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破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第4章 怪しい商会
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第39話 紫ローブと赤い杖


 

 ゴレの背中ではじけた巨大な火球が、粒子となって盛大に拡散した。


 何だ、今のは。

 一体何が起こった。

 炎の凄まじさに反して、不思議と熱はあまり感じなかった。

 

 後ろのテルゥちゃんが小さく悲鳴を上げた。

 御者のお爺さんは尻もちをつき、ハゲは馬車の下からまろび出て来た。

 良かった、全員怪我はない様子だ。


「おい、大丈夫かゴレ! 火傷してないか?」

 俺は慌ててゴレの腕の中から抜け出し、彼女の背中を確認する。

 無傷だ。すべっすべだ。

 むしろ不自然なくらいだ。加熱すらしていないし、煤もついていない。

 心配になって背中をなでなですると、気持ちよさそうに長い耳がぴくぴく動いている。

 無事みたいだな。

 だが、そんな彼女の視線は、霧の彼方の何かに向かって、じっと固定され続けていた。


 先ほど霧の中から俺めがけて飛来した、巨大な火球。

 そんな自然現象など聞いた事もない。おそらくは火魔術か、火魔導だ。

 俺はまず、噂のイカれた火を吹く馬、火炎二角獣(フレイムバイコーン)が現れたのではないかと思った。

 ……しかし、妙な感じはした。

 放火馬は、どうやってゴレの索敵を抜けて接近してきたんだ?

 表土索敵は万全だった。それに、ゴレは火球が飛んでくる直前まで、不審者の接近を意識した動きを取っていなかったように思う。

 猟師でもない俺が野生の猿や鹿なんかをいつもあっさり見つける事ができていたのは、知らない妙な物が近づくと、ゴレが俺を守るような位置取りにすっと移動するからだ。

 もし妙な馬の接近に気付いていたなら、今回もゴレは早い段階でポジション変更していたはずだ。

 たしかに古代地竜のように、ゴレの索敵をあっさり突破した例はある。

 だが、あの恐竜はスペリア先生の話では、半霊体とかいう、例外中の例外の、世界に4頭しかいない神様ザウルスだったはずだ。

 そんなに頻繁に、起こるような現象なのか?

 

 俺のこの違和感は的中していた。

 火球を放ったのは、放火馬などではなかったのだ。

 このとき周囲の霧が薄れ始め、人の声がした。


「わぉ、見たかよあいつ。今のタイミングでゴーレムを反応させたぜ。こりゃあ相当の使い手だな」


 薄れゆく霧の中から、うっすらと人影が浮かび上がってくる。

「おいおいマジかよ……。俺が唱えてたの、〈霞の窓帷〉(かすみのカーテン)だぜ? 上級の索敵阻害魔術だぞ。信じられねえ、あの男」

「この様子だと、目をつぶってよそ見をしたまま『壊剣』の部下どもを瞬殺したって話も、案外ガセじゃないのかもしれんなぁ」

 ぞろぞろと現れた人間の集団――おそらく、10人以上はいるだろうか。

 全員が、俺の身につけている物と似たタイプのローブを纏っていた。

 おそらくは、魔術師なのだろう。

 集団は俺が無事だったことに対して、何やら驚いているような様子はある。だが、彼等のその表情にも態度にも、まったくの余裕があった。

 へらへらと薄笑いを浮かべている者さえいるのだ。


「……あらあら。私の〈火炎弾〉で焼死体にして、あとは火炎二角獣の仕業にする手筈だったんだけど。少しだけ面倒な仕事になったみたいね」


 集団の中心に立っている一人の女が、不機嫌そうに呟いた。

 独特の形をした赤い杖を構えた、女魔術師だ。

 その姿を視界に捉えた俺は、驚愕に目を見開いた。

 まさかの巨乳魔術師であった。

 言葉をしゃべる度に、巨乳がぶるんぶるんと揺れている。


 いや、まぁ、俺の異世界ライフに生身の巨乳女性が登場した事には心底驚いたが、この際それはいい。

 発言からして、先ほどの火球を放ったのはあの女で確定だろう。

 一体何者なのだ、こいつらは。

 馬車の積み荷を狙った強盗集団なのか?

 それとも、他に何かしらの目的があるのか……。

 正直今の時点では、俺にはまるで判断がつかない。


 ゴレが一向に突撃しないのも気になる。

 俺とゴレとの約束事である、実力行使の条件「相手方からの攻撃行為」はすでに完全にクリアされている。普段のゴレなら、この時点で弾丸みたいに敵陣に突貫して、魔術師達をぶん殴っているはずなのだ。

 いや、それどころか、あいつらは俺を殺す気だったみたいだ。ゴレはぶん殴るどころでは気が済まず、完全にキレて、凄惨な殺し方をしてしまっていた可能性すらある。

 ゴレは俺を殺そうとした相手には本当に容赦がない。まるで感情がコントロールできなくなったみたいに、無茶苦茶な報復をする。これまで、ゴレではなく俺の方を狙ったばかりに、目も当てられないグロ画像になってしまった猿たちを、俺はたくさん見てきた。密かに心も痛めてきた。

