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破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第4章 怪しい商会
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第40話 しつけとご褒美


 

 薄笑いを浮かべるゴーレム使い、ギネム・バリ。

 紫のローブに身を包むその男は、笑うと切れ長の目がさらに細くなった。

 こいつは、先日のチンピラ達のように一発KOという訳にはいかないかもしれない。

 対峙してみると、どうも、明らかに格が違うように感じる。


 奴の左右に2体ずつ、合計4体の薄紫色のゴーレムが並んでいる。

 体型的な特徴を言えば、細身で、その体に比して腕がやや長いゴーレムだ。

 ギリシャ彫刻タイプではないな、普通に可動する関節がある。要するに、基本構造はデッサン人形ゴーレムに近いタイプだ。

 だが、デザインはデッサン人形などよりもずっと凝っている。確かに見ようによっては、その姿は道化師の様に見えないこともない。

 ゴーレム達は全員、揃いの濃い紫色をした胸甲を装着していた。

 どうやらギネム・バリは、飼い主とゴーレムをペアの紫色で統一している様子である。

 このアイデアは俺にも一考の余地があるな。うちもゴレとお揃いで、白いローブを着てみるか。いや、しかし白だと汚れが目立つのがな……。


 ギネムの背中に隠れていた事からも分かるように、道化ゴーレムは小柄だ。

 モデル体型のゴレと比較すると、大人と小学生くらいの身長差がある。

 俺がこの世界で独自に編み出した敵のサイズ測定術である猿メートル法によれば、道化ゴーレムのサイズは、約2.3猿メートル。

 小猿2.3頭分だ。中猿よりはややでかいが、大猿よりは大分小さいな。

 元の世界のメートル法での大きさをどうしても知りたい人は、小猿1頭の大きさがおおよそニホンザル1頭と同等であることから逆算してくれ。

 ……い、いや、仕方ないじゃないか。俺はこの世界では、出会った人間の数よりも、出会った猿の数の方がはるかに多いのだ。感覚的にぱっと大きさが把握できる存在が、猿しかいないんだよ。

 そうなのだ。俺にはこの世界の基準が、猿以外に何も存在しない……。


 ともあれ、ハゲの言う“複数ゴーレム使い”とは何だろう。

 おそらく意味合い的には、ゴーレムを多頭飼いしている飼い主さん的なことなのだろうとは予測できるが。

 かつてゴレが聖堂で爆乳ゴーレム達と喧嘩をしたときは、たしか1対6だったはずだ。そう考えると、敵が4体ゴーレムを繰り出したとしても、対応できないこともない気がする。ピエロは爆乳よりも素早いという話ではあるから、一概には言えないが。

 しかし、それにしたって、ハゲは異常にびびっている様な印象を受ける。

 ゴレの強さに関しては、すでにハゲも十分に知っているはずなのだが。

「複数ゴーレム使いって、何かやばいのか?」

「……複数ゴーレム使いは、複数のゴーレムを完全な統率の元に制御する。それこそ、全てが一本一本の指先であるかのように操作するんだ。単純に4体を相手にするのとは、まったくの別物だ」

 ハゲはスムーズに解説してくれる。

 こいつはここまでの俺の言動や繰り返された雑談により、俺の知識が幼稚園児以下である事を、既に完全把握したようだ。

 だが、制御とか操作とか、一体何の事だ?

 たまにこういう訳の分からん事を言うよな、このハゲは。

 ひょっとして、あれか? 「お手」とか「伏せ」みたいな、犬に対する指示出しの事を、ゴーレムの場合はそう呼ぶのか??


