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破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第5章 ゴーレムの里
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第55話 家名と冷や汗


 

「えー、ネマキ、ダ・サ・イ……っと。うーん。何だか、微妙な形の文字になってしまったな……」


 囲炉裏の脇にひっぱり出してきた小さな文机を前にして、俺はペンを片手に唸っていた。

 今、この離れ家の居間で、文字を書く練習をしている。

 すでに俺の異世界常識力が幼稚園児以下であることを見抜いているテテばあさんなのだが、今朝、ついに文字が書けないことまで完全看破されてしまった。

 で、自分の名前くらい書けるようになっておけと命令され、現在に至るわけだ。

 はぁ。我ながら、一体何をやっているのだろうな。

 俺、破滅の魔導王について色々と調べるために、早く図書館に行かねばならんはずなのだが……。


 こうして今座っているスペースには、柔らかな毛皮が敷かれている。

 離れ家の居間は、この高級そうな毛皮の絨毯によって、若干ゴージャスな雰囲気に様変わりしていた。お尻の下がふっかふかである。

 こいつは例の牛の毛皮だ。

 特定部位の毛皮を加工すると、このような上等で丈夫な絨毯になるようだ。

 もこふわ絨毯の隣には、ゴレが座っている。

 一生けんめい文字の練習をしている俺に、温かいお茶を差し出してくれた。

 相変わらず、気配りの出来る良いやつ過ぎる。

 

「ありがとう。このお茶、本当に美味いよなぁ……」

 ゴレの耳が、微かに動いた。

 彼女はお茶を飲む俺の表情を、じーっと真剣に見つめている。こいつは俺に飲食物を供したときにはいつもこうなので、もう慣れた。

 今ゴレが淹れてくれたお茶は、里で豆葉茶(とうようちゃ)と呼ばれている物だ。

 里の人は、略して“豆茶”(まめちゃ)と言ったりする。里の周辺で栽培されている、マメ科の植物の葉っぱを用いた飲料だ。こういうのは、ハーブティの一種ってことになるのだろうか。

 味的には、ほうじ茶みたいな感じで、癖がなくて飲みやすい。

 まろやかな味わいの中に、独特の香ばしさがある。餅や団子にもよく合う。


 この豆茶の茶葉は、里の住民の方に頂いた物だ。

 先日、病気の母親のために山の中腹まで無断で入って、ババアの杖を食らった子供がいたという話をした。その子が昨日、父親と一緒にうちの離れ家を訪ねて来て、茶葉をくれたのである。

 親子は、俺達に薬草摘みのお礼に来たのだ。

 やはりテテばあさんはこの家族に、摘んだ薬草をこっそり分けてやっていたようだ。

 どうもその際に、俺が薬草を摘んできたという話も伝えたようである。


 その問題の子供だが、なんと、まだ6・7歳くらいの鼻たれ小僧だった。

 あの歳で魔獣のいる山に単身入るのだから、なかなかに根性がある。さすが『ババアの杖被害者の会』会員ナンバー02だ。ちなみに会長兼ナンバー01は、もちろん俺である。

 鼻たれ小僧の話では、お母さんも順調に回復してきているようだ。

 もう彼が危険を冒して山に入るような心配もないだろう。


 俺は小僧の笑顔を思い出しながら、ゆっくりとお茶をすすった。

「……うん。悪くないな」



------



 それにしても。

 俺、この世界の文字、書けないんだよなぁ。


 読めるし、喋れる。

 しかし、いざ書けと言われると「?」となる。

 とっさに手が動かないんだ。

 もちろん、文字の形自体は分かっているのだが……。何と言おうか、まだ文字に馴染んでいない上に実際に書いたこともないせいで、手が文字を覚えていないという感じだ。

 キーボードでのタイピングばかりしていると、読める漢字と実際に書ける漢字の間に、大幅なズレが生じてくることがある。感覚的には、あれにわりと近い。

 でも……。なんだか妙だよな?

 普通は異世界トリッパーって、不思議なパワーで文字が読める場合は、あっさり文字を書くこともできると相場が決まっているものだろうに。

 こんなリアルな書けなさをするか、普通?