 だから、今回もおそらくこの見立ては間違っていないはずだ。

 でも、だとすれば、なぜゴレは俺にぴったりくっついて離れないのだろう。


 いずれにしても、現在のこの状況が相当にまずい事だけは疑いようがない。

 何せ、後ろにはお年寄りと幼女とハゲという、圧倒的弱者を3人も抱えているのだ。

 ゴレはきっと、俺のことは一生けんめい守ってくれるだろう。

 でも、後ろの3人のことは、あまり真面目に守ってくれない気がする。

 そんな、強い予感がする。


 街中で借金取りのチンピラと揉めた時とは、状況がまったく違う。

 ここは人里から離れた場所だ。そして、先ほどの火魔術は、明らかにこちらを殺しに来ていた。

 相手は間違いなく犯罪者だ。取り立て業者ではない。

 なんとか老人子供を俺が守らないと、まずい。


 やるしかない。

 俺は、立ち上がった状態で、やや姿勢を低くした。

 身に纏うローブの裾が、ほんの少しだけ、地面に触れるように。

 そのまま後ろの3人に悟られぬよう、囁くように小声で詠唱を行った。


「……――〈土の戦斧〉……」


 ローブの中で、土の粒子が集束する感覚がある。

 土の戦斧。

 この入門魔術で生成される片刃の斧は、でかくて長い〈土の大槍〉なんかと比べると、リーチが短くて小振りだ。

 と言ってもまぁ、十分ごついのだが……。

 ともかくだ。このサイズの戦斧ならば、柄を軸にする形で垂直に生成すれば、ぎりぎりローブの中に隠し通したまま生成をおこなう事が出来る。

 俺は柄の方を上に、刃がある方を下にする向きで、垂直に立った状態の〈土の戦斧〉を生成した。

 戦斧の生成完了を見計らい、いつもの要領で魔導を発動させる。

 そう。斧さんに誠意を込めて、お願いだ。

 ……斧さん、貴方にお願い事をするのは初めてですね。いたいけな5歳児と、親切な老紳士と、あと、ついでにハゲを守ってやりたいのだが、どうか力を貸してもらえないだろうか?

 俺は斧の柄にそっと手を添えた。

 ローブの隙間から、ちらりと中の様子を確認する。

 よし、OKだ。


 そこには、頼もしい黒い戦斧があった。ちょっと、見た目は禍々しいが。


 詠唱も生成も、誰にも悟られてはいない。

 おまけに土魔術で生成される武器は普通土色で、こんな漆黒ではない。

 仮にこの戦斧を見たとして、前方の犯罪魔術師集団も、後ろの3人も、俺がローブの下に仕込んでいた武器を取り出したようにしか見えないと思う。

 魔導でラジコンみたいに、びゅんびゅん飛ばしたりしない限りは。


 そうなのだ。こうして〈土の戦斧〉を生成しても、俺には魔導王の身バレの危険性がある以上、この斧を飛ばしたラジコン攻撃はできない。

 結局の所、こいつは要するに、ただのごつい斧だ。

 だからといって勿論、こいつを使って無謀な白兵戦をしようなどと、愚かな事を考えている訳ではない。人には、向き不向きという物がある。

 こうして〈土の戦斧〉を生成し、さらに戦斧を媒体に魔導を発動させているのには、実は、とある理由が存在する。

 これはいざという時に、後ろの3人の生存率を少しでも上げる為に、俺が取れる唯一の、いわば苦肉の策なのだ。

 実は、俺は猿どもや古代地竜と戦う中で、魔導について、一つ気づいていた事実がある。

 それは――



 魔導を発動している間、俺の空間認識能力はアホみたいに跳ね上がる。



 考えてもみてほしい。

 初めて〈NTR〉(エヌティーアール)を発動した時、俺は落下中の数百発の石弾を同時に静止させ、さらに全ての石弾を、同時に、猿一頭一頭の脳天に、正確に、撃ち返した。

 一発たりとも撃ち漏らしてはいない。

 あのとき、あの流星雨によって猿は全滅した。数百頭の猿が、全頭ほぼ同時にヘッドショットで即死したのだ。

 古代地竜との戦いにしたってそうだ。ミサイルみたいに高速で錐もみ回転しながら飛び回る〈土の大槍〉を、いともあっさり軌道制御して、完全な死角から地竜に撃ち込んだりしている。

