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破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第5章 ゴーレムの里
52/107

第51話 緑色のライバル


 

 テテばあさんの屋敷の離れ家の、十畳ほどの広さの居間。

 俺は囲炉裏の横で一人、孤独に寝そべっていた。

 囲炉裏の灰には、串にさした丸い餅が突きたててある。

 そろそろ食べごろだろう。

 この餅は、ゴレが出ていく前に下ごしらえをして用意しておいてくれた物だ。

 わざわざ俺がひもじい思いをしないようにである。優しい。


 そう、この場にゴレはいない。


 ゴレは俺を捨てて、出ていってしまった……。

 先ほどテテばあさんと一緒に、二人で母屋の方に行ってしまったのだ。

 まるで親子のように仲良く連れ立って……。

 何やら、花嫁修業がどうのこうのと言っていた。

 俺にはうちの可愛いゴレを、どこぞの馬の骨のゴーレムなんぞのもとへ嫁に出すつもりはないというのに。

 どうしよう、ゴレをばあさんに取られてしまった。

 ゴレよ。お前は邪悪なババアの策謀によって、何か良からぬ方向に操られているんじゃないのか? 頼むゴレ、不良にならないでくれ。ああ、ゴレ……。

 俺は深い孤独と暇を感じていた。


 ……うん。まぁ、ぶっちゃけ遊んでくれる相手がいなくて、単純に暇を持て余しているだけだ。

 ここには、構ってくれるハゲも、テルゥちゃんも、ギネムもいない。

 そもそも、この“ゴーレムの里”には、昨日来たばかり。誰も知り合いがいないのだ。

 おまけに昨日は、この離れを掃除したり家具を運び込んだりしていて、一日が終わってしまった。実質今日が初日みたいなものだ。


 むしろゴレが楽しそうに母屋に出かけたことを、俺はうれしく思っていた。

 俺にべったりすぎるゴレが自由に出歩くというのは、ものすごく良い傾向だと思うわけだ。

 ただ、これはゴレが急に社交的になったというよりは、ゴーレムの里という特殊環境がそうさせている部分はあるだろうが……。

 おそらく、慎重すぎるゴレが俺のそばを長時間離れられるのは、ここが安全地帯だと認識しているからだと思う。この里は例の一本角のゴーレム達が、表土索敵を全開にして常に守っている。おそらく他にも何体か、あの一本角みたいなのが里にはいるだろう。

 さらに、この家を守護している“デバス”というテテばあさんのゴーレムは、おそらく滅茶苦茶強い。あいつだけは、正直底が見えない感じがある。

 ゴレがずっと一人で俺を守るために気を張り続けてきたのであろう今までとは、この里は全然違うのだ。

 ゆっくりと羽を伸ばして、自分の楽しいことをやってほしい。


「むしろ気になるのは、やはりその、ばあさんの相棒のデバスだよな……」


 俺は『ゴーレム図鑑』を片手に、熱い焼き餅の串を手に取った。

 そして、はふはふと頬張った。

 お、美味い。ほんのりと甘いな、この餅。

 何やらさつま芋みたいなのが練り込んである。懐かしい味だ。

 以前ハゲが話していた南方の甘い芋というのは、ひょっとして、これのことかもしれない。


 俺は餅を食べながら、図鑑をぱらぱらとめくった。

 あんなヤバそうで凶悪なデザインのゴーレム、図鑑にはまるで記載がない。

 土の戦士、という名前でも索引を探してみたが、該当する頁はやはり無かった。


 門番をやっている緑色の一本角のゴーレムの方は、ちゃんと図鑑に載っているのだが。

 “一角ゴーレム”。広範囲の表土索敵と拠点防衛機能を持った軽ゴーレム。頭部から突き出る長い一本の角を特徴とする。機動性に優れる、格闘戦向きの機体。

 こいつは大柄だがフットワークが軽くて、移動がわりと速い。なので、ああいう警備みたいなお仕事に向いているようだ。図鑑の記述では、白兵戦とか近接戦ではなく、わざわざ格闘と何度も書いてあるあたり、やはりゴレみたいにステゴロの喧嘩殺法で戦うのだろう。

