第61話 魔術師協会と入会試験 -後編-
魔術師協会内にある、第二演習場。
入会試験であるゴーレムの試合は、どうやらここで行われるようだ。
この演習場は、完全な屋内施設だ。
広い体育館のようなホールは、壁や床が石で出来ており、見るからに頑丈そうな造りをしている。
ここが第二演習場ということは、どこかに第一演習場もあるのだろう。こんな施設が内部にいくつもあるのなら、そりゃあ、建物も無駄にでかくなるはずである。
担当職員のお兄さんが、試験のルールを説明してくれた。
「今回の実技試験の試合規則は、公式のゴーレム競技会のものと同じです。相手方すべてのゴーレムの頭部を破壊した方が勝利、時間内に決着がつかない場合は、判定によって勝敗が決まります」
なるほど、いつも通りに頭を壊せばいいわけか。
実にシンプルでわかりやすいルールだ。
一応、判定勝ちもあるんだな。どういう基準で決めるのだろう?
「その、判定というのは、一体どういった基準なのですか?」
「細かい判定基準は色々とありますが、おおまかに言えば、破壊部位の累計ポイント制ですね。基本的には、敵により多くの有効打を与えた方の勝ちです」
職員のお兄さんは、よどみなく説明をしてくれる。
しかし、ここで急に彼の表情が曇った。
「ですが今回は、その……。デマラーン師が審査役ですから……。判定に持ち込まれた時点で、負けと思ったほうが良いかもしれません」
…………。あー。そうだよなぁ。デマラーンだもんなぁ。
絶対に、俺に不利な汚い判定をするよなぁ。
「要するに、頭をぶっ壊して、完全勝利するしかないって事ですね……」
「そういう事です……。申し訳ありません」
気にしないでくれ、お兄さんのせいじゃない。
組織の若手や下っ端には、どうにもできない事というのがあるのだ。
その後も職員のお兄さんから、いくつかの注意事項の説明を受けた。
ゴーレム使いへの直接攻撃は禁止。
魔術を用いて敵ゴーレムに攻撃することも禁止だ。
要は、ゴーレム同士による純粋な殴り合いをしろってことだ。
この点は、どの道援護射撃ができない俺には、むしろありがたい。
加えて、これはある意味当然のことだが、やはりゴーレムの致命的急所である胸部への意図的な攻撃は、禁止行為のようだ。
試合でゴーレムを殺すなんて、馬鹿らしいものな。
万が一相手の魔導核を傷つけた場合には、即刻、反則負けになる。
また、今回はあくまで術者の技量を見るための試験なので、ゴーレム甲冑を着せなくても良いそうなのだが、普通は正式なゴーレム同士の試合では、安全のために甲冑の着用義務があるそうだ。
ゴーレム甲冑というのは、例の特殊石材の胸甲のことだろう。
ゴレはゴーレム甲冑を着けていないから、くれぐれも事故には注意しろと、何度も言われた。
ゴレの健康を心配をしてくれるこのお兄さんは、やっぱり親切な人である。
それにしても、こういった話を聞いたりすると、やはり、ゴレにも甲冑を買ってやった方が良いのだろうかと思うときがある。
こいつの超防御力からすると、意味がないような気もするのだが。
まぁ、いずれにしても、今回はどうしようもない。
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「さて、大体ルールはわかったが……。肝心の、試合相手はどこだ?」
広い演習場を見渡した。
デマラーンが向こうで、でかい椅子に座ってふんぞりかえっている。
どこから持ってきたんだ、あんな椅子……?