 

 どうも俺がこの世界の言葉を喋れるのって、神が与えし異世界不思議ボーナスってわけではない気がするんだよなぁ。

 これは、俺自身が色々と喋ったり、読んだりしているうちに、徐々に感じてきた事なのだが。

 

 ――俺の翻訳能力、わりとバランスが悪い。

 

 偏っている……というか、やや翻訳が一方通行気味だ。

 この世界の単語を日本語に訳すのは上手いのに、日本語をこの世界の単語に訳すのは下手くそなのだ。

 この世界の言葉ならば、俺が知らない物や概念でも、かなり上手い事翻訳される。“風浮き箱”や“枯草人参”、“表土索敵”みたいな感じに。

 今飲んでいる“豆葉茶”なんかもそうだな。

 そういった意味では“魔導王”なんて、その最たる例だろう。この世界の魔術や魔導というものの実態が分かってきた現在、なるほどと思わせられるネーミングである。

 この世界の言葉で翻訳されないのは、ほぼ固有名詞限定だ。つまり、人名や地名だな。例えばこの理屈で考えると、この国の大衆的な麺料理である“テパオール麺”なんかは、「テパオール」の部分が固有名詞だ。つまり、テパオールという人か土地が存在するのだろうと推測できる。こんな風に、翻訳ルールが分かってくると判明する、隠れた事実もある。


 一方で、元の世界の言葉、つまり日本語の翻訳はわりとシビアだ。俺が知っていてこの世界の人が知らない概念というのは、まず翻訳してくれない。

 端的な例は、エルフだろう。こっちの世界の見た目がエルフに似た種族は、“谷の民”で翻訳されてくるのに、俺の“エルフ”はそのまま翻訳を弾かれてしまう。

 他にはあれだ、前に言ったように“恋愛フラグ”なんてのも翻訳されない。これ、もしも逆パターンで、この世界にだけ恋愛フラグって概念が存在するなら、上手に翻訳されてくるはずなのだ。うーん、例えば“恋旗立”とか……? いや、まぁ、もちろん実際には、絶対違う表現になるとは思うんだけど。

 

 少なくともこの翻訳能力、「喋った言葉が謎の不思議パワーにより相手に分かるように自動変換される」というような、ありがちな類の物ではない。

 何か、裏があるように思う。

 だから俺も、これまでの事実から色々と推測をしてきた。

 ハゲとラフな雑談をしてみたり、ゴレに様々な単語を話しかけて、翻訳とエラーの傾向を確認してみたり。

 結果、あるひとつの考えにたどり着いた。


 ――俺の頭の中に、召喚時に辞書がインストールされている。

 

 この考え方が、どうも一番しっくりくるように思う。

 俺の頭の中に、この世界の言語概念の、くそ膨大かつ不完全な辞書ソフトのようなモノが、何冊も強制インストールされているのだ。そして、このインストールされている辞書ってのは、おそらく「この世界の人が作った、この世界基準の辞書」だ。こう考えてみると、かなりの部分のつじつまが合う。

 分かりやすく言えば、和英辞典ではなく、英和辞典に近い性質の物だ。

 英語の方に該当する単語がなければ、そもそも参照する事すらできない。

 忍者を英訳しようにも、NINJYAとしかならないように。


 個人的には、この“辞書インストール説”は、そう的を外していないのではないかと思っている。

 ただ、そうなってくると、逆に良く分からない部分もあるんだよなぁ。

 この辞書の、守備範囲の問題だ。要は、専門書が読めなかったり、こんな風に、文字がかけなかったりする現象の謎である。

 専門書特有の叙述ルールにしても、文字の書き方にしても、普通は勉強や練習をすれば比較的楽に修得できる類のものだ。少なくとも、異言語を一から覚えるより、はるかに楽といえる。

 俺の頭の中に、言語の発音や複雑な文法なんかまで含めた、この世界の膨大な辞書をわざわざインストールしているくせに、少し勉強すれば身に付く程度のこんなものが辞書に入っていないのは、普通に考えておかしい気がするのだ。

 まるで俺は文字なんて書けなくていいし、魔術の勉強なんてしなくてもいいとでも言いたげではないか。

 学びを愛する文化人に対して、最大級の侮辱である。

 こんな事をした犯人は、おそらく召喚主であるリュベウ・ザイレーンなのだろう。いかにもクソなザイレーンがやりそうな事ではある。

 やはり、例の洞穴に仕掛けられていた、人格破壊と記憶上書きの魔術〈魂転写〉(こんてんしゃ)と何か関係があるのか?