 いいよなぁ。角が生えていて、拳で戦う。実に男の子趣味ではないか。

 別に相棒のゴレに不満があるわけじゃないんだけど、でも、俺も男の子だから、やっぱりああいうゴーレムを飼ってみたいなぁ……。


 そう。俺はその昔、カブトムシとかが大好きな少年であった。

 角は男のロマンであった。

 太古の昔より和洋を問わず、男の戦装束である兜には、正直戦闘では別段何の役にも立たない、角やトゲトゲが生えている物が多い。いや、あえてはっきり言おう。兜のでかい角は役に立たないどころか、引っかかって落馬の原因になったりして、わりとガチで危ない。普通に生命の危険がある。

 それでも男という物は、命を賭してでかい角をつける。日本の甲冑なんかになると、わざわざ引っかかった時用のパージのギミックをつけたりしてまで、さらに角をでかくする。

 

 ……なぜそこまでして、でかい角をつけるのか?

 そんなの決まっているだろう。でかい角をつけたいからだ。理屈ではない。


 そこには、世の淑女にはなかなか理解されない、古代より受けつがれる無垢で気高い心を持つ紳士にのみ理解を許された、熱い魂の渇望が存在するのだ。そして、俺もそのような例に漏れず、熱い紳士の魂を持っていた。

 そうさ。多くの熱い魂を持つ紳士の諸兄は、すでに理解しているだろう。


 男はだいたい本能レベルで、無駄に角とかトゲトゲが大好きなのである。


 なんだか俺は急に、あの一本角のことをなでなでしたいという熱い紳士の衝動に駆られた。

 そうだな。どうせ今は暇なのだ。

 村を見学がてら、一本角と仲良くなりに行こう。



------



 テテばあさんちの敷地から出て、外をちんたらと歩き出した。

 ばあさんの屋敷は里の一番奥の、少し高い場所にある。だから、一本角が俺のことを待っている里の入り口の門へ行くには、ゆるやかな坂を下りながら、里を縦断する必要があった。

 要するに、里の入り口までけっこう距離があるのだ。


 俺はぶらぶらと歩きながら、まるで観光客のように里の様子を見渡した。

 立ち並ぶ家屋敷はやたらと立派だが、雰囲気は平和な農村そのものだ。

 どこの家で飼っているのかも良く分からない鶏が歩き回っている。

 当然、里の人達もいる。

 何となくお年寄りがやや多いような印象だが、特にお婆さんの数がやたらと多い。今のところ高齢者は女性ばかりで、男性をまったく見ていない。

 お婆さんだけで、お爺さんが全然いないのだ。

 元々女性の方が長生きする傾向があるものだが、それにしても偏っている気がする。お爺さんは皆、情けないババアのヒモ状態の俺とは違って、しっかりと勤勉に畑に出ているのだろうか?

 ともあれ、里のご老人達は俺についてすでに知っている様子だ。

 皆さんとてもフレンドリーに話しかけてくれる。

 

「あらー、アンタがテテ先生とこの新しいお弟子さんかね」

「あらあら、噂通りのいい男だねぇ」

 ありがとう、心優しいマダムよ。しかし俺はすでに知っているのだ、ご老人というものは、若者の容姿を大概手放しでほめてくれるということを。

 ……ん? ちょっと待て。

 テテ先生って、おそらくテテばあさんのことだよな? 俺、あのばあさんの弟子って事になっているのか!?

 初耳だぞ、そんな情報は!