ただ、俺の対戦相手であるデマラーンの弟子というのは、まだこの場には到着していないようだ。
一体どんな奴が来るのだろう。
それと、この演習場の様子についてなのだが。
実は、先ほどからもう一つ、気にかかっていることがあるんだ。
「おお、おおっ! マディス師とデマラーン師の弟子同士の対決とは、これはまた見ものですなぁ」
「私も久々に血が騒いできましたぞ」
「品のある聖堂ゴーレムですわねぇ。どこぞの女神を形どっているのかしら」
「ほう、噂の新弟子さんというのも、なかなか凛々しい若者じゃないか。しかし、マディス師が女弟子以外を取るのは、初めての事ではないか……?」
周囲の見物人たちが、がやがやと騒がしい。
なんだか皆さん、とても楽しそうだ。一大エンターテインメントを前に、興奮を抑えきれないといったご様子である。
――そうなんだ。めちゃくちゃギャラリーが増えている……。
俺を公開処刑にするつもりのデマラーンが、ロビー中にでかい声で触れ回りやがったせいだ。
すでに数十人は集まっていて、さらに人数がどんどん増え続けている。
今も入り口から、また7・8人が、わいわいと賑やかに入ってきた。
おや? 何やら見たことのある、優雅なマダムの姿が……。
ちょっと待て。あれって、昼に市街地で見かけた、灰色聖堂ゴーレムの飼い主のマダムじゃないか!
おいおい。この試合の話、一体どこまで噂が広まっているんだ!?
まいったことに、徐々に事態は大事になりつつあるようだ。
まずいよな。これ、かなりまずいぞ。
このとき俺の脳内には、建物入り口で別れた際の、テテばあさんのある台詞がリフレインしていた。
――いいかいネマキ。妙な揉め事を起こしたら、杖で尻を百叩きだからね――
――揉め事を起こしたら、杖で尻を百叩きだからね――
――杖で、尻を、百叩きだからねえ……――
ババアの死刑宣告が、頭の中をぐるぐると反響する。
デマラーンのアホとこんな決闘ショーじみた事をやっているなんて、万が一ババアに知れたら、もはや百叩きは確定だ。
事前警告を無視して不良行為に走った俺の尻に対して、ババアは容赦なく全力のフルスイングで攻めてくるかもしれない。
それを、百発。
やばい。泣きそうだ。
恐るべき死の未来を想像し、青ざめた顔で立ち尽くす俺。
そんな俺の様子を見て、デマラーンは何を勘違いしたか、にやにやと笑いはじめた。
「くくくっ、マディスの弟子よ。最初は威勢の良いことを言っておったが、いざとなると、やはりわしの力の恐ろしさが分かってきたようだなあ?」
「…………」
黙っていろ。俺は今、それどころではないんだ。
貴様のみみっちい権力なんぞより、俺にはババアの杖の一撃の方が、はるかに恐ろしい。
というか、俺が今こんなにも泣きそうな思いをしているのは、すべてお前のせいだぞ。絶対に許さん。
俺が本気でデマラーンを呪っていたとき、入り口の方でたむろしていた見物人たちがどよめいた。
同時に、良く響く、若々しい男の声がした。
「やあやあ、こいつは随分と場が盛り上がっているじゃないか。素晴らしい。俄然、やる気が出てきたな」
周囲の見物人たちに大きく手を振りながら現れた、一人の男。
年齢的には、三十代前半といったところか。
浅黒く日焼けした肌で、顔立ちもわりと濃い。
なんというか、雰囲気的には、情熱的な地中海の男って感じである。
デマラーンが、この地中海男を笑顔で迎え入れた。
「おお、来たかピュウルス! 待ちわびたぞ」
「遅れて申し訳ない、お師匠」
ピュウルスと呼ばれた男は、颯爽とデマラーンに挨拶した。
そして、ちらりと俺の方を見た。
「おや? 私の試合相手というのは、あそこの聖堂ゴーレム使いですか?」
「ああ、そうだ。我らの格の違いを見せつけるのだ。軽く捻ってやれ」