 こんな芸当は、普段の俺の能力――というよりも、普通の人間には、多分絶対にできない。


 この空間認識能力に超ブーストがかかっている今の状態なら、とっさに3人の盾になってやれる可能性がある。

 このメンバーだと、どう見ても俺が一番頑丈で怪我の治りが早そうだから。

 そりゃあ俺だって、別に鍛えてるわけじゃないし、怪我だってしたくない。

 しかし、なにしろ他には病弱幼女と年寄りだけしかいないのだ。

 特にハゲ以外の2名は、本当に冗談抜きで、軽い攻撃が当たっただけで死んでしまう。俺が守ってやるしかない。

 俺はちらりと後ろの3人の姿を見やった。

 ハゲとお爺さんは、怯えた表情で魔術師集団を見ている。

 ただ、テルゥちゃんだけが、くりくりの目を力いっぱい見開いて、俺の瞳を見つめていた。


「ネマキおにいちゃん、おめめがきれいねー」


 おっと? この状況でいきなり俺を口説いてくるのかい、テルゥちゃん。

 まぁ、君には既にプロポーズをかまされている前科があるからね。お兄さん別にそこまで驚きはしないが……。

 とはいえ、この小さなレディに対し、俺はどのような当たり障りのない返答をすべきなのだろうか。うーん。

 

 そのとき、俺のローブの端から覗いた戦斧をめざとく見つけたハゲが、青ざめた顔で腕をつかんできた。

「ネマキ、あの魔術師達には手を出してはいかん! ここは堪えるんだ!」

「へ?」

 一体どうしたんだ、ハゲよ。そんなに血相を変えて。

 まさかお前、俺がこの凶器でカチコミをかけるとでも思っているのか?

 おいおい、冗談は顔だけにしてくれ。お前はここ数日の付き合いで、すでに俺の軟弱っぷりについては、完全に把握しているだろうに……。


「手前の魔術師連中だけなら、ひょっとしたらお前さんになら、どうにか出来るのかもしれん。……だが、あの後ろの男だけは駄目だ。絶対に勝てん。あの男は、わしでも知っとるゴーレム使いだ」

「後ろの男?」

 てっきりあの巨乳女がリーダー格かと思っていたが、違うのか?

 確かに、ぞろぞろと群れている集団よりもやや後ろの位置に、紫色のローブを着た男がぽつんと立っている。

 というか、あの人、俺と同じゴーレム使いなのか。

 初めて出会った同業者が、まさかの不良とは……。俺はショックを受けた。

「……あの人、有名人なのか?」

「あの男は魔術師協会の超精鋭、サディ藩では最強格のゴーレム使いだ。名はギネム・バリという」

 青ざめた顔のハゲは、紫ローブの男を見やった。

 俺もつられて、男の方を見た。

「奴は、“道化ゴーレム”を使うんだ。道化ゴーレムは、聖堂ゴーレムより足が速い。両者高速仕様の攻撃特化型軽ゴーレムだから、相性が最悪だ。そこらへんは流石にお前さんだって分かっとるだろう?」

「すまん、分かってなかった……」

「はぁ……。どうせそんなこったろうと思ったわ」

 とはいえ、道化ゴーレムというのは、『ゴーレム図鑑』の中でちらっと見かけたような記憶がある。

 聖堂のあの爆乳ゴーレム達より足が速いとなると、相当のスピードだ。

 そんなに凄いゴーレムだったのか。

「それにな。問題は、奴が道化ゴーレム使いという事だけではないんだ。あのギネム・バリという男は――」


 ハゲの言葉を聞きつつ、ギネムという名前らしい、紫ローブの男を眺めた。

 ひょろりとした体型の、切れ長の目をした男だ。

 おそらく20代くらいか。年齢的には俺とそこまで変わるまい。

 ウェーブのかかった青色の髪をしている。元の世界なら間違いなくド個性の髪色だが、この髪色自体は、この世界ではたまに見かける物だ。

 そういった意味では、そこまで目立つ外形的特徴がない人物と言えないこともない。

 だがハゲの言う通り、この男は他の魔術師達とは雰囲気が少し違うようだ。

 なるほど、彼はゴーレム使いだったのか。

 言われてみれば納得かもしれない。実は、魔導が発動して感覚が強化された直後から、俺にはずっと気になっている事があったのだ。

 ……ギネム・バリの背中の後ろに、“何か”がいる。

 それは当初から、この男の背後で、じっと息を潜めていて――


 このとき、ギネム・バリと目があった。

 キツネ目の魔術師は、俺を見据えて不敵に笑った。

「……初めまして、赤眼の聖堂ゴーレム使いさん。アンタの噂は聞いているよ。中々の使い手らしいね」

 自信に満ちたその笑顔は、完全に俺への勝利を確信している物だった。

 男は身に纏うローブを、両手でさっと大きく広げる。


「まずは紹介しておこうかな、こいつがおいらの可愛い相棒達さ」


 ギネム・バリが言葉を発したのとほぼ同時に。

 広げられた彼のローブの背後から、影が四つ、左右にずらりと飛び出した。

 影の正体は、4体の、薄紫色をした奇妙なゴーレムだった。


「あの男は……ギネム・バリは……。道化ゴーレム4体を同時操作する、“複数ゴーレム使い”なんだ……」

 ハゲは、まるで呻くような声を出している。

 その禿げあがった額には、ぐっしょりと汗をかいていた。




「何という事だ。『四道化(しどうけ)使い』のギネム・バリだと……。ネマキの対策まで完全にしとるということは、まさかこれはすべて、ペイズリー商会の差し金だというのか……」

 

 


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