第56話 駅馬車と焼き菓子
ゴレとまともに筆談ができないことに絶望し、がっくりと膝をついていると、庭の方からアセトゥの呼び声がした。
「ネマキ兄ちゃーん! 先生が準備できたから、そろそろ出かけるってさ!」
「ああ、もうそんな時間か……。すまんアセトゥ、今行く」
実は今日、テテばあさんが街へ買い物に出かける。
俺とゴレは、それに同行することになっていたのだ。
なぜ同行せねばならんのかは知らないが、おそらく荷物持ち兼護衛ってところではないかと思う。
年寄りの一人旅は危ないし。
まぁ、あのばあさんを殺せる奴が、この世に存在するのかは知らんが……。
だからといって、ここでもし俺が「面倒くさい。ばあさん一人で行けよ」などと言おうものなら、確実にババアの容赦なき杖でぶっ叩かれるだろう。
結果、悲しんだゴレが潜在ストレスを溜めて、牛の群れを呼ぶことになる。
シドル山脈のかわいそうな牛達の命が、また理不尽に奪われてしまう。あんな悲しい出来事は、二度と繰り返してはならないんだ。
だから、流石の俺も口答えはせずに、大人しく街までついて行くことにした。
俺は学習のできる男だった。
「ま、仕方ないな。これも野生動物の保護のためだ……。それじゃあ、行こうかゴレ。呼びに来てくれたアセトゥを待たすのも悪い」
俺は愛用の黒い肩掛け鞄を手に取り、ダークブラウンのローブをさっと身にまとった。
片付け途中の紙やペンはその場にほっぽり出し、庭へと向かう。
少年の待つ玄関の戸を開けようとしたとき、ゴレがそわそわと動いた。
…………。相棒よ、お前はなぜ、微妙に斜め前に移動しようとしているんだ?
そこは戦闘開始のポジションだろう。
この戸を開けた先には、アセトゥしかいないぞ。
まさかお前、アセトゥと戦う気だとでもいうのか?
「……ゴレ。待て」
少年はすでに俺の親しい友人だ。いつも俺の友達を大切にしてくれるゴレのことだから、彼に手出ししたりしないとは思うが……一応念は入れておこう。
ゴレを押しとどめつつ、木製のごつい玄関の戸を開いた。
そこには、明るいアセトゥの笑顔があった。
「ネマキ兄ちゃん、おはようっ!」
「やあ、おはようアセトゥ。待たせたな」
小麦肌の健康的な少年は、今日も元気いっぱいである。
今にもぴょんぴょん飛びはねそうだ。
元気の良いアセトゥと雑談をしながら、並んで庭を歩く。
ゴレは俺がアセトゥと話しながら笑うたびに、ぷるぷると震えて元気がなくなっていく。
相棒よ、お前は俺に一体どうしろと言うんだ……。
母屋に到着すると、ばあさんはすでに、玄関の前で腕組みしながら待っていた。
「遅いよネマキ! 何をちんたらしているんだい!」
「いや、呼ばれてわりとすぐに来たと思うんだが……へぶっ!?」
ババアの無慈悲な杖が、俺の脳天に炸裂した。
「口答えしてんじゃないよ!」
おい、やめろババア! またゴレが牛の群れを呼ぶだろうが!