「それは構わんですが……。なんだ、あれは男ではないですか。マディス師の弟子というから、てっきり、あの可愛らしいセイレン家の御令嬢とやれるのかと思っていたのに」
ピュウルスは、俺の顔を見て、つまらなそうに口をとがらせている。
この男が、俺の対戦相手なのだろう。
おそらく間違いない。彼はその背後に、2体の武装した青いゴーレムを引き連れているのだ。
2体とも、胸甲を着けた同型の軽ゴーレムだ。
それぞれ右手に石製の短い手槍を、左手には、小振りな、やはり石の円盾を装備している。
身長は、1.8メートル前後。
体型もわりとスマートで、全体的にコンパクトにまとまった印象の機体だ。
このゴーレムは、俺も知っている。
「相手は、短槍ゴーレムか……」
短槍ゴーレム。
『ゴーレム図鑑』の記述によれば、頭部のデザインがシャープで、槍の穂先のようにも見えることから付いた名前らしい。武器もこんな風に、名前通りの短槍を使うことが多い。
この短槍ゴーレムというのは、都市部を中心に、かなり人気のあるゴーレムなのだそうだ。実際、サラヴでもすでに何体か姿を見かけたし、里でも数体確認している。
今ここにいる2体は、鮮やかなマリンブルーの機体色で、さらには、胸甲や円盾に、唐草模様の凝った細工が施してある。これにより、若干オシャレな特別感が演出されているようだ。
それにしても、2体連れか。
「つまりこいつも“複数ゴーレム使い”ってわけか……」
ギネムのやつと同じタイプだ。
4体連れていたギネムと比べれば、数的には、まだ楽と言えるだろうか。
俺がピュウルスのゴーレム達の様子を観察している一方で、彼もまた、うちのゴレの様子を観察していたようだ。
訝しげな表情のピュウルスが、俺に声をかけてきた。
「何だお前、ゴーレムの武装はどうした? 甲冑はともかく、まさか素手で私とやろうってわけじゃあるまいな?」
そんなクレームをつけられても、うちの相棒は、ステゴロの喧嘩殺法しか知らないのだ。
「……う、うちのゴーレムは、この装備が最強なんだ」
「ふうん、組手でも遣うのか? 珍しいな。……ま、どの道結果は変わらん。後々装備のせいで負けたなどとさえ言われなければ、私としてはどうでも良い」
実際たいした興味もなさげにそう言いながら、日焼けした地中海男は、ゴレのことを品定めするように、まじまじと眺めた。
「ううむ、それにしても……。やたらと美形な聖堂ゴーレムだな。これからその綺麗な顔を砕かにゃならんのが、ちと後ろめたいくらいだ」
ピュウルスは、さらにゴレの全身を舐め回すようにじっくりと見た後、大きくうなずいた。
「うん、腰のくびれも、尻の形もいい。特に尻は、小生意気にぷりんっとしていてたまらん。ただ、乳房の大きさだけが、ちと物足らんが……。もしかしてそれ、お前の趣味なのか?」
ピュウルス、お前……。
色々と突っ込みどころはあるが、とりあえず、ゴレ本人の前でそういう体型のことを言うなよ……。最低だ……。
俺は非常に気まずい思いで、ゴレの様子を見た。
そういえば、ゴレは元気がないせいで、存在感も薄れてしまっている。今の今まで、すっかり意識の外だった。
斜め後ろを振り返った俺は、このとき、彼女の様子の変化に気付いた。
……ゴレのやつ、かなりイライラしている。
先ほどまで意気消沈していたはずが、今、彼女の全身に、じりじりと怒りのオーラが燻っているのだ。
こいつは、俺以外の人間の話は、基本的に真面目に聞かない。例外はテテばあさんくらいのものだ。だから、ピュウルスのセクハラ発言をきちんと聞いていたとは考えにくい。
おそらく、奴に尻や胸をじろじろと執拗に見られたせいで、急にイライラしてきたのだろう。
たまにあるんだ、こういう事が。
いつもなら、ゴレがイライラで爆発する前に、俺が手を握ってやったりして、怒りを鎮めてやるところだが……。
