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破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第1章 野蛮なる王妃
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第5話 林檎と隠れ家

 

「さて……。俺は一体、これからどうするべきなんだろう」


 緑の草木の中、周囲に穏やかな朝の光が差し込んでいる。

 濃い赤紫色の林檎のような果実を齧りながら、相変わらずのダサいパジャマ姿で俺はつぶやいた。

 この果物、見た目は林檎みたいなんだけど、わりと酸っぱくてジューシーだ。はちきれんばかりの果肉は、なかなかに食べごたえがある。

 かじってみると断面は鮮やかな赤色だ。

 味的には……そうだな、以前飲んだクランベリージュースがわりと近いような気がするか。ただ、こいつは後味がほのかに甘くて、上品だ。

 ま、俺は酸っぱいの、別に嫌いじゃない。

 というか、この実が食えるものだったことに、内心かなりほっとしていた。


 昨夜、月明かりの中――何せ満月が二つもあるもんだから、実際に夜間行動してみると想定以上に明るかったわけだが――手近なところで果物狩りと試食を敢行した。ここの植生が人工的に作られた庭園じみていることからある程度予想はしていたが、やはり盆地内のそこかしこにある果樹は食用の品種だったようだ。

 といっても、どれも異世界謎フルーツである。正直、食うのはかなりの冒険だ。

 適当にちぎってみた数品種の中で、唯一俺の好みだったのが、このクランベリー林檎(仮)だったというわけである。他はちょっと、俺的には味がいまひとつだった。

 今朝になっても、腹を下したりはしていない。妙な幻覚も見ていないし、手足のしびれもない。

 すこぶる快調。うん、毒はなかったみたいだ。


 昨夜はクランベリー林檎をしこたま食って、腹が膨れるとそのまま果樹の根元で眠ってしまった。

 照明がある大岩扉の洞穴内に戻ることも考えたのだが、あのいけ好かないリュベウ・ザイレーンの白骨死体と一夜を共にするなんてぞっとしない。

 奴が“終わりとはじまりの洞穴”と呼んでいた最初のトンネルで夜露をしのぐってのも、もちろん却下だ。〈魂転写〉とかいうやばい術で人格破壊されて憑り殺されちまう。

 とはいえ、俺がここに召喚されてから、およそ一日が過ぎようとしている。件の石の本の記述によれば、〈魂転写〉の成立条件は召喚直後の不安定な魂らしいから、すでにあのトンネルを通過しても平気な可能性もあるのだが。さすがに今の段階で、命を掛金にそんな危険なギャンブルに挑んでみるつもりはない。


 そう、そして現状の問題は、まさにそこにあるのだ。

 今日もう一度丁寧に探索してみるつもりではあるが、この盆地から外部に抜け出るには、おそらく“終わりとはじまりの洞穴”を通るしかないのではないかと予想している。しかし、トンネル内にはすでに〈魂転写〉とやらの術式が刻み込まれていて、俺の記憶と人格を破壊し、狂った破滅の魔導王にしようと待ち構えているという。どの程度の時間が経過すれば、俺が無事にトンネルを抜けられるようになるのか……これが判明していない以上、脱出にトンネルを利用するのは最後の手段と考えた方がいい。

 と、なるとだ。脱出のために残された選択肢は。

 

「何とかして、ここを囲んでいる崖を越えるしかないんだろうな。多分……」

 赤茶色の崖の高さは、目測で10メートル以上は確実にある。どこもほぼ垂直で、足場になりそうな部分などほとんど見当たらない。

 まるっきり壁だな、これは。普通に登るのはとても無理だ。

 大岩扉の前で立ち往生したのと同じような状況に、とある考えが浮かんだ。

「……あの門や本周りの封印を壊したときみたいに、崖を崩せないもんだろうか?」

 正直、可能なような気はしている。

 昨日、堅牢な巨石の門を破壊したときの手ごたえ。

 あの感じだと、俺にはまだ相当の余力があるように思えた。

 本気を出せば、それこそ崖の10個や20個くらい楽勝で粉々に吹き飛ばせそうな気がする。


 だが、上手いやり方がまったくわからない……。


 〈開けゴマ〉を、崖に向かって使ってみるか?

