第43話 道化の鎖と死の一撃 -後編-
右側面の林を突っ切って高速で飛来する、巨大な杭のような物体。
何だ、これは。
これは……――巨大な、石の矢か?
俺の〈土の大槍〉なんかよりも、かなり太くて、でかい。恐ろしく体積のある、大質量の矢だ。
林の中の、正体不明の重ゴーレムが撃ち出したのか?
思考が、ありえないほどの加速を始めていた。
重ゴーレム……まるで攻城兵器のような矢――
そうか。あいつは、“弩ゴーレム”だったのか!
弩ゴーレム。『ゴーレム図鑑』に載っていた、射撃能力を持った軍用の重ゴーレムだ。
だが、嘘だろう? こんなロングレンジ射撃ができるのか!?
俺のゴーレム知識の半端さが、完全に裏目に出た形となった。
伏兵の重ゴーレムは、突撃してくる物だとばかり思っていた。
そもそも弩ゴーレムは、射程が短くて射撃の精度自体も低く、単独での運用にはまったく向いていない。攻城戦や弾幕を張るような形での、軍隊での集団運用を前提としたゴーレムだと、図鑑には、確かにそう書いてあった。
あんな魔術どころか弓矢でも届くか分からないような距離から、まるで狙撃兵みたいな使い方をしてくるなんて、夢にも思っていなかった。
可能性から、除外していたのだ。
石矢の軌道は、完全に俺への直撃コースを描いている。
伏兵が放ってくるのが普通の弓矢程度なら、魔導でコントロールした〈土の戦斧〉で叩き落とすつもりだった。
だが、この矢はでかすぎる。
しかも〈NTR〉で撃ち返そうにも、いつも敵の石弾から感じている術のとっかかりの感覚を、この巨大な石の矢からはまるで感じない。
これは、先ほど魔術師達が放っていた火や風の魔術に対して感じていたことでもある。薄々思ってはいたことだが、やはり〈NTR〉は、俺が適性を持っている土属性の魔術・魔導相手にしか効果がないのだ。
そして、迫り来る巨大な石の矢。こいつに〈NTR〉のとっかかりを感じないということは、つまり、こいつは土属性魔術でも、土属性魔導でもなく――おそらくは、完全な“物理攻撃”だ。
魔導を発動している影響か、今、俺の思考速度も反応速度も、通常では考えられないレベルにまで上昇している。
おそらく今の俺なら、回避できる。
……が、駄目だ。
後ろには、老人子供がいる。
この矢のサイズでこの軌道だと、ハゲとお爺さんが巻き込まれる。
目を覆いたくなるようなおぞましい弾道が、はっきりと予測できてしまう。背の小さなテルゥちゃんはギリギリ助かるが、ハゲの右半身が吹き飛び、お爺さんは胸を中心に胴体を破壊されて即死するだろう。
そんなこと、俺の性格上、看過できるわけがないじゃないか。
まるでスローモーションのように、ゆっくりと流れゆく時間。
加速する思考の中で、しかし、確実にタイムリミットは近づいていた。
巨大なゴーレムの矢は、すでにそこまで迫っている。
駄目だ、もう、この状況からは打てる手が思いつかない。
俺はローブの中から、漆黒の戦斧を振りかざした。
ぎらぎらと黒く光る戦斧が、直進してくる石矢の軌道と交差する。
無駄な気がする。多分死ぬ気がする。
俺は恨むぞ犯罪者ども!
「くそがあああああああああああああああああああああああ!!!」
振り下ろされた土の戦斧が、丸太のように巨大な石の矢と激突した。
耳をつんざく烈しい空気の振動。
凄まじい轟音と破砕音が響く。
そして、周囲に飛び散っていく無数の破片。
――ゴーレムの巨杭は、あっさり粉々に破壊された。
砕けた石矢が大量の石くれとなり、どすどすと重い音を立てながら、周辺の地面に落下していく。
何かものすごい質量の物体で無理矢理叩き落とされたかのように、破壊された石矢の後部が、足元の地面に深々とめり込んでいた。
漆黒の戦斧は、無傷であった。
俺はぽかんとして手に持つ斧を眺めた。
あれ? マジか。意外といけたな……。
「「「…………は?」」」
その場にいた全員が、敵も味方も、唖然とした声を上げた。
テルゥちゃんだけが、可愛らしい歓声を上げているのが聞こえる。
が、今の俺にはそれどころではない。
林の中の弩ゴーレム使いは、おそらく相当の手練れだ。
第二射が、来るのか?