「それじゃ行ってくるからね、アセトゥ。私の留守中、里のことは頼んだよ」
「うん! 先生もネマキ兄ちゃんも気をつけて!」
アセトゥやデバスは今回、ばあさんの屋敷でお留守番だ。
茶色いデバスの姿は見えないが、この時間帯だとおそらく、裏庭で山羊の世話をしているのだと思う。
屋敷の門の前で、俺達はアセトゥの見送りを受けた。
見送りの間中、俺はずっと心配そうなゴレに、ひたすら優しく頭をなでられ続けていた。先ほどの頭頂部への杖の一撃は、なかなかに見事なクリティカルヒットだったからな。
アセトゥと別れ、ばあさんとゴレと三人で、里の入り口へ続く坂を下る。
相変わらずの、鄙びた平和な里だ。
先日の牛騒動で、この里には相当な数のゴーレムがいることが判明した。しかし彼らは普段、そんなにぞろぞろと里の中を歩き回ったりはしていない。
たまに飼い主と一緒に歩いているのを見かける程度だ。
多分うちのゴレと同じで、ゴーレムというのは基本室内飼いなのだろう。
今日は見たところ、この坂道付近にゴーレムはいないようだ。
少し離れた場所に、ゴーレムみたいに身体のでかい、赤髪のマッチョな大男が見えるが、あれは多分人間だな。
たいして暑くもないのだが、あの筋肉だけは何故か上半身裸のようだ。
僧帽筋と広背筋が、日光を浴びて光り輝いている。見事だ。
彼は今、宿の看板の付け替え工事をしているようだ。
里の入り口付近には、こんな風に、民宿や酒場、よろず屋みたいなことをやっている家が何軒かある。
宿の方は、主に行商でやってくる人達などが利用するそうだ。
クソ田舎に見えるこのゴーレムの里だが、意外と外部の人達もやって来るみたいなのだ。正門の手前の広場が駐車場みたいなスペースになっていて、よく荷馬車が何台も停まっている。今日はまだ一台も来ていない様子だが。
そんなこんなで、里の正門前までやって来た。
門の脇には、いつも必ず、番兵のゴーレムが1体立っている。
今日はアセトゥの一本角が当直の日ではないから、立っているのは、知らない土色をしたゴーレムだ。
挨拶のなでなでをしたいところではあるが、今は隣に鬼ババアがいる。仕事中のゴーレムを触ると、ほぼ確実に杖が飛んでくるだろう。
……うん、やめておこう。
一本角の同僚であるはずの、土色の番兵ゴーレム。
一角ゴーレムではないな。角が生えていない。番兵をやっているのだから、彼にも表土索敵が搭載されているのだと思うが。
そんな地味なデザインのゴーレム君を横目で眺めていた俺は、ふと以前からの疑問を思い出し、ばあさんにたずねた。
「なぁ、ばあさん。アセトゥと一本角って、里の番兵達の中では、やはり結構強い方なのか?」
「一本角? ああ、アルパスのことかい。うーん、そうさねぇ……」
ばあさんは宙を見上げて、少し考えるようなしぐさをした。
「……まぁ、単純な腕前だけなら、今里にいる若い衆の中では一番だろうね」
「おお、そうなのか」
「アセトゥの操作術は中々のもんだよ。何せ、私が直々に仕込んでいるんだ。アルパスも出来の良いゴーレムだしね。アセトゥの死んだ祖父さんは、とても腕の立つ魔術師だったから」
やはり一本角は、それなりに強いんだな。
どうやらアセトゥも調教師として優秀なようだ。
番兵の中で一本角が一番強いというのは、別にアセトゥの親馬鹿ではなかったということだ。
一本角については、すでに里へ来た翌日に、うちのゴレが顔面に一発決めてKO勝ちしているわけだが、あれはほぼ不意打ちだったからなぁ。実際のところ、実力のほどが不明だったんだ。
アセトゥとのゴーレム格ゲーは、結局一度もやっていない。
何となく、アセトゥ&一本角というコンビと戦うことを、俺がゴレに許可するのはまずい気がするのだ。なぜだか、非常にまずい気がする。
理由は俺自身にも良く分からない。
だが、それはまるで、ブレーキの利かない暴走機関車のエンジンに、俺自らが点火してしまう行為のような……。そんな、強い予感がする。
「といっても、アセトゥはまだ十六だからねぇ。色々と経験不足だね」
「ふぅん、そういう物なのか?」
というか、アセトゥ高校生かよ。
せいぜい中学生くらいかと思っていたぞ。声変わりもまだだし。
やはりあの少年は栄養が足りていないのか……。
「ま、あんたと同じで、アセトゥも私に言わせりゃあ、まだまだひよっ子ってことさ。ゴーレム使いとして鍛えて本格的に伸ばすのは、これからだ」
「その、あまりしごきすぎないようにな。アセトゥが可哀想だ……」