 といっても、あの術自体はすでに回避している。

 そもそも、最終的にはその術で、俺の人格ごと記憶を消して上書きするつもりだったのに、なぜ辞書なんてインストールしているのだって話だ。

 クソなザイレーンの考えることは、本当によく分からない。



 ともあれ、やはり文字自体は、練習すればすぐ書けるようになりそうだ。

 専門書の解読よりもずっと難易度が低い。

 何せ文字の形は分かっているのだ。その上、文法も母国語レベルで使いこなせているわけだから。

 

 それに、文字の練習は、きっと無駄にはならないだろう。

 これから先、サインなんかが必要なときもあるかもしれない。

 以前商会で見たこの世界の契約書類は、サインと拇印両方が必要だったし。

 テテばあさんの言う通り、確かに最低限名前くらいは、安定した筆跡ですらすらと書けるようになっておく必要がある。

 今回ばかりは、あの野蛮人で邪悪な暴力ババアにしては、わりと文化的で筋が通った事を言っているのだ。


 とりあえずババアからの逃走は延期して、文字を綺麗に書けるようになるまで、この里に滞在しても良いかもしれない。

 図書館でも、図書カードに名前を書かないといけないかもしれないし。

 汚い字だと恥ずかしいよな。

 そう、これは目的のために仕方のない行為だ。

 決して俺がババアに飼い慣らされているわけではない。

 勘ちがいしないでほしい。



------



「さて、今日の文字の練習はここまでにしておくか……」

 俺は大きく伸びをした。

 文机の上の筆記用具を片付け始める。

 字を書き散らかしていた紙を、束にしてひとつにまとめた。

 俺が文字の練習に紙を贅沢に使っていることからも分かるように、この世界の紙は、わりと安価なようだ。

 他に机上に置いてあるのは、ペンと、インク壺、筆箱、文鎮……。


 俺は何気なく、丸っこい文鎮を手に取って眺めた。

 茶色くて、丸い形をした、不思議な文鎮。

 まるで、石でできた卵みたいな。

 何を隠そう、こいつは古代地竜の遺骸の中から出てきた、例の恐竜の胃石だ。

 そこそこの重さがあるし、なぜか不思議ところころ転がったりもしないので、文鎮として丁度良いのだ。


 この恐竜の胃石。

 こいつは一応、ティバラの街で、すでにハゲに鑑定してもらっている。

 魔道具屋というのは、魔道具の販売の他に、魔獣由来の利用可能な素材の買い取りなども業務として行なっている。魔導核の買い取りをしていたのも、その一環なのだ。要するに、ハゲは一応、こういった品の専門家でもあったわけだ。

 ただ、そのハゲにも、こいつの正体は良く分からないようだった。

 少なくとも、魔道具屋で取り扱っているような品目には無いそうである。

 魔道具屋の買い取り品目にないということは、要するに、素材としての売却価値はないガラクタということだ。

 ちなみに、俺は珍しい古代地竜の胃石だと主張したのだが、ハゲは全然信じてくれなかった。「お前さん、また騙されて妙なものを買わされたもんだなぁ……」と言いながら、憐れむような目で俺を見つめるのみだった。


 とはいえ、この石自体は正体不明の珍しい品ではあるので、好事家の貴族などに高値で売れる可能性が、まったくないわけではないそうだ。

 そんな事を言われると、捨てるのが勿体ないような気がしてくるのだから、困ったものだ。

 なので、鞄の肥やしにしつつ、こんな風に文鎮として使ったり、風呂あがりに踏んづけて足裏マッサージに使ったりしている。

 いつか運命の貴族様に、高値で買ってもらえることを信じて……。


 そんな大事なガラクタである石ころ文鎮を、ぽいっと鞄の中に放り込んだ。

 文机の方に視線をもどすと、俺が文鎮に気を取られていたせいで放置していた他の筆記用具を、ゴレが大事そうに筆箱の中にしまってくれていた。

 こいつは俺の私物は、壊さないように、本当に大切に扱ってくれる。

 その他の物の取り扱いは、わりと雑だが。


 優しい手つきで、器用にペンを筆箱にしまおうとするゴレ。

 このとき、ペンを握る彼女の姿を見て、ふと思った。


「……なぁゴレ。お前って、文字は書けるのか?」


 そうなんだ。考えてみればこいつ、文字を読む事はできるんだよな。

 実際、毎晩俺の隣で熱心に『食べられる野草』を読んでいる。

 野草鑑定のスキルが上昇していることも、先日の薬草摘みで、事実として確認済みだ。つまり、本の内容を読んで、きちんと理解しているのだ。決して読んだふりをしているわけではない。