 俺にはすでにスペリア先生という、非常に立派な文化人の見本たる師匠がいるのだ! まぁ、当然俺の中で勝手に弟子入りしただけだが。

 ともかく、文化人とは対極にある、凶暴野蛮人のババアなんぞに弟子入りした覚えはない。

「あの、待ってください。俺は別にあの人の弟子ではなく……」

 あらぬ誤解を正し、事実を釈明しようとする俺。だがそのとき、お婆さんの一人が、大きな葉っぱに包まれた沢山の草色のお団子を俺に差し出した。

「お兄さん、これお食べ。お腹すいているだろう?」

「わぁ、ありがとうございます。確かに腹が空いていたので有り難い。これは美味しそうですね」

 ついさっき焼き餅を食べたばかりだ。当然腹など減っていない。

 だが、俺はこの心優しい年上のレディを悲しませたくなかった。

 それにまだ十分食べられる。昼食は辛くなるかもしれないが。

 あれ? そういえば俺、先ほどまでこの人達に、必死に何かを言おうとしていたような気がするのだが……。何だっけ? うーん。

「ひっひっひ、若いっていいねぇ」

 おい。尻を撫でないでくれ、そっちのばあさん。


 お婆さん方から解放された俺は、草色の団子をパクつきながら、再びちんたらと門へ向かって坂を下りはじめた。

 うん、いけるなこの団子。

 よもぎ団子みたいな、懐かしい味だ。

 

 道すがら、ときどきお婆さんから話しかけられ、立ち止まって軽くご挨拶をしつつ、また門へ向かって歩き出す、という事を繰り返した。

 何度も呼び止められるので、なかなか門に到達しない……。

 しかし、やたらフレンドリーなのだな、ここのご老人方は。

 俺は元々お年寄り受けが悪くない自覚はあったが、それにしたって、ものすごい逆ナンパ率だ。これではまるで、完全に需要が不明な、おばあちゃんハーレム状態ではないか。

 これと似たような状況は、一応すでに経験がある。ティバラの街の人達も、やや趣は違うものの、これに近い態度で俺に好意的に接してくれた。

 しかし、あの街では、若い女性を除くほぼ全ての性別・年齢層の人々が満遍なく好意的に接してくれていたように思う。小さな子供から、おっさん、お婆さんやお爺さんまで。

 一方、このゴーレムの里。俺のことを呼び止め、孫のように接してくれているのは、先ほどからお婆さん方限定だ。


 一応断っておくが、この里にお婆さんしかいないわけではない。

 ほら、たとえば今そこの屋根の上にも、赤髪のマッチョな男性がいる。

 獅子のような赤い髪をした、筋骨隆々の大男だ。

 元気に屋根の修理をしている。

 あっ、すべって屋根から落ちた。大丈夫だろうか……。

 お、元気にまた屋根に登りはじめた。

 まさかのノーダメージか。

 頑丈な男である。そう、あれこそが筋肉の生み出す防御力なのだ。

 

 そういえば、今の赤髪の彼なんかは、初めて見た感じの人種だな。

 俺はてっきりここの里人は、皆テテばあさんと同じ部族の人だとばかり思っていた。だが、どうもそうではない様子だ。実はテテばあさんみたいな顔立ちの人は、まだ一人も見ていない。むしろこんな辺鄙な田舎にしては、非常に雑多な人種で構成されている。

 ティバラの街はわりと賑やかな宿場町だったが、定住している街の住人自体は、だいたい同じような感じの民族が中心となっていた。俺はこの世界の民族のことなどまるで分からないし、あくまで顔立ちや外見から判断した印象にすぎないのだが。

 一方この里の住人たちは、顔立ちも肌色も、一見してバラエティーに富んでいる。ティバラに住んでいた民族に近い外見の人達も、もちろん多くいる。東洋系の血が入っているような顔立ちの里人も、非常に数は少ないが一部見受けられるな。

 なんとなく、事情がありそうな里ではある。

 とはいえ、それは部外者の俺が詮索すべきことではないだろう。

 ご老人方の厚意を、有り難く受け取っておくにとどめておくことにした。



------



「おっ ついに見つけたぞ、一本角!」


 お目当てのゴーレムの姿を、ようやく発見した。

 彼は門の脇に、静かにたたずんでいる。

 頭に立派な一本の角をもつ、緑色のゴーレム。

 こいつは軽ゴーレムとしては、わりと大型の部類だと思う。身長は2メートル半くらいある。体格も肩幅が広くがっしりとしており、一見して戦士といった印象だ。

 両手に装備しているごつい手甲も、やたら強そうである。

 関節はうちのゴレとは違って、やはり継ぎ目があり可動するタイプだ。

 面構えも、なかなか良い感じである。

 ギネムの道化ゴーレムもそうだったのだが、普通のゴーレムって、顔面にデザインが施されているのだ。のっぺらぼうではない。目や耳の役割は額の索敵紋が担っているはずだから、機能上の意味はないのだろうと思うが。