彼はあんなに細っこいし、まだあどけない少年なんだ。
それになぁ、ばあさんよ。千年くらい生きていそうなあんたと比べられたら、全ての人類がひよっ子になってしまう気がするぞ。
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里を出発した俺達三人は、南西に半日ほど歩いた。
そして、そこそこ大きめの街に到着し、その日はここで一泊した。
この街は、規模的にはおそらく、ティバラより少し大きい程度だろうか。
ここで駅馬車に乗って、さらに西の街へと移動することになるそうだ。
なんだか、結構遠くまで買い物に行くのだな……。
てっきりこの街が目的地なのかと思っていた。
初めてテテばあさんに出会った森は、里の東の方角だ。今回の移動は、それとはほぼ逆方向ということになる。
こうして考えてみると、俺は召喚直後から、ずっと西の方角に向けて移動し続けているようだ。
もちろんこれはたまたま、偶然が重なっているだけにすぎないわけだが。
アラヴィ藩というのは、地図で見たところでは、かなり東西に細長い藩だ。
おまけにこの辺り一帯は、北をシドル山脈に、南を海に挟まれている。
ど田舎のシドルの山麓とは違い、南の沿岸部はわりと栄えている様子ではあるのだが、距離的には里から半日もせずに海沿いまで到着してしまう。
だから長距離を陸路で移動するというのなら、方角的には、たしかに西か東しか候補はなさそうな感じである。
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「おお、馬車がいっぱいだな……」
俺はゴレとふたり仲良く、停車している様々な大型の馬車を眺めていた。
テテばあさんは現在、馬車の乗車手続き中だ。
ここは駅馬車の発着場である。
建物の正面には、でかい馬車が何台も停まっていた。
こいつで長距離バスみたいに、街と街の間を運行するそうな。
そう言われてみると、何となくバスターミナルみたいな感じではある。
この世界の馬車は、車体が大きい。
それに、このサイズの馬車になると明確な差がでてくるのだが、車体のでかさに比べて、引いている馬の頭数が明らかに少ない。おそらく、風浮き箱のような魔道具による補助があるからなのだろう。
この世界って多分、物流のコストがかなり低いよな……。
妙に道路事情が良いのって、もしかしてその影響なのか?
目の前の駅馬車も、座席数が多い。けっこうな人数を乗せることができそうだ。
俺は珍しげに馬車を眺めつつ、目を輝かせながら待合所をうろついた。
完全に田舎から出てきた観光客である。
実際は異世界からやってきた観光客なのだが。
待合所に、駅馬車の料金表が貼り出してあった。
大人1人で、銅貨40枚からか……。
テパオール麺が1皿銅貨8枚くらいだから、5皿も食える計算になる。地味にけっこうな額である。しかもこれは最低料金だ。移動距離や車両のグレード次第で、もっと高くなる。
やはりそれなりの料金は取るのだな。
まぁ、今回の旅費はテテばあさん持ちなので、俺達ババアのヒモコンビが気にする必要はない。
見れば料金表以外にも、色々な貼り紙がある。
“酔い止めの魔術をご希望の方は、あらかじめ受付けにお申し出下さい”
“ゴーレムは座席へ。使い魔は屋根の上へ!”
“車内での飲酒はほどほどにしましょう”
“車内での火魔術使用厳禁”
賑やかだな。何だか電車のマナー啓発ポスターみたいな物まである。
っていうか、おいおい。馬車の中で火魔術を使うやつがいるのか。まったく、これだから火属性は……。
火属性のモラルの低さに溜息を吐きつつ、再び料金表に目を戻した。
このとき、興味深い項目を見つけた。
「ゴーレムの重量計測……? へえ、そんな事をやるのか」
ゴーレムの重量計測。
要は、犬の体重測定みたいなものだと思う。
料金表を見たところ、ゴーレムは座席に座れるようなサイズの軽ゴーレムなら、普通に馬車に乗せてもらえるのだが、最低大人1人分の料金がかかる。まぁ、人間1人分のスペースを取るのだから、当然っちゃ当然かもしれない。そこからさらに、重さごとの追加料金がかかるというシステムのようだ。
この追加料金を、重量計測によって割り出すのである。
この辺りの料金システムは、乗り物によっても違ってくるらしい。
後に知ったことだが、馬車の場合は人扱いになるゴーレムも、船なんかだと、大抵は荷物扱いになる。