「いいかネマキ。とにかく、あれとやりあえば、お前さんの方が殺されちまうんだ。この場は、わしが交渉する。いいな、分かっとるな、絶対に手を出すなよ」

 ハゲはまるで、ヤクザに殴りかかろうとする喧嘩っ早いアホな不良息子に言い聞かせるかのごとく、俺の腕をつかんだまま強い語調で言った。

 そのまま、彼は一歩前へと進み出た。


 ハゲのやつ、話し合いをするつもりなのか。

 ギネム達魔術師が一向に攻撃をしかけてこないので、きっとハゲは交渉の余地があると踏んだのだろう。

 ……確かに俺も普段ならそう考える。

 だが、あの集団が今踏み込んでこないのは、おそらく攻撃のタイミングを計っているからだ。

 奴等はゴレの動きを警戒している。今この状態から不用意に真っ向勝負を仕掛ければ、たとえ俺を殺せたとしても、反撃したゴレと相討ちになって数人死ぬ可能性が高い事程度は分かっているのだ。

 この、俺らしからぬ殺伐とした予測には、ある明確な根拠があった。

 魔導による感覚の超強化が発動して以降、俺は周囲の様子を探った。

 結果、こいつら襲撃者について気づいた事が、実は2つある。

 一つは、ギネムの背後に4体の何かが潜んでいたこと。

 そして、もう一つは……。


 俺は右後方の林にちらりと目線を流した。

 あそこに伏兵がいる。2人だ。

 しかも、うち1体はかなりでかい。多分身長3メートル以上はある。おそらくはゴーレム、それも、噂に聞く重ゴーレムってやつだと思う。とすれば、隣のもう一人はゴーレム使いだろう。

 ただ、ゴーレムの種類までは分からない。

 伏兵の存在はなんとなくわかるものの、木々の薄闇と霧に隠れてしまって、その姿が判別できないのだ。

 ……そう。奴等は魔術で生成したと思われる霧を、すべて晴らしてはいなかった。

 霧の一部を、巧妙に残していたのだ。

 奇襲が失敗した時点であからさまに付近の霧を消し、皆でぞろぞろと賑やかに姿を見せたのは、視界がクリアな状態でゴーレムを用いた戦闘に持ち込もうとしたってだけじゃない。おそらくは、残された霧とさらなる伏兵の存在を、俺の意識の外に追いやる狙いがあったのだ。

 場当たり的な行動ではない。極めて計画的な動きだ。


 伏兵がどのタイミングで動くのかは分からない。

 この位置取りだと、タイミングを合わせて同時攻撃を狙っているというのが、可能性としては一番ありそうな線か?

 もしくは、俺とゴレが離れるのを待っているのだろうか。

 少なくとも、伏兵がこの距離で魔術を放ってくる事はないと思う。

 伏兵の位置は、ギネム達魔術師よりも、はるかに距離が離れている。

 完全に攻撃魔術の射程圏外と見るべきだ。

 この世界の魔術は、どう考えても射程距離がそこまで長くない。距離によって拡散や減衰する上に、魔導と違って発射後の軌道変更ができないからだ。目標との距離が離れるに従い、どんどん命中精度が落ちていく。

 そう考えると、ラジコンみたいにびゅんびゅん飛び回る上に、距離による拡散や減衰もしない土属性魔導のやばさが良く分かる。猿の石弾が、見た目の地味さのわりに異常に恐れられている理由の一つは間違いなくこれだろう。まぁ、俺の場合は身バレで逮捕されるから、大自然に生きる猿や恐竜どもみたいにフリーダムには使えないのだが……。

 

 いずれにせよ、こうして伏兵が襲ってくる位置と状況があらかじめ分かっているのなら、こちらとしても対策の立てようはある。

 それにしても……。

 俺はローブの隙間から覗く、禍々しい黒に染まった戦斧に視線を落とした。

 正面切って火力で攻めてくる自信家の猿どもや恐竜と戦っていた時には、魔導による空間認識能力の強化なんて、石を上手に飛ばすためのオマケ能力程度にしか感じていなかった。