まぁ、今日はこれから試合なわけだし、元気がなくてしゅんとしているよりは、いくらかマシだろう。
とりあえず、放置しておこう。
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このとき、デマラーンがぱんぱんと手を叩いた。
「さあ、これで役者はそろった! お集まりの御一同、いよいよお待ちかねの、魔術師協会入会試験の開始ですぞ!」
会場の見物人たちから、一斉に歓声が上がった。
俺の試験、完全に見世物にされてしまっている……。
「今回、栄誉ある特別試験官を務めさせていただくのは、我が一番弟子、ルドウ・ピュウルス!」
デマラーンのアナウンスで、さらに大きな歓声が沸いた。
まぁ、歓声の大部分は、デマラーンの取り巻きだった連中によるものだが。
ピュウルスが歓声に応えるように、手を振っている。
「対する挑戦者は、マディス秘蔵の弟子、ネマキ・ダサイ!」
一斉に沸き立つ観客たち。
意外なことに、俺に対しても大きな声援が上がっている。
俺は笑顔でギャラリーに手を振った。
何だかんだ言って、俺もノリノリである。
ゴレが、ゆっくりと斜め前に移動した。
戦闘開始のポジションだ。
「おっ、やる気になったか。頼むよ、ゴレ」
その声に耳をぴくぴくと張りつめさせ、瞳に闘志をみなぎらせるゴレ。
だが、その燃える瞳と美しい横顔を見ていて、若干の不安がよぎった。
一応、注意事項を確認しておこう。
「……ゴレ、やっつけるのは、手前の青い槍のゴーレム2体だからな? 後ろにいる、ピュウルスっていうあのセクハラを攻撃しちゃだめだぞ?」
ゴレがこちらを振り返った。
その長い耳が少ししゅんと落ち、瞳に一瞬、残念そうな影が落ちた。
危なかった……。
もし注意しなかったら、試合の趣旨を勘違いしたゴレにより、悲劇が巻き起こっていたかもしれない。
ほっと胸をなでおろす俺だったが、このとき突然、演習場に喇叭のような音が響き渡った。
「……今の、何の音だ?」
首をかしげる俺。
ゴレも、きょとんとした顔で俺を見ている。
わたしも知らない、という感じである。
仲良くぽかんと宙を見上げる、俺とゴレ。
「――ダサイ様! 今のが、試合開始の合図ですよっ! 気をつけて!」
ギャラリーの方から、職員のお兄さんの叫び声が聞こえた。
何!? 今のが開戦のゴングだったのか?
あわてて敵に目をやった。
ピュウルスの短槍ゴーレム達は、すでに奇妙な、戦闘フォーメーションのような陣形を組んでいた。
2体で前後一列に並び、盾と槍を突き出すように構えている。
これ、もしかして職員のお兄さんが叫んでくれていなかったら、このまま不意打ちの突撃を受けていたのではないだろうか。
さすがデマラーン師弟だ、やることが汚い。
そして職員のお兄さん、良い人すぎる。
「ゴレ、もう始めていいみたいだ。……頼むぞ」
俺の声に応え、ゴレが敵に向かって軽やかに駆け出した。
対する短槍ゴーレム達は、一列になって盾を構えたまま、動かない。
あっという間に急接近するゴレ。
一気に敵の先鋒の1体に迫った。
ゴレが片脚を持ち上げ、横薙ぎに蹴りを放った。
挨拶代わりの、まわし蹴りだ。
「この状態の短槍ゴーレムに、直線的な突撃とは。まるっきりの素人だな。――防いだ後に、カウンターの一突きで終わりだ」
ピュウルスの青い短槍ゴーレムが、左手の円盾で防御の姿勢を取る。
同時に、盾の陰に槍が構えられるのが、ちらりと見えた。
白い蹴りと、青い盾。
二つが噛みあい、交錯した瞬間――
猛烈な白い嵐のごときまわし蹴りが、盾を一撃で粉砕した。
短槍ゴーレムの頭部は、構えた盾ごと、死の大鎌に刈り取られ、粉々になって吹き飛んだ。
巻き起こった旋風の余波が、演習場を席巻する。
風にあおられた観客の方から、悲鳴が起こった。