 ゴーレムには、読書機能が標準搭載されているという事なのだろうか。

 なんにせよ、ゴーレムに文字が読めるならば、文字を書くことだってできる可能性がある。

 まぁ、ゴーレムは皆わりと指がごついから、物理的に本のページをめくれなかったり、ペンが持てなかったりという奴が多そうだが。

 だとすれば読書も筆記も、完全に死に機能だな。

 ……まぁいい。


 俺はペンを取り出した。

 そして、練習で使った残りの紙に、この世界の文字を書いた。

 

 “ねまき・ださい ごおれむのちとにすんでいます”

 

 うむ、上出来だ。

 まだちょっと下手くそな字だが、お手本としては十分だろう。

 俺は文字を書いたその紙を、ゴレに指で示した。

「ゴレ、この文字を真似して書いてごらん」

 ゴレはペンを持ち、さらさらと紙に文字を書いていく。


 “ネマキ・ダサイ ゴーレムの里に住んでいます”


 よしよし、上手に書けたな。

 これさえ書けるようになっておけば、もしゴレが迷子になっても、拾った人が家まで連絡してくれるだろう。

 俺は犬を飼っていた経験上、迷子札の重要性を知っていた。

 どんなに賢い犬でも、突発的な事故で迷子になってしまう事はある。迷子になるのは、その犬のおりこうさや賢さとはあまり関係がないんだ。

 つまり、おりこうで賢いゴレにだって迷子になる可能性はある。そして、迷子になって飼い主を聞かれたときに、俺の名前と住所がきちんと書けるなら、ゴレも安心である。

 とはいえ、実際に俺とゴレの間で発生した迷子案件といえば、むしろ、勝手に迷子になって一本角と遊んでいた赤ちゃんの俺を、お母さんのゴレが必死になって探し回っていたというものだったような気もするが……。

 その辺りは、まぁ、微弱な誤差の範囲内だ。

 

 迷子対策ができたことに安心しつつ、ゴレの書き文字を眺めた。

 そして、気付いた。

「……お前、滅茶苦茶字が上手いな」

 というか、俺よりはるかに上手いぞ。

 ゴレよ貴様、なかなかに美しい文字を書きやがるではないか。

 べ、別にくやしくなどないが……。

 これはもしや、教えなくても、すでに全ての文字が書けるのか?

 ゴーレムには、筆記ソフト的な物がプリインストールされているとでもいうのだろうか。

 よし、少し試してみよう。

 

「ゴレ。……ここに、お前の本名を書いてみてくれ」

 俺は、手元の紙の空きスペースを指さした。

 ゴレは迷いなく、さらさらと紙に文字を書いた。


 “ゴレタルゥ・ダサイ” と。


 …………!?

 この、さも当たり前のように書かれた、俺と同じ名字は、一体……?

 一瞬、なぜか冷や汗が流れた。

 が、すぐに思い直した。確かにうちの子なのだから、名字が俺と同じダサイになるのは普通に大正解……だよな? 

 そうだ、間違いない。完全に正解だ。おそらくこの点に関しては、俺の予想を上回る正確な回答と言っていいはずだ。

 一体何を焦っていたのだ、俺は。

 とはいえ、こいつのナイスな本名は、もちろん“ゴレ太郎”だ。ゴレタルゥという名前は、許されざる明白な間違いである。俺は本来、誇りと名誉にかけて、即刻ゴレにおしおきのほっぺむにむにの刑をしつつ、矯正をほどこさねばならない。

 が、しかし、今重要なのはそこではない。

 ゴレは文字で質問に答えられるのだ。

 

 ――これ、もしやゴレと、文字を介した意思疎通ができるのではないか?


 俺の胸は高鳴った。

 といっても、俺はもうこいつの言いたいことは大体分かる。正直なところ、改めて筆談なんて必要はない気もするのだが……。

 でも文字でしか聞けないことだって、多分あるよな。

 

 さて、何を質問してみようか?