 だが、この能力、対人戦では恐るべき優位性を発揮するようだ。

 ある程度までのせこい不意打ちなら、ほとんど完封できるのではないかと思えるレベルだ。


 俺は、右隣にぴったりと張り付いたまま動かないゴレを見た。

 そうか、お前は、残された霧と伏兵の存在に気付いていたんだな。

 だから突撃しないで、そんな中途半端な位置取りのまま、ずっと俺を守る様に寄り添っていたのか。

 お前は優しいから、弱っちい俺の事が心配で動けなかったんだな……。



「ギネム・バリよ! お前さんが本当に用事があるのは、わしだろう。店の権利書は、ここに持って来ているぞ!」

 俺がゴレの頭をよしよししようかと思っていたとき、ついにハゲによるネゴシエーションが開始された。

 おお、店の権利書とは、ハゲはいきなりでかいカードを切ったな。

 気前がいいではないか。

「先日の騒動で、そちらのメンツを潰してしまった事は謝罪する。だがな、この男はわしが金ずくで雇った用心棒だ。ダズウさん達を攻撃させたのもわしの命令だし、今日も渋っているところを無理矢理連れてきた。こいつには、商会とやりあう気なんぞ端からないぞ!」

「お、おい。ハゲ……?」

 おい。俺が金で動く安い男だと誤解されてしまうではないか……。

 しかも誇り高きこの俺が、貴様ごときの命令を従順に聞くだと? ふざけるなよ、撤回しろ!

「つまりこの中で商会と敵対しとるのは、わしだけということだ。残りの3人の無事を約束するなら、権利書は渡す。他の要求も呑むし、この用心棒もこのまま引かせる。悪い取引ではないはずだ。このまま戦いになれば、お前さん方だって全員無傷で済む保証はないんだ」

 ハゲの表情は真剣であった。

 チンピラに脅されて青い顔をしていた男とは思えない。

 いや、よく見ると足が震えているな……。

 でもまぁ、お前にしては上出来だろう。

 というかこのハゲ、何だか、あまり良くない覚悟を決めてしまっている予感がする。

 

「けじめが必要というのなら、わしがこのまま一緒に商会まで出向く。……何をされても構わん」


 やはりそういう事か。

 だが残念ながら、お前ような冴えない男の身体などにたいした価値はないと思うぞ、ハゲよ。

 俺の常識的かつ冷静な分析をよそに、覚悟を決めてしまったハゲは、こちらの方を振り向いた。

 そして俺の顔をじっと見つめ、意を決したように、力強く言葉を発した。


「ネマキ……――テルゥのことは、頼んだぞ」


 …………。

 はあぁ~~~~??? 

 お前はマジで馬鹿なんじゃないのか?

 そりゃたしかに、元の世界でリアルお兄ちゃんだったらしい俺は、小さい子の世話にはやたら慣れている節がある。だがな、俺はそういう唐突な幼女育成展開を、美味しいとかいって喜ぶようなタイプの人間ではないぞ! これまでの付き合いで察しろよ、そのくらい。なんて無能なハゲなんだお前は! きちんとした親がいるなら、子供は親元で育つのが一番いいに決まっとろうが!!!

 というかだ。保護者の責任をあっさり放棄するんじゃねえよクソハゲ!

 ……娘さんには、もうお前しか肉親残っとらんだろうが。


 俺の常識的かつ的確な突っ込みをよそに、ギネム・バリが肩を小刻みに揺らし始めた。

 こいつ、笑っている。

「いやはや、ぷっ……くく。おっさん、見上げた覚悟だけどね。今更アンタごときが出て来ても、事態はどうにもならないんだよ」

 ……やはりこいつらには、最初から話し合いの意思は無いのだな。

 俺とゴレをピエロと伏兵で始末できる算段がある以上、残った子供と年寄りなんてどうにでもなると考えているのだろう。事実、まったくその通りではある。


「そ、そんな。よ、要求は何でも呑む! 他の3人だけは……」

 ハゲは、なお必死に食い下がろうとしている。

 こいつはあきらめの悪い男なのだ。猿の魔導核をパクろうとしたチンピラに半殺しにされた時にも、決して最後まで手を離さなかった。

 俺は思うのだが、テルゥちゃんのDNAのほとんどを占めていると思われる奥さんを口説いた時にも、ハゲはこのしつこさで食い下がったんじゃないか? だとすると、俺も見習った方がいいかもしれんな。