 昨日のメントスガイザー現象が脳裏をよぎる。

 小さな拘束具を外そうとしただけで、あの有り様だった。

 大岩扉の破壊にしたってそうだ。

 元々は扉を開けようと思っただけなのに、赤熱してグチャグチャに捩じれた門は、最終的に膨張して黒く変色した挙句、五つに爆ぜた。

 あれも今にして思えば、どう見たってオーバーキルだ……。


 それをこの崖に向かって使ってみる、のか?

 正直、軽めのメントスガイザーが起こっただけでも、崩落に巻きこまれて、俺、即死する気がするぞ。

 

 ……うん。やめておこう。

 2個目のクランベリー林檎を齧りながら、俺は盆地の南側に向かって歩き出した。

 うーん、酸っぱい。

 だがまぁ、悪くはないな。


「そういえば、〈魂転写〉とやらで生まれるやばい人格の破滅の魔導王なら、力の上手い使い方も知っているんだろうか……?」

 たしか例の石の本には、〈魂転写〉で俺の人格を破壊した後に上書きされる新たな人格は、リュベウ・ザイレーン自身の記憶を元に作られている、みたいなことが書いてあったはずだ。であるならば、現状の目標が生存という底辺魔導王の俺とは違って、力を使いこなす豊富な知識を最初から持っていてもおかしくなさそうだよな。正直ちょっと羨ましい。


 そんなしょうもないことを考えてしまっていたのには、それなりに理由がある。

 俺は今、あやうくその〈魂転写〉されそうだった苦い思い出のある“終わりとはじまりの洞穴”付近まで歩いてきているのだ。

 別にやけくそになってトンネルを抜けてみようってわけじゃないからな?

 この“終わりとはじまりの洞穴”がある付近を、詳しく調べに来たのだ。

 昨日は小指をぶつけて、ここらはわりとすぐに引き返してしまった。

 反対方面の崖には、リュベウ・ザイレーンの死体があった大岩扉の洞穴以外に何もなさそうだってことが、昨日の時点ですでに判明している。調べるとしたら、残るはこちら側だろう。他の出口や新たな情報が存在している可能性もゼロではない。


 木立の間の柔らかな草の上を歩きながら、崖に向かっていく。

 ここは位置的に、昨日俺が召喚直後に突っ立っていた原っぱにかなり近い。

 今歩いている場所を少し右に逸れれば、例の邪悪な魔法陣も見ることができるはずだ。

 リュベウ・ザイレーンの記述を参考にするなら、魔導王の召喚用魔法陣ってところか。


 3個目のクランベリー林檎を齧りながら、まだ距離のある崖を遠目に、ちんたら歩く俺。

 足元が、お留守だった。

「……うおわっち!?」

 何かに足を取られて、思わず少しよろける。

 変な声が出てしまった。お恥ずかしい限りだ。


 つまずいた足元を確認してみた。一見ただの草地のようだが……。

 裸足の足裏で踏みしめてみると、数センチの段差の感触がある。

 いや、これは段差というより、溝だな。


 深さ数センチの、溝。

 思い出されるのは、昨日、召喚用魔法陣同士を連結していた例の赤黒い線のことだ。

 あの線も、実際は深さ数センチの溝がベースになっていた。


 しゃがみこんで、手で草を掻き分けてみる。

 あった。赤黒く塗られてこそいないが、似た形状の溝だ。

 ただ、こちらの方が、かなり幅が狭いな。10センチかそこらしかない。

 深さもちょっと浅いか?