ばらばらになった青い素体の破片が、雨のように舞い散る。
蹴りを放った姿勢のまま、純白の美女神エルフは、身じろぎひとつしない。
その、白く美しい脚を見せつけるかのように。
ゴレが放ったのは、確かに挨拶代わりの回し蹴りだった。
ただし、“別れ”の挨拶ではあったが。
一機、撃破だ。
その場にいる全員が、絶句していた。
愕然とした表情のピュウルスが呟いた。
「ご、ゴーレムの素体の蹴りで……硬魔岩の盾を、破壊しただと……?」
口を大きく開いたまま、固まっているピュウルス。
突然、背後のデマラーンが叫んだ。
「ピュウルス、気をつけろ! そいつはおそらく、循環魔力を物理障壁化させている。――奴のゴーレムの拳の硬さは、並の武器などの比ではないぞ!!!」
だが、その言葉を受けたピュウルスはうろたえた。
「ぶ、物理障壁化……? お師匠、こいつは聖堂ゴーレムですよ!? そんな技が使えるのは、一部の鎧鬼ゴーレムくらいのものじゃあ……」
「理屈の上では、すべてのゴーレムで再現可能な技だ! いいから、今すぐ本気で仕留めろ。たしかに厄介な技だが、決して倒せぬわけではないっ!」
滝のように汗を流しながら、怒鳴りつけるデマラーン。
叱責を受けたピュウルスが、こちらを睨みつけてきた。
どうやら、彼は精神を持ち直したようだ。
俺に対して、びしっと指を向け、堂々たる態度で宣言した。
「いいだろう、ここからは私も本気だ! 妙な技を使ってきたのには、少々面食らったが……」
言うが早いか、ピュウルスは詠唱を開始した。
「――〈土魔兵軍靴〉ッ!」
残った1体の短槍ゴーレムの足が、大量の風の粒子を纏いはじめた。
こんな魔術は初めて見る。
だが、これはおそらくゴーレム用の支援魔術だと思う。
お気づきだろうか。
今、ピュウルスの魔術は、短槍ゴーレムに普通に効いている。
無効化されていない。
通常は、素体に流れる循環魔力によって、魔術を無効化、もしくは大幅に軽減してしまうゴーレムなのだが、これには例外がある。
それは、“素体に流れている魔力と、まったく同質の魔力”を用いた魔術――つまり、ゴーレム使い自身による魔術がかけられた場合だ。この場合は、魔力同士が干渉を起こさないから、弾かれないのだ。
したがって、ゴーレム使い自身が詠唱する、こういった一部の支援魔術は、相棒のゴーレムに対して、ほぼ100%に近い効果が出る。
といっても、ゴーレム用の支援魔術自体は、使い手の少ない、かなり難度の高い術のはずだ。やはりこのピュウルスという男、デマラーンが代理として立ててくるだけのことはあるのだろう。
「ははは、驚いたかっ! ゴーレムを強化できるのは、何もお前だけではないのだよ!」
勝ち誇ったピュウルスが、俺に向かって叫んだ。
いや、あんたは何か勘違いをしているぞ、ピュウルス。
俺には、ゴーレムを強化するような技なんて使えないんだ。
まぁ、ほめてやったり、なでてやったりして、ゴレの気持ちを高めてやることで、似たような効果を出すことはできるが……。
このとき、奴の短槍ゴーレムが、石の盾を放り捨てた。
そして、ゴレが先鋒の1体目を派手に吹き飛ばした際に、あちらまで転がっていた、もう一本の槍を床から拾い上げた。
二槍の構えだ。
「いざ、我が蒼き短槍の贄となるがいい! 美しき聖堂ゴーレムよ!」
ピュウルスが颯爽と言い放つ。
ほぼ同時に、短槍ゴーレムが大きく身を屈ませた。
そして、前方のゴレに向け、一気に踏み出した。
――疾い。
風を纏った両脚が、爆発的な加速を生み出している。
これが支援魔術〈土魔兵軍靴〉の効果か。
短槍ゴーレムってのは、別にそこまで足の速い機体ではなかったはずだ。
にもかかわらず、今この瞬間、目の前の青いゴーレムは、ほとんどギネム・バリの道化ゴーレムの瞬間最高速度に近いスピードを出している。