 一本角の顔は横に何本も溝が入っていて、なんとなく、剣道の面みたいなデザインだ。


 俺は一本角をおどかさないように、ゆっくりと近づいて、そばに立った。

 そして彼の鼻先に、そっと優しい動きで自分の手を差し出し、手の甲の匂いを嗅がせた。そのまま、威圧しないようにゆっくりとした動きで、一本角の顎の下に手をのばす。

 ごつくて固い戦士の顎を、下から優しくなでなでした。

 これは、俺が初対面の犬となかよくする時のマナーである。

 ご存知の通り、ゴーレムというものは、ほぼ犬だ。接し方は、おそらくこれで問題あるまい。

 顎の下は、なでるとゴレも気持ちよさそうにするポイントの一つである。まぁゴレの場合は、どこを触っても気持ちよさそうにうっとりするから、正直あまり参考にはならないが……。

 当然ながら、警戒心の強い犬にいきなりこういう事をすると、噛みつかれる可能性はある。相手の見極めはかなり重要なポイントなのだが、一本角は俺にまったく敵意はなさそうだ。それに、なんとなくこいつは、温厚でやさしい奴のような気がする。


 俺になでられた一本角は、最初戸惑ったように、大きくたじろいだ。

 だが、俺はかまわず追いすがり、さらになでなでした。

 やがて彼も観念したのか、大人しく俺になでられはじめた。

 うんうん、良い子だな。

 

「……なぁ、一本角。お前はここでずっとお留守番をしているのか?」

 俺は一本角をなでながら、彼に優しく語りかける。

 語りかけている話題の内容自体には、さしたる重要性はない。こうやって語りかけること自体が目的なんだ。

 実は、このように優しく語りかけるという行動は、犬に対して敵意が無いことを示す上で、とても重要なのである。

 犬には、人間の細かい言葉の意味までは理解できない。しかし、言葉のニュアンスというものは、驚くほど敏感に察知する。その人が自分と友達になろうとしているのか、そうでないのかは、ある程度賢い犬なら、相手の言動だけでかなり正確に把握するのだ。

「お前は飼い主の人がいないのに、おりこうさんなんだな。うちの相棒のゴレも、今はお家でおりこうにお留守番をしているんだよ」

 一本角は、俺の顔をじっと見ながら、おりこうに撫でられている。

 ああ、やはり大型犬は良い。心が癒される……。


 俺は一本角の隣に寄り添い、草色の異世界団子をぱくつきながら、目の前に広がる畑で働く人々とゴーレムたちの姿を眺めた。

 里の正面の広大な敷地を埋め尽くしているのは、やはり麦畑だ。

 風が吹くたび、黄金色に輝く一面の麦畑が、まるで海のようにうねっている。もはや収穫も間近なのではなかろうか。

 里の正面で麦を、側面では他の様々な作物を栽培している様子である。

 やはりこの里の人々とゴーレムは、とても仲が良い。

 見ていると、どうも家族単位でほぼ1体か2体のゴーレムと作業しているようだ。

 おそらく家の飼い犬みたいな物なのだろう。


 今畑にいるゴーレム達は、おそらく大部分が農作業用ゴーレムだと思う。

 明らかにそれとは形が違う奴もちらほらと混ざっているのだが、距離があるせいで種類までは分からない。何せ畑が広大だ。

 ただ、同じように見える農作業用ゴーレムも、それぞれ皆微妙にデザインが違っていて、色も異なっている。この点は、昨日見かけたときにも気になっていた。

 個人的に特に気になっているのは、彼らの色のばらつきだ。

 俺もゴーレムを何体か生成しているから分かるのだが、ゴーレムの素体の色は、特に何もしなければ、生成した場所の石や土の色にほぼ依存する。試作ゴーレム達は盆地の土の色になったし、ゴレは真っ白い石柱の色になった。