 赤黒い線の方は、すくなくとも幅は30センチ近くあったと思う。


 直進する細い溝。一方は、俺の右手の方向に伸びていく。

 方角からして、おそらく原っぱにある魔導王の召喚用魔法陣に繋がっていると思われる。

 なるほど、赤黒い線の方ですら、伸び放題の下草に覆われ最初は気づかなかったくらいなのだ。溝だけの細い線は、完全に見落としていた可能性が高い。

 むしろ今気付けたのは相当に運が良いかもしれないな、この感じだと。


 線の右手が原っぱの召喚用魔法陣に直通している事は、今さら確認するまでもない。

 とすれば、まず確認すべきは、左に伸びていくこの線が一体どこに続いているのか? ということだろう。


 俺は手に持っていた食べかけのクランベリー林檎を一気に頬張った。

 最後に大粒の種をぷっ、と吐き出す。

 うーん、酸っぱい。でも、不思議と後口は爽やかなんだ。

 何だか妙に癖になってくるな、この味は。


「……よし、調べてみるか」



------



 地面の線を追い、100メートル近く進んだ先。

 そろそろ外周の崖にも近づいてきたかと思われたところで、それは姿を現した。


 結論から言えば、そこには第三の邪悪な召喚用魔法陣も、白骨化した遺体も無かった。

 線の終着点、そこには、真っ白な石の円柱が一本、屹立していたのだ。

 目を奪われる、雪のように美しい白色だ。


 円柱の高さは、3メートル弱。太さは、直径にすると1メートルちょいくらいか。

 かなり場違いな美しさと、透き通るような不思議な存在感がある。

 でも、ただそれだけ。

 文字も彫刻も、何も刻まれていない。

 根元で例の線と繋がってはいるものの、地面に魔法陣が描かれているわけでもない。

 正直、この柱自体は、これ以上何の手がかりにもならないかもしれない。

 しかし。


 重要なのは、その円柱の脇に見える、家屋だ。


 そう、家屋。

 そこには、一階建ての小さな家があった。

 見たところ土壁の素朴な民家という感じの建築だ。

 やや朽ちはじめているように見受けられる外壁は蔦に覆われ、屋根の上には元気いっぱいの草が伸び放題に生えている。

 家は、生い茂る緑の中にほとんど埋没しかけていた。

 付近を通っても、気付かずにスルーしてしまいそうだ。

 かなりの長い期間、放置されていたような有様に見える。


 気にはなっていたのだが、この盆地に最後に生きた人間がいたのは、一体いつなんだ?

 

 刈りそろえれば見栄えがよさそうな下草がわざわざ植えられていたり、様々な種類の食用の果樹が植えられていたり、色々とこだわりが見られるわりには、手入れがなされている形跡がない。

 何より、俺が発見した召喚術者の遺体は、白骨化していた。

 あのときは、その事についてはそう深く考えなかった。術を使った反動で魂を吸い取られて一気に白骨化したんだろうか、とか、せいぜいその程度の認識だ。

 ……が、どうやら、そうではなさそうだぞ。

 こうなってくると、むしろザイレーンが召喚術式を発動させ死亡してから、実際に俺が呼び出されるまでにはタイムラグが存在していると見た方がよい気がする。

 それもこの様子だと、どうも一年や二年って話ではないのではなかろうか……。


 さて、問題の、緑に覆われたボロ家だが、この荒れ果てた有様である。

 当然ながら、生活の気配などはない。

 いや? しかし……何だろう、違和感があるな。

 家の雰囲気が完全には死んでない、とでも言おうか。

 単純に木立の切れ目になっていて光が差し込み明るいせいかもしれないが、漂う廃墟感というものが、あまりない。

 とはいえ、他の場所同様、生物の気配はまるでしないのだが。


 ともかくだ。屋内に踏み込んでみるしかないな。

 ここが家ならば、何か役に立つ物が残っているかもしれない。

 盆地を出るにしても何にしても、このまま所持物がダサいパジャマオンリーというのは、地味にやばい気がする。異世界であっても元の世界であっても、それは等しく不審者の姿である。

 それにここは屋根も崩れていない。中の状態次第では今夜の宿にしたって良さそうだ。


 家屋へと向かって、木々の中歩みをすすめる。

 家の脇で背の高い木が途切れ、視界がややひらける。

 そこで、軒先に岩に穿たれた小さな水場があることに気付いた。

 いや、本当に小さい。広さ的には多分、うちの流し台くらいしかないだろう。

 水はすばらしく澄んでいる。湧き水だ。泉だな、これ。

 手ですくって一口飲んでみる。


 ひんやりしていて、うん。美味い。


 水底に多少落ち葉が堆積しているが、とりあえずはまったく問題なく利用できるな。

 正直、飲用可能な水源が発見できたのはかなりありがたい。

 俺には瑞々しいジューシー果肉で後味すっきりのクランベリー林檎様があったから、そこまで切羽詰まっちゃいなかったのだが、それでもいずれ水を確保しなければならなかったのは間違いない。

 幸先が良いな。

 これで家の中にふかふかのベッドでも見つかれば、言うことはないのだが。


 そんな風に考えながら、家を半周して裏手に回った。あった、玄関だ。

 というか、ドアがねえぞ、この玄関。オープンすぎるだろうこれ。田舎か!

