彼女は再び邪悪な笑みを浮かべた。

「ま、それに、あんたのことは、わざわざ上級会員にまでねじ込んでやったからねぇ。これで、ただの平会員とはちがって、あんたは対外的な会員特権の、ほぼ全てを使えるようになっているってわけさ」

「? それが一体どうしたっていうんだ?」


「――つまり、今後は私の使い走りとして、あんたのことを思う存分に、こき使い回せるってわけだよ。何せ魔術師協会の上級会員様だからね、権限を振りかざして、相当に無茶な使い走りもできる」


 な、何……?

 俺を便利なパシリにするだと?

 まさか……今回の俺の魔術師協会入り、それが真の狙いだったのか……? 


「お、おい。ちょっと待て。俺は聞いていないぞ、そんな話は……」

 血相を変える俺に対し、テテばあさんは、さも当たり前のように、さらりと言い放った。

「だって、もし言ったら、あんた絶対に入会しないだろう?」


 …………ッ!

 は、ハメやがったなああああ! このクソババア~~~~!!!


「おい! やめだ、やめやめ! 俺はこんな腐った協会、脱退するぞ!」

 断固として退会を宣言する俺。

 だが、テテばあさんは涼しい表情である。

「へぇ? あんたに退会時の違約金が払えるのかい?」

「……何、違約金だと?」

 一体何の話だ。

 訝しむ俺の前に、ばあさんが入会の説明書類をぺらりと広げた。

 さっき適当に読み飛ばした書類だ。

 奪い取るようにして読んだ。……確かに違約金の項目がある。

 この協会、特に理由も無く退会する場合には、違約金を払わねばらならないのだ。しかも、この違約金というのが、金貨40枚と、馬鹿みたいに高額だ。

 金貨40枚というと……約2000万円くらいか? おいおい。

「払えるわけないだろう、こんな額! 俺の貯金は金貨5枚だぞ!」

 流石に、ハゲからもらった治癒規を売り払うつもりなどはない。

 そんな俺に、ばあさんがにやりと邪悪に笑った。

「ふうん。じゃ、観念するしかないねえ」


「くっそおおおおお! ハメられたああああ!」

 机に突っ伏して、呻き声を上げる俺。

 騒々しい俺達の様子を見て、職員のお兄さんが笑顔で呟いた。

「ふふっ。ダサイ様とマディス師は、本当に仲が良いみたいですね」


 お兄さんよ、貴方は眼科に行った方が良いのではないか……?

 俺は彼のことが、少し心配になった。

 



 

『ババアの杖被害者の会』会員名簿


NO.1 ネマキ・ダサイ(会長)

NO.2 里の鼻たれ小僧(副会長)

NO.3 マルトム・デマラーン(名誉顧問)

NO.4 ルドウ・ピュウルス

NO.5 魔術師協会職員のお兄さん

 



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