蒼い稲妻のごとく、一気にゴレに肉薄した短槍ゴーレム。
目にもとまらぬ速度で繰り出された鋭い二本の槍が、ゴレの頭部に到達する。
まさに、絶体絶命――
……が、ゴレは、ひょいひょいっと首を傾けて、あっさり回避した。
ニ本の槍が、勢いのままに大きく振り抜かれる。
必殺の攻撃をかわされ、体勢を大きく崩す短槍ゴーレム。
すれ違いざまに、ゴレが、ひらりと手のひらを頭上に振りかぶった。
そして、次の瞬間。
――必殺の白き手刀が、青いゴーレムの脳天に、垂直に炸裂した。
それは、見事な唐竹割りだった。
脳天を真っ二つに斬り割られた短槍ゴーレムが、もんどりうって転倒する。素体と硬い石の床面がぶつかる、激しい音がした。
頭の割れた青いゴーレムは、地に横たわったまま、起き上がらなかった。
まさに秒殺である。
まぁ、そうなるよなぁ……。
だって、ゴレはギネムとゴーレム格ゲーをやりまくったせいで、このレベルの高速戦闘には、もはや、完全に目が慣れきってしまっている。
しかも、ギネムと昼飯代をかけて毎日一緒に遊んでいたときには、この速度のピエロたちを、いつも同時に4体も相手にしていた。
今さら1体で、ゴレをどうにかできるわけがないんだ……。
フィニッシュが手刀だったのは、ピエロ達と遊んでいたときの癖が、つい出てしまったのだろう。修理が大変にならないように、破壊面積の少ない手刀を使ってくれと、俺がいつもゴレにお願いしていたから……。
それにしても、見事にぱっくりいったな。
短槍ゴーレムの二つに割れた頭部は、凄まじく鮮やかな切り口だ。
ゴレの手刀は元々鋭い切れ味だったが、使うにつれて習熟し、どんどん技のキレが増してきている。
こいつの手刀は、もはや完全に、ソード系斬撃攻撃である。
倒れ伏すゴーレムの青い残骸を前に、ピュウルスが、茫然と立ち尽くしている。
「なぜ……。あ……ありえない。こんな事が……」
虚ろな目をした地中海男を見て、俺は何だか、気の毒な気持ちになった。
こいつの支援魔術は、普通に凄かった。
もしも高速戦闘をするゴーレムというのが、ゴレにとって今回初見だったならば、意外といい線行っていたのではないだろうか?
「その……。あんたの技、べつに悪くなかったと思うぞ? 支援魔術とか、実際すごかったよ。スピードだって、ギネムの道化ゴーレムくらい出ていたし……。あれには、かなりびっくりした」
声をかけた俺に、ピュウルスが虚ろな目で振り向いた。
「ギネム……?」
あ、そうか。ギネムとか言われても分からないよな。
他人の友達の名前出されても、普通に困るわ。
「あ、いや。ただの俺のゴーレム友達なんだが……。あんたと同じ複数ゴーレム使いで、似たような戦いをするんだ。そいつも結構強かったからさ」
意外なことに、俺のこの言葉にピュウルスが反応を示した。
「ギネム……。まさか、バリ家の三男か?」
おや? こいつもギネムと知り合いだったのか。
ここはサディ藩と結構離れていると思うのだが、ゴーレムの飼い主ネットワークというのも、案外あなどれないようだ。
「ああ、そうそう! ギネム・バリだよ。なんだ、あんたも知り合いか。なら話が早いな。……ま、つっても、あいつは俺との勝負には、一度も勝てたことがないんだけどな! あはは」
笑顔の俺に、なぜかピュウルスの表情は凍り付いている。
「バリ家の三男に全勝だと? そんなこと、ありえるわけが……」
言いかけたピュウルスの視線が、演習場に無残に横たわっている、自らの愛機達へと流れた。
その肩が、わなわなと震えはじめた。
「……いや。すべて事実、なのか……」
信じがたい現実を飲み込むように、震える彼の手が、その口元を覆った。
「か、勝てるわけがない。私などが、勝てるわけが……」
浅黒く日焼けした男は、ぶつぶつと呟きながら、がっくりと膝を落とした。