「そもそも、おいらは権利書の回収やアンタの身柄確保なんて、そんな指示は依頼者からまるっきり聞いてないよ。おいらが最優先で消さなきゃならないのは、あくまでそこの赤眼の聖堂ゴーレム使いさんだ。ま、彼は依頼者相手に、少しやりすぎちゃったってことなんだろうね」

 えっ、俺か!?

 そうか。まぁ、うちのゴレが先日、下請け業者に噛みついてしまったしな。

 あの怪しげな美中年店長、やはり内心ではキレていたか……。


「たっ頼む、考え直してくれ! すべてわしの責任で、この男には何の関係もないんだ……」

「おいらも仕事で来てる訳だから、流石に帰るわけにはいかない。ふふっくく」

 ギネム・バリはさも楽しげに、へらへらと笑っている。

 一方、ハゲは泣いている。

 本当に良く泣くハゲだ……。

 やたらメンタルの強いテルゥちゃんを少しは見習えよ。

 ほら、こんなに小さな子が、今だって泣いていないじゃないか。


 テルゥちゃんの方をちらりと振り返って様子を見た。

 俺の背中にひっついているこの子も、やはり緊張しているようだ。

 まぁ、そりゃそうだわな。

 怖いに決まってるよ。情けないパパが泣いちゃっているし……。

 しかし、俺が振り返ったのに気付くと、彼女はくりくりおめめで、じっと見つめ返してきた。

 俺は驚いた。

 強い輝きを放つ幼いその瞳には、まったく揺らぎが無い。

 その時、おそろしいことに気づいてしまった。

 

 ……不味いぞ。これは信頼しきっている目だ。

 

 まるで絶対負けない正義のヒーローを見るような目ではないか。

 何ということだ。この見た目3歳児な5歳児は、俺が負けるなどとは微塵も考えていないのだ。まさか、さっきからぐずりもしないのはそのせいか!?

 信頼が重すぎる。無垢な瞳の重圧で押し潰されてしまう。

 ま、待ってくれ、俺はただのゴレのヒモで……。ザコでヒモのゴミクズ魔導王なんだ……。



------



 幼女の視線にうろたえる俺と、泣きじゃくるハゲ。まるでダメな男チームは、すでに壊滅寸前である。

 ともあれ、ハゲによるネゴシエーション、略してハゲシエーションは失敗に終わったと見ていいだろう。

 まぁ、しょせんはハゲだし、元々そんなに期待はしていなかった。

 俺はハゲの会話中、ずっとギネム達の様子を探っていた。期待薄な交渉をしようとするハゲをあえて止めなかったのも、そのためだ。まるで役に立たないハゲの交渉は当然無駄だったが、ハゲの行動自体が無駄だったわけではないのだ。


 結果、いくつか新たに分かった事がある。

 こうして今ハゲが必死にしゃべっている間も、ギネム達は動く気配がない。焦っている様子もまるで感じない。

 こいつらは最初の火魔術による奇襲が成功していれば、火炎二角獣の仕業にするつもりだと言っていた。つまり当然ながら、犯行が公にバレたらまずいってことだ。なら、さっさと俺達を殺すべきだ。犯行に時間がかかればかかるほど、こいつらにとって良い事なんて一つもない。

 だが、実際は非常にのんびりと構えている。

 思えば風浮き箱を修理している間ずっと、横の街道には、人も馬車もまったく通らなかった。元々そんなに人馬が通っている場所ではないが、奴等は人払いの為に何かしらの手は打っていると考えるべきだろう。