 そうだ。まずは、こいつの好きな物を聞いてみるというのはどうだろう。

 ゴレには、いつも本当に世話になりっぱなしだ。好きな物を教えてもらって、それをご褒美に買ってあげよう。

 我ながらナイスなアイデアだ。

 俺は大切な相棒のために、ふきふき以外の何かをしてあげたいと、常々思っていたのだ。

 まぁ、とはいうものの、残念ながら俺は現金をそんなには持っていない。

 俺のお小遣いで買ってあげられるのかという、一抹の不安はあるが……。


 現在の所持金である金貨5枚強というのは、一応、当面の日常生活に困らない額ではあるようだ。食料換算なら、確実に200~300万円相当以上の価値はあると見ていい。

 この世界は、どうも見た目の印象以上に、生産技術の水準が高い。生活もわりと豊かだ。おそらくは魔術や魔道具等の存在に起因する現象だと思う。紙は質の良い物がわりと安く手に入るみたいだし、新品の服も一応日常的に手を出せる金額だった。これらは元の世界の中近世以前の技術力では難しいことだ。

 だから少なくとも、現代人の感覚で庶民の服を一着買ってやって即破産、なんてことは起こりにくいはずだ。今の所持金でも、ゴレの欲しがる大概のものは、おそらく買ってやれるはずではあるのだ。

 よ、よほどの高級品をおねだりされない限りは……。

 

 とはいえ、俺にだって奥の手はある。

 例の小汚い猿どもの、つまらん魔導核である。

 もしもゴレが何か高い物を欲しがるようなら、この鞄の中に放り込んである魔導核を適当に全部売り払って金にしちまえば、多分足りるのではないだろうか?

 そんなことをすれば、今後の生活には困ることになるかもしれない。だが、まぁ、おそらく死にはすまい。


 ……相変わらず俺の金銭管理能力は、宇宙へと旅立ったまま、帰ってきていなかった。

 

 俺は身を乗り出して、ゴレに質問を開始した。

 よし。何でも買ってやるぞ、ゴレ!

 今、情けなくも現金はあまりないが、大丈夫だ。俺にまかせろ!

「おい、ゴレ! お前の好きな物はなんだ!? 書いてみてくれ!」


 ゴレは紙に、“ネマキ・ダサイ”と書いた。


 違う! 今は飼い主の名前はいいのだ。

 ……いや、待てよ。

 これってもしかして、俺のことが大好きって事だったりするのか?

 有り難いことだ。飼い主冥利につきる。

「俺も大好きだぞ、相棒」

 ゴレの頭をなでなでした。

 彼女はとろけるような瞳で、うっとりとしている。

 

 ……というか、今のは俺の質問の仕方が悪かったな。

 質問に具体性がなさすぎたかもしれない。

 改めて、きちんと問いなおそう。

「ゴレ、欲しいものはあるかい? 書いてみてくれ」


 ゴレは、“ネマキ・ダサイ”と書いた。


 …………。

 俺はとある嫌な予感がしてきた。

 ゴレは、決まった文章や、自分の名前のような答えの定まっている質問に対しては、きちんと答えを返してくれている。

 でも、先ほどから、好きな物や欲しい物といった、定まっていない答えを自分で導き出す必要のある問いに対しては、飼い主の名前しか書いてこない。

 まるでエラーを起こしているかのように。

 ひょっとしてゴーレムって、文字自体は書けるけど、文字で上手に意思表示をする事はできないのではないだろうか……?

 

 しばらく考えた俺は、この疑惑を明らかにする為のテストとして、回答不能の質問をゴレに対してぶつけてみる事にした。

 本来ならば答えの存在しない、絶対に答えられない質問をするのだ。それに対してゴレが回答をしてくるようなら、それは明らかなエラーだ。ゴーレムに文字を使用した正常な意思表示は難しいと見るべきだろう。

 俺は意を決し、その問いを発した。


「なぁ、ゴレ。……――食べたいものはあるか? 書いてみてくれ」



 ゴレは、“ネマキ・ダサイ”と書いた。

 もじもじしながら、なぜか、二度も書いた。



 くそっ、何ということだ!

 もはや確定だ。完全にエラーを起こしてしまっている。

 ゴーレムは物を食ったりはしない。正常な状態なら、こんな質問には、回答などできるはずがないんだ。


 やはりゴーレムには、文字を使った意思表示はできない……。

 俺はふわふわ絨毯の上に、がっくりと膝をついた。

 


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