 うーん。まぁ、田舎なのだろう。


 そのまま入り口からあっさりと内部に侵入した。

 中は比較的明るい。

 そういやこの家、窓はガラス張りなんだな。

 どれくらいの文明度なんだろうか、この世界。

 いや、ガラス……なのか、これは? 微妙に透明度が低いような気がする。


 内装は、極めて大雑把に言えば、外国の田舎の民家という印象だ。

 家具は最低限しか置かれていない。

 それでも使い方が微妙にわからん家具がいくつか見えるのは、流石異世界って感じだが。

 家の中にまで草が生えているという事はないようだ。ほっとした。

 外壁の老朽具合から考えるなら、内部は奇跡的ともいえる保存状態ではある。しかし、やはり放置されてかなりの時間が経っているように見える。相応に傷んでいる箇所もある。

 まぁ、しばらく寝泊りするくらいには充分そうか。あとで軽く掃除しよう。


 奥の方にも別の部屋があるようだ。ドアがある。

 玄関にはドアがなかったのに、家の中には立派なドアがあるって言うね。

 何ともいえない、この……。

 おそらくは文化の違いというやつなのだろう。


 ドアに手をかける。

 何か一瞬の抵抗感があった気がしたが、ドアはすんなり開いた。


「これは……」


 書庫だ。

 いや、書き物机があるな。書斎か?

 壁一面の本棚に、大量の書物があった。

 何となく蔵書のタイトルを見てみる。


 魔術大全 時魔術属性解析 高度召喚術式研究……。


 おお、魔法の専門書っぽい。

 と、胸躍るタイトルたちがある一方、


 死者の禁術 血の生贄 邪神召喚……。


 ……みたいな、ろくでもないワードを表題に含む本も大量に目に付く。

 なんとなく、得心いくものがあった。

 うん。ここ、リュベウ・ザイレーンの野郎の書斎だろうな、おそらく。

 考えてみれば、奴はここまで大規模な舞台装置を作って、命をかけた大召喚術に挑んだのだ。単純に準備だけでも相当の期間を要しただろう。この盆地内に拠点を作っている可能性があることに、もっと早く思い至るべきだったかもしれない。


 机には、魔法陣の設計図のようなものが描かれた紙が、大量に散乱している。

 軽く目を通してみた。うーん、わからん。


 続いて、書棚の本を何冊か手に取り、ぱらぱらとめくってみる。

 本の保存状態は素晴らしい。

 ……いや、ちょっと状態が良すぎる気がするぞ。

 なぜだか、この書斎内部の状態だけが、他と比べてやたら良好だ。

 まるで、ここだけ時が止まっていたみたいに……。


 しかし、そんなことは、今の俺にとって些細な問題であった。

 より重大な問題が発生していたのだ。


「よ、読めない……」


 この本、読めない。

 部分的には読めるが、大半が文字の羅列にしか見えない。

 例の石の本の一部を読んだときと、まったく同じ症状だ。


 俺はがっくりと床に膝をついた。

 読めない……。

 高度な専門書だけが、まるで読めない……!

 しかも、読めなさのレベルが、ゴリラか原始人みたいになっている。


 圧倒的……敗北感……! 圧倒的……無学……! 圧倒的……ゴリラ……!


 うずくまり、打ちひしがれる俺。

 床にこぼれ落ちた数冊の本のページが、落ちたはずみで開いていた。

 何気なく視線を落としたとき、ふと気付く。


 あれ? この本だけ、すんなり読めるな。

 本を拾い上げ、タイトルを確認する。

 

 『魔術入門Ⅰ』



------



 それから、およそ1時間後。

 俺は『魔術入門Ⅰ』を片手に、庭先にやってきていた。

 

 書斎を漁った結果、『魔術入門』の全12巻を発掘した。

 著者の名前は、魔術師リュベウ・ザイレーン / 魔術師エメアリゥ・ヘイレム。

 著者が2名いるから、共著ってやつだろう。

 なんのことはない。ザイレーンの本棚には、研究用のごつい書物の中にまぎれて、彼の自著が一定数置かれていたのだ。この入門シリーズだけじゃなくて、彼の著書には相当にレベルが高そうなタイトルの魔術研究書も、かなりあった。もちろん、そっちは読めないが。