ただ、いずれにしてもこの重量計測は絶対に必要になる。
輸送コストの確定と、安全の為だ。
いわれてみれば、ゴーレムの素体にかかっている〈軽量化〉というのは、魔術師の技量次第でけっこう個人差が出る。見た目だけでは、ゴーレムの重さははっきりと分からないんだ。
実は、「軽ゴーレム」「重ゴーレム」という等級は、あくまでサイズ等に基づいたゴーレムの“種類”によって決められている。要するに、聖堂ゴーレムなら実は超重たかったとしても、分類上は絶対に軽ゴーレムになる。弩ゴーレムなら、どんなに軽かったとしても重ゴーレムだ。
ただ、特に戦闘向けのゴーレムの場合は、そのような規格外の重量をしている事例はほとんどない。
規定の重量からあまりに外れると、十分な性能を発揮できなくなってしまうからだ。重くて足が遅い聖堂ゴーレムはただの的だろうし、射撃のたびに反動でひっくり返る弩ゴーレムでは扱いに困るだろう。
したがって、ゴーレムの重さは種類ごとにおおよそ一定の幅に収まる。
結局のところ、通常、〈軽量化〉の個人差によって実際に違いが出てくるのは、ゴーレムの“重さ”ではなくて、ゴーレムごとに決まっている一定の重さの幅の中で、“どれだけ密度を上げられるか”だ。
要するに、軽量化のレベルの違いが、素体の強度差となってモロに出てくるわけだ。普通より軽量化ができる魔術師が作ったゴーレムは、同じ見た目で、同じ重さでも、それだけ丈夫という事だ。飛んだり跳ねたり、無理な負担がかかっても破損しにくくなる。
俺がゴレの〈軽量化〉を何も考えずに適当にやってしまったのは、完全に初心者ゆえの行為だったわけだな……。
ただこの点は、ゴレの元々の素体が、“単令式ゴーレム”と呼ばれる、入門用のゴーレムだったことにも起因している。単令式ゴーレムは、単純命令を実行した後に崩壊するゴーレムだから、自重で動けないなんてことさえなければ、他にはスペックなど何も要求されていないのだ。
『魔術入門Ⅳ』の執筆担当者である、年上おっとりお姉さん(※脳内設定)のエメアリゥ・ヘイレム先生が、「出来る範囲でなるべく軽量化をかけておいてね」的なアバウトな解説しかしていなかったのも、おそらくはそのせいだろう。
ま、いずれにせよだ。
ゴーレムの正確な重さが見た目でわからない以上、公共の馬車みたいな乗り物に乗る前には重量計測をするしかない。いざ乗せてみたら重くて馬車が進まない、なんてことも起こりかねないからだ。おおよそゴーレムの種類ごとに重さが決まっているとはいえ、それは絶対ではない。
実際問題、現にゴレみたいな、体重がよく分からん子だっているわけだし。
戦闘向けでない農作業用ゴーレムなんかも、重さがかなりまちまちだ。
前回のサディ藩での馬車の旅では、親切なお爺さんの荷馬車に便乗させてもらっていたから、そんな事は気にする必要もなかったんだな……。
よし。そういう事なら、俺もゴレを体重測定に連れていくとするか。
計測用の機材は、ちゃんと料金所に備え付けてあるみたいだ。
犬のときと同じで、俺が抱っこして体重計に乗ればいいのかな?
犬の体重測定というのは、まず飼い主が抱っこした状態で体重計に乗って、犬と人の合計の体重を出す。その後で飼い主の体重を引いて犬の重さを出すんだ。
「よっしゃ。それじゃゴレ、一緒に体重測定に行こうか」
……おや? どうしたゴレ。
じっとしてないで付いておいで。
俺がゴレの手をひいて体重測定に向かおうとしていると、テテばあさんが声をかけてきた。
「ああ、ゴレタルゥの重量計測なら、もう終わったから必要ないよ」
「な、何……? いつ終わったんだ。俺は何も聞かされていないぞ、そんな話は」
「あんたがさっき厠に行っていた間に、さっさと終わらせちまったのさ」
「マジかよ……」
たしかに先ほどトイレのために、2・3分くらい離席していた。
あの短時間に終わらせてしまっていたというのか。
言われてみれば、いつもならトイレの中にすら俺について来ようとせんばかりのゴレなのに、先ほどに限って、どこかへ消えていた気がする……。
あんな出来事は今まで初めてだ。
何故だろう? 不思議なことである。
しかし、体重測定を体験できなかったのは、とても残念だ。
ゴレの体重は一体何キロだったのかな。
「なぁ、ばあさん。ゴレの体重ってどのくらいだった?」
「それは…………。ええっと、忘れちまったねえ」
「な、何ィ!? さっき計ったばかりだろう??」
耄碌しちまったのか、ばあさん!