 これは土魔術全般の特徴でもある。俺はゴーレムの他にも何度か斧や槍などを生成しているわけだが、斧も槍も、作ったその土地によって微妙に色合いが違っていた。

 もっともゴーレムに関しては、特殊な色付きの土を少量混ぜたりして、素体をある程度好みの色に染めたりもできるらしい。ギネムは道化ゴーレム達の紫色を、この手法で出していると言っていた。

 一本角も綺麗な緑色をしているし、ひょっとすると、同じ手法で色を出しているのかもしれない。

 ただ、畑のゴーレム達はそんな感じでもない。

 皆、色こそ微妙に違うが、普通に土の色だ。

 もしかすると畑の色々なゴーレム達は、それぞれ作られた土地が違っているのではないだろうか?

「まぁ何にせよ、いろんな犬……じゃなかった、いろんなゴーレムが家族と働いているのは、実に心温まる情景だな」

 なぁ、一本角よ。お前もそう思うだろう?

 俺は隣に立つ一本角を優しくなでた。


 ふと視線を目の前に戻すと、ぽかんとした表情の少年が突っ立っていた。

 少年は俺と一本角の様子を、まじまじと見つめている。

「おどろいたなぁ……。うちのアルパスが、オレや家族以外の人を相手に、こんなに気を許しているなんて……」

 あ、もしかしてこの子、一本角の飼い主さんだろうか。

 よく見ると、少年の手には水の入ったバケツと布が握られていた。

 俺はすぐにぴんと来た。

 なるほど。この子は、一本角をふきふきしに来たのだ。

 一本角は体が大きいから、この小柄な少年では拭くのも一苦労だろう。

「なぁ君、これからこのゴーレムを拭いてやるんだろう? もし良かったら、俺にも手伝わせてくれないか」

「えっ?? も、もちろんオレは構わないけど。 ……い、いいの?」

 少年は面食らっている様子だ。ひょっとして、普通は他人のゴーレムを拭いたりはしないものなのか? ちょっと軽率だったろうか……。

 とはいえ、すでに相手から許諾まで得てしまった以上は仕方がない。せめて丁重にふきふきさせてもらおう。

「拭かせてくれてありがとう。俺はこう見えて、ゴーレムを拭くのは得意なんだ」

「お兄さん、何だか変わった人だね……」


 俺は少年から拭き布を一枚借り受け、仲良く一緒に一本角を磨いた。

 一本角は気持ちよさそうに大人しくしていた。

 二人で一本角を磨きながら、俺達は互いに自己紹介をした。

 話しているうちに、この少年と俺はすぐに打ち解けた。犬の趣味が合う者同士というのは波長が合いやすいものだが、ゴーレムの場合も似たようなもののようだ。

 やはりゴーレムは、犬なのだな……。


 この少年の名前は、アセトゥ。やはり一本角の飼い主さんであった。

 一本角は、戦争で亡くなった彼のお祖父さんが家族に遺してくれた、大切なゴーレムらしい。

 やはり一本角と似たようなゴーレムは里に多数おり、数日交代で番兵を務めているそうだ。

 でも、アセトゥの一本角が一番強いらしい。

 彼は自慢げに胸を張っていた。

 ああ、分かるぞアセトゥ。俺も同じ状況なら、うちのゴレが一番強いと自慢するだろう。


 アセトゥは小麦色に日焼けした健康的な肌の、十代中頃の少年である。

 元の世界なら、おそらく中学生くらいではないだろうか。時折見せる、はにかんだような笑顔が、いかにも純朴な少年といった感じだ。

 ただ、非常に身体の線が細い。

 大丈夫かこいつ、まるで女の子みたいじゃないか。

 ちゃんと食っているのか? 俺は少し心配になった。

 この世界の食糧事情は、かなり充実しているように思っていたのだが……。

 