 そんな魔術があるのかは知らんが、少なくともペイズリー商会がバックについているのなら、さして難しい事ではあるまい。残念ながら、粘ってタイムアップを狙うという作戦は、選択肢から外しておいたほうが良さそうだ。

 

 そして、ギネム達がまるで時間を稼ぐかのように動かない中で、右後方の林の中のでかいゴーレムは、じわじわ移動しているんだよな……。


 近づいてくるわけではないのが、正直不気味だ。

 既に、横方向に十数メートルほど移動した。物音や気配を殺しながらの移動だから、動き自体は非常に遅い。だが、こいつは何のつもりで位置取りを微妙に変え続けているんだ?

 いずれにしても、こいつらに万全の体勢を整えさせた上で戦闘を始めるのは、おそらく避けた方がいい。硬直状態に持ち込んでも打開策が無い以上、早めにこちらから戦端を開くべきだというのが、ハゲが交渉している間に俺が出した結論だ。


 また、実際に使ってみて、この魔導による空間把握には限界がある事が分かってきた。

 今伏兵がいる林ぐらいの距離まで離れてしまうと、見えない対象の動きを把握するには、ある程度意識をやって探りを入れる必要がある。どうやら「距離がある」「見えない」などのいくつかの条件が複合すると、精度ががくっと落ちるようなのだ。

 この能力、不意打ちのリスクは激減するが、流石に無敵ではないな。

 射程の長さとか、そういう意味だとゴレの表土索敵の方がずっと優秀だ。少なくとも、あいつは滅茶苦茶遠くの死角の猿まで発見していた。俺の魔導レーダーは、死角に入られると、なんとなくの気配しか分からなくなる。

 逆に、見えている物や、死角のない開けた空中を飛んでいる物なんかには、かなり強いみたいだ。先ほどから、遠くの空の鳥なんかの位置や様子が、まるで手に取るように分かるのだ。

 ゴレの表土索敵は地表を這うソナーみたいだが、俺のこの能力はなんだか対空レーダーじみている。


 しかし、何だな。

 ゴレにはいつもこんな風に世界が見えているのか……。

 俺は、隣に寄り添うゴレを見た。

 もちろん俺のものとは色々と違うのだろうが、今の俺と似たような感じで、いつも周囲の状況が把握できているのは間違いないだろう。

 これだけ敵の動きが分かって、しかもわりと喧嘩っ早いゴレなのに、こいつはちょっとでも俺が危ないと思うと、じっとそばを離れなくなる。本当に心配してくれているんだな……。

 だが、現在のこの状況を打開する鍵は、ゴレが俺のそばを離れて戦闘を開始してくれるかどうかにある。なんとか彼女に納得してもらう必要があるだろう。


 ハゲはまだ必死にギネム・バリに懇願している。

 本当にあきらめる事を知らない男である。

 俺はその肩に、ぽんと手を置いた。

「……もういい」

「ネ、ネマキ……?」

「もう十分だ。お前は頑張った。ただのカスみたいな違法行為とは言え、この人達もちゃんとした仕事だと思い込んでここに来ている訳だから、説得しても引かないよ」

 俺はハゲに懇々と道理を説いた。

「それに、こういう稼業の人達は病的に視野が狭く、頭が非常に良くない。俺達正常な人間とは違う、犯罪者としての特殊なメンツがどうこうみたいな、良く分からんダサいゴミみたいな理屈で動いているんだ」

 俺はハゲをねぎらうように優しく諭し続けた。

 話し合いで物事を解決しようとするお前の行いは尊い。俺は大勢で暴力をひけらかして勝ち誇っているあいつらより、お前の方がずっと立派だし、それに、かっこいいと思う。

 でも、もう頑張らなくていいんだ。

「言葉の通じない野生の猿相手だったと思ってあきらめよう。知能の低い猿に話しかける努力というのは、とてもむなしい行為だから……」

 俺も最初は猿どもと友達になろうと思ったが、無駄だった。この世界の猿には話を聞く知能はないのだ……。お前までそんな徒労を繰り返して、悲しい思いをする必要は無いんだ。分かってくれ、ハゲよ。