うろうろと視線を泳がせるテテばあさんに、何故かゴレが懇願するようにすがりついている。
本当に仲が良いな、このふたりは。
しかし、重ね重ね残念だ。俺もゴレの体重を、きちんと把握しておきたかったのだが。
……いや、待てよ俺。
そんな無責任に呑気な事を言っていて良いのか?
俺は飼い主の責任として、相棒の体重くらい知っておくべきではないか?
思い返してみれば、古代地竜との戦いのとき、俺が負傷したゴレを抱えて逃走するという選択肢を放棄した理由の一つは、ゴレの正確な体重を把握していなかったことにもあった。
あの時は、いずれにせよ逃げられる可能性なんてなかったとは思う。だが、今後似たような状況が起こらないとは限らない。
というか、普通にゴレの体重は気になるよな。主に機体重量的な意味で。
ゴーレムの重量って、おそらく機体のスペックを考える上では、けっこう重要な要素なのではないかと思うのだ。『ゴーレム図鑑』にも、きちんと重さが載っているくらいだし。
やはり一度、無理矢理にでも抱き上げて――
「ネマキ、何一人で唸ってんだい! さっさと馬車に乗るよ!」
「あ、すまん。もう発車時刻なのか」
テテばあさんに大声で呼ばれたことにより、このときの俺の思考は一時中断された。
しかし、それは危険な兆候であった。
俺の学術的探求心が、再び疼きはじめようとしていた。
俺は自身の学術的探求心の暴走の危険性を、自覚していた。
すでに俺には前科がある。
ティバラの街での、初日の夜のアレだ。
学術調査を始めて完全なヒートアップ状態に入ると、俺は止まれない。
俺の知的欲望は、とどまることを知らないのである。
万が一、また俺がヒートアップしてしまえば、ゴレが痛がったり、苦しそうにしていることなどお構いなしに、きっとまた、その身体を知的欲望のはけ口にしてしまうだろう。
何度も何度も、弱りきったゴレの身体を執拗に責め立ててしまうはずだ。
自身の知的欲望が満たされるまで、何の思いやりもなく。
一晩中、時間が経つのも忘れ。
野獣のごとく浅ましい剥き出しの知的本能を、ただひたすらに、息も絶え絶えのゴレへとぶつけ続けるだろう。
拒絶しない彼女の優しさにつけ込むように。
俺は最低の男だ……。
だから、欲望の赴くままに、ゴレのか弱い身体を乱暴にめちゃくちゃにして壊してしまわないよう、俺は普段こいつのスペックやよくわからん機体構造について、あえて深く考えないようにしていた。
だって深く考えると、どんどん気になって調べたくなっちゃうから……。
でも、その自制は非常に危ういものだったのだ。
実はそれは、「飼い主としての責任」とか「安全上必要」みたいな甘い誘惑があると、脆くも崩れ去ってしまうような、危険なバランスの上に成り立っていた。
駅馬車の旅は、平和に続いている。
列を組んだ数台の大型の馬車が、街道を進んでいく。
車窓から望む豊かな緑の景色が、ゆっくりと後方へ流れていった。
心優しく親切なゴレは、こまごまと色々な世話を焼いてくれる。
隣に座るゴレが、焼き菓子を差し出してくれた。
先ほど出発の前に、発着所前の露店で買ったマドレーヌみたいなお菓子だ。
俺がぼけーっとして受け取らないので、ゴレがそっと優しく口に運んでくれた。
いわゆる「あーん」である。
甘ったるい味が口の中に広がった。
ゴレは何だか、とても幸せそうだ。
しかし、一方の俺は気もそぞろだった。
ゴレのあーんや、焼き菓子の味なんぞに、気を回す余裕がない。
気になる。もはや気になってしかたがない。
こいつの機体重量は、一体どの程度なのだ。
ゴレは何キロなのだ。
もう駄目だ。我慢できない。
「やってしまうか、体重測定……」
あろうことか、この時の俺は――
心優しく温かな思いやりに溢れるゴレの身体を、まるで獲物を狙う猛禽のような、鋭い眼で見ていた。