 要するに、この本の内容だけがやたらライトで、周囲の本から浮いているのはそのせいだ。

 まぁ、大学教授の研究室とかでも、ありがちな光景だよな。

 というか、蔵書の著者来歴にざっと目を通した感じ、ザイレーン自身も大学の客員教授みたいなことをやっていたみたいだ。さらに経歴を見る限りでも「宮廷大魔術師」なんて御大層な肩書きまで持っていたようで、あの野郎は生前、完全なるエリート様だった御様子である。


 さきほど俺は『魔術入門Ⅰ』を読んでみた。

 わりと楽勝で読めた。

 むしろ多分、小学生が読むみたいな本だと思う、これ。

 複雑な気持ちだ……。

 なお、今まで適当に魔法とかミラクル謎パワーとか呼んでいたような気がするが、正式には「魔術」というらしいので、今後は世界標準に従い、俺も魔術と呼ぼうと思う。


 さて、庭先に出てきたのは、この本の内容を試すためだ。

 というより、魔術というものは、まずは最初にこれから行う内容を試してみないと、何も始められないらしい。


 その内容とは、“属性の理解”と呼ばれるものだ。


 この世界の魔法……いや、“魔術”だったな。

 この世界の魔術にも、属性ってものが何種類かある。火属性とか、氷属性とか。で、個人によって各属性の“魔力変換率”ってのに先天的に差があるらしいんだな。その属性の魔力変換率が高ければ、少しの魔力でより強力な魔術が使える。逆に魔力変換率が低いと、いくら魔力をつぎ込んでもしょっぱい魔術しか使えない。つまり、これが生まれついての才能の差ってことになる。

 ここに本人が持っている魔力のそもそもの総量の問題が絡んでくるから、厳密には魔力変換率だけでは、すべての才能は計れないようだが……。

 要するに、個人によって使える魔術の属性に適性があるってことだ。

 例えば火魔術に限っていっても、「超すごい火魔術を使える人」「しょぼい火魔術しか使えない人」「火魔術をまったく使えない人」そして「超すごい火魔術を使えるけどすぐ魔力切れを起こす人」など、色々なパターンが存在するわけだ。

 したがって、まずは“属性の理解”を行って、自分の適性を把握した上で、自分にとって魔力変換率の高い、使える属性の魔術を伸ばしていく。というのが、基本的な魔術の習得過程になるらしい。

 ただ、そもそも魔術自体が使えない人ってのも、やっぱりいるみたいだ。

 とはいえ、俺は既に魔術っぽいものを何度か使っている実績があるからな。使用できないってことはないと思う。

 いや、しかし……。あれは何属性の魔術だったんだろうか。

 グロ属性とかか?

 それに俺、異世界人な上に破滅の魔導王らしいのだけど、そもそも破滅の魔導王って、普通の魔術も使える系の職業なのか……?


 微妙に不安になってきたが、とにかく試してみよう。

 せっかくサバイバルに役立ちそうな、楽しい本を見つけたのだ。


 まずは、そう。火の属性魔術の適性を試してみよう。

 使えると絶対便利だよな、きっと。火おこししなくていいし。

 超強そうだし。火属性という名前だけで、すでにかっこいい。

 非常に主人公っぽい感じがする。

 太古の昔より、主人公と言えば火、火と言えば主人公である。


 俺は入門書に記載されている見本の魔術陣を、木の枝を使い地面に丁寧に描きこんだ。

 あ、そうそう。今まで魔法陣魔法陣って言ってたけど、これも世界標準では“魔術陣”らしいんだわ。

 紛らわしいよな。何なんだよ、もう。先に言ってくれよ。まぁ、いいけども……。

 丸を描いて、えー、ここに線を引いて……。

 この魔法陣、じゃなくて魔術陣の上でなら、初心者でも簡単な魔術が扱えるように、魔力の流れとか諸々を補助してもらえるらしい。うむ。説明を読んでも微妙によく分からんが。

 多分自転車の補助輪みたいなものではなかろうか?