再装填時間は?
図鑑の記述はどうだった?
弩ゴーレムは、重ゴーレムの中では最も防御力の低い部類の機体に該当していたはずだ。接近戦の性能などは考慮されておらず、図鑑の挿絵の感じでは、増加装甲も胸甲と足周りの一部ぐらいの物だった。
図体がでかいのは、あくまで射撃時の安定性を増す為だ。
そして、弩ゴーレムの最大の特徴。名前の通り、右腕の肘関節から下が巨大な弩砲になっている。その右腕の弩砲から、城壁すら貫通するような強力な石の矢を発射して――
そうだ、右腕を切り落とせばいい。
俺は再び漆黒の戦斧を振りかざした。
素人で加減のわからない俺が生成時に魔力を込めまくった、お手製の〈土の戦斧〉だ。おそらくこいつは密度が相当に高く、多分めちゃくちゃ重いはずだ。だが、そんな事は、まったく関係は無い。
魔導でラジコンみたいに操作して動かしているだけなのだから。
そう。右手はずっと、優しく添えているにすぎない。
俺は振りかざした戦斧を、林に向かって、ぶん投げた。
ごつい戦斧が、軽い投斧みたいにひゅんひゅん回転しながらぶっ飛んでいく。
それは、邪悪で真っ黒な、大トマホークであった。
戦斧はそのまま木々を数本切り倒しながら、林を驀進した。
目標との間の障害物など、まったく意味は無かった。
回転する黒い刃は、林に潜む重ゴーレムへと、まるで吸い込まれるように飛んでいき――
その太い右腕を、付け根のあたりで、あっさり切断した。
切断された巨大な弩砲は、斧の巻き起こした旋風に飲み込まれて、ばらばらに破壊されながら吹き飛んだ。
よし! ストライクだ!
しかし、俺は気を抜かなかった。
ここで気を抜いて魔力の供給を切ってしまうと、〈土の戦斧〉は崩壊する。戦斧が魔術の生成物であることが完全に露見してしまう上に、戦斧の崩壊によって魔導が切れて、感覚強化まで終わってしまうのだ。
俺はそのまま魔力の供給を維持しつつ、戦斧を操作し続けた。
邪悪なトマホークは回転しながら円軌道を描き、ブーメランのように俺の元へと戻って来る。
右手で、しっかりとキャッチした。
……よし、これでなんとか、ごまかせたはずだ。
魔導で〈土の戦斧〉を飛ばすのは初めてで、勝手がわからなかった。おまけに、ドリルのように回転させていた〈土の大槍〉とは違い、フリスビーみたいな方向に回転させていたせいで、なかなか軌道が安定しなかったから、かなり珍妙な動きになってしまった。
でも、大丈夫。おそらく、きっと、誤差の範囲内だ。
「ふう……」
俺は左手で額の冷や汗をぬぐい、深いため息をついた。
やはり、斧はあまり飛ばすのには向いていないみたいだ。
槍の方がずっと細かい制御ができるし、速度も出ていたように思う。
斧は破壊範囲が広くて一見派手なのだが、実際はおそらく、貫通性能などを含めれば槍の方が威力的にも強い。
デビュー戦で不本意な敗北をさせてしまった俺の可愛い〈土の大槍〉だが、やはり古代地竜の方が完全に化け物だったようだ……。
というかこの戦斧、飛翔時はコントロールが難しい上に、当たり判定が不必要に広いから、まったく関係ない木まで切ってしまったし、隣にいたゴーレム使いの人まで、倒した木と発生した旋風に巻き込こんで、なぎ倒してしまった。
幸い彼は頭部を強打して昏倒した程度で済んだようだが、一歩間違えば、確実に悲惨な死亡事故が起こっていただろう。
こいつ、むやみに投げるのは危ない気がする。
引き起こす結果が、あまりにも野蛮すぎる。俺の目指す文化人とはまるで対極だ。紳士な俺としては、防衛専用の武器にとどめておいた方が良いのかもしれん……。
俺は、ゴレと槍さんに続く新たな戦友、斧さんを握る右手をじっと見つめた。
そして、その場に突っ立ったまま、斧さんの危険性と今後の運用についての考察を真剣に行っていた。
一帯は静寂に包まれていた。
その場にいた全員が、口を開いたまま完全に固まっていたのだ。
このとき、地に倒れ伏した魔術師の一人が、呆然と呟いた。
「悪夢だ……」
テルゥちゃんの幼い小さな歓声だけが、周囲に響き渡った。