「なぁアセトゥ、この団子やるから、全部食べていいぞ」

「? いいの? ありがとうネマキ兄ちゃん! わあ。オレ、甘草団子(あまくさだんご)大好きなんだっ!」

 俺が団子を差し出すと、まるでスイーツを前にした女の子のように目を輝かせてはしゃぐアセトゥ。その様子を見て、俺は悲しくて涙がでそうになった。

 団子程度で、こんなにはしゃぐなんて……。

 この子はきっと家が貧しくて、普段甘いお菓子なんて食べられないのだろう。

「そうかそうか。いっぱい食べて大きくなるんだぞ」

 俺は溢れそうになる涙をごまかすように、団子をほおばるアセトゥの髪の毛を、くしゃくしゃとなでた。

 子供扱いされて、恥ずかしかったのかもしれない。アセトゥは頬を赤く染めてうつむいていた。


 アセトゥはぱくぱくと団子を食べている。

 すごく幸せそうに軽やかに食うな、こいつは。

 そういえば、うちの妹がケーキとかを食べるとき、こんな感じだった。俺達男が食うときより、軽いんだよな、なんか食い方が。別に食うスピードが早いわけではなく、むしろ俺より遅いくらいなのだが。あれは実に不思議だ。

 そんな妹に、俺は自分のケーキをよく半分わけてやっていたものだ。

 俺は何だか懐かしくて、少しさみしい気持ちになった。

 

 ……ん?? ちょっと待て。

 また、俺の中で記憶にない妹の情報が出てきたぞ!?

 だが思い出そうとすると、やはり何も思い出せない。

 一体何なのだ、この現象は。おい、どういう事なのかきちんと説明しろ、リュベウ・ザイレーン!


 ともあれ、何となく優しい気持ちになった俺は、団子を食べるアセトゥの横顔を温かく見守った。

 アセトゥの瞳はよく見ると、美しい緑色をしている。

 元の世界にも瞳が緑色の人はいるとは聞くが、俺は実物を初めて見た。こんなにも澄んだエメラルドグリーンが出るものなのか。すごいな。

 というかアセトゥのやつ、まつ毛超長いな。うちのゴレと良い勝負だ。

 綺麗な緑色の瞳がせわしなく動いて、チラチラとこちらを見てくる。

「……ね、ネマキ兄ちゃん。あのっ、あ、あんまり見られると、オレ恥ずかしいんだけど」

「ん? ああ、すまなかった。アセトゥの目があまりに綺麗だったから」

「~~~~~~ッッ!!!?」

 アセトゥの顔が、耳まで真っ赤に染まっている。

 この子は意外と恥ずかしがり屋の少年みたいだ。食事中にじろじろ見るのは、少し不躾だったかもしれない。

 俺はちょっと反省した。



------



 その後も一本角の足元にアセトゥ少年とならんで座り、しばらくの間、仲良く二人で雑談をした。

 アセトゥは楽しげによく笑う子だ。


 ここで、話題がふと俺のことになった。

「そういえば、里中で噂になってるよ。ネマキ兄ちゃんが先生のところに新しく入った弟子っていうのは本当なの?」

「い、いや、その話は誤解だ。俺はただの招かれた宿泊客というか……。本当はこの里に来る予定すらなかったんだが、あのばあさんが強引すぎて、まったく断れなかったんだよ。それに、断ろうとするとすぐ叩いてくるし」

 俺はあわてて否定した。

 まさかアセトゥまで、あのデマに踊らされていたとは。

「あはは、先生は確かに結構強引な所があるからね! でもね、先生はああ見えてすごく優しい人なんだよ」

「まるでそうは見えないが……」

 純真な少年のアセトゥは、ババアに騙されているのではないだろうか。俺は心配になった。

 そんな俺の心配をよそに、アセトゥは少し真面目な顔になって言った。

「それにね。先生は、滅多に他人を家に招いたりはしないんだ。家にお客を泊めるだなんて、オレは今まで見たことがないよ。よっぽどネマキ兄ちゃんのことが気に入ったんじゃないかな?」

「マジか……」

 あんな狂暴クソババアに気に入られても、俺、1ミリも嬉しくないのだが……。

「でも残念だなぁ。オレ、ネマキ兄ちゃんが先生の弟子になってくれたら、すごくうれしかったのに」

「…………?」

 俺がテテばあさんに弟子入りすると、何故この少年が嬉しいのだろう?

 ……まさかアセトゥよ。お前ひょっとして、里の厄介者の超暴力ババアの世話を、俺に全力で押しつけようとしているのか?