 俺の説明を聞いたハゲは、ぽかんと口を開けている。

 おや、なぜだろう? 魔術師達の額に青筋が浮き、眉がひくひくと痙攣している。巨乳女なんかは、今にも噛みついてきそうな表情だ。

 へらへら笑っていたはずのギネム・バリも、殺気を含んだ目でこちらをめちゃくちゃ睨んでいる。

 何だ。これは一体、どういう事だ……?


 ともあれ、向こうもやる気になってくれたなら好都合ではある。

 俺は声のトーンを落とし、手前に立っているハゲに囁いた。


「……おい、娘さんとお爺さんを連れて、ゆっくり俺の左後ろに移動しろ。できるだけ自然にな。移動したら、俺の側で3人固まってじっとしていろ」


 ギネム・バリは殺害の優先ターゲットは俺だと言ったが、流石にそのまま鵜呑みにはできない。そもそも奴は俺以外の3人を殺さないとは一言も言っていないし、火炎二角獣を使って隠蔽工作をしようとするような連中が、目撃者を生かして残すわけがない。

 結局のところ、俺が守ってやる必要があることには何も変わりがない。

 そして、伏兵は依然として右側の林にいる。3人には俺より左に移動しておいてもらわないと、もし奴等が動いたとき、俺の運動能力ではとてもかばい切れない可能性もある。つまり、俺を盾にする形で左後ろにひっついてもらうのが、今のところはおそらくベストだ。

 自然な移動をお願いしたのは、伏兵に気付いていることを敵に悟らせないための保険である。露骨に動いて、わざわざこのアドバンテージを失う必要もないだろう。

 

「ネ、ネマキ……」

 有無を言わせぬ俺の声音に、ハゲも何かを悟ったようだ。

 そのまま自然に俺と位置を入れ替わった。

 ハゲを守って俺が矢面に立った形だ。特段おかしな行動でもない。

 ま、不本意ながら、俺はハゲに金で雇われた従順な用心棒らしいからな。

 魔導による感覚強化のおかげで、3人の位置は振り返らずとも分かる。

 ……よし、きちんと全員左に移動したようだ。


 あとは、ゴレの説得だけだ。

 俺はじっと右隣に寄り添っているゴレに耳打ちした。

「右手の林に隠れている伏兵のことなら、俺も分かっている。大丈夫だ。襲ってきても、なんとか自力でしのぐ。だからゴレ、目の前の敵をやっつけてきてくれ」

 俺はローブの裾から戦斧をちらりとのぞかせた。

 こいつなら賢いから分かるはずだ。最悪身バレ覚悟で魔導を使えば、おそらく平和な文化人の俺でも、お前が戻って来るまでの時間稼ぎ程度ならなんとかできる。

 まぁ、といっても、俺の魔導で重ゴーレムが倒せるとは思えないんだがな。何せ〈NTR〉はゴーレム相手には効かないし、魔導攻撃にしたって、あれだけドバドバ撃ちまくった挙句、肝心の古代地竜のHPゲージは1ミリも削れていない。信頼できる実績がなさすぎる。