 わりとシンプルな模様だし、見本を見ながら描いたから間違えたりはしてないだろう。

 入門書にも、ある程度おおざっぱでも大丈夫って書いてあるしな。


 よし、精神を集中して……。

 火花を起こすイメージで……。

 俺は詠唱を行った。


「〈発火〉!」


 何も起きない。

 あれ……おかしいな。

 魔術陣をもう一度丁寧に書き直してみる。よし。これで良いだろう。

 俺は再び精神を集中し、詠唱した。


「〈発火〉っ!」


 …………。

 何も起きない。


「〈発火〉ッ!」


「〈 発 火 〉ッッ!!!」


 …………。

 うむ。俺に火属性魔術の適性は無いようだ。

 地味に精神に来るな、これ。


 よし。次だ、次。

 次は氷属性の魔術を試すぞ。

 夏場は涼しそうだし、クール属性な俺にぴったりな魔術だ。

 よし、集中……。

 大気の中の水分を凝結させるイメージで……。


「〈降霜〉!」


 …………。

 何も、起きないな。


「〈降霜〉っ!」


「〈 降 霜 〉ッ!!!」


「〈 降 ・ 霜 〉ッッ!!!!!!」


 何も……起きない……。

 魔術陣の描き方が悪い疑惑が、俺の中で再燃してきた。

 俺は入門書を片手に丁寧に、丁寧に、魔術陣を再度描き直しはじめた……。



------



 いつのまにか、日は傾きかけている。

 俺は庭の魔術陣の前で、ぐったりとしていた。


 あれから俺は魔術陣を何度も何度も描き直しながら、

 雷属性・風属性・水属性・火属性(←諦めきれなかった)等々の魔術発動を順に試みた。

 不発するごとに魔術陣を描き直すので、膨大な時間がかかってしまった。

 もう、半ば魔術陣マスターみたいになってきている。

 目をつぶっても描けそうだ。

 そしてこのとき、俺の中で新たな疑惑が生まれ始めていた。

 

 ひょっとして、俺に才能がないのではなく、この入門書の著者のリュベウ・ザイレーンがクソなのでは?

 

 ありえる話だ! 奴は輝かしい経歴に満ち、本の中では偉大な教授を演じている。しかし、その正体は破滅の魔導王なんぞを呼び寄せようとして自滅した無能な骨おっさんだ。その著書が役にたたない駄本だったとしても、何の不思議もない。

 うむ。間違いない。よし、今、そう決めたぞ。


 俺は一つの決定を下し、残りの属性はさらっと適当に試してから、果物狩りに行くことにした。魔術陣に熱中しすぎたせいで、昼食をまだ取っていなかったのを思い出したのだ。


 俺は入門書をぱらぱらとめくる。

「あと試してないやつだと……土属性魔術だな」

 土属性か。まぁ、地味そうな魔術だ。

 使えなくても、俺の心にさほどダメージはない。

 そもそも俺に才能がないのではなく、ザイレーンの本がクソなだけなのだ。

 俺に才能がないわけではない……。俺に、才能がないわけでは……。


 いちいち描き直すのも面倒なので、先ほどすでに使用した魔術陣の上に立った。

 片手に持った入門書に目を通す。

 えーと。何々……地表の砂粒を小指の先ほど固めるイメージで。


「……〈小石生成〉」


 瞬間。

 

 すさまじい轟音と共に、魔術陣に立つ俺を起点にして、前方に猛烈な地揺れと衝撃波が巻き起こった。

 

 轟轟と音を立てながら、地面が泡立つように盛り上がり始めた。

 隆起した地面によって下から圧迫されるように、周辺の木々が根元から掘り起こされる。

 大きな樹木が、まるでドミノ倒しのように次々となぎ倒されていった。

 

 ――その光景は、まさに、世紀末。


「う、うおおおおおおおおおお!?」

 何が起こっているのか理解できず、恐怖に絶叫する俺。

 隆起した地表の土が嵐のように上方に分解・拡散し、さらに空中で竜巻のように旋回しながら集束、みるみる凝縮し、ぼこぼこと不気味な音を立てながら体積を増していく。

 視界の隅で、揺れの余波によって家の屋根の一部が崩落するのが見えた。



 すべての揺れがおさまったとき、俺の目の前には無茶苦茶に破壊されて見通しのよくなった大地と、直径十数メートルの巨大な岩の塊が鎮座していた。


 実際どの程度の時間の出来事だったのかはよく分からない。

 しかし、俺の体感時間では数分間にも及ぶ超絶恐怖体験であった。

 俺は情けなくも、ほとんど腰が抜けかけていた。



 ……どうやら俺の適性は、土属性にあったらしい。

 


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