 俺は純朴そうに見えて意外と容赦のないアセトゥに驚愕した。


 会話が一区切りし、俺は何気なく空を仰いだ。

 すでに日は中天に差し掛かっている。そろそろ昼飯時も近いだろう。

 ゴレもばあさんちで遊び終わって、離れに戻ってくる頃合いかもしれない。

「……さて、じゃあそろそろ、俺はテテばあさんの家に戻るとするよ。実はうちでも相棒のゴーレムを飼っているんだ。今度一本角が仕事じゃないとき、一緒に遊ばせような。そうだ、良ければゴーレム格ゲーやろう」

「ゴーレムかくげー? よくわからないけど、楽しみにしているね。オレもネマキ兄ちゃんのゴーレム見てみたいし!」

 そうだった。格ゲーという単語は翻訳から弾かれるのだ。

 まぁいい。ギネムも格ゲーはすぐ覚えたし、アセトゥも覚えるだろう。

「……ふっ、うちのゴレは最強に頼もしくて凛々しいぞ。アセトゥ、多分ビビるぞお前」

 軽口を言って笑いながら、テテばあさんの家へと続くゆるやかな坂を見上げた。そのとき、坂の途中の少し離れた場所に、白い影が見えた。


 ゴレだ。こちらを向いて立っている。


 何だ、わざわざ迎えに来てくれたのか。

 よく俺の居場所が分かったな。こんな里の端っこの位置にいたのに。

 表土索敵で探してくれたのだろうか? でもあれって、人間の個体識別まではできないとハゲが言っていたが……。こんな人の多い里の中では、誰が誰やら分からないんじゃないのか?

「おーい、ゴレ! 勝手に出かけてごめんごめん。もう昼飯なのか?」

 俺は坂の上のゴレに軽く手を振った。


 しかし、何だかゴレの様子がおかしい。

 ふらふらと憔悴しきっているように見える。

 というか、何だゴレのやつ……。手がパン粉まみれじゃねーか。

 俺が訝しんでいると、ゴレはその場にへたり込んでしまった。

「なっ!? おい、どうしたゴレ!」

 あわてた俺が駆け寄ろうとするよりも、よろけるように立ち上がったゴレがダッシュする方が早かった。

 あっという間に距離を詰めてきたゴレが、俺に飛びついた。

 ものすごい勢いでの体当たりに見えたが、相変わらず体重はほとんど感じない。

 でも、何だかとても強い感情をぶつけられたような気がして、一瞬頭がくらくらした。

 ゴレは俺にしがみついている。

 もはや死んでも離さんという感じだ。

 見つめてくる瞳は激しい不安に揺れ……。まるで捨てられそうになった子犬のようだった。

 当惑した俺は、とりあえずゴレを抱っこした。

 そして、上着からハンカチを取り出した。

「お前、どうしたんだよこの手。パン粉まみれじゃないか……」

 俺はゴレを抱っこしながら、彼女のパン粉まみれの手を優しく拭いた。

 

「この子がネマキ兄ちゃんのゴーレム?」

「ああ、そうだ。……いや、待ってくれ。普段は本当に、最強に頼もしくて凛々しいんだぞ? べつに嘘をついたわけじゃないんだ」

 あたふたとアセトゥに弁明する俺。

 腕の中で大人しくしていたゴレが、ちらりとアセトゥの方を見た。その視線がまるでうろうろと迷うように、アセトゥの胸や腰のあたりを滑った。が、すぐに興味をなくしたようで、今度は一本角の方に視線が移動した。

 そして、彼女は一本角の足元に顔を向けたまま、まるで凍り付いたかのごとく、硬直した。


 そこには、水の入ったバケツと拭き布が置かれていた。


 ゴレはおそらく、10秒以上完全に固まっていたと思う。

 そして、その身体が小さく、小さく震えはじめた。

 震える彼女の全身から、じわじわと空気の中を這うように……。ざらつく強烈な殺気が、徐々に放出されていく。

 間近で抱いている俺は、肌がビリビリと痺れるような錯覚に陥った。

 殺気が投げつけられている対象は、俺の新しい友達、一本角だ。

 ゴレ、お前一体何をするつもりだ。

 なぜ彼に殺気をぶつけている。

 ……まさか、殴るつもりなのか? 一本角を? 何で??