 でも、工夫して頑張れば、足をひっかけて転ばすなり何なりの対応はできるはず。俺は与えられたカードの中で必死に努力する男だ。

 少なくとも、あんなにでかいゴーレムが、そこまで早く走れるとは思えない。策を弄する時間は十分あるはずだ。


 だが、俺の言葉を聞いたゴレは逡巡した。すごく戸惑っている。

 俺が心配すぎて離れたくないのだ。こいつは猿と戦っていた頃から、いつもそうだ。


「……大丈夫だ。信用してくれ」


 まっすぐにゴレの瞳を見据えた。

 俺のその言葉に、ゴレは深く葛藤しているようだ。

 彼女の瞳が、激しく揺れている。

 どうも、俺のお願いを聞いてあげたい気持ちと、俺から離れたくない気持ちが、彼女の中でせめぎ合っているようだ。

 駄目か、駄目なのか。

 普通はここで戦いを決意してくれる、感動のシーンだと思うのだが……。

 しかし、たしかに気持ちは分かる。俺には情けない前科が多すぎる。

「安心してくれ。……俺はお前の相棒だぞ?」

 俺は極力きりっとした、凛々しい声を出した。

 ゴレは幸せそうにうっとりと見つめ返してくる。

 だが、すぐに不安に揺れる瞳で、ローブの裾をぎゅっとつかんできた。

 一向に俺から離れようとする気配はない。

 …………。

 おかしいな。流石にそろそろこのあたりで、友情と信頼関係が再確認されて、戦いが始まるシーンだと思うのだが。

「ふっ、忘れたか相棒。俺は竜を倒すほどの男だぞ?」

 ……まぁ、今にして思えば、あれは完全にまぐれヒットによる勝利だが。

 しかもあの時の俺、何故だかよく分からんが、珍しく本気の怒りで我を忘れていたからな。今あんな風に古代地竜を倒せと言われても、100%無理だと断言できる。

 だがゴレは意外な事に、俺のこの言葉に一瞬納得しかけたような反応を見せた。が、すぐに思い直したように、きゅっとローブをつかんでひっついてきた。

 あー、やっぱ駄目か。今のは俺自身ちょっと説得力ないと思ったわ。

 まずいかもしれない。俺の普段の駄目っぷりとゴレの過保護っぷりが、話し合いの進展を困難にしている。

「大丈夫。安心だから、ね? 信用して? 危ないと思ったら、あの、俺ちゃんと逃げるし……」

 俺の必死のお願いを聞くゴレの目は、苦悩と葛藤でもう焦点が定まっていない。

 今にも瞳が青色になって泣きだしそうだ。 

 ローブを握りしめるその白い手が、小さく震えはじめている。もう、絶対にこの手を離したくないという感じだ。

 どうしよう。俺はゴレの過保護レベルを見誤っていたかもしれない。

 ひょっとして、ドラマチックにさくっと説得どころか、俺がしゃべればしゃべるほど、ゴレの庇護欲と母性本能を刺激して、事態はますます泥沼化していくのでは……。

 

 このままでは、まずい。

 俺は意を決した。

 出来ればこんな手は使いたくなかった。

 しつけ上は、あまり良くないやり方だからだ。

 だが、もはや方法を選んではいられない。

 最終手段だ。

 俺はゴレの耳元で、そっと、優しく囁いた。



「上手にできたら、ごほうびに今夜はいっぱい、ふきふきしてやる」



 ゴレの顔が、ゆっくりと敵の方を向いた。

 深紅の瞳が、強い戦意を帯びた紅蓮の炎に燃え始める。

 気付けば、その純白の天女の様な肢体は、全身から放出される気迫によって、神々しいまでの存在感を放っていた。


 ――その威容、まさに、降臨したる戦場の女神。


 そう。俺は犬を飼っていた経験上知っていた。

 犬は、ごぼうびを前にすると、比較的あっさりプライドを捨てる。

 

 ゴレが力強く、一歩前に踏み出した。

 その歩みには、気力が充満している。

「……殺すなよ。こいつらには、ペイズリー商会の犯罪の証人になってもらう」

 俺は一応ゴレに念押しした。

 彼女はまるで何も聞いていないみたいな感じで、風のようにふわりと俺の斜め前に移動した。

 うーん、こいつちゃんと分かってるのかなぁ。




 今、相棒との困難な会議は終了した。

 『四道化使い』のギネム・バリとの戦いが、幕を開ける。

 

 


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