 いや、待て。落ち着け俺。

 確かにかなりやばい感じはする。だが、ゴレには人里の人間やゴーレムに対しては、相手から攻撃を受けるか俺の指示がない限り、手出しをしないように言いつけてあるじゃないか。

 こいつは俺との約束はちゃんと守るやつ……だよな?

 そうさ、問題ない。大丈夫な、はずだ。

 しかし何なのだ。この、とてつもなくヤバい予感は……。


 理解不能の状況にうろたえ、若干怯んだ俺は、うかつにもゴレを抱く手を緩めてしまった。俺の拘束を離れたゴレは、よろめくように歩いていき、そして一本角の前に立った。


 ゴレの全身はふるふると震えていた。

 彼女はものすごく長い時間、葛藤しているようだった。

 途中、思いとどまろうとするように、何度も俺を振り返った。

 その瞳は苦しそうに揺れていた。

 

 ……俺は、この時の自己の判断をとてつもなく後悔している。

 ゴレが懊悩している隙に、俺はいつも通り、飛びついて止めてやるべきだったのだ。

 本来ならば、絶対にそうすべきタイミングだった。

 だが、俺は躊躇した。

 殺気の放出からこんなに長い間動かないゴレが初めてで、正直飛び出すタイミングを見失っていたという部分はある。

 また、温厚で心優しい友達の一本角が、ゴレに殴られないといけない理由が全く分からなくて、状況が完全に理解不能だったという事もある。

 それに、ゴレはいつも必死に約束を守ろうとしてくれるから、信頼していたという事も、もちろんある。

 これまでだって、俺がギネムのピエロをなでようとしたときなどに、急にイライラして相手に噛みつこうとしはじめることはあっても、実際に手まで出したことはなかったのだ。ゴレはいつも、こいつなりに必死に我慢していた。

 

 しかしそれ以上に、この時の俺には、明らかに予測の甘さがあった。

 

 原因は、ここ数日間の出来事にある。

 先日サディ藩から泣きながらワープして来た直後の、折れてしまいそうなほどに脆くて弱々しいゴレの態度。そして、ババアに俺が太鼓のようにぽこぽこ叩かれている間、俺の身を案じすぎるあまり震えて弱っていきながらも、一切の反撃をしない、ゴレのいじらしい態度。

 ゴレはここ数日、まるで正しいヒロインのお手本のような、か弱い乙女みたいな姿になっていた。だから俺は、この数日でゴレの狂暴性の評価を、大幅に下方修正してしまっていたのだ。

 だが、事実はそうではなかった。

 こいつは俺と“ふたりっきり”のときは、元々そんな感じだったではないか。

 元々俺とふたりのときは、大人しくて、自己主張が下手くそで、とても我慢強くて。そして、妙に弱くて脆い所があって。それでも俺の為に必死に頑張ってくれる、涙が出るほどいじらしい奴だったではないか。

 そう、実はゴレ自身は、何も変わっていないのだ。こいつがいきなり狂暴化するのは、俺以外の第三者が存在する時のみだ。――そして、あのクソババアはその第三者の定義をすり抜ける、完全にイレギュラーな化け物であったという、ただそれだけの事だったのだ。


 ゴレはついに、ふるふると震える右腕を、ゆっくりと振りかぶった。

 彼女はもはや完全に、溢れ出す感情の制御が出来ていないように見えた。

 その姿はまるで、愛しい夫を寝取られた深い悲しみと怒りで錯乱し、愛人に対してヒステリーを起こした若妻のようだった。

「ちょ、ちょっと、ゴレ、お前、待っ――」

 しかし、完全に動揺しきった俺の制止は、間に合わなかった。


 ――次の瞬間、怒り狂ったゴレの強烈な右ストレートが、一本角の顔面に炸裂した。



 うっうわあああああああああ!!! 一本角おおおおおおおおおっ!!!!?

 

 


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